2020年01月26日
第2話「算盤大名」(予告)
こんにちは。
いつもご覧いただいている皆様。第1話「長崎警護」はいかがだったでしょうか。
幕末佐賀藩の大河ドラマの始まりは、こういう描き方にしてほしい…という私の願望を盛り込んでみました。
既に投稿した第1話とこれからの第2話について、関連の記事を紹介します。
一部、この先に展開する内容も含んでいますが、よろしければご参照ください。
さて、第2話の予告です。
1.タイトル
第2話「算盤大名」
2.設定
年代:1825年~1835年頃
主な舞台:佐賀
登場七賢人:鍋島直正
◎タイムテーブル:第2回からは45分の通常放送…というイメージです。
〇オープニング
(5分)
①異国船打払令。長崎御番と勘定方の反応。
(10分)
②武雄領主・鍋島茂義
(20分)
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
(30分)
④進まない倹約と若殿の苦闘
(40分)
⑤佐賀城の火災と逆転
3.主要登場人物
〔佐賀藩(本藩)〕
鍋島直正…17歳で第10代佐賀藩主に。当時は斉正と名乗る。
盛姫…直正の正室。江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
古川松根…幼少期から直正と一緒に育ち、苦楽をともにする側近。
古賀穀堂…幼少の時から直正の教育係。佐賀藩儒学者。
鍋島斉直…第9代佐賀藩主(直正の父)。浪費の傾向あり。
〔佐賀藩(武雄領)〕
鍋島茂義…20代前半で藩の請役(筆頭家老)。蘭学に情熱を持ち、行動力は抜群。
平山醇左衛門…武雄領の中でも蘭学に優れる。よく長崎に赴いており、砲術に詳しい。
〔その他の主なキャスト(参考)〕
佐賀藩士(長崎御番)…第1話の若侍。長崎の砲台強化に奮闘する。
佐賀藩士(勘定方)…第1話の若侍の同僚。今は勘定方として活躍。
④プロローグ、あらすじ
“フェートン号”の長崎侵入から17年。この間も日本の沿海には異国船が続々と姿を見せる。沿岸では食料等を奪われる事件も後を絶たなかった。
佐賀藩は、長崎警備の人員を勝手に減らしたことで、一度厳罰に処されている。財政赤字は膨らむ一方だったが、以前のように兵員削減を図ることもできなかった。
藩主・鍋島斉直は、苦言を呈する者を遠ざけ、現実から逃避するような遊興にも浸る。負の循環が佐賀藩を取り巻き、すでに藩の財政は破綻寸前の状況にあった。
そんな折、度重なる異国船絡みの事件に、ついに幕府は決断する。
――時は、1825年。
その年、異国船の打払が、諸大名に命じられた。
いつもご覧いただいている皆様。第1話「長崎警護」はいかがだったでしょうか。
幕末佐賀藩の大河ドラマの始まりは、こういう描き方にしてほしい…という私の願望を盛り込んでみました。
既に投稿した第1話とこれからの第2話について、関連の記事を紹介します。
一部、この先に展開する内容も含んでいますが、よろしければご参照ください。
2019/12/10
2019/12/16
さて、第2話の予告です。
1.タイトル
第2話「算盤大名」
2.設定
年代:1825年~1835年頃
主な舞台:佐賀
登場七賢人:鍋島直正
◎タイムテーブル:第2回からは45分の通常放送…というイメージです。
〇オープニング
(5分)
①異国船打払令。長崎御番と勘定方の反応。
(10分)
②武雄領主・鍋島茂義
(20分)
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
(30分)
④進まない倹約と若殿の苦闘
(40分)
⑤佐賀城の火災と逆転
3.主要登場人物
〔佐賀藩(本藩)〕
鍋島直正…17歳で第10代佐賀藩主に。当時は斉正と名乗る。
盛姫…直正の正室。江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
古川松根…幼少期から直正と一緒に育ち、苦楽をともにする側近。
古賀穀堂…幼少の時から直正の教育係。佐賀藩儒学者。
鍋島斉直…第9代佐賀藩主(直正の父)。浪費の傾向あり。
〔佐賀藩(武雄領)〕
鍋島茂義…20代前半で藩の請役(筆頭家老)。蘭学に情熱を持ち、行動力は抜群。
平山醇左衛門…武雄領の中でも蘭学に優れる。よく長崎に赴いており、砲術に詳しい。
〔その他の主なキャスト(参考)〕
佐賀藩士(長崎御番)…第1話の若侍。長崎の砲台強化に奮闘する。
佐賀藩士(勘定方)…第1話の若侍の同僚。今は勘定方として活躍。
④プロローグ、あらすじ
“フェートン号”の長崎侵入から17年。この間も日本の沿海には異国船が続々と姿を見せる。沿岸では食料等を奪われる事件も後を絶たなかった。
佐賀藩は、長崎警備の人員を勝手に減らしたことで、一度厳罰に処されている。財政赤字は膨らむ一方だったが、以前のように兵員削減を図ることもできなかった。
藩主・鍋島斉直は、苦言を呈する者を遠ざけ、現実から逃避するような遊興にも浸る。負の循環が佐賀藩を取り巻き、すでに藩の財政は破綻寸前の状況にあった。
そんな折、度重なる異国船絡みの事件に、ついに幕府は決断する。
――時は、1825年。
その年、異国船の打払が、諸大名に命じられた。
2020年01月27日
第2話「算盤大名」①
こんばんは。
「麒麟がくる」第2話も面白かったです…少し昔の大河ドラマを見ていたときの気分を感じます。
当ブログでは、私が見たい幕末佐賀藩の大河ドラマのイメージをお送りしております。今回から第2話です。
…45分の通常放送として、5分ほど経過したとお考えください。
①異国船打払令
――1825年。第1話より17年の時を経て。
ガツン!
走り込んだ長崎御番の侍、急ぎ足の勘定方が、出合い頭に衝突する。

「痛たたっ…やはり、お前か!曲がり角は注意しろと、いつぞやも申したよな!」
「申し訳ない!お主ら勘定方に急ぎの用があってな。」
「長崎御番からの話とは不安だ。先に聞いておく。」
「公儀(幕府)から異国船打払のお触れが出た!!」
異国船打払令は「躊躇なく打払え!」との趣旨から“無二念打払令”とも言う。
とくに日本の表玄関、長崎を警備する佐賀藩にとっては重大事だった。
これで法令上は、清とオランダ以外の異国船は打払う義務が課されたのである。
――第1話では若侍だった2人も17年間、お役目に励み、齢を重ねていた。
今や長崎警護と会計部門(勘定方)で、各々が責任ある立場である。
「何やら嬉しそうだな…。また、長崎に資金をつぎ込めと申すか!」
「その通りだ!これで砲台の強化を急げと、公儀(幕府)から、ご命令が出たも同然だ。」
「…お主ら、長崎御番が勘定方で何と呼ばれておるか知っておるか。」
「…存ぜぬ。」
「“金食い虫”だ!」
「概ね予想どおりだ。しかし私は負けない!なぜなら無法な異国船は、義父の仇だからだ!」
「そこで私怨を持ち出すな。そんな資金の余裕があると思うか!」
この長崎御番と勘定方は、旧知の間柄である。双方とも言葉に遠慮がない。
「そうだ。長崎の台場について、請役様にもご説明をするのだ。」
「請役様といえば…武雄の若さまか!」
勘定方の表情が変わった。
――請役さまとは、武雄領の鍋島茂義のことである。
20代前半という異例の若さで、藩政のナンバー2である請役(筆頭家老)に就任していた。
鍋島茂義の蘭学好きは尋常ではない。
西洋の文物を研究し、長崎にも人脈を持っていた。
一方で、浪費の抑制には手段を選ばない。
その過激な行動は勘定方でも話題となっていた。
「公儀、長崎、請役さま…」
勘定方は何やらつぶやき始め、計算のようなことを始めた。
「もう結論は見えた。資金繰りの根回しを始めておく。」
「恩に着る!」
こうして、佐賀藩の長崎警護にはさらに出費が嵩むのである。
(続く)
「麒麟がくる」第2話も面白かったです…少し昔の大河ドラマを見ていたときの気分を感じます。
当ブログでは、私が見たい幕末佐賀藩の大河ドラマのイメージをお送りしております。今回から第2話です。
…45分の通常放送として、5分ほど経過したとお考えください。
①異国船打払令
――1825年。第1話より17年の時を経て。
ガツン!
走り込んだ長崎御番の侍、急ぎ足の勘定方が、出合い頭に衝突する。

