2020年01月31日
第2話「算盤大名」③-2
こんばんは。昨日の続きです。
ひと時の休憩のはずが、いつまでも出発しない鍋島家の大名行列。
――品川宿の本陣の前には、商人たちが詰めかけていた。
本陣とは、大名行列が宿泊や休憩をする屋敷である。
「新しいお殿様への代替わり、おめでとうございます。」
「つきましては、先代のお殿様の時分の…」
「私どもの売掛の方も…」
その本陣前の騒ぎは、徐々に大きくなっていく。
佐賀の藩主が代替わりしたと聞きつけ、取り立ての好機と判断したらしい。
「私は、ひと月前に御用立てしました、米のお代をいただきに参りました。」
「あっしは、ふた月前の醤油のお代を頂戴しに。」
「おいらはねぇ、三月前の味噌のお代をいただかなきゃ、お店に帰れないんだよ!」
商人たちは、大挙して大名行列を追いかけてきたのだ。
言葉も次第に荒くなる。支払いの目途がたつまで、動く気配も無い。
江戸の佐賀藩邸は、商人たちの売掛金への支払いが遅れがちである。
普段からの負い目があり、商人を無理に追い立てることは勿論できない。
――鍋島直正は家来から、門前の状況について説明を受けた。

「殿。それがしも資金の工面に走ります。御免!!」
行列を差配する家来の1人も、江戸の藩邸に駆け戻る様子だ。
他のお供たちも、金策に走る。
心当たりへの借用、馴染みの商人へは支払の猶予も願わなければならない。
もはや人数も揃っておらず、行列の出発どころではなくなっていた。
――鍋島直正は藩の財政について深く考え、師の古賀穀堂と勉強してきた。
「自ら先頭に立って、お家の勝手向き(財政)を建て直すぞ!」
江戸を出発する前、若殿は師に決意を表明した。
その時、穀堂はその覚悟に感服しつつも、こう付け加えた。
「道のりは平坦ではございませぬ。若殿はたびたび苦難に遭われるでしょう。」
「儂は負けぬぞ。」
「その心意気でござる。穀堂も殿をお支えしましょう。」
――しかし、現実は想像を上回っていた。
まだ少年の2人が、殿と家来の立場を超えて励まし合う。
「与一よ。儂は何も分かっていなかったのだな。」
「殿…穀堂先生もおっしゃっていました。まずは倹約だと。今後は質素に参りましょう。」
「そうだな。与一よ、頑張ろうな。」
「殿。私も挫けません。どこまでも殿をお支えします…」
大名行列が借金の取立に止められた、この事件を俗に“品川の悲劇”という。
佐賀藩の財政困窮はここまで極まっていたのである。

藩士たちの懸命の金策で、なんとか大名行列は出発した。
既に陽は傾き、急ぎ足の行列は、夕日に向かって進んでいた。
(続く)
ひと時の休憩のはずが、いつまでも出発しない鍋島家の大名行列。
――品川宿の本陣の前には、商人たちが詰めかけていた。
本陣とは、大名行列が宿泊や休憩をする屋敷である。
「新しいお殿様への代替わり、おめでとうございます。」
「つきましては、先代のお殿様の時分の…」
「私どもの売掛の方も…」
その本陣前の騒ぎは、徐々に大きくなっていく。
佐賀の藩主が代替わりしたと聞きつけ、取り立ての好機と判断したらしい。
「私は、ひと月前に御用立てしました、米のお代をいただきに参りました。」
「あっしは、ふた月前の醤油のお代を頂戴しに。」
「おいらはねぇ、三月前の味噌のお代をいただかなきゃ、お店に帰れないんだよ!」
商人たちは、大挙して大名行列を追いかけてきたのだ。
言葉も次第に荒くなる。支払いの目途がたつまで、動く気配も無い。
江戸の佐賀藩邸は、商人たちの売掛金への支払いが遅れがちである。
普段からの負い目があり、商人を無理に追い立てることは勿論できない。
――鍋島直正は家来から、門前の状況について説明を受けた。

「殿。それがしも資金の工面に走ります。御免!!」
行列を差配する家来の1人も、江戸の藩邸に駆け戻る様子だ。
他のお供たちも、金策に走る。
心当たりへの借用、馴染みの商人へは支払の猶予も願わなければならない。
もはや人数も揃っておらず、行列の出発どころではなくなっていた。
――鍋島直正は藩の財政について深く考え、師の古賀穀堂と勉強してきた。
「自ら先頭に立って、お家の勝手向き(財政)を建て直すぞ!」
江戸を出発する前、若殿は師に決意を表明した。
その時、穀堂はその覚悟に感服しつつも、こう付け加えた。
「道のりは平坦ではございませぬ。若殿はたびたび苦難に遭われるでしょう。」
「儂は負けぬぞ。」
「その心意気でござる。穀堂も殿をお支えしましょう。」
――しかし、現実は想像を上回っていた。
まだ少年の2人が、殿と家来の立場を超えて励まし合う。
「与一よ。儂は何も分かっていなかったのだな。」
「殿…穀堂先生もおっしゃっていました。まずは倹約だと。今後は質素に参りましょう。」
「そうだな。与一よ、頑張ろうな。」
「殿。私も挫けません。どこまでも殿をお支えします…」
大名行列が借金の取立に止められた、この事件を俗に“品川の悲劇”という。
佐賀藩の財政困窮はここまで極まっていたのである。

