2020年05月29日
第10話「蒸気機関」⑨(佐野、精錬方へ)
こんばんは。
前回は、殿・鍋島直正が、長崎の佐野栄寿(常民)の塾に、お忍びで足を運びました。
黒船来航の年。異国に戦を仕掛けさせないよう、技術開発を急ぐ直正は、佐野に帰藩の命令を出します。
――佐野は、殿・直正の意を受けて、長崎を離れようとしていた。
「渡辺さん、申し訳ない。佐賀に戻ることとなりました。」
佐野の塾には、大坂の適塾で同門だった渡辺卯三郎も滞在している。
渡辺は、あの緒方洪庵が子供を預けるほど、見込んでいた人物という。のちに故郷の加賀(石川)で地域医療の発展に貢献することになる。
「後は儂らで、どうにかするがや。」
「よろしく頼みます。」
「急な呼び戻しとは、佐野さんは期待されとるがや。頑張んまっし!」
「渡辺さん、ありがとう!」

――佐野、蘭学の仲間たちの気遣いに感激する。今話ではやたら涙目になる展開が多い。
物々しい警備が続く長崎を去り、ほどなく佐賀に戻ってきた佐野。
「“精錬方”はどがんなっとるかね…」
「佐野~っ!久しぶりやないか!」
“翻訳小屋”から、石黒寛次の声がする。
「佐野はん!お帰りやす!」
科学者・中村奇輔は一足早く、長崎から帰って研究を再開していた。
「おおっ、佐野どの!」
機械技術者・田中久重も顔を出す。
――皆、表情が明るい。佐野栄寿の帰藩を待ち望んでいた様子だ。
「そいぎ、長崎で見た“蒸気機関”やねんけどな。」
科学者・中村が、戻ったばかりの佐野に相談を持ち掛ける。
「中村さん…“そいぎ”って、佐賀の者みたか言葉ですね。」
佐野が、次第に“佐賀ことば”が混ざってきている中村に気付く。
「そがんことより、“蒸気罐”(ボイラー)の試作を早よ考えな!」
「…わかりました!すぐに皆で、話合いましょう!」
少なくとも中村は、佐賀に馴染んでいる様子だ。佐野は安堵した。
――そして、佐賀に帰ったばかりだが、佐野に休んでいる暇は無いようだ。
「フフフ…腕が鳴るばい!」
田中久重、目がキラリと光る。
「翻訳は任せろ。但し、なるべく関わりのありそうな洋書で頼む…」
石黒、研究の方向性の見えぬまま、手当たり次第に洋書の翻訳をしてきた。取りまとめ役になりそうな佐野への期待は大きい。