「痛たたっ…やはり、お前か!曲がり角は注意しろと、いつぞやも申したよな!」
「申し訳ない!お主ら勘定方に急ぎの用があってな。」
「長崎御番からの話とは不安だ。先に聞いておく。」
「公儀(幕府)から異国船打払のお触れが出た!!」
異国船打払令は「躊躇なく打払え!」との趣旨から“無二念打払令”とも言う。
とくに日本の表玄関、長崎を警備する佐賀藩にとっては重大事だった。
これで法令上は、清とオランダ以外の異国船は打払う義務が課されたのである。
――第1話では若侍だった2人も17年間、お役目に励み、齢を重ねていた。
今や長崎警護と会計部門(勘定方)で、各々が責任ある立場である。
「何やら嬉しそうだな…。また、長崎に資金をつぎ込めと申すか!」
「その通りだ!これで砲台の強化を急げと、公儀(幕府)から、ご命令が出たも同然だ。」
「…お主ら、長崎御番が勘定方で何と呼ばれておるか知っておるか。」
「…存ぜぬ。」
「“金食い虫”だ!」
「概ね予想どおりだ。しかし私は負けない!なぜなら無法な異国船は、義父の仇だからだ!」
「そこで私怨を持ち出すな。そんな資金の余裕があると思うか!」
この長崎御番と勘定方は、旧知の間柄である。双方とも言葉に遠慮がない。
「そうだ。長崎の台場について、請役様にもご説明をするのだ。」
「請役様といえば…武雄の若さまか!」
勘定方の表情が変わった。
――請役さまとは、武雄領の鍋島茂義のことである。
20代前半という異例の若さで、藩政のナンバー2である請役(筆頭家老)に就任していた。
鍋島茂義の蘭学好きは尋常ではない。
西洋の文物を研究し、長崎にも人脈を持っていた。
一方で、浪費の抑制には手段を選ばない。
その過激な行動は勘定方でも話題となっていた。
「公儀、長崎、請役さま…」
勘定方は何やらつぶやき始め、計算のようなことを始めた。
「もう結論は見えた。資金繰りの根回しを始めておく。」
「恩に着る!」
こうして、佐賀藩の長崎警護にはさらに出費が嵩むのである。
(続く)
2020年01月28日
第2話「算盤大名」②-1
こんばんは。
昨日の続きです。第2回放送開始後、10分経過のイメージです。
②武雄領の鍋島茂義という人物
――異国船打払令が出た翌年。
藩主・鍋島斉直は激怒していた。側近にこう告げる。
「ただちに、茂義を呼べ!」
――現在の佐賀県西部にある、佐賀藩自治領・武雄。
かつて北九州一帯を支配し、鍋島家にとって主家であった龍造寺家。
武雄領主は、その龍造寺一門の流れを汲みつつも、江戸期より鍋島姓を名乗っている。

――鍋島茂義が、佐賀城に姿を見せた。
「お主、なぜ呼ばれたかは、わかっておろうな!」
怒りに肩を震わせる藩主・斉直。
久しぶりの緊張感。ぬるま湯に漬かりきった側近たちが慌てる。
「概ね、察しは付きまする。」
藩主の怒りを堂々と受け止める、鍋島茂義。肝が座っている。
「ほう、わかっておると申すか!」
「殿を遊興の道へといざなう“悪の巣窟”を叩き申した!」
まったく遠慮のない言葉を遣う。
江戸の品川には藩主・斉直が遊ぶための屋敷があった。
鍋島茂義は、財政を圧迫するムダの象徴として、その屋敷をまるごと破却した。
「貴様…っ!切腹じゃ!!」
言うなれば“楽園”を破壊された、斉直の怒りは凄まじかった。
「ほう…切腹でござるか。」
まったく動じない、鍋島茂義。
「茂義様!早く謝ってくだされ!」
斉直の側近たちが右往左往する。茂義の家来は顔面蒼白である。
「くっ・・・ひとまず下がっておれ!」
怒りに任せた切腹の命令を真正面から受け止められ、逆に斉直がたじろぐ。
このときばかりは、斉直の側近も動きが早かった。
大急ぎで方々の、鍋島家の一門の有力者に仲裁を依頼して回る。
――かろうじて、鍋島茂義の切腹の処分は撤回された。
「はっはっは…またしてもやり過ぎてしもうたか!」
「…毎度のことながら、生きた心地がしませんでした!殿には肝を冷やされます…」
「冷えた体には、武雄の湯が効くではないか!戻り次第、ひと風呂浴びるとしよう。」
「…若様、そのような問題ではございません…」
藩の請役を解任された鍋島茂義と家来衆は、ひとまず武雄領に戻るのだった。
(続く)
昨日の続きです。第2回放送開始後、10分経過のイメージです。
②武雄領の鍋島茂義という人物
――異国船打払令が出た翌年。
藩主・鍋島斉直は激怒していた。側近にこう告げる。
「ただちに、茂義を呼べ!」
――現在の佐賀県西部にある、佐賀藩自治領・武雄。
かつて北九州一帯を支配し、鍋島家にとって主家であった龍造寺家。
武雄領主は、その龍造寺一門の流れを汲みつつも、江戸期より鍋島姓を名乗っている。