藩士たちの懸命の金策で、なんとか大名行列は出発した。
既に陽は傾き、急ぎ足の行列は、夕日に向かって進んでいた。
(続く)
2020年01月30日
第2話「算盤大名」③-1
こんばんは。
第2話も中盤。今回から本格的に鍋島直正が登場します。
放送開始から20分経過のイメージです。
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
――鍋島直正(当時は斉正と名乗る)、数え年で17歳。
参勤交代があった時代。大名の妻(正室)と世継ぎの子は江戸に留め置かれた。そのため、直正は江戸で生まれ育っている。
直正は第10代佐賀藩主に就任し、生まれて初めて佐賀に入ることになった。
現代の感覚でいえば、まだ少年である。
若殿は佐賀に向かう旅路に高揚しているのか、頬が紅潮している。
「盛よ。儂は初めて国に入るぞ。しばし会えぬが江戸の留守を頼む。」
「初めてのお国入り。おめでとうござります。」
直正が話している相手は妻(正室)である。
盛姫は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
直正よりは3歳年上ではあるが、こちらも顔立ちにまだ幼さを残す。
将軍家の中でも、大事に育てられた姫で人柄も良い。
大名のご正室といえば、ほぼ政治的な結婚である。
いわゆる“仮面夫婦”も多いのだが、この2人の仲は良好だった。
――盛姫が嫁いだのは、直正が12歳の頃。
婚礼の翌年。儀式のため、佐賀藩の藩祖(初代藩主の父)・鍋島直茂公の甲冑(鎧)が江戸に持ち込まれた。
その時、盛姫は将軍の娘でありながら、恭しく直茂公の鎧に向かって跪き、直正との間に世継ぎが誕生することを祈願した。
鍋島直正が敬愛して止まない、佐賀藩の藩祖・鍋島直茂。
将軍家の姫にして、この態度を示す盛姫を直正は好ましく想った。
「もしも公儀(幕府)の力添えが必要なことがあれば、私にもお伝えください。」
「盛は、意外に心配性じゃのう。“もしも”の時は、頼りにしておるぞ。」
盛姫の心配をよそに、直正は少年らしく陽気に笑った。
藩主となった直正の旅立ち。
江戸の佐賀藩邸から、大名行列は意気揚々と出発する。
佐賀までは遠い道のり。江戸より街道を西に向かう。
――品川宿に到着した。鍋島家の行列は最初の休憩を取る。
「与一よ。佐賀に着いたら、儂は国を豊かにするぞ。まずは領内を、そして長崎を見聞せねば!」
「はっ、私も殿のお供をいたします!」
直正は“与一”というお供の少年に決意を語っていた。
古川与一は“松根”の名で知られる、幼少期からの直正の側近である。
「それにしても、ひと休みが長いようじゃな。皆、早くも疲れたのかのう。」
「殿…おかしゅうございますな。与一が確かめて参ります。」
与一が様子見に来たことを受け、大名行列の差配をする家来の1人が姿を見せた。
「殿。お耳に入れておきたい話がございます。落ち着いてお聞きくだされ…」
それが良くない話であることは明らかだった。
(続く)
第2話も中盤。今回から本格的に鍋島直正が登場します。
放送開始から20分経過のイメージです。
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
――鍋島直正(当時は斉正と名乗る)、数え年で17歳。
参勤交代があった時代。大名の妻(正室)と世継ぎの子は江戸に留め置かれた。そのため、直正は江戸で生まれ育っている。
直正は第10代佐賀藩主に就任し、生まれて初めて佐賀に入ることになった。
現代の感覚でいえば、まだ少年である。
若殿は佐賀に向かう旅路に高揚しているのか、頬が紅潮している。
「盛よ。儂は初めて国に入るぞ。しばし会えぬが江戸の留守を頼む。」
「初めてのお国入り。おめでとうござります。」
直正が話している相手は妻(正室)である。
盛姫は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
直正よりは3歳年上ではあるが、こちらも顔立ちにまだ幼さを残す。
将軍家の中でも、大事に育てられた姫で人柄も良い。
大名のご正室といえば、ほぼ政治的な結婚である。
いわゆる“仮面夫婦”も多いのだが、この2人の仲は良好だった。
――盛姫が嫁いだのは、直正が12歳の頃。
婚礼の翌年。儀式のため、佐賀藩の藩祖(初代藩主の父)・鍋島直茂公の甲冑(鎧)が江戸に持ち込まれた。
その時、盛姫は将軍の娘でありながら、恭しく直茂公の鎧に向かって跪き、直正との間に世継ぎが誕生することを祈願した。
鍋島直正が敬愛して止まない、佐賀藩の藩祖・鍋島直茂。
将軍家の姫にして、この態度を示す盛姫を直正は好ましく想った。
「もしも公儀(幕府)の力添えが必要なことがあれば、私にもお伝えください。」
「盛は、意外に心配性じゃのう。“もしも”の時は、頼りにしておるぞ。」
盛姫の心配をよそに、直正は少年らしく陽気に笑った。
藩主となった直正の旅立ち。
江戸の佐賀藩邸から、大名行列は意気揚々と出発する。

――品川宿に到着した。鍋島家の行列は最初の休憩を取る。
「与一よ。佐賀に着いたら、儂は国を豊かにするぞ。まずは領内を、そして長崎を見聞せねば!」
「はっ、私も殿のお供をいたします!」
直正は“与一”というお供の少年に決意を語っていた。
古川与一は“松根”の名で知られる、幼少期からの直正の側近である。
「それにしても、ひと休みが長いようじゃな。皆、早くも疲れたのかのう。」
「殿…おかしゅうございますな。与一が確かめて参ります。」
与一が様子見に来たことを受け、大名行列の差配をする家来の1人が姿を見せた。
「殿。お耳に入れておきたい話がございます。落ち着いてお聞きくだされ…」
それが良くない話であることは明らかだった。
(続く)
2020年01月29日
第2話「算盤大名」②-2
こんばんは。
昨日に続いて、幕末に活躍した武雄領主・鍋島茂義の人物像を描きます。
45分中15分経過のイメージです。
――茂義は、武雄温泉に浸かっていた
「あまり腑抜けていてもいかんが…武雄の湯は極楽じゃのう。」
「武雄の湯は、五洲第一(世界一)であるな。いかな異国にもこれほどの湯はあるまい。」
すぐに、異国のことを考えるのが茂義である。
幼い日に長崎からの連絡係より聞いた“フェートン号”事件。
昨今も、近海に出没する異国船。
藩主・斉直の遊興と、茂義の“蘭癖”(西洋かぶれ)。
どちらも費用はかかるのだが、現実から逃避する斉直と、来る時代に立ち向かう茂義には大きな違いがあった。
――ひと息入れた茂義が屋敷に帰ろうとした、その時。

家来の1人が茂義に歩み寄る。
「申し上げます。平山醇左衛門が長崎より戻りました。」
「なに!平山が帰ってきたとな。」
茂義が応じる。
「はっ、一応お耳に入れておこうかと…」
念のため…という気配で家来は続ける。
「無論じゃ!お主は気が利くのぅ!」
報告しただけで、褒められる家来。
――大急ぎで屋敷に戻った茂義。廊下を走る。
「平山~っ!!どこに居るのじゃ!」
「はっ!平山はここに居ります。」
平山醇左衛門は、庭に控えていた。
「平山、平山平山っ!何を控えておる、近う寄れ!長崎は、長崎はどうじゃった!」
切腹は免れたとはいえ、藩の請役も解任されている。
しばらく気詰まりだったため、大好きな蘭学や長崎の話をよほど聞きたいらしい。
「はっ!今回は、町年寄の高島様より砲術の話を伺いました。」
「ほほ…砲術じゃと!聴かせよ。いかなる話じゃ!」
切腹を命じられても動じないが、”砲術”との言葉には浮足立っている。
「高島どのは、オランダの者より砲術を学んでおります!」
「オランダの…!砲術じゃと!」
もはや話が終わる気配はない。茂義は、きわめて熱心に平山に質問を繰り返していた。
「平山帰参の報告は、もう少し後でも良かったか…本日の政務は滞るな…」
そして、家来には気苦労も与えるのだった。
ようやく謹慎が解けた鍋島茂義。仲直りの意味もあってか、佐賀藩(本藩)より姫が嫁いできた。
この”寵姫”は、若君・鍋島直正の姉である。
若君にとって14歳年上の鍋島茂義。
江戸にいたときも、幼い若君にせがまれて、絵を描いてやったりと良き兄貴分だった。
若君の義兄となった茂義は、その後の鍋島直正に強い影響を与えていく。
(続く)
昨日に続いて、幕末に活躍した武雄領主・鍋島茂義の人物像を描きます。
45分中15分経過のイメージです。
――茂義は、武雄温泉に浸かっていた

