2020年03月21日
第7話「尊王義祭」①
こんにちは。
今回から、第7話「尊王義祭」です。幕末の佐賀には「義祭同盟」という結社がありました。もとは「朝廷に忠義を尽くした楠木正成公を祀る」という集まりで、“尊王”についても活発な議論が行われました。
当時、最先端の国際都市・長崎に近い佐賀藩は、最初から西洋の学問を許容していて、“開明的”とも言える志士たちを輩出しています。
この頃の“佐賀の七賢人”の年齢構成ですが、過去の記事(「“主要な人物”をどう繋ぐか?」(関係性②))のラストに入れています。よろしければ、リンク先をご参考に。
――佐賀城・四十間堀の北詰、藩校「弘道館」にて。

大木幡六(喬任)が、2本の“竹刀”を持ってきた。
「“袋竹刀(ふくろじない)”借りてきたぞ。使え。」
大木はわりと無口なので、朴訥なしゃべり方をする。
「大木さん、助かる。」
江藤胤雄(新平)である。
弁舌の立つ江藤だが、寡黙な大木とは気が合うらしい。
2歳ほど大木が年上だが、一緒に行動することが増えてきた。
――“袋竹刀”は、割り竹を革袋で包んだ、剣術の稽古用具である。
当たれば、バシッと良い音がする。
もちろん体を打てば痛いが、竹刀よりはクッションが効いている。
江戸幕府の公式剣術でもある“柳生新陰流”で良く用いられる道具だ。
従来、佐賀藩では上級武士たちは、幕府公式の“新陰流”を学び、下級武士たちは“タイ捨流”など別の流派を学ぶことが多かったと聞く。
「では、早速始めましょう。大木さん!審判をお願いします。」
江藤の稽古相手だ。中野方蔵という少年が言葉を発する。
よく響く明るい声色に、人当たりの良い口調。コミュニケーション能力の高いタイプである。最近、江藤や大木と友達付き合いが始まった。
――この頃、佐賀藩は「文武課業法」という規則を導入すべく、準備を進めていた。
殿・鍋島直正は、常日頃から「余の家来はとにかく学ばねばならんのだ」と言う。
藩校のカリキュラムで一定の成績を修めなければ、藩の役職に付けない制度は、その言葉を実践する厳しいものだった。
佐賀藩士として、役職に付くには武術の修練にも励む必要があったのだ。
「中野、大丈夫か。江藤はかなり腕が立つぞ。」
大木は年長者として、稽古相手の中野を気にかけた。
「剣術に励むならば、強い方と稽古せねばならんとです。」
中野が応える。その答えに「真面目な奴だな…」と大木は思った。
――江藤と中野、そして大木の3人は剣術の自主練習をしているのだ。

藩校の空き地を使った野試合。足元は草むら、防具は無い。
「江藤くん、用意は良いですか!」
「いつでも良いぞ!」
江藤の返事を聞いた、大木が手短かに合図をする。
「では、始め!」
すぐに中野が仕掛ける。
「エエーィッ!」
――中野、普段の温厚な口ぶりからは、想像し難い気合を発する。
パァン!パン!…パァン!
中野の猛攻である。“袋竹刀”での打ち合い。
江藤は、正面からの打ち込みを二度、三度と打払う。
ザッ…ザザッ…
江藤が飛び下がって距離を取る。
古びた草履と、草の擦れる音がする。
「ィエエーィッ!」
「スキありっ!」
中野の打ち込みと同時に、江藤が懐に飛び込む。
――パァアアン!
両者の“袋竹刀”の打ち込みは重なった。
鍔迫り合いとなる。
…カタ・・・カタカタッ・・・
”袋竹刀”を通じた押し合いから、一瞬、距離が開いた。
「エエーィッ!」
ふたたび中野が打ち込もうとする瞬間、江藤も何か言葉を発した。
バシッ!!
斜め上方から、袈裟に打ちおろした江藤の剣先が当たる。
先ほどは、ご丁寧に「肩口を打つ!」と発声したらしい。
江藤が鋭く右に旋回したため、左面を狙っていた中野の剣は、ほぼ空を切ったようだ。
「勝負あり!江藤の勝ちだな。」
――大木は審判の役目を果たすと、こう続けた。
「そして、お主ら!もう少し静かに戦えんか…?」
いつの間にか、藩校の生徒たちが見物に集まっていた。試合中の掛け声が注目を集めてしまったようだ。
「とくに江藤!いつも戦う相手に話しかけておるな…」
「大木さん、これは癖なのだ。相済まぬ。」
論理的過ぎる江藤。掛け声までも、言語化されてしまうようだ。
(続く)
今回から、第7話「尊王義祭」です。幕末の佐賀には「義祭同盟」という結社がありました。もとは「朝廷に忠義を尽くした楠木正成公を祀る」という集まりで、“尊王”についても活発な議論が行われました。
当時、最先端の国際都市・長崎に近い佐賀藩は、最初から西洋の学問を許容していて、“開明的”とも言える志士たちを輩出しています。
この頃の“佐賀の七賢人”の年齢構成ですが、過去の記事(
――佐賀城・四十間堀の北詰、藩校「弘道館」にて。