――鍋島茂義が、佐賀城に姿を見せた。
「お主、なぜ呼ばれたかは、わかっておろうな!」
怒りに肩を震わせる藩主・斉直。
久しぶりの緊張感。ぬるま湯に漬かりきった側近たちが慌てる。
「概ね、察しは付きまする。」
藩主の怒りを堂々と受け止める、鍋島茂義。肝が座っている。
「ほう、わかっておると申すか!」
「殿を遊興の道へといざなう“悪の巣窟”を叩き申した!」
まったく遠慮のない言葉を遣う。
江戸の品川には藩主・斉直が遊ぶための屋敷があった。
鍋島茂義は、財政を圧迫するムダの象徴として、その屋敷をまるごと破却した。
「貴様…っ!切腹じゃ!!」
言うなれば“楽園”を破壊された、斉直の怒りは凄まじかった。
「ほう…切腹でござるか。」
まったく動じない、鍋島茂義。
「茂義様!早く謝ってくだされ!」
斉直の側近たちが右往左往する。茂義の家来は顔面蒼白である。
「くっ・・・ひとまず下がっておれ!」
怒りに任せた切腹の命令を真正面から受け止められ、逆に斉直がたじろぐ。
このときばかりは、斉直の側近も動きが早かった。
大急ぎで方々の、鍋島家の一門の有力者に仲裁を依頼して回る。
――かろうじて、鍋島茂義の切腹の処分は撤回された。
「はっはっは…またしてもやり過ぎてしもうたか!」
「…毎度のことながら、生きた心地がしませんでした!殿には肝を冷やされます…」
「冷えた体には、武雄の湯が効くではないか!戻り次第、ひと風呂浴びるとしよう。」
「…若様、そのような問題ではございません…」
藩の請役を解任された鍋島茂義と家来衆は、ひとまず武雄領に戻るのだった。
(続く)
2020年01月29日
第2話「算盤大名」②-2
こんばんは。
昨日に続いて、幕末に活躍した武雄領主・鍋島茂義の人物像を描きます。
45分中15分経過のイメージです。
――茂義は、武雄温泉に浸かっていた
「あまり腑抜けていてもいかんが…武雄の湯は極楽じゃのう。」
「武雄の湯は、五洲第一(世界一)であるな。いかな異国にもこれほどの湯はあるまい。」
すぐに、異国のことを考えるのが茂義である。
幼い日に長崎からの連絡係より聞いた“フェートン号”事件。
昨今も、近海に出没する異国船。
藩主・斉直の遊興と、茂義の“蘭癖”(西洋かぶれ)。
どちらも費用はかかるのだが、現実から逃避する斉直と、来る時代に立ち向かう茂義には大きな違いがあった。
――ひと息入れた茂義が屋敷に帰ろうとした、その時。

家来の1人が茂義に歩み寄る。
「申し上げます。平山醇左衛門が長崎より戻りました。」
「なに!平山が帰ってきたとな。」
茂義が応じる。
「はっ、一応お耳に入れておこうかと…」
念のため…という気配で家来は続ける。
「無論じゃ!お主は気が利くのぅ!」
報告しただけで、褒められる家来。
――大急ぎで屋敷に戻った茂義。廊下を走る。
「平山~っ!!どこに居るのじゃ!」
「はっ!平山はここに居ります。」
平山醇左衛門は、庭に控えていた。
「平山、平山平山っ!何を控えておる、近う寄れ!長崎は、長崎はどうじゃった!」
切腹は免れたとはいえ、藩の請役も解任されている。
しばらく気詰まりだったため、大好きな蘭学や長崎の話をよほど聞きたいらしい。
「はっ!今回は、町年寄の高島様より砲術の話を伺いました。」
「ほほ…砲術じゃと!聴かせよ。いかなる話じゃ!」
切腹を命じられても動じないが、”砲術”との言葉には浮足立っている。
「高島どのは、オランダの者より砲術を学んでおります!」
「オランダの…!砲術じゃと!」
もはや話が終わる気配はない。茂義は、きわめて熱心に平山に質問を繰り返していた。
「平山帰参の報告は、もう少し後でも良かったか…本日の政務は滞るな…」
そして、家来には気苦労も与えるのだった。
ようやく謹慎が解けた鍋島茂義。仲直りの意味もあってか、佐賀藩(本藩)より姫が嫁いできた。
この”寵姫”は、若君・鍋島直正の姉である。
若君にとって14歳年上の鍋島茂義。
江戸にいたときも、幼い若君にせがまれて、絵を描いてやったりと良き兄貴分だった。
若君の義兄となった茂義は、その後の鍋島直正に強い影響を与えていく。
(続く)
昨日に続いて、幕末に活躍した武雄領主・鍋島茂義の人物像を描きます。
45分中15分経過のイメージです。
――茂義は、武雄温泉に浸かっていた

「あまり腑抜けていてもいかんが…武雄の湯は極楽じゃのう。」
「武雄の湯は、五洲第一(世界一)であるな。いかな異国にもこれほどの湯はあるまい。」
すぐに、異国のことを考えるのが茂義である。
幼い日に長崎からの連絡係より聞いた“フェートン号”事件。
昨今も、近海に出没する異国船。
藩主・斉直の遊興と、茂義の“蘭癖”(西洋かぶれ)。
どちらも費用はかかるのだが、現実から逃避する斉直と、来る時代に立ち向かう茂義には大きな違いがあった。
――ひと息入れた茂義が屋敷に帰ろうとした、その時。

