2020年03月12日
第6話「鉄製大砲」③
こんばんは。
幕末の佐賀藩には、反射炉で鉄製大砲を造った「伝説のプロジェクトチーム」が存在しました。“佐賀の七賢人”と区別するため、当ブログでは「鋳立方(いたてかた)の七人」と呼称します。
ちなみに今日、タイプの違う“語学の達人”を2人追加し、全てのメンバーが出揃います。実は、他の5名は「過去の投稿で既に出ている人」です。
――岩田(現在の神埼市)にある佐賀藩の砲術演習場。
大隈八太郎(重信)の父・信保は“砲術長”の役職にある。
本日から、試作された青銅砲の実験である。
「おや、本島さまは居られないのかな。」
田代という事務方の侍が応える。
「本島さまは伊豆の国・韮山へと視察に出向いております。」
本島藤太夫は、鍋島直正の側近であり、長崎の砲台の担当者でもある。この頃、幕府も鉄製大砲の鋳造を計画しており、韮山には実験用の反射炉がある。
――大隈信保は、演習場の小屋を気にする。
先日、算術家・馬場の集中力に感銘を受け、子の八太郎に「“夢中になれる学問”が見つかると良いな」と語った。
「馬場どのは、あちらの小屋でござるか。」
田代が答える。
「はい、馬場どの以外の方々も居られますが…」
――小屋から何やら「ぶつぶつ…」と声がする。
大隈信保が小屋を覗き込む。
まだ若い、頭の良さそうな男。オランダ語の書物を片手に語る。
「田中さま、この単語はこのように訳してみました。」
「杉谷どの、それでは何の“部品”か、意味がわからぬぞ。」
田中という男が応える。杉谷より年上であるらしい。
「それは“密閉する”という意味か。」
「意外に“空気”に類する言葉かもしれませぬ。」
「“泡”とかそういう類ではないか。」
「…なれば“空気の泡”でどうでしょう。」
田中がポンと手を打つ。杉谷の提案を受け入れた。
「それだ!」
――2人が読んでいるのは、佐賀藩がオランダから入手した大砲鋳造書。
「未知の技術を書いている、外国語の書物の解読」という無茶に挑む2人。
専門用語が多数出てくるため、そもそも単語もわからず、しかも普通に訳しても理解は不能である。
若い方“杉谷雍助”が、直訳・分析の担当。いわば“切り込み役”である。長崎や江戸での語学修業で鍛えている。
年上の“田中虎六郎”が、意訳・監修の担当。いわば“指南役”タイプである。漢学の知識も豊富で、言語の運用能力に優れる。
「本島さま…また凄い人たちを連れてきたな。」
大隈信保は驚いていた。
――今回の試射実験も無事終了し、しばらくぶりに帰宅する大隈信保。

「ぶつぶつ…」
家の中から、何やら声がする。
「田中どの、杉谷どのに挟まれ過ぎたのか…いまだ“ぶつぶつ”と何やら聞こえるようじゃ。」
苦笑する信保。
「なーまんだぶ…なーまんだぶ…」
声の主は信保の妻子、三井子と八太郎のようだ。
「念仏ではないか!いかがしたのか!?」
やや表情が引きつる信保。
――居間で三井子が、喧嘩をしてきた八太郎を何やら諭しているようだ。
「いいですか!八太郎!」
「男の子ですから、喧嘩をするなとは言いませぬ。」
一応、叱られているわけではない。しかし、三井子の勢いに押される八太郎。
「はい…」
「せめて、本当にすべき喧嘩なのか、お念仏を十回唱えて見極めるのです。」
「なーまんだぶ…なーまんだーぶ…」
「一回足りませぬ。もっと真摯に数えるのです。」
――信保の考えは回った。三井子は本当に信心深いのだろうか…この“お念仏”の用法は誤っているのでは…いや、心の平安こそが仏の願いでは…
そして心の声はともかく信保は朗らかにこう言った。
「おお、お念仏か。ちゃんと手も合わせるのだぞ。」
八太郎は、父・信保の登場にやや安堵したらしく、元気に返事をする。