「あまり腑抜けていてもいかんが…武雄の湯は極楽じゃのう。」
「武雄の湯は、五洲第一(世界一)であるな。いかな異国にもこれほどの湯はあるまい。」
すぐに、異国のことを考えるのが茂義である。
幼い日に長崎からの連絡係より聞いた“フェートン号”事件。
昨今も、近海に出没する異国船。
藩主・斉直の遊興と、茂義の“蘭癖”(西洋かぶれ)。
どちらも費用はかかるのだが、現実から逃避する斉直と、来る時代に立ち向かう茂義には大きな違いがあった。
――ひと息入れた茂義が屋敷に帰ろうとした、その時。

家来の1人が茂義に歩み寄る。
「申し上げます。平山醇左衛門が長崎より戻りました。」
「なに!平山が帰ってきたとな。」
茂義が応じる。
「はっ、一応お耳に入れておこうかと…」
念のため…という気配で家来は続ける。
「無論じゃ!お主は気が利くのぅ!」
報告しただけで、褒められる家来。
――大急ぎで屋敷に戻った茂義。廊下を走る。
「平山~っ!!どこに居るのじゃ!」
「はっ!平山はここに居ります。」
平山醇左衛門は、庭に控えていた。
「平山、平山平山っ!何を控えておる、近う寄れ!長崎は、長崎はどうじゃった!」
切腹は免れたとはいえ、藩の請役も解任されている。
しばらく気詰まりだったため、大好きな蘭学や長崎の話をよほど聞きたいらしい。
「はっ!今回は、町年寄の高島様より砲術の話を伺いました。」
「ほほ…砲術じゃと!聴かせよ。いかなる話じゃ!」
切腹を命じられても動じないが、”砲術”との言葉には浮足立っている。
「高島どのは、オランダの者より砲術を学んでおります!」
「オランダの…!砲術じゃと!」
もはや話が終わる気配はない。茂義は、きわめて熱心に平山に質問を繰り返していた。
「平山帰参の報告は、もう少し後でも良かったか…本日の政務は滞るな…」
そして、家来には気苦労も与えるのだった。
ようやく謹慎が解けた鍋島茂義。仲直りの意味もあってか、佐賀藩(本藩)より姫が嫁いできた。
この”寵姫”は、若君・鍋島直正の姉である。
若君にとって14歳年上の鍋島茂義。
江戸にいたときも、幼い若君にせがまれて、絵を描いてやったりと良き兄貴分だった。
若君の義兄となった茂義は、その後の鍋島直正に強い影響を与えていく。
(続く)
2020年01月28日
第2話「算盤大名」②-1
こんばんは。
昨日の続きです。第2回放送開始後、10分経過のイメージです。
②武雄領の鍋島茂義という人物
――異国船打払令が出た翌年。
藩主・鍋島斉直は激怒していた。側近にこう告げる。
「ただちに、茂義を呼べ!」
――現在の佐賀県西部にある、佐賀藩自治領・武雄。
かつて北九州一帯を支配し、鍋島家にとって主家であった龍造寺家。
武雄領主は、その龍造寺一門の流れを汲みつつも、江戸期より鍋島姓を名乗っている。

――鍋島茂義が、佐賀城に姿を見せた。
「お主、なぜ呼ばれたかは、わかっておろうな!」
怒りに肩を震わせる藩主・斉直。
久しぶりの緊張感。ぬるま湯に漬かりきった側近たちが慌てる。
「概ね、察しは付きまする。」
藩主の怒りを堂々と受け止める、鍋島茂義。肝が座っている。
「ほう、わかっておると申すか!」
「殿を遊興の道へといざなう“悪の巣窟”を叩き申した!」
まったく遠慮のない言葉を遣う。
江戸の品川には藩主・斉直が遊ぶための屋敷があった。
鍋島茂義は、財政を圧迫するムダの象徴として、その屋敷をまるごと破却した。
「貴様…っ!切腹じゃ!!」
言うなれば“楽園”を破壊された、斉直の怒りは凄まじかった。
「ほう…切腹でござるか。」
まったく動じない、鍋島茂義。
「茂義様!早く謝ってくだされ!」
斉直の側近たちが右往左往する。茂義の家来は顔面蒼白である。
「くっ・・・ひとまず下がっておれ!」
怒りに任せた切腹の命令を真正面から受け止められ、逆に斉直がたじろぐ。
このときばかりは、斉直の側近も動きが早かった。
大急ぎで方々の、鍋島家の一門の有力者に仲裁を依頼して回る。
――かろうじて、鍋島茂義の切腹の処分は撤回された。
「はっはっは…またしてもやり過ぎてしもうたか!」
「…毎度のことながら、生きた心地がしませんでした!殿には肝を冷やされます…」
「冷えた体には、武雄の湯が効くではないか!戻り次第、ひと風呂浴びるとしよう。」
「…若様、そのような問題ではございません…」
藩の請役を解任された鍋島茂義と家来衆は、ひとまず武雄領に戻るのだった。
(続く)
昨日の続きです。第2回放送開始後、10分経過のイメージです。
②武雄領の鍋島茂義という人物
――異国船打払令が出た翌年。
藩主・鍋島斉直は激怒していた。側近にこう告げる。
「ただちに、茂義を呼べ!」
――現在の佐賀県西部にある、佐賀藩自治領・武雄。
かつて北九州一帯を支配し、鍋島家にとって主家であった龍造寺家。
武雄領主は、その龍造寺一門の流れを汲みつつも、江戸期より鍋島姓を名乗っている。

――鍋島茂義が、佐賀城に姿を見せた。
「お主、なぜ呼ばれたかは、わかっておろうな!」
怒りに肩を震わせる藩主・斉直。
久しぶりの緊張感。ぬるま湯に漬かりきった側近たちが慌てる。
「概ね、察しは付きまする。」
藩主の怒りを堂々と受け止める、鍋島茂義。肝が座っている。
「ほう、わかっておると申すか!」
「殿を遊興の道へといざなう“悪の巣窟”を叩き申した!」
まったく遠慮のない言葉を遣う。
江戸の品川には藩主・斉直が遊ぶための屋敷があった。
鍋島茂義は、財政を圧迫するムダの象徴として、その屋敷をまるごと破却した。
「貴様…っ!切腹じゃ!!」
言うなれば“楽園”を破壊された、斉直の怒りは凄まじかった。
「ほう…切腹でござるか。」
まったく動じない、鍋島茂義。
「茂義様!早く謝ってくだされ!」
斉直の側近たちが右往左往する。茂義の家来は顔面蒼白である。
「くっ・・・ひとまず下がっておれ!」
怒りに任せた切腹の命令を真正面から受け止められ、逆に斉直がたじろぐ。
このときばかりは、斉直の側近も動きが早かった。
大急ぎで方々の、鍋島家の一門の有力者に仲裁を依頼して回る。
――かろうじて、鍋島茂義の切腹の処分は撤回された。
「はっはっは…またしてもやり過ぎてしもうたか!」
「…毎度のことながら、生きた心地がしませんでした!殿には肝を冷やされます…」
「冷えた体には、武雄の湯が効くではないか!戻り次第、ひと風呂浴びるとしよう。」
「…若様、そのような問題ではございません…」
藩の請役を解任された鍋島茂義と家来衆は、ひとまず武雄領に戻るのだった。
(続く)
2020年01月27日
第2話「算盤大名」①
こんばんは。
「麒麟がくる」第2話も面白かったです…少し昔の大河ドラマを見ていたときの気分を感じます。
当ブログでは、私が見たい幕末佐賀藩の大河ドラマのイメージをお送りしております。今回から第2話です。
…45分の通常放送として、5分ほど経過したとお考えください。
①異国船打払令
――1825年。第1話より17年の時を経て。
ガツン!
走り込んだ長崎御番の侍、急ぎ足の勘定方が、出合い頭に衝突する。