家来の1人が茂義に歩み寄る。
「申し上げます。平山醇左衛門が長崎より戻りました。」
「なに!平山が帰ってきたとな。」
茂義が応じる。
「はっ、一応お耳に入れておこうかと…」
念のため…という気配で家来は続ける。
「無論じゃ!お主は気が利くのぅ!」
報告しただけで、褒められる家来。
――大急ぎで屋敷に戻った茂義。廊下を走る。
「平山~っ!!どこに居るのじゃ!」
「はっ!平山はここに居ります。」
平山醇左衛門は、庭に控えていた。
「平山、平山平山っ!何を控えておる、近う寄れ!長崎は、長崎はどうじゃった!」
切腹は免れたとはいえ、藩の請役も解任されている。
しばらく気詰まりだったため、大好きな蘭学や長崎の話をよほど聞きたいらしい。
「はっ!今回は、町年寄の高島様より砲術の話を伺いました。」
「ほほ…砲術じゃと!聴かせよ。いかなる話じゃ!」
切腹を命じられても動じないが、”砲術”との言葉には浮足立っている。
「高島どのは、オランダの者より砲術を学んでおります!」
「オランダの…!砲術じゃと!」
もはや話が終わる気配はない。茂義は、きわめて熱心に平山に質問を繰り返していた。
「平山帰参の報告は、もう少し後でも良かったか…本日の政務は滞るな…」
そして、家来には気苦労も与えるのだった。
ようやく謹慎が解けた鍋島茂義。仲直りの意味もあってか、佐賀藩(本藩)より姫が嫁いできた。
この”寵姫”は、若君・鍋島直正の姉である。
若君にとって14歳年上の鍋島茂義。
江戸にいたときも、幼い若君にせがまれて、絵を描いてやったりと良き兄貴分だった。
若君の義兄となった茂義は、その後の鍋島直正に強い影響を与えていく。
(続く)
2020年01月30日
第2話「算盤大名」③-1
こんばんは。
第2話も中盤。今回から本格的に鍋島直正が登場します。
放送開始から20分経過のイメージです。
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
――鍋島直正(当時は斉正と名乗る)、数え年で17歳。
参勤交代があった時代。大名の妻(正室)と世継ぎの子は江戸に留め置かれた。そのため、直正は江戸で生まれ育っている。
直正は第10代佐賀藩主に就任し、生まれて初めて佐賀に入ることになった。
現代の感覚でいえば、まだ少年である。
若殿は佐賀に向かう旅路に高揚しているのか、頬が紅潮している。
「盛よ。儂は初めて国に入るぞ。しばし会えぬが江戸の留守を頼む。」
「初めてのお国入り。おめでとうござります。」
直正が話している相手は妻(正室)である。
盛姫は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
直正よりは3歳年上ではあるが、こちらも顔立ちにまだ幼さを残す。
将軍家の中でも、大事に育てられた姫で人柄も良い。
大名のご正室といえば、ほぼ政治的な結婚である。
いわゆる“仮面夫婦”も多いのだが、この2人の仲は良好だった。
――盛姫が嫁いだのは、直正が12歳の頃。
婚礼の翌年。儀式のため、佐賀藩の藩祖(初代藩主の父)・鍋島直茂公の甲冑(鎧)が江戸に持ち込まれた。
その時、盛姫は将軍の娘でありながら、恭しく直茂公の鎧に向かって跪き、直正との間に世継ぎが誕生することを祈願した。
鍋島直正が敬愛して止まない、佐賀藩の藩祖・鍋島直茂。
将軍家の姫にして、この態度を示す盛姫を直正は好ましく想った。
「もしも公儀(幕府)の力添えが必要なことがあれば、私にもお伝えください。」
「盛は、意外に心配性じゃのう。“もしも”の時は、頼りにしておるぞ。」
盛姫の心配をよそに、直正は少年らしく陽気に笑った。
藩主となった直正の旅立ち。
江戸の佐賀藩邸から、大名行列は意気揚々と出発する。
佐賀までは遠い道のり。江戸より街道を西に向かう。
――品川宿に到着した。鍋島家の行列は最初の休憩を取る。
「与一よ。佐賀に着いたら、儂は国を豊かにするぞ。まずは領内を、そして長崎を見聞せねば!」
「はっ、私も殿のお供をいたします!」
直正は“与一”というお供の少年に決意を語っていた。
古川与一は“松根”の名で知られる、幼少期からの直正の側近である。
「それにしても、ひと休みが長いようじゃな。皆、早くも疲れたのかのう。」
「殿…おかしゅうございますな。与一が確かめて参ります。」
与一が様子見に来たことを受け、大名行列の差配をする家来の1人が姿を見せた。
「殿。お耳に入れておきたい話がございます。落ち着いてお聞きくだされ…」
それが良くない話であることは明らかだった。
(続く)
第2話も中盤。今回から本格的に鍋島直正が登場します。
放送開始から20分経過のイメージです。
③“品川の悲劇”と佐賀へのお国入り
――鍋島直正(当時は斉正と名乗る)、数え年で17歳。
参勤交代があった時代。大名の妻(正室)と世継ぎの子は江戸に留め置かれた。そのため、直正は江戸で生まれ育っている。
直正は第10代佐賀藩主に就任し、生まれて初めて佐賀に入ることになった。
現代の感覚でいえば、まだ少年である。
若殿は佐賀に向かう旅路に高揚しているのか、頬が紅潮している。
「盛よ。儂は初めて国に入るぞ。しばし会えぬが江戸の留守を頼む。」
「初めてのお国入り。おめでとうござります。」
直正が話している相手は妻(正室)である。
盛姫は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の娘。
直正よりは3歳年上ではあるが、こちらも顔立ちにまだ幼さを残す。
将軍家の中でも、大事に育てられた姫で人柄も良い。
大名のご正室といえば、ほぼ政治的な結婚である。
いわゆる“仮面夫婦”も多いのだが、この2人の仲は良好だった。
――盛姫が嫁いだのは、直正が12歳の頃。
婚礼の翌年。儀式のため、佐賀藩の藩祖(初代藩主の父)・鍋島直茂公の甲冑(鎧)が江戸に持ち込まれた。
その時、盛姫は将軍の娘でありながら、恭しく直茂公の鎧に向かって跪き、直正との間に世継ぎが誕生することを祈願した。
鍋島直正が敬愛して止まない、佐賀藩の藩祖・鍋島直茂。
将軍家の姫にして、この態度を示す盛姫を直正は好ましく想った。
「もしも公儀(幕府)の力添えが必要なことがあれば、私にもお伝えください。」
「盛は、意外に心配性じゃのう。“もしも”の時は、頼りにしておるぞ。」
盛姫の心配をよそに、直正は少年らしく陽気に笑った。
藩主となった直正の旅立ち。
江戸の佐賀藩邸から、大名行列は意気揚々と出発する。

――品川宿に到着した。鍋島家の行列は最初の休憩を取る。
「与一よ。佐賀に着いたら、儂は国を豊かにするぞ。まずは領内を、そして長崎を見聞せねば!」
「はっ、私も殿のお供をいたします!」
直正は“与一”というお供の少年に決意を語っていた。
古川与一は“松根”の名で知られる、幼少期からの直正の側近である。
「それにしても、ひと休みが長いようじゃな。皆、早くも疲れたのかのう。」
「殿…おかしゅうございますな。与一が確かめて参ります。」
与一が様子見に来たことを受け、大名行列の差配をする家来の1人が姿を見せた。
「殿。お耳に入れておきたい話がございます。落ち着いてお聞きくだされ…」
それが良くない話であることは明らかだった。
(続く)
2020年01月31日
第2話「算盤大名」③-2
こんばんは。昨日の続きです。
ひと時の休憩のはずが、いつまでも出発しない鍋島家の大名行列。
――品川宿の本陣の前には、商人たちが詰めかけていた。
本陣とは、大名行列が宿泊や休憩をする屋敷である。
「新しいお殿様への代替わり、おめでとうございます。」
「つきましては、先代のお殿様の時分の…」
「私どもの売掛の方も…」
その本陣前の騒ぎは、徐々に大きくなっていく。
佐賀の藩主が代替わりしたと聞きつけ、取り立ての好機と判断したらしい。
「私は、ひと月前に御用立てしました、米のお代をいただきに参りました。」
「あっしは、ふた月前の醤油のお代を頂戴しに。」
「おいらはねぇ、三月前の味噌のお代をいただかなきゃ、お店に帰れないんだよ!」
商人たちは、大挙して大名行列を追いかけてきたのだ。
言葉も次第に荒くなる。支払いの目途がたつまで、動く気配も無い。
江戸の佐賀藩邸は、商人たちの売掛金への支払いが遅れがちである。
普段からの負い目があり、商人を無理に追い立てることは勿論できない。
――鍋島直正は家来から、門前の状況について説明を受けた。

「殿。それがしも資金の工面に走ります。御免!!」
行列を差配する家来の1人も、江戸の藩邸に駆け戻る様子だ。
他のお供たちも、金策に走る。
心当たりへの借用、馴染みの商人へは支払の猶予も願わなければならない。
もはや人数も揃っておらず、行列の出発どころではなくなっていた。
――鍋島直正は藩の財政について深く考え、師の古賀穀堂と勉強してきた。
「自ら先頭に立って、お家の勝手向き(財政)を建て直すぞ!」
江戸を出発する前、若殿は師に決意を表明した。
その時、穀堂はその覚悟に感服しつつも、こう付け加えた。
「道のりは平坦ではございませぬ。若殿はたびたび苦難に遭われるでしょう。」
「儂は負けぬぞ。」
「その心意気でござる。穀堂も殿をお支えしましょう。」
――しかし、現実は想像を上回っていた。
まだ少年の2人が、殿と家来の立場を超えて励まし合う。
「与一よ。儂は何も分かっていなかったのだな。」
「殿…穀堂先生もおっしゃっていました。まずは倹約だと。今後は質素に参りましょう。」
「そうだな。与一よ、頑張ろうな。」
「殿。私も挫けません。どこまでも殿をお支えします…」
大名行列が借金の取立に止められた、この事件を俗に“品川の悲劇”という。
佐賀藩の財政困窮はここまで極まっていたのである。

