2020年03月27日
第7話「尊王義祭」⑥
こんばんは。
第6話「鉄製大砲」と第7話「義祭同盟」は、ほぼ同時期の話を展開しています。双方とも、1850年を軸に、その前後のお話とお考えください。第7話は、今のところ、大木喬任(幡六)、江藤新平、中野方蔵の3人を中心に話を展開しています。
――「義祭同盟」が結成されてから、しばらく後。
中野方蔵が興奮気味に語る。
「江藤くん!聞いたか!先日の“楠公”の祭典を!」
江藤が言葉を返す。
「あぁ、聞いた。神陽先生が音頭を取っておられるとな。」
江藤と中野。ここでは、江藤の方が冷静である。
中野は、コミュニケーション能力が高い分、人の影響も受けやすい。
その点、江藤は“空気を読まない”のだ。
――いまいち江藤の反応が良くないが、語りたい中野は続ける。
「次の祭典には参加したい!しかし、それがしは若輩者!末席に加えてもらえるか…」

中野はまだ14歳そこそこだが、時おり古風な話し方をする。
それが教師や先輩に受け入れられやすいから、という理由もあるようだ。
「中野、そこまで焦らずとも良いのでは。」
江藤、何やら興味のある書物を見ているらしく、やや上の空である。
「尊王の志を立てるため、今、動きたいのだ!」
両手でドンと机を叩き、立ち上がる中野。
――ビキッ!!
使い古した机だったのか、中野の“打撃”でヒビが入った。
「あ~!!」
「中野。器物(きぶつ)を損壊(そんかい)せり…」
どうやら江藤が読んでいたのは、法律の書物であったようだ。
「さて、どう始末をつけようか。」
江藤は、貧乏なせいもあったが、全く格好を気にしないので、衣服ボロボロ、髪はバサバサ。でも“からたち小路”の女中たちの反応を見る限り、“よか男”ではあるらしい。
――そこに、2人よりちょっと年長者・大木が登場する。
「おう、事の顛末(てんまつ)は聞こえてるぞ。」
「机だが、俺が腰かけて割ってしまったことにしよう。」
無口な大木だが、言葉を続けた。
「大木さん!」
「代わりといっては何だが、相談がある。」
「やはり。そうなりますよね。」
中野は、この展開を読んでいた。
――佐賀藩の“砲術長”であった、大隈信保が亡くなったのは、この頃である。「義祭同盟」結成の翌月(1850年6月)だった。
大木の母であるシカは、大隈の母・三井子の親族であった。

大隈家の法事に出向く、大木シカ。
シカは、大隈三井子の手をしっかり握った。
そして、何か念を込めるように、三井子の目を見つめる。
「シカさん…、頑張れ!ってことね。」
大隈の母・三井子はシカの想いを理解した。
大木の父も早くに亡くなっているため、もう6年ほど大木は“母子家庭”で育っている。
大木が無口なのは、母・シカに似たのかは定かではない。
「…何かあったら、うちの子にも手伝わせるから。」
――大隈三井子、その瞬間、夫・信保が亡くなって曇っていた“教育ママ”の心を取り戻した。
「そういえば幡六くん、賢いらしいじゃない!うちの八太郎にも勉強を教えてもらえんね!?」
三井子、急に表情が明るくなる。
「幡六に言ってみる…。」
こうして大木シカは子の幡六(大木喬任)に、大隈家を訪ねるよう伝えたのだった。
――場面は、藩校「弘道館」の片隅の3人組(大木、江藤、中野)に戻る。
「…と、そういうわけだ。」
大木は、一部始終を語り終えた。
「一緒に来い…という理解でよろしいか。」
中野は瞬時に察した。
「えっ…私もですか!?」
江藤は察していなかった。
「決行は明後日、大隈の家に乗り込む。八太郎という子がおるので、皆で相手をしてやろう。」
大木の言い方は、何だか“殴り込み”に行くようで物騒だ。
何にせよ“佐賀の七賢人”がじわじわと繋がっていくのである。
(続く)
第6話「鉄製大砲」と第7話「義祭同盟」は、ほぼ同時期の話を展開しています。双方とも、1850年を軸に、その前後のお話とお考えください。第7話は、今のところ、大木喬任(幡六)、江藤新平、中野方蔵の3人を中心に話を展開しています。
――「義祭同盟」が結成されてから、しばらく後。
中野方蔵が興奮気味に語る。
「江藤くん!聞いたか!先日の“楠公”の祭典を!」
江藤が言葉を返す。
「あぁ、聞いた。神陽先生が音頭を取っておられるとな。」
江藤と中野。ここでは、江藤の方が冷静である。
中野は、コミュニケーション能力が高い分、人の影響も受けやすい。
その点、江藤は“空気を読まない”のだ。
――いまいち江藤の反応が良くないが、語りたい中野は続ける。
「次の祭典には参加したい!しかし、それがしは若輩者!末席に加えてもらえるか…」

