2020年03月22日
第7話「尊王義祭」②
こんばんは。
前回、友人と剣術の稽古に励んでいた江藤新平(胤雄)ですが、今回も日常的なエピソードを描きます。
資料から着想を得ていますが、歴史上の事件に比べ、情報量が少ないです。「たぶん、こんな感じだったんじゃないか…」と想像力をはたらかせています。
――江藤たちの藩校「弘道館」での日々は続く。年の暮れが押し迫る頃。
「今日は、とりわけ冷えるな…」
江藤は、藩校で借り受けた本を持って佐賀城下を歩いていた。
いまは藩校での寄宿生活だが、年末は帰宅する。
いま、江藤の父・胤光は「貿易(かわりじな)方」という職務に就いている。但し、ほんの少し前までは、父が失職中だったので、江藤家の貧乏はまだ続いていた。
「帰ったら、母上の内職でも手伝うか…」
江藤の母・浅子は、祝い事に使う“水引”などを作って、子の学費の足しにしていた。
――こうして江藤の服装たるや、一目でわかる貧乏学生だった。
まもなく、江藤が、佐賀城下“からたち小路”に差し掛かろうとしている。
実は、この日には通るべきではない道だった。
「いや、参ったな…」
先に道を通った藩校の学生と思しき青年。戸惑っている様子だ。
何やら女性たちに担ぎ上げられたり、からかわれている。
昔の日本の地域社会には“ハレ(祭)”と“ケ(日常)”の日々の区別が強くあったとも言われる。この当日は、いわば“祭の日”。
当時の佐賀は、非常にわかりやすい“男性社会”である。
女性たちのフラストレーションの発散が認められた、例外的な“日と場所”があったようなのだ。今日は男子をからかい放題の無礼講…みたいな「謎の祭り」とでも考えてほしい。
――先ほどの藩校の学生は、そんな“祭の日”の罠にハマった1人である。

さて、江藤が同じ道(からたち小路)を行く。
リーダー格の女中が「また学生が来たから、一つからかってやろう」とばかりに動く。
「そこの書生さん!」
呼び止められた江藤。しばらく小城に住んでいたので、この辺りの風習にも疎く、状況は把握できていない。
「何用でござるか。」
江藤の声は、非常によく通る。声をかけた女中の方が、一瞬たじろぐ。しかも、内に秘めたエネルギーを感じさせる、まっすぐな目線。
女中さんは「あれっ、格好は粗末だけど、意外に“よか男”じゃないの」と、からかうのを躊躇した。
――こういう“空気を読む”のが、得意ではない江藤。
周囲の状況も不知のうえ、女性の感情の動きも読めていない。
江藤は「貧乏書生と侮られた」と判断した。
早々に退去することとし、歩みを進める。
その時、中国の古典思想である“孟子”の一節を、高唱し始めた。大声で読み上げる内容は、今のシチュエーションと何の関係もない。
「天の意志は、仁の心で行う、民の暮らしの安定である」という趣旨の言葉である。
江藤の声は、女中たちにビリビリと微細な電流を走らせるように響いた。
その後ろ姿を唖然と見つめながら、女中たちは口々に噂した。
「何だろう…あの子は?」
「不思議な子だったねぇ…」
――続いて“からたち小路”に、江藤の友人・中野方蔵が通りがかった。
中野も何気なく入り込んでしまったのだが、江藤とは対応が違った。
「あー、そんな行事があったか…」
まず、中野は“祭の日”のような、特別なシチュエーションであることを察した。
「ははは…、困った、困った~」
大きい声を出すのは江藤と同じだが、こちらは女中たちにからかわれてやることにした。中野も性格はマジメなのだが、少しユーモアがある。
中野が、担がれた状態から着地する。そして、ニコッと笑って言い放った。
「本年も、お勤めご苦労様です!では、お姉さま方も良いお年を!」
「感じのよか書生さんね。良いお年を!!」
女中たちも笑顔を返す。やたらコミュニケーション能力の高い中野。
この感じを“豪快な性格”と評する人もいるようだ。
そして、この友人・中野方蔵の存在が、江藤新平を次の舞台へと進めていく。