藩士たちの懸命の金策で、なんとか大名行列は出発した。
既に陽は傾き、急ぎ足の行列は、夕日に向かって進んでいた。
(続く)
ひと時の休憩のはずが、いつまでも出発しない鍋島家の大名行列。
――品川宿の本陣の前には、商人たちが詰めかけていた。
本陣とは、大名行列が宿泊や休憩をする屋敷である。
「新しいお殿様への代替わり、おめでとうございます。」
「つきましては、先代のお殿様の時分の…」
「私どもの売掛の方も…」
その本陣前の騒ぎは、徐々に大きくなっていく。
佐賀の藩主が代替わりしたと聞きつけ、取り立ての好機と判断したらしい。
「私は、ひと月前に御用立てしました、米のお代をいただきに参りました。」
「あっしは、ふた月前の醤油のお代を頂戴しに。」
「おいらはねぇ、三月前の味噌のお代をいただかなきゃ、お店に帰れないんだよ!」
商人たちは、大挙して大名行列を追いかけてきたのだ。
言葉も次第に荒くなる。支払いの目途がたつまで、動く気配も無い。
江戸の佐賀藩邸は、商人たちの売掛金への支払いが遅れがちである。
普段からの負い目があり、商人を無理に追い立てることは勿論できない。
――鍋島直正は家来から、門前の状況について説明を受けた。

「殿。それがしも資金の工面に走ります。御免!!」
行列を差配する家来の1人も、江戸の藩邸に駆け戻る様子だ。
他のお供たちも、金策に走る。
心当たりへの借用、馴染みの商人へは支払の猶予も願わなければならない。
もはや人数も揃っておらず、行列の出発どころではなくなっていた。
――鍋島直正は藩の財政について深く考え、師の古賀穀堂と勉強してきた。
「自ら先頭に立って、お家の勝手向き(財政)を建て直すぞ!」
江戸を出発する前、若殿は師に決意を表明した。
その時、穀堂はその覚悟に感服しつつも、こう付け加えた。
「道のりは平坦ではございませぬ。若殿はたびたび苦難に遭われるでしょう。」
「儂は負けぬぞ。」
「その心意気でござる。穀堂も殿をお支えしましょう。」
――しかし、現実は想像を上回っていた。
まだ少年の2人が、殿と家来の立場を超えて励まし合う。
「与一よ。儂は何も分かっていなかったのだな。」
「殿…穀堂先生もおっしゃっていました。まずは倹約だと。今後は質素に参りましょう。」
「そうだな。与一よ、頑張ろうな。」
「殿。私も挫けません。どこまでも殿をお支えします…」
大名行列が借金の取立に止められた、この事件を俗に“品川の悲劇”という。
佐賀藩の財政困窮はここまで極まっていたのである。

藩士たちの懸命の金策で、なんとか大名行列は出発した。
既に陽は傾き、急ぎ足の行列は、夕日に向かって進んでいた。
(続く)
2020年02月01日
第2話「算盤大名」③-3
こんにちは。
鍋島直正が、初めて江戸から佐賀に入ったときの逸話をもとに構成したお話を続けています。
第2話の中盤(③)の3回目の投稿です。
――旅の序盤、品川で借金の取り立てに遭った、鍋島家の大名行列。
家来たちに、少しでも資金を節約しようとの意識が強まり、宿場での滞在時間を削る等の涙ぐましい努力を重ねた。
そして、品川宿以降、概ね1か月の道中は平穏で、一行も落ち着きを取り戻していた。
鍋島直正は行列の中心で、大名駕籠に乗っている。
――行列は、長崎街道を西に進み、轟木宿(現在の佐賀県・鳥栖市)に差し掛かった。
「殿!もうじき佐賀の藩内に入ります!」
品川では、資金繰りのため江戸に駆け戻った家来が、駕籠の外から直正に声をかける。
何とかお国入りまで持ちこたえた。行列の差配役として、声の調子も明るい。
「では、馬を用意してくれぬか。」
「馬でございますか。」
「早速だが、領内を見ておきたいのじゃ。」
「左様なことなれば!殿にお馬を支度せよ!」
行列の差配役の家来が、部下に指示をする。
――直正は駕籠から降り、馬に跨った。
どこまでも広がる田園風景。
大都会・江戸の佐賀藩邸で生まれ育った直正にとって、目新しい光景だった。
「ここが、余が治める国…」
江戸からの長旅。直正の感慨もひとしおだった。
「そして余が何とかせねばならんのだな。」
旅の出鼻を挫かれた品川宿での騒動を思い起こし、すぐに気を引き締めた。
――しばらく行列とともに、馬を進める。
「新しいお殿様じゃ。」
「なんと凛々しい。」
「お噂どおり、とてもお若い…」
領民たちが遠巻きに行列を見守る。
直正は、少しでも領内を見聞しようと落ち着きなく周囲を見回しているので、領民たちと目が合う。
「新しいお殿様は…儂らのことを見てくださっているぞ!」
「なんと!我ら下々の者にまで目配りを!!」
「ありがたや…」
手を合わせる者まで現われ始めた。
お殿様と目が合ったことをきっかけに、領民たちのひそひそ話は、歓声へと変わっていく。
「お殿様~!!!」
遠方から聞こえる声も合わせ、長閑な農村風景は、突如お祭りが始まったようになった。
1人の藩士として行列に加わっていた、直正の教育係・古賀穀堂がつぶやく。
「領民たちの歓声…雷の如し。殿はそれだけ期待されておりますぞ…」
――佐賀藩内を移動し、ようやく佐賀城に入った直正。