「痛たたっ…やはり、お前か!曲がり角は注意しろと、いつぞやも申したよな!」
「申し訳ない!お主ら勘定方に急ぎの用があってな。」
「長崎御番からの話とは不安だ。先に聞いておく。」
「公儀(幕府)から異国船打払のお触れが出た!!」
異国船打払令は「躊躇なく打払え!」との趣旨から“無二念打払令”とも言う。
とくに日本の表玄関、長崎を警備する佐賀藩にとっては重大事だった。
これで法令上は、清とオランダ以外の異国船は打払う義務が課されたのである。
――第1話では若侍だった2人も17年間、お役目に励み、齢を重ねていた。
今や長崎警護と会計部門(勘定方)で、各々が責任ある立場である。
「何やら嬉しそうだな…。また、長崎に資金をつぎ込めと申すか!」
「その通りだ!これで砲台の強化を急げと、公儀(幕府)から、ご命令が出たも同然だ。」
「…お主ら、長崎御番が勘定方で何と呼ばれておるか知っておるか。」
「…存ぜぬ。」
「“金食い虫”だ!」
「概ね予想どおりだ。しかし私は負けない!なぜなら無法な異国船は、義父の仇だからだ!」
「そこで私怨を持ち出すな。そんな資金の余裕があると思うか!」
この長崎御番と勘定方は、旧知の間柄である。双方とも言葉に遠慮がない。
「そうだ。長崎の台場について、請役様にもご説明をするのだ。」
「請役様といえば…武雄の若さまか!」
勘定方の表情が変わった。
――請役さまとは、武雄領の鍋島茂義のことである。
20代前半という異例の若さで、藩政のナンバー2である請役(筆頭家老)に就任していた。
鍋島茂義の蘭学好きは尋常ではない。
西洋の文物を研究し、長崎にも人脈を持っていた。
一方で、浪費の抑制には手段を選ばない。
その過激な行動は勘定方でも話題となっていた。
「公儀、長崎、請役さま…」
勘定方は何やらつぶやき始め、計算のようなことを始めた。
「もう結論は見えた。資金繰りの根回しを始めておく。」
「恩に着る!」
こうして、佐賀藩の長崎警護にはさらに出費が嵩むのである。
(続く)
「麒麟がくる」第2話も面白かったです…少し昔の大河ドラマを見ていたときの気分を感じます。
当ブログでは、私が見たい幕末佐賀藩の大河ドラマのイメージをお送りしております。今回から第2話です。
…45分の通常放送として、5分ほど経過したとお考えください。
①異国船打払令
――1825年。第1話より17年の時を経て。
ガツン!
走り込んだ長崎御番の侍、急ぎ足の勘定方が、出合い頭に衝突する。

「痛たたっ…やはり、お前か!曲がり角は注意しろと、いつぞやも申したよな!」
「申し訳ない!お主ら勘定方に急ぎの用があってな。」
「長崎御番からの話とは不安だ。先に聞いておく。」
「公儀(幕府)から異国船打払のお触れが出た!!」
異国船打払令は「躊躇なく打払え!」との趣旨から“無二念打払令”とも言う。
とくに日本の表玄関、長崎を警備する佐賀藩にとっては重大事だった。
これで法令上は、清とオランダ以外の異国船は打払う義務が課されたのである。
――第1話では若侍だった2人も17年間、お役目に励み、齢を重ねていた。
今や長崎警護と会計部門(勘定方)で、各々が責任ある立場である。
「何やら嬉しそうだな…。また、長崎に資金をつぎ込めと申すか!」
「その通りだ!これで砲台の強化を急げと、公儀(幕府)から、ご命令が出たも同然だ。」
「…お主ら、長崎御番が勘定方で何と呼ばれておるか知っておるか。」
「…存ぜぬ。」
「“金食い虫”だ!」
「概ね予想どおりだ。しかし私は負けない!なぜなら無法な異国船は、義父の仇だからだ!」
「そこで私怨を持ち出すな。そんな資金の余裕があると思うか!」
この長崎御番と勘定方は、旧知の間柄である。双方とも言葉に遠慮がない。
「そうだ。長崎の台場について、請役様にもご説明をするのだ。」
「請役様といえば…武雄の若さまか!」
勘定方の表情が変わった。
――請役さまとは、武雄領の鍋島茂義のことである。
20代前半という異例の若さで、藩政のナンバー2である請役(筆頭家老)に就任していた。
鍋島茂義の蘭学好きは尋常ではない。
西洋の文物を研究し、長崎にも人脈を持っていた。
一方で、浪費の抑制には手段を選ばない。
その過激な行動は勘定方でも話題となっていた。
「公儀、長崎、請役さま…」
勘定方は何やらつぶやき始め、計算のようなことを始めた。
「もう結論は見えた。資金繰りの根回しを始めておく。」
「恩に着る!」
こうして、佐賀藩の長崎警護にはさらに出費が嵩むのである。
(続く)
2020年01月26日
第2話「算盤大名」(予告)
こんにちは。
いつもご覧いただいている皆様。第1話「長崎警護」はいかがだったでしょうか。
幕末佐賀藩の大河ドラマの始まりは、こういう描き方にしてほしい…という私の願望を盛り込んでみました。
既に投稿した第1話とこれからの第2話について、関連の記事を紹介します。
一部、この先に展開する内容も含んでいますが、よろしければご参照ください。
さて、第2話の予告です。
1.タイトル
第2話「算盤大名」
2.設定
年代:1825年~1835年頃
主な舞台:佐賀
登場七賢人:鍋島直正
◎タイムテーブル:第2回からは45分の通常放送…というイメージです。
〇オープニング
(5分)
①異国船打払令。長崎御番と勘定方の反応。
(10分)
②武雄領主・鍋島茂義
(20分)
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
(30分)
④進まない倹約と若殿の苦闘
(40分)
⑤佐賀城の火災と逆転
3.主要登場人物
〔佐賀藩(本藩)〕
鍋島直正…17歳で第10代佐賀藩主に。当時は斉正と名乗る。
盛姫…直正の正室。江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
古川松根…幼少期から直正と一緒に育ち、苦楽をともにする側近。
古賀穀堂…幼少の時から直正の教育係。佐賀藩儒学者。
鍋島斉直…第9代佐賀藩主(直正の父)。浪費の傾向あり。
〔佐賀藩(武雄領)〕
鍋島茂義…20代前半で藩の請役(筆頭家老)。蘭学に情熱を持ち、行動力は抜群。
平山醇左衛門…武雄領の中でも蘭学に優れる。よく長崎に赴いており、砲術に詳しい。
〔その他の主なキャスト(参考)〕
佐賀藩士(長崎御番)…第1話の若侍。長崎の砲台強化に奮闘する。
佐賀藩士(勘定方)…第1話の若侍の同僚。今は勘定方として活躍。
④プロローグ、あらすじ
“フェートン号”の長崎侵入から17年。この間も日本の沿海には異国船が続々と姿を見せる。沿岸では食料等を奪われる事件も後を絶たなかった。
佐賀藩は、長崎警備の人員を勝手に減らしたことで、一度厳罰に処されている。財政赤字は膨らむ一方だったが、以前のように兵員削減を図ることもできなかった。
藩主・鍋島斉直は、苦言を呈する者を遠ざけ、現実から逃避するような遊興にも浸る。負の循環が佐賀藩を取り巻き、すでに藩の財政は破綻寸前の状況にあった。
そんな折、度重なる異国船絡みの事件に、ついに幕府は決断する。
――時は、1825年。
その年、異国船の打払が、諸大名に命じられた。
いつもご覧いただいている皆様。第1話「長崎警護」はいかがだったでしょうか。
幕末佐賀藩の大河ドラマの始まりは、こういう描き方にしてほしい…という私の願望を盛り込んでみました。
既に投稿した第1話とこれからの第2話について、関連の記事を紹介します。
一部、この先に展開する内容も含んでいますが、よろしければご参照ください。
2019/12/10
2019/12/16
さて、第2話の予告です。
1.タイトル
第2話「算盤大名」
2.設定
年代:1825年~1835年頃
主な舞台:佐賀
登場七賢人:鍋島直正
◎タイムテーブル:第2回からは45分の通常放送…というイメージです。
〇オープニング
(5分)
①異国船打払令。長崎御番と勘定方の反応。
(10分)
②武雄領主・鍋島茂義
(20分)
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
(30分)
④進まない倹約と若殿の苦闘
(40分)
⑤佐賀城の火災と逆転
3.主要登場人物
〔佐賀藩(本藩)〕
鍋島直正…17歳で第10代佐賀藩主に。当時は斉正と名乗る。
盛姫…直正の正室。江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
古川松根…幼少期から直正と一緒に育ち、苦楽をともにする側近。
古賀穀堂…幼少の時から直正の教育係。佐賀藩儒学者。
鍋島斉直…第9代佐賀藩主(直正の父)。浪費の傾向あり。
〔佐賀藩(武雄領)〕
鍋島茂義…20代前半で藩の請役(筆頭家老)。蘭学に情熱を持ち、行動力は抜群。
平山醇左衛門…武雄領の中でも蘭学に優れる。よく長崎に赴いており、砲術に詳しい。
〔その他の主なキャスト(参考)〕
佐賀藩士(長崎御番)…第1話の若侍。長崎の砲台強化に奮闘する。
佐賀藩士(勘定方)…第1話の若侍の同僚。今は勘定方として活躍。
④プロローグ、あらすじ
“フェートン号”の長崎侵入から17年。この間も日本の沿海には異国船が続々と姿を見せる。沿岸では食料等を奪われる事件も後を絶たなかった。
佐賀藩は、長崎警備の人員を勝手に減らしたことで、一度厳罰に処されている。財政赤字は膨らむ一方だったが、以前のように兵員削減を図ることもできなかった。
藩主・鍋島斉直は、苦言を呈する者を遠ざけ、現実から逃避するような遊興にも浸る。負の循環が佐賀藩を取り巻き、すでに藩の財政は破綻寸前の状況にあった。
そんな折、度重なる異国船絡みの事件に、ついに幕府は決断する。
――時は、1825年。
その年、異国船の打払が、諸大名に命じられた。
2020年01月25日
第1話「長崎警護」⑦
こんにちは。
第1話「長崎警護」の最終盤になって、ようやく“佐賀の七賢人”鍋島直正が登場します。詳しくいうと、誕生から小学生くらいの年齢に成長します。
この大河ドラマのイメージですが、とくに序盤は1話あたりの年数が長く、登場人物も多いので展開はとても早いです。
長編だった第1話も、もうすぐ終了。75分の放送時間で60分頃のイメージです。
⑦若君は江戸の藩邸に
――あの事件からおよそ6年後。
フェートン号事件の失態で長崎警備には一切、手を抜けなくなったが、佐賀藩は日常を取り戻していた。

