2020年03月05日
第5話「藩校立志」⑦
こんばんは。
新型肺炎のニュースの合間に、米大統領選の候補者選びのヤマ場「スーパーチューズデー」のニュースが入っていました。
佐賀の七賢人(その4)副島種臣ですが、なんと幕末期に長崎でアメリカ合衆国憲法を学んでいます。
この知識が明治新国家の組織を構築し、方向性を定めるのに大きな力となります。しかし本編の副島種臣は、まだ“偉大な兄さん”の存在にプレッシャーを感じる弟、“次郎さん”です。
――佐賀の藩校「弘道館」は数年前(1840年)に大幅に拡充された。
殿・鍋島直正が頻繁に訪れ、佐賀藩ナンバー2の請役・鍋島安房が責任者を務める。
この藩校の拡充は、直正の師匠・古賀穀堂の残した意見書「学政管見」によるものだった。
「穀堂先生!この学舎で、先生のご期待に沿う“学ぶ者”を育てますぞ!」
直正はグッと右拳を握る。
――古賀穀堂は、藩校拡充の数年前、佐賀城の再建が始まった頃にこの世を去っていた。
城に戻る直正、藩校に向かう鍋島安房と城の堀端ですれ違う。

藩校「弘道館」は、“四十間堀”とも言われる、佐賀城の広大な堀の目前にある。
「おおっ、安房よ!頑張っておるな。」
――働き過ぎの鍋島安房。“城での政務”と“藩校の責任者”の双方ともこなしている。
「殿っ、ごきげんうるわしゅう…ござる。」
明らかに睡眠が足りていない。さすがに直正が一声かける。
「安房よ…熱心なのは良いが、たまには寝るのだぞ。」
――さて、副島種臣(枝吉次郎)の話に戻る。藩校「弘道館」にて。
次郎が、藩校の学生たちと話をしている。
「日本の君主は、帝お一人!しかし、身分に応じた上下の秩序も…。」
何やら次郎の言葉は、歯切れが悪い。少し整理しよう。
次郎の家、枝吉家の“国学”の考え方で言えば「日本の君主は天皇ただ1人」である。
しかし、藩校で主に学ぶ“朱子学”では、身分の序列が大事なのである。
たとえば、将軍や大名たち、各藩の中の主従関係、士農工商など…幕府の基本原理に合う学問だった。
――次郎は迷っていた。評判の天才である兄・枝吉神陽の顔に泥を塗ってはいけない。
優等生になるためには、幕府の公式学問“朱子学”をよく学ぶことだ。
また、佐賀武士の教典“葉隠”も自分の使える主君への忠義を大事にする。
次郎は、結局あたりさわりの無いことを言った。
「やはり…身分の序列は大事であるな。殿への忠義が一番である。」
周囲の学生たちは、拍子抜けした。
「勿体ぶって当たり前のことを言う。枝吉神陽の弟にしては、冴えないのう。」
この反応が枝吉次郎(副島種臣)が、悩んでいる理由である。
たしかに大隈八太郎たちのような“お子さま”にはわからないかもしれない。
――この頃、兄・枝吉神陽は、江戸から佐賀に一時、戻っていた。
枝吉神陽も、弟の勉強の進みは気になる。
「次郎よ、学問は進んでおるか。」
「はっ、まずまずでございます。」
相変わらず神陽の声はよく通る。しかも江戸での修業で風格が増している。
「今は、何を学んでおる。」
次郎は小さい声でボソボソと答えた。
「朱子学や、葉隠を。」
――次第に兄・枝吉神陽の表情が険しくなる。
「では今、学んでいることをどう活かしていくのか。」
次郎はやむを得ず答える。
「藩校の推奨する学問で、周りの者にも映りがよいので。」
神陽は、次郎を一喝した。
「お前は何のために学問をしておるのだ!人に見せるためか!」
次郎には返す言葉が無い。
後に、副島種臣は「あの時の兄さんが何より怖かった…」と語るほどだった。
神陽も、次郎が学問に迷っていることは見抜いていた。
見栄えのための勉強では、先につながっていかない。あえて強く戒めたのである。