大木幡六(喬任)が、2本の“竹刀”を持ってきた。
「“袋竹刀(ふくろじない)”借りてきたぞ。使え。」
大木はわりと無口なので、朴訥なしゃべり方をする。
「大木さん、助かる。」
江藤胤雄(新平)である。
弁舌の立つ江藤だが、寡黙な大木とは気が合うらしい。
2歳ほど大木が年上だが、一緒に行動することが増えてきた。
――“袋竹刀”は、割り竹を革袋で包んだ、剣術の稽古用具である。
当たれば、バシッと良い音がする。
もちろん体を打てば痛いが、竹刀よりはクッションが効いている。
江戸幕府の公式剣術でもある“柳生新陰流”で良く用いられる道具だ。
従来、佐賀藩では上級武士たちは、幕府公式の“新陰流”を学び、下級武士たちは“タイ捨流”など別の流派を学ぶことが多かったと聞く。
「では、早速始めましょう。大木さん!審判をお願いします。」
江藤の稽古相手だ。中野方蔵という少年が言葉を発する。
よく響く明るい声色に、人当たりの良い口調。コミュニケーション能力の高いタイプである。最近、江藤や大木と友達付き合いが始まった。
――この頃、佐賀藩は「文武課業法」という規則を導入すべく、準備を進めていた。
殿・鍋島直正は、常日頃から「余の家来はとにかく学ばねばならんのだ」と言う。
藩校のカリキュラムで一定の成績を修めなければ、藩の役職に付けない制度は、その言葉を実践する厳しいものだった。
佐賀藩士として、役職に付くには武術の修練にも励む必要があったのだ。
「中野、大丈夫か。江藤はかなり腕が立つぞ。」
大木は年長者として、稽古相手の中野を気にかけた。
「剣術に励むならば、強い方と稽古せねばならんとです。」
中野が応える。その答えに「真面目な奴だな…」と大木は思った。
――江藤と中野、そして大木の3人は剣術の自主練習をしているのだ。

藩校の空き地を使った野試合。足元は草むら、防具は無い。
「江藤くん、用意は良いですか!」
「いつでも良いぞ!」
江藤の返事を聞いた、大木が手短かに合図をする。
「では、始め!」
すぐに中野が仕掛ける。
「エエーィッ!」
――中野、普段の温厚な口ぶりからは、想像し難い気合を発する。
パァン!パン!…パァン!
中野の猛攻である。“袋竹刀”での打ち合い。
江藤は、正面からの打ち込みを二度、三度と打払う。
ザッ…ザザッ…
江藤が飛び下がって距離を取る。
古びた草履と、草の擦れる音がする。
「ィエエーィッ!」
「スキありっ!」
中野の打ち込みと同時に、江藤が懐に飛び込む。
――パァアアン!
両者の“袋竹刀”の打ち込みは重なった。
鍔迫り合いとなる。
…カタ・・・カタカタッ・・・
”袋竹刀”を通じた押し合いから、一瞬、距離が開いた。
「エエーィッ!」
ふたたび中野が打ち込もうとする瞬間、江藤も何か言葉を発した。
バシッ!!
斜め上方から、袈裟に打ちおろした江藤の剣先が当たる。
先ほどは、ご丁寧に「肩口を打つ!」と発声したらしい。
江藤が鋭く右に旋回したため、左面を狙っていた中野の剣は、ほぼ空を切ったようだ。
「勝負あり!江藤の勝ちだな。」
――大木は審判の役目を果たすと、こう続けた。
「そして、お主ら!もう少し静かに戦えんか…?」
いつの間にか、藩校の生徒たちが見物に集まっていた。試合中の掛け声が注目を集めてしまったようだ。
「とくに江藤!いつも戦う相手に話しかけておるな…」
「大木さん、これは癖なのだ。相済まぬ。」
論理的過ぎる江藤。掛け声までも、言語化されてしまうようだ。
(続く)