中野はまだ14歳そこそこだが、時おり古風な話し方をする。
それが教師や先輩に受け入れられやすいから、という理由もあるようだ。
「中野、そこまで焦らずとも良いのでは。」
江藤、何やら興味のある書物を見ているらしく、やや上の空である。
「尊王の志を立てるため、今、動きたいのだ!」
両手でドンと机を叩き、立ち上がる中野。
――ビキッ!!
使い古した机だったのか、中野の“打撃”でヒビが入った。
「あ~!!」
「中野。器物(きぶつ)を損壊(そんかい)せり…」
どうやら江藤が読んでいたのは、法律の書物であったようだ。
「さて、どう始末をつけようか。」
江藤は、貧乏なせいもあったが、全く格好を気にしないので、衣服ボロボロ、髪はバサバサ。でも“からたち小路”の女中たちの反応を見る限り、“よか男”ではあるらしい。
――そこに、2人よりちょっと年長者・大木が登場する。
「おう、事の顛末(てんまつ)は聞こえてるぞ。」
「机だが、俺が腰かけて割ってしまったことにしよう。」
無口な大木だが、言葉を続けた。
「大木さん!」
「代わりといっては何だが、相談がある。」
「やはり。そうなりますよね。」
中野は、この展開を読んでいた。
――佐賀藩の“砲術長”であった、大隈信保が亡くなったのは、この頃である。「義祭同盟」結成の翌月(1850年6月)だった。
大木の母であるシカは、大隈の母・三井子の親族であった。

大隈家の法事に出向く、大木シカ。
シカは、大隈三井子の手をしっかり握った。
そして、何か念を込めるように、三井子の目を見つめる。
「シカさん…、頑張れ!ってことね。」
大隈の母・三井子はシカの想いを理解した。
大木の父も早くに亡くなっているため、もう6年ほど大木は“母子家庭”で育っている。
大木が無口なのは、母・シカに似たのかは定かではない。
「…何かあったら、うちの子にも手伝わせるから。」
――大隈三井子、その瞬間、夫・信保が亡くなって曇っていた“教育ママ”の心を取り戻した。
「そういえば幡六くん、賢いらしいじゃない!うちの八太郎にも勉強を教えてもらえんね!?」
三井子、急に表情が明るくなる。
「幡六に言ってみる…。」
こうして大木シカは子の幡六(大木喬任)に、大隈家を訪ねるよう伝えたのだった。
――場面は、藩校「弘道館」の片隅の3人組(大木、江藤、中野)に戻る。
「…と、そういうわけだ。」
大木は、一部始終を語り終えた。
「一緒に来い…という理解でよろしいか。」
中野は瞬時に察した。
「えっ…私もですか!?」
江藤は察していなかった。
「決行は明後日、大隈の家に乗り込む。八太郎という子がおるので、皆で相手をしてやろう。」
大木の言い方は、何だか“殴り込み”に行くようで物騒だ。
何にせよ“佐賀の七賢人”がじわじわと繋がっていくのである。
(続く)