佐賀城の大広間には重臣一同が集められていた。
「殿のお成りである。」
「はは~っ」
重臣たちだけでも、数十人いや百人を超えるだろうか。
一斉に威儀をただし、平伏にて座礼をする。
「皆の者、面を上げよ!」
また一斉に顔を見せる重臣たち。
この面々に対して、挨拶もそこそこに直正は言い放った。
「余は此度の国元への旅で、お家の苦しい勝手向き(財政)を知った。」
――就任の挨拶で終わるかと考えていた重臣たち。いきなり核心に入る若殿の言葉にざわめく。
そして、直正はこう続けた。
「この危難に立ち向かうためには、余が率先して倹約し、範を示さねばならぬ。何としてもやり遂げる。お主らも同様に励んでほしい。」
藩主就任早々、いきなりの財政の「危機宣言」と「倹約徹底」の指示。
古くからの重臣たちが呆気に取られたところは否めなかった。
(続く)
鍋島直正が、初めて江戸から佐賀に入ったときの逸話をもとに構成したお話を続けています。
第2話の中盤(③)の3回目の投稿です。
――旅の序盤、品川で借金の取り立てに遭った、鍋島家の大名行列。
家来たちに、少しでも資金を節約しようとの意識が強まり、宿場での滞在時間を削る等の涙ぐましい努力を重ねた。
そして、品川宿以降、概ね1か月の道中は平穏で、一行も落ち着きを取り戻していた。
鍋島直正は行列の中心で、大名駕籠に乗っている。
――行列は、長崎街道を西に進み、轟木宿(現在の佐賀県・鳥栖市)に差し掛かった。
「殿!もうじき佐賀の藩内に入ります!」
品川では、資金繰りのため江戸に駆け戻った家来が、駕籠の外から直正に声をかける。
何とかお国入りまで持ちこたえた。行列の差配役として、声の調子も明るい。
「では、馬を用意してくれぬか。」
「馬でございますか。」
「早速だが、領内を見ておきたいのじゃ。」
「左様なことなれば!殿にお馬を支度せよ!」
行列の差配役の家来が、部下に指示をする。
――直正は駕籠から降り、馬に跨った。
どこまでも広がる田園風景。
大都会・江戸の佐賀藩邸で生まれ育った直正にとって、目新しい光景だった。
「ここが、余が治める国…」
江戸からの長旅。直正の感慨もひとしおだった。
「そして余が何とかせねばならんのだな。」
旅の出鼻を挫かれた品川宿での騒動を思い起こし、すぐに気を引き締めた。
――しばらく行列とともに、馬を進める。
「新しいお殿様じゃ。」
「なんと凛々しい。」
「お噂どおり、とてもお若い…」
領民たちが遠巻きに行列を見守る。
直正は、少しでも領内を見聞しようと落ち着きなく周囲を見回しているので、領民たちと目が合う。
「新しいお殿様は…儂らのことを見てくださっているぞ!」
「なんと!我ら下々の者にまで目配りを!!」
「ありがたや…」
手を合わせる者まで現われ始めた。
お殿様と目が合ったことをきっかけに、領民たちのひそひそ話は、歓声へと変わっていく。
「お殿様~!!!」
遠方から聞こえる声も合わせ、長閑な農村風景は、突如お祭りが始まったようになった。
1人の藩士として行列に加わっていた、直正の教育係・古賀穀堂がつぶやく。
「領民たちの歓声…雷の如し。殿はそれだけ期待されておりますぞ…」
――佐賀藩内を移動し、ようやく佐賀城に入った直正。
佐賀城の大広間には重臣一同が集められていた。
「殿のお成りである。」
「はは~っ」
重臣たちだけでも、数十人いや百人を超えるだろうか。
一斉に威儀をただし、平伏にて座礼をする。
「皆の者、面を上げよ!」
また一斉に顔を見せる重臣たち。
この面々に対して、挨拶もそこそこに直正は言い放った。
「余は此度の国元への旅で、お家の苦しい勝手向き(財政)を知った。」
――就任の挨拶で終わるかと考えていた重臣たち。いきなり核心に入る若殿の言葉にざわめく。
そして、直正はこう続けた。
「この危難に立ち向かうためには、余が率先して倹約し、範を示さねばならぬ。何としてもやり遂げる。お主らも同様に励んでほしい。」
藩主就任早々、いきなりの財政の「危機宣言」と「倹約徹底」の指示。
古くからの重臣たちが呆気に取られたところは否めなかった。
(続く)
2020年02月02日
第2話「算盤大名」④
こんにちは。
第2話も後半です。始まりは異国船打払令が出た1825年でした。
現時点では、鍋島直正(当時は斉正と名乗る)が佐賀藩主に就任した1830年代まで時が進んでいます。
――家臣たちの意識を変えるべく、自身の倹約への覚悟を示した直正。
しかし、前藩主・斉直の息のかかった重臣たちの総攻撃が始まる。
「若殿!政事(まつりごと)は、万事、先例どおりに行うことが肝要!」
まず、全く考えず前例を踏襲することが正しいと考える守旧派。
「若殿っ!何ですか、その粗末な身なりは!身分に合ったお姿をなさりませ!」
贅沢を好む前藩主の空気を読んで、直正の倹約に反対する者。
「若殿はお考えが堅い。学問ばかりでは駄目じゃ。良き側室をお世話したい。」
女性の魅力で、意志の強い直正を骨抜きにすることを狙う者もいた。
――その一方で、就任した若殿・直正を守る側の勢力も集結していた。

「“学ばない者”どもめ!やはり攻めて来おったか!」
直正の教育係・古賀穀堂。
穀堂は続ける。
「人を妬み、決断をせず、負け惜しみばかり言っている…いま佐賀には“三つの病”が蔓延しておりますのう。」
「その通りじゃ!かくなる上は、悪弊を成す者どもを一気に除くべし!」
武雄領の鍋島茂義が息巻く。直正の義兄(姉の夫)であり、若殿の藩主就任にも影響力を発揮した。
「恐れながら茂義様。お考えが危ういです。今のところは穏便に参りましょう。」
隣に座っていた青年が言葉を発する。名を“鍋島茂真”という。“安房”と呼ばれることが多い。
――この青年、現在で言えば佐賀市と武雄市の間、白石町西部にある“須古領”の領主である。

鍋島直正の母違いの兄で1歳年上。猛勉強する努力家として評判も高い。
「まぁ“安房”の言うことも一理ある。儂はいつも請役を外されるからのう。」
鍋島茂義は過激な解決策をすぐ実行に移す。その都度、役職を解任され武雄に戻されていた。
「安房様は、よく学問をなさる。兄上が傍にあれば、殿も心強いことでしょう。」
“よく学ぶ者”が大好きな古賀穀堂。笑みがこぼれる。
――いわば“若殿を守る会”の3人の面前に、鍋島直正が姿を見せた。
「…殿、少しやつれておられるのでは?」
鍋島安房が若殿の様子を伺う。
「実は、昨晩も眠れなかったのじゃ。」
重臣たちとの間に生じている溝に、直正も苦心していた。
「大丈夫なのでございますか。」
「障りはない。一晩考えて、答えを出したのじゃ。」
「余も古くからの家臣に言い過ぎたところがある。」
本人は意識していない様子だが、直正も殿らしい言葉遣いになった。
「次は、家臣たちの前で“お主らの話が聞きたい”と述べるつもりじゃ」
「若殿がご自身で出した答え…穀堂は、嬉しゅうございますぞ。」
――直正の教育係・古賀穀堂の胸に熱い想いが込み上げる。
幼少の頃から学問は教えてきた。直正にとって、これからが実践なのだ。

「やはり若殿は、儂とは一味違うようだな。まぁ、いざとなれば一気に…」
本音では、鍋島茂義は実力行使に打って出たいようである。
「今、茂義様に武雄に帰られては困るのです。どうかご自重を!」
「…相分かった。」
若い鍋島安房が根気よく説得する。さすがの茂義も強硬手段を思いとどまったようだ。
「武雄の義兄上、須古の兄上…そして、穀堂先生。これからも頼りにしますぞ!」
顔を突き合わせる3人の様子を見て、鍋島直正は久しぶりに笑った。
――今のところ、直正は殿とは名ばかりの気詰まりな生活を続けている。
旧弊にこだわる重臣たちから小言の嵐を浴び、大殿(前藩主・斉直)に会えば色々と指図される。
名君への道は険しいが、若殿・直正を信ずる者たちの力がある。
財政、軍事、教育…改革の準備は着々と進んでいた。
(続く)
第2話も後半です。始まりは異国船打払令が出た1825年でした。
現時点では、鍋島直正(当時は斉正と名乗る)が佐賀藩主に就任した1830年代まで時が進んでいます。
――家臣たちの意識を変えるべく、自身の倹約への覚悟を示した直正。
しかし、前藩主・斉直の息のかかった重臣たちの総攻撃が始まる。
「若殿!政事(まつりごと)は、万事、先例どおりに行うことが肝要!」
まず、全く考えず前例を踏襲することが正しいと考える守旧派。
「若殿っ!何ですか、その粗末な身なりは!身分に合ったお姿をなさりませ!」
贅沢を好む前藩主の空気を読んで、直正の倹約に反対する者。
「若殿はお考えが堅い。学問ばかりでは駄目じゃ。良き側室をお世話したい。」
女性の魅力で、意志の強い直正を骨抜きにすることを狙う者もいた。
――その一方で、就任した若殿・直正を守る側の勢力も集結していた。