――江戸の佐賀藩邸。
藩主・鍋島斉直の正室は、鳥取藩(池田家)より嫁いだ幸姫。
2人の間には世継ぎとなる嫡子・貞丸も誕生した。
「幸!でかした!」
「若君は、強い子に育てとうございます。」
武勇に優れる鳥取藩・池田家。
貞丸にはその血筋も受け継がれていたのである。
この貞丸こそが、後の鍋島直正である。
母の想いが実ったのか、貞丸は武芸の稽古を怠ることはなかった。
――しかし、藩主・鍋島斉直の暮らし向きは贅沢になっていった。
さらに歳月は流れ、フェートン号事件からも十数年が経過した頃。
事件を忘れ去ろうとする者も多かった。
「謹慎の頃は実に窮屈であった…。あのような暮らしは二度と御免じゃ。」
「御意にござります。かって窮屈な思いをされた分、少し羽を伸ばされても良いかと。」
「そうじゃな。」
斉直は都合の良いことを言う側近を重用するようになっていた。
しかし、事件を忘れず、苦言を呈し続ける人物もいた。
「古賀穀堂が、殿にお目通りを願っております。いかがなさいましょうか。」
「何…また穀堂か。気が乗らぬ。忙しいと言って断れ。」
――佐賀藩の儒学者である古賀穀堂。
フェートン号事件に強い衝撃を受けた1人である。
「儂の学んできた儒学では、国は守れぬ。異国船に儒学の理は通じぬのだ…」
「兵を満足に動かせるためには、国が富む必要がある。実践できる学問を大事にせねば!」
古賀穀堂は、藩主・斉直に様々な改革案を提出していた。そして説明にも足を運んでいたのである。
しかし最近では、斉直に会うことができない状況が続いていた。
はっきり言えば藩主にも側近たちにも煙たがられていた。
「お主のような学者は考えることが仕事であろうが、儂らはそうではないのでな。」
側近の1人は、穀堂を嘲笑するかのように言い放った。
「本日は、これにて失礼する!」
今日も斉直に会うことができなかった穀堂。
「あやつのような、学ばない者が殿の傍に居てはならぬ…」
帰り道、穀堂は怒りを抑えるのに必死だった。
――しかし、希望の灯はあった。
藩主・鍋島斉直は妙案を思い付いた。
「正直、穀堂の話を聞くのは気詰まりだ。しかし語る中身は正しいのであろう。」
「では、いかがいたしますか。」
「世継ぎの貞丸に、学問を講ずる栄誉を与えよう。」
「ははは…さすがは殿!それは良き策にございますな。」
斉直の発案に対して、側近はすかさず相槌を打った。
――古賀穀堂は、幼い貞丸(後の鍋島直正)に学問を教え始めた。
「こくどう!お主は余がまなべば、民をしあわせにできると申しておったな。」
「申し上げました。若君。」
貞丸は前回の穀堂の話を良く覚えていた。
「では、余はたくさん学ぶことにするぞ。」
「良い心掛けです。」
「どの国の若君よりも、いちばん学ぶぞ。」
「おおっ!」
若君の力強い宣言に、穀堂は笑みを浮かべた。
――そして、教育係・穀堂の貞丸への期待は高まっていく。