(続く)
新型肺炎のニュースの合間に、米大統領選の候補者選びのヤマ場「スーパーチューズデー」のニュースが入っていました。
佐賀の七賢人(その4)副島種臣ですが、なんと幕末期に長崎でアメリカ合衆国憲法を学んでいます。
この知識が明治新国家の組織を構築し、方向性を定めるのに大きな力となります。しかし本編の副島種臣は、まだ“偉大な兄さん”の存在にプレッシャーを感じる弟、“次郎さん”です。
――佐賀の藩校「弘道館」は数年前(1840年)に大幅に拡充された。
殿・鍋島直正が頻繁に訪れ、佐賀藩ナンバー2の請役・鍋島安房が責任者を務める。
この藩校の拡充は、直正の師匠・古賀穀堂の残した意見書「学政管見」によるものだった。
「穀堂先生!この学舎で、先生のご期待に沿う“学ぶ者”を育てますぞ!」
直正はグッと右拳を握る。
――古賀穀堂は、藩校拡充の数年前、佐賀城の再建が始まった頃にこの世を去っていた。
城に戻る直正、藩校に向かう鍋島安房と城の堀端ですれ違う。

藩校「弘道館」は、“四十間堀”とも言われる、佐賀城の広大な堀の目前にある。
「おおっ、安房よ!頑張っておるな。」
――働き過ぎの鍋島安房。“城での政務”と“藩校の責任者”の双方ともこなしている。
「殿っ、ごきげんうるわしゅう…ござる。」
明らかに睡眠が足りていない。さすがに直正が一声かける。
「安房よ…熱心なのは良いが、たまには寝るのだぞ。」
――さて、副島種臣(枝吉次郎)の話に戻る。藩校「弘道館」にて。
次郎が、藩校の学生たちと話をしている。
「日本の君主は、帝お一人!しかし、身分に応じた上下の秩序も…。」
何やら次郎の言葉は、歯切れが悪い。少し整理しよう。
次郎の家、枝吉家の“国学”の考え方で言えば「日本の君主は天皇ただ1人」である。
しかし、藩校で主に学ぶ“朱子学”では、身分の序列が大事なのである。
たとえば、将軍や大名たち、各藩の中の主従関係、士農工商など…幕府の基本原理に合う学問だった。
――次郎は迷っていた。評判の天才である兄・枝吉神陽の顔に泥を塗ってはいけない。
優等生になるためには、幕府の公式学問“朱子学”をよく学ぶことだ。
また、佐賀武士の教典“葉隠”も自分の使える主君への忠義を大事にする。
次郎は、結局あたりさわりの無いことを言った。
「やはり…身分の序列は大事であるな。殿への忠義が一番である。」
周囲の学生たちは、拍子抜けした。
「勿体ぶって当たり前のことを言う。枝吉神陽の弟にしては、冴えないのう。」
この反応が枝吉次郎(副島種臣)が、悩んでいる理由である。
たしかに大隈八太郎たちのような“お子さま”にはわからないかもしれない。
――この頃、兄・枝吉神陽は、江戸から佐賀に一時、戻っていた。
枝吉神陽も、弟の勉強の進みは気になる。
「次郎よ、学問は進んでおるか。」
「はっ、まずまずでございます。」
相変わらず神陽の声はよく通る。しかも江戸での修業で風格が増している。
「今は、何を学んでおる。」
次郎は小さい声でボソボソと答えた。
「朱子学や、葉隠を。」
――次第に兄・枝吉神陽の表情が険しくなる。
「では今、学んでいることをどう活かしていくのか。」
次郎はやむを得ず答える。
「藩校の推奨する学問で、周りの者にも映りがよいので。」
神陽は、次郎を一喝した。
「お前は何のために学問をしておるのだ!人に見せるためか!」
次郎には返す言葉が無い。
後に、副島種臣は「あの時の兄さんが何より怖かった…」と語るほどだった。
神陽も、次郎が学問に迷っていることは見抜いていた。
見栄えのための勉強では、先につながっていかない。あえて強く戒めたのである。
(続く)