「“学ばない者”どもめ!やはり攻めて来おったか!」
直正の教育係・古賀穀堂。
穀堂は続ける。
「人を妬み、決断をせず、負け惜しみばかり言っている…いま佐賀には“三つの病”が蔓延しておりますのう。」
「その通りじゃ!かくなる上は、悪弊を成す者どもを一気に除くべし!」
武雄領の鍋島茂義が息巻く。直正の義兄(姉の夫)であり、若殿の藩主就任にも影響力を発揮した。
「恐れながら茂義様。お考えが危ういです。今のところは穏便に参りましょう。」
隣に座っていた青年が言葉を発する。名を“鍋島茂真”という。“安房”と呼ばれることが多い。
――この青年、現在で言えば佐賀市と武雄市の間、白石町西部にある“須古領”の領主である。

鍋島直正の母違いの兄で1歳年上。猛勉強する努力家として評判も高い。
「まぁ“安房”の言うことも一理ある。儂はいつも請役を外されるからのう。」
鍋島茂義は過激な解決策をすぐ実行に移す。その都度、役職を解任され武雄に戻されていた。
「安房様は、よく学問をなさる。兄上が傍にあれば、殿も心強いことでしょう。」
“よく学ぶ者”が大好きな古賀穀堂。笑みがこぼれる。
――いわば“若殿を守る会”の3人の面前に、鍋島直正が姿を見せた。
「…殿、少しやつれておられるのでは?」
鍋島安房が若殿の様子を伺う。
「実は、昨晩も眠れなかったのじゃ。」
重臣たちとの間に生じている溝に、直正も苦心していた。
「大丈夫なのでございますか。」
「障りはない。一晩考えて、答えを出したのじゃ。」
「余も古くからの家臣に言い過ぎたところがある。」
本人は意識していない様子だが、直正も殿らしい言葉遣いになった。
「次は、家臣たちの前で“お主らの話が聞きたい”と述べるつもりじゃ」
「若殿がご自身で出した答え…穀堂は、嬉しゅうございますぞ。」
――直正の教育係・古賀穀堂の胸に熱い想いが込み上げる。
幼少の頃から学問は教えてきた。直正にとって、これからが実践なのだ。

「やはり若殿は、儂とは一味違うようだな。まぁ、いざとなれば一気に…」
本音では、鍋島茂義は実力行使に打って出たいようである。
「今、茂義様に武雄に帰られては困るのです。どうかご自重を!」
「…相分かった。」
若い鍋島安房が根気よく説得する。さすがの茂義も強硬手段を思いとどまったようだ。
「武雄の義兄上、須古の兄上…そして、穀堂先生。これからも頼りにしますぞ!」
顔を突き合わせる3人の様子を見て、鍋島直正は久しぶりに笑った。
――今のところ、直正は殿とは名ばかりの気詰まりな生活を続けている。
旧弊にこだわる重臣たちから小言の嵐を浴び、大殿(前藩主・斉直)に会えば色々と指図される。
名君への道は険しいが、若殿・直正を信ずる者たちの力がある。
財政、軍事、教育…改革の準備は着々と進んでいた。
(続く)
2020年02月03日
第2話「算盤大名」⑤-1
こんばんは。
第2話、この調子で45分に収まるのかという疑問はあるのですが、終盤です。
長崎が中心だった第1話と違い、武雄や須古なども含め、ほぼ佐賀県一色でお送りしています。
――鍋島直正が佐賀藩主になり、3年ほどの歳月が流れた。
朝、側近の古川与一(松根)が尋ねる。
「殿、お召し物はいかがいたしましょう。」
「本日は、大殿とお会いすることは無さそうだ。」
「では、絹の着物は準備いたしません。」
直正は、大殿(父・斉直)と会うときだけ絹の着物を用いる。
ふだんは庶民的な木綿の衣服を着用していた。
隠居した斉直は大殿と呼ばれ、昔からの重臣たちと、未だ権力を握っている。
直正からすれば、食事でも、服装でも…節約できるものはしたいのだが、斉直の意向は無視できなかった。
直正は、家来たちと武芸の稽古や呼吸法の鍛錬を行い、気力の維持に努める。
最近では、不眠に悩まされることは減ったものの、気を遣ってばかりの暮らしは変わらなかった。

