2020年03月10日
第6話「鉄製大砲」①
こんばんは。
日々、様々な人物が走り回る「佐賀藩の大河ドラマ」のイメージですが、書いている方もバタバタしています。
走りながら考える…幕末の佐賀藩士の気分が少し味わえているのかもしれません。とりあえず今回から第6話「鉄製大砲」に入ります。
――鍋島直正は、憔悴していた。
「永山…なにゆえだ…」
1845年。直正の側近の1人、永山十兵衛が急逝する。
藩校「弘道館」の教師であり、直正の師匠・古賀穀堂が亡くなったあとを引き継ぐ存在だった。直正が不眠に悩めば、一緒に“呼吸法”の鍛錬を行うなど、“心の支え”でもあった。
永山は、東北地方を調査するなど激務をこなしていたのも事実であった。
直正の目となり、耳となって情報収集にあたる気構えは、藩校の生徒たちを奮わせた。
影響されやすい“団にょん”こと島義勇などは、永山の話を糧にズンズンと諸国を歩き回っている。
――永山十兵衛が欠けたことにより、直正の心にぽっかりと穴が空く。
「すでに穀堂先生は居られぬ。儂は何を標(しるべ)とすれば良いのだ。」
直正は、もともと潔癖症ではあるが、さらに手を洗う回数が増えてきた。桶に溜めた水で、ガシガシと手を擦り合わせる。
「殿…何たる落ち込みよう。与一は心配です。」
古川与一(松根)は、直正の身の回りの世話をする執事役である。
文化的な教養は高いが、さすがに学問の師匠たちの代わりはできない。
そこに佐賀城で女性の生活空間である“奥”との取次役が現れる。
「実は…姫さまが、殿にお目通りを願い出ておられます。」
――鍋島直正は、なかなか子に恵まれなかった。
将軍家の姫だった正室・盛姫との間に子の誕生はなく、歳月は過ぎていった。側室との間にようやく子(長女)が生まれたのは、直正が26歳のとき。
長女の名は“貢姫(みつひめ)”という。
古川与一は、直正に「貢姫が会いたがっている」と伝えた。
憔悴している直正だが、よろよろと立ち上がる。
「そうじゃな。落ち込んでばかりもおれん…、お貢(みつ)の顔でも見てくるか。」

――佐賀城本丸“奥”にて。
年の頃、5歳くらいの女の子がニコニコと笑っている。直正の長女・貢姫である。
「おちちうえさま!」
「おぉ、お貢よ。変わりはないか。」
「はい!」
貢姫に不調を悟られてはならない。直正は無理に平静を装った。
「おちちうえさま!これをおうけとりください!」
「ほう、これは何かのぅ。」
「ヘビよけのおまもりです!“みつ”がつくりました!」
「なんと!」
――以前、紹介したことがあるが、直正はヘビが大の苦手である。
直正は、幼い貢姫から“蛇除けのお守り”を受け取った。
すると永山を亡くしてから、止まっていた頭が急に動き出した。
以降は、直正の心の声である。
「儂は…止まっている場合なのか。異国船の脅威は日々迫っているのだぞ。」
「そして儂は貢姫の父親じゃ。お貢を守らねばならぬ。」
「いや、その前に儂は佐賀の殿様だぞ、家来を…何より、民を守る責務があるではないか。」
――次第に、直正の目に光が戻っていく。
「お貢よ!“蛇除け”大切にいたすぞ。礼を申す。」
「どういたしまして」
貢姫は、小さく礼をする。
「父は、政務に戻らねばならん。お貢よ、またな。」
直正は照れ隠しで、そのまま背を向ける。
そして湧きあがった情熱で、仕事場である“表”に戻っていった。
「おかしな、おちちうえさま。」
貢姫は小首を傾げていた。
――そして、佐賀城本丸の“表”。
急に“仕事モード”で帰ってきた直正。
「本島はおるか!長崎の台場に備える砲の鋳造を急がねばならん!」
佐賀藩の製砲主任である本島藤太夫が応じる。
「殿からお声掛けいただけるとは、有難きことにございます!」
直正が力強く戻ってきたのを見届け、古川与一がつぶやく。
「さすがは貢姫さま…、素晴らしい力をお持ちですな。」