「この若君であれば…貞丸様なれば、佐賀を救えるかもしれぬ。」
「こくどう!ハゼの木を植えて豊かになる話を、いま一度おしえよ!」
「先日、たまたま口走ったことを!何たる利発さ…」
「こくどう!田畑をたがやす者が、土地を失っておるとも聞くぞ。」
「…これは、佐賀だけの話ではないぞ。あるいは、この国の全てを救うお方かも知れぬ…」
習うだけでなく、自身で学問を深めていく貞丸。熱心な若君に穀堂は感嘆した。
「穀堂は一番学ぶ若君の先生ゆえ、師として、もっと学ばねばなりませぬ…」
次第に穀堂の目頭は熱くなっていった。さりげなく若君から視線を外し、藩邸の庭を見やる。
「こくどう?どうしたのだ…?」
「若君は頼もしくなられていきますな。それにしても…今日は陽の光がまばゆい!しばし、お待ちあれ。」
…穀堂は、不意に出てきた感激の涙に慌て、柄にもない照れ隠しをした。
(次回:第2話「算盤大名」に続く)
第1話「長崎警護」の最終盤になって、ようやく“佐賀の七賢人”鍋島直正が登場します。詳しくいうと、誕生から小学生くらいの年齢に成長します。
この大河ドラマのイメージですが、とくに序盤は1話あたりの年数が長く、登場人物も多いので展開はとても早いです。
長編だった第1話も、もうすぐ終了。75分の放送時間で60分頃のイメージです。
⑦若君は江戸の藩邸に
――あの事件からおよそ6年後。
フェートン号事件の失態で長崎警備には一切、手を抜けなくなったが、佐賀藩は日常を取り戻していた。

――江戸の佐賀藩邸。
藩主・鍋島斉直の正室は、鳥取藩(池田家)より嫁いだ幸姫。
2人の間には世継ぎとなる嫡子・貞丸も誕生した。
「幸!でかした!」
「若君は、強い子に育てとうございます。」
武勇に優れる鳥取藩・池田家。
貞丸にはその血筋も受け継がれていたのである。
この貞丸こそが、後の鍋島直正である。
母の想いが実ったのか、貞丸は武芸の稽古を怠ることはなかった。
――しかし、藩主・鍋島斉直の暮らし向きは贅沢になっていった。
さらに歳月は流れ、フェートン号事件からも十数年が経過した頃。
事件を忘れ去ろうとする者も多かった。
「謹慎の頃は実に窮屈であった…。あのような暮らしは二度と御免じゃ。」
「御意にござります。かって窮屈な思いをされた分、少し羽を伸ばされても良いかと。」
「そうじゃな。」
斉直は都合の良いことを言う側近を重用するようになっていた。
しかし、事件を忘れず、苦言を呈し続ける人物もいた。
「古賀穀堂が、殿にお目通りを願っております。いかがなさいましょうか。」
「何…また穀堂か。気が乗らぬ。忙しいと言って断れ。」
――佐賀藩の儒学者である古賀穀堂。
フェートン号事件に強い衝撃を受けた1人である。
「儂の学んできた儒学では、国は守れぬ。異国船に儒学の理は通じぬのだ…」
「兵を満足に動かせるためには、国が富む必要がある。実践できる学問を大事にせねば!」
古賀穀堂は、藩主・斉直に様々な改革案を提出していた。そして説明にも足を運んでいたのである。
しかし最近では、斉直に会うことができない状況が続いていた。
はっきり言えば藩主にも側近たちにも煙たがられていた。
「お主のような学者は考えることが仕事であろうが、儂らはそうではないのでな。」
側近の1人は、穀堂を嘲笑するかのように言い放った。
「本日は、これにて失礼する!」
今日も斉直に会うことができなかった穀堂。
「あやつのような、学ばない者が殿の傍に居てはならぬ…」
帰り道、穀堂は怒りを抑えるのに必死だった。
――しかし、希望の灯はあった。
藩主・鍋島斉直は妙案を思い付いた。
「正直、穀堂の話を聞くのは気詰まりだ。しかし語る中身は正しいのであろう。」
「では、いかがいたしますか。」
「世継ぎの貞丸に、学問を講ずる栄誉を与えよう。」
「ははは…さすがは殿!それは良き策にございますな。」
斉直の発案に対して、側近はすかさず相槌を打った。
――古賀穀堂は、幼い貞丸(後の鍋島直正)に学問を教え始めた。
「こくどう!お主は余がまなべば、民をしあわせにできると申しておったな。」
「申し上げました。若君。」
貞丸は前回の穀堂の話を良く覚えていた。
「では、余はたくさん学ぶことにするぞ。」
「良い心掛けです。」
「どの国の若君よりも、いちばん学ぶぞ。」
「おおっ!」
若君の力強い宣言に、穀堂は笑みを浮かべた。
――そして、教育係・穀堂の貞丸への期待は高まっていく。

「この若君であれば…貞丸様なれば、佐賀を救えるかもしれぬ。」
「こくどう!ハゼの木を植えて豊かになる話を、いま一度おしえよ!」
「先日、たまたま口走ったことを!何たる利発さ…」
「こくどう!田畑をたがやす者が、土地を失っておるとも聞くぞ。」
「…これは、佐賀だけの話ではないぞ。あるいは、この国の全てを救うお方かも知れぬ…」
習うだけでなく、自身で学問を深めていく貞丸。熱心な若君に穀堂は感嘆した。
「穀堂は一番学ぶ若君の先生ゆえ、師として、もっと学ばねばなりませぬ…」
次第に穀堂の目頭は熱くなっていった。さりげなく若君から視線を外し、藩邸の庭を見やる。
「こくどう?どうしたのだ…?」
「若君は頼もしくなられていきますな。それにしても…今日は陽の光がまばゆい!しばし、お待ちあれ。」
…穀堂は、不意に出てきた感激の涙に慌て、柄にもない照れ隠しをした。
(次回:第2話「算盤大名」に続く)
2020年01月24日
第1話「長崎警護」⑥-3
こんばんは。
昨日の続き。75分中、50分ほど経過したイメージです。
ここからは、佐賀藩が中心の話になっていきます。
第1話のエピソードは1808年のフェートン号事件を題材としています。浦賀にペリーの黒船が来航して、日本中が大騒ぎになる45年前の出来事です。
――長崎奉行はフェートン号事件について、幕府への報告を行った。
信頼できる部下に後事を託し、長崎奉行・松平康英は責任を取って切腹した。
オランダ商館員2名を救出し、港の船にも被害が出ないよう奮闘した長崎奉行。しかし、国の表玄関で、幕府が異国船の横暴を止められなかった事実は重かった。
「佐賀の鍋島家、異国抑えのお役目を怠ること、極めて不届き…」
遺書には、長崎警護の人数を大幅に削減していた佐賀藩が名指しで非難されていた。
――幕府から佐賀藩に厳しい処分が行われる。
佐賀藩主・鍋島斉直には百日の閉門が命じられた。
異例の厳しい処分で、一切の外部との交流を絶たれた佐賀藩主。
――そして、長崎警備に関係する家老にはさらなる厳罰が下った。