「はい、父上!」
(続く)
幕末の佐賀藩には、反射炉で鉄製大砲を造った「伝説のプロジェクトチーム」が存在しました。“佐賀の七賢人”と区別するため、当ブログでは「鋳立方(いたてかた)の七人」と呼称します。
ちなみに今日、タイプの違う“語学の達人”を2人追加し、全てのメンバーが出揃います。実は、他の5名は「過去の投稿で既に出ている人」です。
――岩田(現在の神埼市)にある佐賀藩の砲術演習場。
大隈八太郎(重信)の父・信保は“砲術長”の役職にある。
本日から、試作された青銅砲の実験である。
「おや、本島さまは居られないのかな。」
田代という事務方の侍が応える。
「本島さまは伊豆の国・韮山へと視察に出向いております。」
本島藤太夫は、鍋島直正の側近であり、長崎の砲台の担当者でもある。この頃、幕府も鉄製大砲の鋳造を計画しており、韮山には実験用の反射炉がある。
――大隈信保は、演習場の小屋を気にする。
先日、算術家・馬場の集中力に感銘を受け、子の八太郎に「“夢中になれる学問”が見つかると良いな」と語った。
「馬場どのは、あちらの小屋でござるか。」
田代が答える。
「はい、馬場どの以外の方々も居られますが…」
――小屋から何やら「ぶつぶつ…」と声がする。
大隈信保が小屋を覗き込む。
まだ若い、頭の良さそうな男。オランダ語の書物を片手に語る。
「田中さま、この単語はこのように訳してみました。」
「杉谷どの、それでは何の“部品”か、意味がわからぬぞ。」
田中という男が応える。杉谷より年上であるらしい。
「それは“密閉する”という意味か。」
「意外に“空気”に類する言葉かもしれませぬ。」
「“泡”とかそういう類ではないか。」
「…なれば“空気の泡”でどうでしょう。」
田中がポンと手を打つ。杉谷の提案を受け入れた。
「それだ!」
――2人が読んでいるのは、佐賀藩がオランダから入手した大砲鋳造書。
「未知の技術を書いている、外国語の書物の解読」という無茶に挑む2人。
専門用語が多数出てくるため、そもそも単語もわからず、しかも普通に訳しても理解は不能である。
若い方“杉谷雍助”が、直訳・分析の担当。いわば“切り込み役”である。長崎や江戸での語学修業で鍛えている。
年上の“田中虎六郎”が、意訳・監修の担当。いわば“指南役”タイプである。漢学の知識も豊富で、言語の運用能力に優れる。
「本島さま…また凄い人たちを連れてきたな。」
大隈信保は驚いていた。
――今回の試射実験も無事終了し、しばらくぶりに帰宅する大隈信保。

「ぶつぶつ…」
家の中から、何やら声がする。
「田中どの、杉谷どのに挟まれ過ぎたのか…いまだ“ぶつぶつ”と何やら聞こえるようじゃ。」
苦笑する信保。
「なーまんだぶ…なーまんだぶ…」
声の主は信保の妻子、三井子と八太郎のようだ。
「念仏ではないか!いかがしたのか!?」
やや表情が引きつる信保。
――居間で三井子が、喧嘩をしてきた八太郎を何やら諭しているようだ。
「いいですか!八太郎!」
「男の子ですから、喧嘩をするなとは言いませぬ。」
一応、叱られているわけではない。しかし、三井子の勢いに押される八太郎。
「はい…」
「せめて、本当にすべき喧嘩なのか、お念仏を十回唱えて見極めるのです。」
「なーまんだぶ…なーまんだーぶ…」
「一回足りませぬ。もっと真摯に数えるのです。」
――信保の考えは回った。三井子は本当に信心深いのだろうか…この“お念仏”の用法は誤っているのでは…いや、心の平安こそが仏の願いでは…
そして心の声はともかく信保は朗らかにこう言った。
「おお、お念仏か。ちゃんと手も合わせるのだぞ。」
八太郎は、父・信保の登場にやや安堵したらしく、元気に返事をする。
「はい、父上!」
(続く)