(続く)
日々、様々な人物が走り回る「佐賀藩の大河ドラマ」のイメージですが、書いている方もバタバタしています。
走りながら考える…幕末の佐賀藩士の気分が少し味わえているのかもしれません。とりあえず今回から第6話「鉄製大砲」に入ります。
――鍋島直正は、憔悴していた。
「永山…なにゆえだ…」
1845年。直正の側近の1人、永山十兵衛が急逝する。
藩校「弘道館」の教師であり、直正の師匠・古賀穀堂が亡くなったあとを引き継ぐ存在だった。直正が不眠に悩めば、一緒に“呼吸法”の鍛錬を行うなど、“心の支え”でもあった。
永山は、東北地方を調査するなど激務をこなしていたのも事実であった。
直正の目となり、耳となって情報収集にあたる気構えは、藩校の生徒たちを奮わせた。
影響されやすい“団にょん”こと島義勇などは、永山の話を糧にズンズンと諸国を歩き回っている。
――永山十兵衛が欠けたことにより、直正の心にぽっかりと穴が空く。
「すでに穀堂先生は居られぬ。儂は何を標(しるべ)とすれば良いのだ。」
直正は、もともと潔癖症ではあるが、さらに手を洗う回数が増えてきた。桶に溜めた水で、ガシガシと手を擦り合わせる。
「殿…何たる落ち込みよう。与一は心配です。」
古川与一(松根)は、直正の身の回りの世話をする執事役である。
文化的な教養は高いが、さすがに学問の師匠たちの代わりはできない。
そこに佐賀城で女性の生活空間である“奥”との取次役が現れる。
「実は…姫さまが、殿にお目通りを願い出ておられます。」
――鍋島直正は、なかなか子に恵まれなかった。
将軍家の姫だった正室・盛姫との間に子の誕生はなく、歳月は過ぎていった。側室との間にようやく子(長女)が生まれたのは、直正が26歳のとき。
長女の名は“貢姫(みつひめ)”という。
古川与一は、直正に「貢姫が会いたがっている」と伝えた。
憔悴している直正だが、よろよろと立ち上がる。
「そうじゃな。落ち込んでばかりもおれん…、お貢(みつ)の顔でも見てくるか。」

――佐賀城本丸“奥”にて。
年の頃、5歳くらいの女の子がニコニコと笑っている。直正の長女・貢姫である。
「おちちうえさま!」
「おぉ、お貢よ。変わりはないか。」
「はい!」
貢姫に不調を悟られてはならない。直正は無理に平静を装った。
「おちちうえさま!これをおうけとりください!」
「ほう、これは何かのぅ。」
「ヘビよけのおまもりです!“みつ”がつくりました!」
「なんと!」
――以前、紹介したことがあるが、直正はヘビが大の苦手である。
直正は、幼い貢姫から“蛇除けのお守り”を受け取った。
すると永山を亡くしてから、止まっていた頭が急に動き出した。
以降は、直正の心の声である。
「儂は…止まっている場合なのか。異国船の脅威は日々迫っているのだぞ。」
「そして儂は貢姫の父親じゃ。お貢を守らねばならぬ。」
「いや、その前に儂は佐賀の殿様だぞ、家来を…何より、民を守る責務があるではないか。」
――次第に、直正の目に光が戻っていく。
「お貢よ!“蛇除け”大切にいたすぞ。礼を申す。」
「どういたしまして」
貢姫は、小さく礼をする。
「父は、政務に戻らねばならん。お貢よ、またな。」
直正は照れ隠しで、そのまま背を向ける。
そして湧きあがった情熱で、仕事場である“表”に戻っていった。
「おかしな、おちちうえさま。」
貢姫は小首を傾げていた。
――そして、佐賀城本丸の“表”。
急に“仕事モード”で帰ってきた直正。
「本島はおるか!長崎の台場に備える砲の鋳造を急がねばならん!」
佐賀藩の製砲主任である本島藤太夫が応じる。
「殿からお声掛けいただけるとは、有難きことにございます!」
直正が力強く戻ってきたのを見届け、古川与一がつぶやく。
「さすがは貢姫さま…、素晴らしい力をお持ちですな。」
(続く)