若侍と上役(家老)が最後の会話をしている。
「おいたわしい…まさか、このような御沙汰が…。」
「致し方ない。儂はお役目を果たせなかったのだからな。」
「長崎から兵を引いたのは、ご家老ではありません!」
「…めったなことを申すな。責を負うべきは儂だ。」
「そうじゃ。この前話していたお主の縁談だが。」
「このようなときに、何をおっしゃいますか…!」
若侍は涙目である。
「うちの娘はどうか、と考えておった。」
「…何をおっしゃいますか!?」
若侍は、非常にわかりやすい困惑を示した。
「お前はとことん鈍いやつじゃな。それでは出世は縁遠いのう。」
「しかし家柄がまったく釣り合いませぬ。」
「近いうちに、身分ばかりを気にする世ではなくなるだろう。」
上役は、未来を見通すかのように少し遠い目をした。
「お主のように蘭学に明るい者は、今後見込みがあると考えておるぞ。いろいろ気にかけてやってくれ。」
「義父上っ!」
「…調子のよい奴め。まぁ一度はそう呼ばれてみたかった。これで満足じゃ。」
上役(家老)は、白装束を身に着けている。
それは今生の別れを意味した。
妻子との最後の別れへと向かう、上役の白い背中を見ていた。
若侍は、得体の知れない怒りを感じ、右拳を握りしめていた…
「おのれ、無法な異国船は、ことごとく私が沈めてやる!」
謹慎の意を示すため、城下では祭事や鳴り物の禁止が厳命された。武士も町衆も息をひそめて暮らす。
佐賀の城下は灯が消えたような有様となり、正月を迎えても静まりかえっていた。
(続く)
昨日の続き。75分中、50分ほど経過したイメージです。
ここからは、佐賀藩が中心の話になっていきます。
第1話のエピソードは1808年のフェートン号事件を題材としています。浦賀にペリーの黒船が来航して、日本中が大騒ぎになる45年前の出来事です。
――長崎奉行はフェートン号事件について、幕府への報告を行った。
信頼できる部下に後事を託し、長崎奉行・松平康英は責任を取って切腹した。
オランダ商館員2名を救出し、港の船にも被害が出ないよう奮闘した長崎奉行。しかし、国の表玄関で、幕府が異国船の横暴を止められなかった事実は重かった。
「佐賀の鍋島家、異国抑えのお役目を怠ること、極めて不届き…」
遺書には、長崎警護の人数を大幅に削減していた佐賀藩が名指しで非難されていた。
――幕府から佐賀藩に厳しい処分が行われる。
佐賀藩主・鍋島斉直には百日の閉門が命じられた。
異例の厳しい処分で、一切の外部との交流を絶たれた佐賀藩主。
――そして、長崎警備に関係する家老にはさらなる厳罰が下った。

若侍と上役(家老)が最後の会話をしている。
「おいたわしい…まさか、このような御沙汰が…。」
「致し方ない。儂はお役目を果たせなかったのだからな。」
「長崎から兵を引いたのは、ご家老ではありません!」
「…めったなことを申すな。責を負うべきは儂だ。」
「そうじゃ。この前話していたお主の縁談だが。」
「このようなときに、何をおっしゃいますか…!」
若侍は涙目である。
「うちの娘はどうか、と考えておった。」
「…何をおっしゃいますか!?」
若侍は、非常にわかりやすい困惑を示した。
「お前はとことん鈍いやつじゃな。それでは出世は縁遠いのう。」
「しかし家柄がまったく釣り合いませぬ。」
「近いうちに、身分ばかりを気にする世ではなくなるだろう。」
上役は、未来を見通すかのように少し遠い目をした。
「お主のように蘭学に明るい者は、今後見込みがあると考えておるぞ。いろいろ気にかけてやってくれ。」
「義父上っ!」
「…調子のよい奴め。まぁ一度はそう呼ばれてみたかった。これで満足じゃ。」
上役(家老)は、白装束を身に着けている。
それは今生の別れを意味した。
妻子との最後の別れへと向かう、上役の白い背中を見ていた。
若侍は、得体の知れない怒りを感じ、右拳を握りしめていた…
「おのれ、無法な異国船は、ことごとく私が沈めてやる!」
謹慎の意を示すため、城下では祭事や鳴り物の禁止が厳命された。武士も町衆も息をひそめて暮らす。
佐賀の城下は灯が消えたような有様となり、正月を迎えても静まりかえっていた。
(続く)
2020年01月23日
第1話「長崎警護」⑥-2
こんばんは。
前回の続きです。75分の放送中、45分を回ったイメージです。
――翌朝の未明。

長崎奉行所に、待望の戦力が到着する。
「開門を願う!大村純昌、ただいま参陣した!」
まだ夜も明けきらぬうちに、肥前大村藩が長崎に到着した。
武装した大村藩兵が奉行所の近くに待機していた。
「おおっ!大村どのか!」
長崎奉行・松平康英、待ち望んだ戦力の到着に喜びを隠せない。
「遅くなり申した!」
肥前大村藩の若き藩主、大村純昌が応える。精悍な顔つきである。
大村藩の居城・玖島城は現在の長崎県大村市にある。
船が直接出入りのできる、いわゆる“海城”が本拠地なのである。
――奉行の喜びはそのまま、大村藩への期待でもあった。
若き大村藩主は、よく通る声でこう言った。
「異国船を焼き討つ支度をしております。」
「大村どの!我が意を得たり!」
…松平康英は、大村藩の手回しの良さに感銘を受けた。
「伝令のお役人から、詳しくお聞きしましたゆえ。」
…奉行所の組織も、非常時に適応しつつある。康英は潮目が変わったと判断する。
「不埒な異国船を討つぞ。もはや人質はおらん。不意を突いて近づけば勝機はある。」
「心得ました。大村にも小舟の扱いに長けた者がおります。」
――着々と、フェートン号を焼き討ちする作戦が練られていた…
その時、伝令が走り込む。
「申し上げます!件の軍船が動き出しております!」

「なにっ!」
奉行と大村藩主は、物見台に移動する。
――フェートン号は既に錨を上げ、長崎港外へと向かっていた。
当然、奉行所には追撃できる性能の軍船の持ち合わせはない。
こうして、長崎奉行所と肥前大村藩による“異国船との戦”は幻に終わった。
(続く)
前回の続きです。75分の放送中、45分を回ったイメージです。
――翌朝の未明。

長崎奉行所に、待望の戦力が到着する。
「開門を願う!大村純昌、ただいま参陣した!」
まだ夜も明けきらぬうちに、肥前大村藩が長崎に到着した。
武装した大村藩兵が奉行所の近くに待機していた。
「おおっ!大村どのか!」
長崎奉行・松平康英、待ち望んだ戦力の到着に喜びを隠せない。
「遅くなり申した!」
肥前大村藩の若き藩主、大村純昌が応える。精悍な顔つきである。
大村藩の居城・玖島城は現在の長崎県大村市にある。
船が直接出入りのできる、いわゆる“海城”が本拠地なのである。
――奉行の喜びはそのまま、大村藩への期待でもあった。
若き大村藩主は、よく通る声でこう言った。
「異国船を焼き討つ支度をしております。」
「大村どの!我が意を得たり!」
…松平康英は、大村藩の手回しの良さに感銘を受けた。
「伝令のお役人から、詳しくお聞きしましたゆえ。」
…奉行所の組織も、非常時に適応しつつある。康英は潮目が変わったと判断する。
「不埒な異国船を討つぞ。もはや人質はおらん。不意を突いて近づけば勝機はある。」
「心得ました。大村にも小舟の扱いに長けた者がおります。」
――着々と、フェートン号を焼き討ちする作戦が練られていた…
その時、伝令が走り込む。
「申し上げます!件の軍船が動き出しております!」