――しかし、来るべき佐賀藩の改革について相談だけは進めていた。
古賀穀堂の著した“済急封事”という意見書。
改革についての秘密裡の内容が記されていた。斉直と重臣たちに機密が漏れないよう、読んだ後は、火に投じるようにとの申し送りまであった。
――若殿と鍋島安房は、意見書の内容をもとに話し合っていた。
鍋島安房は直正より1歳年上だが側室の子(異母兄)のため世継ぎではない。婿養子として須古鍋島家に入っている。
安房が話を切り出す。
「商人が農村に入り込み、土地を失う百姓はさらに増えているようです。」
若殿・直正が話を受ける。
「農村の安定は、佐賀の基盤じゃからな。秩序は守らねば。」
「長崎などで売ることができる作物、何がよろしいでしょうか。」
「ハゼは…蝋燭になるぞ。」
「轟木宿(鳥栖)の近辺では、盛んに植えられております。良い見立てではないかと。」
――ここで若殿は、鍋島茂義の不在に思い至った。
「ところで武雄の義兄上は、今いずこに居られる?」
「長崎で砲術の流儀が開いた者がおり、家来を通じて教えを受けるそうです。先ほど、武雄まで駆けて行かれました。」
「いつもの義兄上であるな。」
直正がおどけた顔で言う。
「はい、茂義様らしゅうございますな。」
安房が、笑みで応える。
殿と領主の立場であるが、この兄弟が、財政や教育など佐賀藩の改革の中心となっていく。
(続く)
第2話、この調子で45分に収まるのかという疑問はあるのですが、終盤です。
長崎が中心だった第1話と違い、武雄や須古なども含め、ほぼ佐賀県一色でお送りしています。
――鍋島直正が佐賀藩主になり、3年ほどの歳月が流れた。
朝、側近の古川与一(松根)が尋ねる。
「殿、お召し物はいかがいたしましょう。」
「本日は、大殿とお会いすることは無さそうだ。」
「では、絹の着物は準備いたしません。」
直正は、大殿(父・斉直)と会うときだけ絹の着物を用いる。
ふだんは庶民的な木綿の衣服を着用していた。
隠居した斉直は大殿と呼ばれ、昔からの重臣たちと、未だ権力を握っている。
直正からすれば、食事でも、服装でも…節約できるものはしたいのだが、斉直の意向は無視できなかった。
直正は、家来たちと武芸の稽古や呼吸法の鍛錬を行い、気力の維持に努める。
最近では、不眠に悩まされることは減ったものの、気を遣ってばかりの暮らしは変わらなかった。
――しかし、来るべき佐賀藩の改革について相談だけは進めていた。
古賀穀堂の著した“済急封事”という意見書。
改革についての秘密裡の内容が記されていた。斉直と重臣たちに機密が漏れないよう、読んだ後は、火に投じるようにとの申し送りまであった。
――若殿と鍋島安房は、意見書の内容をもとに話し合っていた。
鍋島安房は直正より1歳年上だが側室の子(異母兄)のため世継ぎではない。婿養子として須古鍋島家に入っている。
安房が話を切り出す。
「商人が農村に入り込み、土地を失う百姓はさらに増えているようです。」
若殿・直正が話を受ける。
「農村の安定は、佐賀の基盤じゃからな。秩序は守らねば。」
「長崎などで売ることができる作物、何がよろしいでしょうか。」
「ハゼは…蝋燭になるぞ。」
「轟木宿(鳥栖)の近辺では、盛んに植えられております。良い見立てではないかと。」
――ここで若殿は、鍋島茂義の不在に思い至った。
「ところで武雄の義兄上は、今いずこに居られる?」
「長崎で砲術の流儀が開いた者がおり、家来を通じて教えを受けるそうです。先ほど、武雄まで駆けて行かれました。」
「いつもの義兄上であるな。」
直正がおどけた顔で言う。
「はい、茂義様らしゅうございますな。」
安房が、笑みで応える。
殿と領主の立場であるが、この兄弟が、財政や教育など佐賀藩の改革の中心となっていく。
(続く)
2020年02月04日
第2話「算盤大名」⑤-2
こんばんは。
第2話「算盤大名」、最終盤です。
――1835年。鍋島直正の藩主就任から6年ほどが経過。
この年、佐賀城にて火災が発生する。
直正は城にはおらず、脊振山まで参拝に出かけていた。
近辺に宿をとっていたのだが、未明に早馬が駆け、火災の発生の報を受けた。
火の勢いは凄まじく、一木一草を残さず焼き尽くす勢い。
深夜の消火活動は全く追いつかず、建物は次々と炎に包まれて行った。
――朝、佐賀城に駆け戻る。焼け跡を見て、茫然とする直正。
佐賀藩政の中心である二の丸から、建物が消滅している。
百年前の火災で既に本丸・天守は無い。再建できていなかったのである。もはや使えるのは三の丸のみ。直正は困惑した。
――その時、古賀穀堂が現われた。
学問の師はよく通る声で、直正に言葉をかける。
「これで道が開けましたな。」
「穀堂!何を申すか。」
さすがの直正も穀堂を怒鳴りつけた。
若殿の叱責に穀堂は答えない。
それどころか、不敵な笑みを浮かべている。
「…そうか、そういう意味か!」
直正は穀堂の真意を察した。
「火災は困りますが、これで殿の出番でござる。」
若殿が答えを見つけたと見るや、穀堂が口を開く。
「危急のときに、“学ばない者”は役に立ちませぬぞ。」
やはり穀堂は不敵な笑みを崩さない。
「穀堂!お主の期待に応えるぞ。重臣の総入れ替えじゃ!」
早速、直正は父・斉直に通告した。

――但し、通告の要旨はこうである。
「心苦しいのですが、非常時です。今後は全ての判断を現場で行います。」
城の再建には費用の支弁、幕府への調整等、とにかく手間がかかる。
今の斉直の取り巻きたちは、周囲には威張るが、やる気も実行力もない。無理にでも面倒な仕事に出向こうとする者は誰もいなかった。
――そして緊急対応を名目に、佐賀藩の人事は刷新された。
藩のナンバー2である“請役”には、直正より1歳年上の兄・鍋島安房が抜擢される。
また、城の再建は、武雄領主・鍋島茂義が受け持つことになった。
前藩主・斉直を取り巻く“学ばない側近”や“考えない重臣”は権力を失っていく。
こうして、穀堂の思惑どおり、佐賀藩は「日本一、勉強を尊ぶ藩」へと進んでいくのである。
――直正の胸には、正室・盛姫の言葉が浮かんでいた。
直正が藩主となり、江戸を出るときに「もしも公儀(幕府)の力が必要なときは知らせてほしい」と言った盛姫。
妻が将軍家の娘であることを利用すれば良い…との意図だった。
「盛よ。“もしも”の時が来てしもうたわ。頼りにするぞ。」
直正は、少し気が抜けた声で独り言をつぶやいた。
――パチパチ、パチパチパチ!佐賀城の一角で、算盤(そろばん)の珠の音が響いていた。
(次回:第3回「西洋砲術」に続く)
第2話「算盤大名」、最終盤です。
――1835年。鍋島直正の藩主就任から6年ほどが経過。
この年、佐賀城にて火災が発生する。
直正は城にはおらず、脊振山まで参拝に出かけていた。
近辺に宿をとっていたのだが、未明に早馬が駆け、火災の発生の報を受けた。
火の勢いは凄まじく、一木一草を残さず焼き尽くす勢い。
深夜の消火活動は全く追いつかず、建物は次々と炎に包まれて行った。
――朝、佐賀城に駆け戻る。焼け跡を見て、茫然とする直正。
佐賀藩政の中心である二の丸から、建物が消滅している。
百年前の火災で既に本丸・天守は無い。再建できていなかったのである。もはや使えるのは三の丸のみ。直正は困惑した。
――その時、古賀穀堂が現われた。
学問の師はよく通る声で、直正に言葉をかける。
「これで道が開けましたな。」
「穀堂!何を申すか。」
さすがの直正も穀堂を怒鳴りつけた。
若殿の叱責に穀堂は答えない。
それどころか、不敵な笑みを浮かべている。
「…そうか、そういう意味か!」
直正は穀堂の真意を察した。
「火災は困りますが、これで殿の出番でござる。」
若殿が答えを見つけたと見るや、穀堂が口を開く。
「危急のときに、“学ばない者”は役に立ちませぬぞ。」
やはり穀堂は不敵な笑みを崩さない。
「穀堂!お主の期待に応えるぞ。重臣の総入れ替えじゃ!」
早速、直正は父・斉直に通告した。

――但し、通告の要旨はこうである。
「心苦しいのですが、非常時です。今後は全ての判断を現場で行います。」
城の再建には費用の支弁、幕府への調整等、とにかく手間がかかる。
今の斉直の取り巻きたちは、周囲には威張るが、やる気も実行力もない。無理にでも面倒な仕事に出向こうとする者は誰もいなかった。
――そして緊急対応を名目に、佐賀藩の人事は刷新された。
藩のナンバー2である“請役”には、直正より1歳年上の兄・鍋島安房が抜擢される。
また、城の再建は、武雄領主・鍋島茂義が受け持つことになった。
前藩主・斉直を取り巻く“学ばない側近”や“考えない重臣”は権力を失っていく。
こうして、穀堂の思惑どおり、佐賀藩は「日本一、勉強を尊ぶ藩」へと進んでいくのである。
――直正の胸には、正室・盛姫の言葉が浮かんでいた。
直正が藩主となり、江戸を出るときに「もしも公儀(幕府)の力が必要なときは知らせてほしい」と言った盛姫。
妻が将軍家の娘であることを利用すれば良い…との意図だった。
「盛よ。“もしも”の時が来てしもうたわ。頼りにするぞ。」
直正は、少し気が抜けた声で独り言をつぶやいた。
――パチパチ、パチパチパチ!佐賀城の一角で、算盤(そろばん)の珠の音が響いていた。
(次回:第3回「西洋砲術」に続く)