2020年03月19日

第6話「鉄製大砲」⑩

こんばんは。
昨日の続きです。リーダーの本島藤太夫たち「鋳立方の七人」は苦闘を続けます。

――季節は巡り、春となっていた。鉄の溶解を進める。

鋳物師谷口が率いる“鋳造チーム”が動く。
!気を付けてかからんね!」
「おうっ!」
屈強な男たちが挑む“鋳立て”である。

ジュジュッ…ジューッ!!

改造した反射炉銑鉄を溶かし、不純物を除く。グニャグニャとなった真っ赤な


それを鋳型により大砲の姿にしていく。

――そして、砲身を繰り抜くためには、水力が用いられた。

築地佐賀城下の職人町の裏手にある。
近くのを堰き止め、小規模なダムを構築して、水車を回した。

ガラン、ガラン…
即席のダムからの水力で“鉄の塊”の内側を削り続ける。

杉谷さん、様子はどがんね?」
刀鍛冶橋本水車の近くまで様子を見に来た。

「良い具合です。馬場さんの計算は確かですから。」
翻訳担当の杉谷七人の中で最も“西洋”に親しい人物である。


――桜の季節が去り、青葉が繁る頃。

ようやく試作大砲一門が完成した。
さらに改良を重ね、砲術の部隊に試射を依頼する。

――固唾を呑んで見守る、「鋳立方の七人」

ドン!…ピキピキ、ビキッ!

異様な音を立てて、砲身は裂けた。
「ぎゃっ!」
安全を見越した配置にしていたはずが、ケガ人が出たのである。

――そして悲劇は続いた。

ドドーン…!

今度は、砲身が裂けたのではなく、爆発した。
とうとう砲術部隊に、殉職者が出てしまったのである。

「もう、お主らの造ったもんは、信じられんばい!」
砲術長が激怒している。この人物は、大隈信保後任だった。


――どうしても砲身の強度は上がらず、大砲を試射に回せない。

本島は、技術書の編集担当で、サブリーダー格の田中を呼び寄せた。
田中どの…話がある。」

その決意を聴いて、田中が諫める。
本島さん!駄目だ!まだ、あきらめてはいかんぞ!」

リーダーとして、本島は製造の中止進言すると決めた。
そして“切腹”により責任を取るつもりだった。


――佐賀城・本丸。本島は、殿・鍋島直正の面前にいた。


殿申し上げたき儀がございます!」
本島が声を張る。

本島よ、かように大声を出さずとも聞こえておる。」
ゆっくりと本島の気負いを受け止める直正

「大銃(大砲)の鋳立が成らず、申し訳ございません!」
やはり興奮気味に、殿謝罪をする本島

「つきましては…腹を切ってお詫びを…」
本島は“”をもって償うと申し出た。

――鍋島直正、本島の言葉を受け止めると、背を向けて一呼吸おいた。

死ぬことは許さん。生きて成し遂げよ。

本島の気負った表情が崩れる。
殿…しかし…」

直正は続けた。
そなたらには、無茶を押し付けておる。すべての責任だ。」

本島が涙を流した。

直正は少し表情を緩めて、本島に語りかける。
「重ねて申すぞ。命を絶つことは許さん!これは主命である。」


――このとき、1851年。日本が黒船来航の脅威に直面するまで、あと2年である。


(第7話「尊王義祭」に続く)


  


Posted by SR at 21:46 | Comments(0) | 第6話「鉄製大砲」