(続く)
前回、友人と剣術の稽古に励んでいた江藤新平(胤雄)ですが、今回も日常的なエピソードを描きます。
資料から着想を得ていますが、歴史上の事件に比べ、情報量が少ないです。「たぶん、こんな感じだったんじゃないか…」と想像力をはたらかせています。
――江藤たちの藩校「弘道館」での日々は続く。年の暮れが押し迫る頃。
「今日は、とりわけ冷えるな…」
江藤は、藩校で借り受けた本を持って佐賀城下を歩いていた。
いまは藩校での寄宿生活だが、年末は帰宅する。
いま、江藤の父・胤光は「貿易(かわりじな)方」という職務に就いている。但し、ほんの少し前までは、父が失職中だったので、江藤家の貧乏はまだ続いていた。
「帰ったら、母上の内職でも手伝うか…」
江藤の母・浅子は、祝い事に使う“水引”などを作って、子の学費の足しにしていた。
――こうして江藤の服装たるや、一目でわかる貧乏学生だった。
まもなく、江藤が、佐賀城下“からたち小路”に差し掛かろうとしている。
実は、この日には通るべきではない道だった。
「いや、参ったな…」
先に道を通った藩校の学生と思しき青年。戸惑っている様子だ。
何やら女性たちに担ぎ上げられたり、からかわれている。
昔の日本の地域社会には“ハレ(祭)”と“ケ(日常)”の日々の区別が強くあったとも言われる。この当日は、いわば“祭の日”。
当時の佐賀は、非常にわかりやすい“男性社会”である。
女性たちのフラストレーションの発散が認められた、例外的な“日と場所”があったようなのだ。今日は男子をからかい放題の無礼講…みたいな「謎の祭り」とでも考えてほしい。
――先ほどの藩校の学生は、そんな“祭の日”の罠にハマった1人である。

さて、江藤が同じ道(からたち小路)を行く。
リーダー格の女中が「また学生が来たから、一つからかってやろう」とばかりに動く。
「そこの書生さん!」
呼び止められた江藤。しばらく小城に住んでいたので、この辺りの風習にも疎く、状況は把握できていない。
「何用でござるか。」
江藤の声は、非常によく通る。声をかけた女中の方が、一瞬たじろぐ。しかも、内に秘めたエネルギーを感じさせる、まっすぐな目線。
女中さんは「あれっ、格好は粗末だけど、意外に“よか男”じゃないの」と、からかうのを躊躇した。
――こういう“空気を読む”のが、得意ではない江藤。
周囲の状況も不知のうえ、女性の感情の動きも読めていない。
江藤は「貧乏書生と侮られた」と判断した。
早々に退去することとし、歩みを進める。
その時、中国の古典思想である“孟子”の一節を、高唱し始めた。大声で読み上げる内容は、今のシチュエーションと何の関係もない。
「天の意志は、仁の心で行う、民の暮らしの安定である」という趣旨の言葉である。
江藤の声は、女中たちにビリビリと微細な電流を走らせるように響いた。
その後ろ姿を唖然と見つめながら、女中たちは口々に噂した。
「何だろう…あの子は?」
「不思議な子だったねぇ…」
――続いて“からたち小路”に、江藤の友人・中野方蔵が通りがかった。
中野も何気なく入り込んでしまったのだが、江藤とは対応が違った。
「あー、そんな行事があったか…」
まず、中野は“祭の日”のような、特別なシチュエーションであることを察した。
「ははは…、困った、困った~」
大きい声を出すのは江藤と同じだが、こちらは女中たちにからかわれてやることにした。中野も性格はマジメなのだが、少しユーモアがある。
中野が、担がれた状態から着地する。そして、ニコッと笑って言い放った。
「本年も、お勤めご苦労様です!では、お姉さま方も良いお年を!」
「感じのよか書生さんね。良いお年を!!」
女中たちも笑顔を返す。やたらコミュニケーション能力の高い中野。
この感じを“豪快な性格”と評する人もいるようだ。
そして、この友人・中野方蔵の存在が、江藤新平を次の舞台へと進めていく。
(続く)