「なにっ!」
奉行と大村藩主は、物見台に移動する。
――フェートン号は既に錨を上げ、長崎港外へと向かっていた。
当然、奉行所には追撃できる性能の軍船の持ち合わせはない。
こうして、長崎奉行所と肥前大村藩による“異国船との戦”は幻に終わった。
(続く)
2020年01月21日
第1話「長崎警護」⑥-1
こんばんは。
“佐賀の七賢人”では最年長の鍋島直正が誕生する6年前。
1808年のエピソードを続けています。
初回は75分で放送のイメージ。今までで40分ほど経過したとお考えください。
場面の転換が多いため、その⑥は分割してお送りします。
⑥混乱する佐賀城下。長崎の事件は決着へ
――その頃、佐賀城下にも長崎の異変が伝わっていた。
――ゴンゴン!ガタガタ!!
あちこちで非常事態と出動命令の鐘が、響き渡る。
城下を走り回る侍たち。
――カンカンカンカン!ゴンゴンゴン!
土煙が舞い、砂ぼこりが立つ。
大音声は街全体に反響し、町衆たちも眉をひそめている。
――ある武家屋敷でも走る侍たちが…

ドシン!
…若侍が、走り込んできた同僚と出合い頭に激突する。
「痛たた…何だ、お前か。曲がり角は注意しろ!そうじゃ、ご家老がどこにいったか知らぬか!?」
「私も2日前に囲碁のお相手をしたきり、お会いしてない!」
「それで、どこに居られる?心当たりはないか!」
「私もご家老を探しに来たのだ…まだ長崎に向かったとは聞いていない。佐賀に居られると思う!」
――長崎。事件から1日が経過していた。
いずれかの藩が到着するまで、時間稼ぎを続ける奉行所。
「兵力が整わねば、まともな交渉もできぬ…」
長崎奉行・松平康英は、オランダ商館長に対して商館員2名の救出を約束していた。
しかし手持ち戦力の無い状況では、相手を牽制することも難しい。
――その頃、長崎湾内では
イギリス国旗を掲げた“フェートン号”は武装ボートを出し、我が物顔で偵察をしていた。しかし、こちらも内心は焦っていた。
「この国の連中は、要求に応じないというのか!もしや…我々と戦えるとでも?」
フェートン号の艦長も苛立っていた。
艦長の意を受け、上官が乗組員テッドに指示を出した。
「オランダの奴を1人引っ張って来い。取引の材料にする!」
フェートン号はオランダ商館員1名を解放した。
人質1名と引き換えに、まずは飲料水を確保したのである。
――さらに艦長の指示で“フェートン号”は、長崎奉行所を恫喝した。
奉行所に伝達された内容は、概ねこのように挑発的だった。
「飲料水をもっと出せ!充分な食料!肉も必要だ!もし応じなければ、港の船どもを焼き払う!」
冷静な長崎奉行・松平康英もこれには激昂した。
「何たる屈辱!佐賀の…鍋島の兵力さえあれば、数では圧倒できたものを…」
怒りに震える奉行を部下たちは不安げに見つめた。
「商館員の無事の帰還が第一」
オランダ商館長との約束がある。
長崎港内には、多数の和船や唐船もあり、長崎奉行所はそれらも守らねばならなかった。
フェートン号の要求には、応じるほかなかった。
他に手立てもなく、奉行所は飲料水、食料を用意した。
肉については、オランダ商館から家畜を提供してもらった。
本来ならば、無法な異国船の要求を蹴りたかった長崎奉行。
オランダ商館長との約束、長崎港内の船の安全のため、苦渋の決断で要求に応じた。
結果、2人目の商館員も無事に解放された。
(続く)
“佐賀の七賢人”では最年長の鍋島直正が誕生する6年前。
1808年のエピソードを続けています。
初回は75分で放送のイメージ。今までで40分ほど経過したとお考えください。
場面の転換が多いため、その⑥は分割してお送りします。
⑥混乱する佐賀城下。長崎の事件は決着へ
――その頃、佐賀城下にも長崎の異変が伝わっていた。
――ゴンゴン!ガタガタ!!
あちこちで非常事態と出動命令の鐘が、響き渡る。
城下を走り回る侍たち。
――カンカンカンカン!ゴンゴンゴン!
土煙が舞い、砂ぼこりが立つ。
大音声は街全体に反響し、町衆たちも眉をひそめている。
――ある武家屋敷でも走る侍たちが…

ドシン!
…若侍が、走り込んできた同僚と出合い頭に激突する。
「痛たた…何だ、お前か。曲がり角は注意しろ!そうじゃ、ご家老がどこにいったか知らぬか!?」
「私も2日前に囲碁のお相手をしたきり、お会いしてない!」
「それで、どこに居られる?心当たりはないか!」
「私もご家老を探しに来たのだ…まだ長崎に向かったとは聞いていない。佐賀に居られると思う!」
――長崎。事件から1日が経過していた。
いずれかの藩が到着するまで、時間稼ぎを続ける奉行所。
「兵力が整わねば、まともな交渉もできぬ…」
長崎奉行・松平康英は、オランダ商館長に対して商館員2名の救出を約束していた。
しかし手持ち戦力の無い状況では、相手を牽制することも難しい。
――その頃、長崎湾内では
イギリス国旗を掲げた“フェートン号”は武装ボートを出し、我が物顔で偵察をしていた。しかし、こちらも内心は焦っていた。
「この国の連中は、要求に応じないというのか!もしや…我々と戦えるとでも?」
フェートン号の艦長も苛立っていた。
艦長の意を受け、上官が乗組員テッドに指示を出した。
「オランダの奴を1人引っ張って来い。取引の材料にする!」
フェートン号はオランダ商館員1名を解放した。
人質1名と引き換えに、まずは飲料水を確保したのである。
――さらに艦長の指示で“フェートン号”は、長崎奉行所を恫喝した。
奉行所に伝達された内容は、概ねこのように挑発的だった。
「飲料水をもっと出せ!充分な食料!肉も必要だ!もし応じなければ、港の船どもを焼き払う!」
冷静な長崎奉行・松平康英もこれには激昂した。
「何たる屈辱!佐賀の…鍋島の兵力さえあれば、数では圧倒できたものを…」
怒りに震える奉行を部下たちは不安げに見つめた。
「商館員の無事の帰還が第一」
オランダ商館長との約束がある。
長崎港内には、多数の和船や唐船もあり、長崎奉行所はそれらも守らねばならなかった。
フェートン号の要求には、応じるほかなかった。
他に手立てもなく、奉行所は飲料水、食料を用意した。
肉については、オランダ商館から家畜を提供してもらった。
本来ならば、無法な異国船の要求を蹴りたかった長崎奉行。
オランダ商館長との約束、長崎港内の船の安全のため、苦渋の決断で要求に応じた。
結果、2人目の商館員も無事に解放された。
(続く)