「ところで、佐野さま!」
ここで田中久重の養子、二代目“儀右衛門”が言葉を発する。
「おおっ!“二代目”さん、どがんしなさった。」
「佐野さまの頭なのですが…」
――長崎から帰ったばかりの佐野。やや髪型が不自然である。
「気づかれたばい。」
「えっ、まずかったですか…」
“二代目”は、佐野の反応を見て、少々引き気味である。
「こがんは、鬘(カツラ)ばい!」
佐野がカポッと小気味の良い音を立て、カツラを取る。
実は、まだ丸坊主のままだった。
「殿が…突然、お役目に就け!とおっしゃられるので。」
今回の帰藩にあたって、殿・鍋島直正は、佐野に栄寿左衛門(えいじゅざえもん)という、いかにも重みのある名前を授けた。
――今まで“医者モード”の丸坊主にしていた佐野。急に武士としての立ち位置が強化され、戸惑っている様子だ。
「髷(まげ)を結って、お役目に出ようにも、急に髪は伸びぬものでございますな。」
苦笑する佐野。
「ふふふ…ワシらの頭(かしら)は、鬘(カツラ)か…」
田中久重が含み笑いをする。
「田中さん!からかわんでくださいよ。」
「はっはっは…これは失敬!」
こうして佐野栄寿が戻ったことで、精錬方(せいれんかた)は、1つの“チーム”として機能するようになった。
“万能の研究主任”・佐野の活躍はこれからである。
(続く)
前回は、殿・鍋島直正が、長崎の佐野栄寿(常民)の塾に、お忍びで足を運びました。
黒船来航の年。異国に戦を仕掛けさせないよう、技術開発を急ぐ直正は、佐野に帰藩の命令を出します。
――佐野は、殿・直正の意を受けて、長崎を離れようとしていた。
「渡辺さん、申し訳ない。佐賀に戻ることとなりました。」
佐野の塾には、大坂の適塾で同門だった渡辺卯三郎も滞在している。
渡辺は、あの緒方洪庵が子供を預けるほど、見込んでいた人物という。のちに故郷の加賀(石川)で地域医療の発展に貢献することになる。
「後は儂らで、どうにかするがや。」
「よろしく頼みます。」
「急な呼び戻しとは、佐野さんは期待されとるがや。頑張んまっし!」
「渡辺さん、ありがとう!」
――佐野、蘭学の仲間たちの気遣いに感激する。今話ではやたら涙目になる展開が多い。
物々しい警備が続く長崎を去り、ほどなく佐賀に戻ってきた佐野。
「“精錬方”はどがんなっとるかね…」
「佐野~っ!久しぶりやないか!」
“翻訳小屋”から、石黒寛次の声がする。
「佐野はん!お帰りやす!」
科学者・中村奇輔は一足早く、長崎から帰って研究を再開していた。
「おおっ、佐野どの!」
機械技術者・田中久重も顔を出す。
――皆、表情が明るい。佐野栄寿の帰藩を待ち望んでいた様子だ。
「そいぎ、長崎で見た“蒸気機関”やねんけどな。」
科学者・中村が、戻ったばかりの佐野に相談を持ち掛ける。
「中村さん…“そいぎ”って、佐賀の者みたか言葉ですね。」
佐野が、次第に“佐賀ことば”が混ざってきている中村に気付く。
「そがんことより、“蒸気罐”(ボイラー)の試作を早よ考えな!」
「…わかりました!すぐに皆で、話合いましょう!」
少なくとも中村は、佐賀に馴染んでいる様子だ。佐野は安堵した。
――そして、佐賀に帰ったばかりだが、佐野に休んでいる暇は無いようだ。
「フフフ…腕が鳴るばい!」
田中久重、目がキラリと光る。
「翻訳は任せろ。但し、なるべく関わりのありそうな洋書で頼む…」
石黒、研究の方向性の見えぬまま、手当たり次第に洋書の翻訳をしてきた。取りまとめ役になりそうな佐野への期待は大きい。

「ところで、佐野さま!」
ここで田中久重の養子、二代目“儀右衛門”が言葉を発する。
「おおっ!“二代目”さん、どがんしなさった。」
「佐野さまの頭なのですが…」
――長崎から帰ったばかりの佐野。やや髪型が不自然である。
「気づかれたばい。」
「えっ、まずかったですか…」
“二代目”は、佐野の反応を見て、少々引き気味である。
「こがんは、鬘(カツラ)ばい!」
佐野がカポッと小気味の良い音を立て、カツラを取る。
実は、まだ丸坊主のままだった。
「殿が…突然、お役目に就け!とおっしゃられるので。」
今回の帰藩にあたって、殿・鍋島直正は、佐野に栄寿左衛門(えいじゅざえもん)という、いかにも重みのある名前を授けた。
――今まで“医者モード”の丸坊主にしていた佐野。急に武士としての立ち位置が強化され、戸惑っている様子だ。
「髷(まげ)を結って、お役目に出ようにも、急に髪は伸びぬものでございますな。」
苦笑する佐野。
「ふふふ…ワシらの頭(かしら)は、鬘(カツラ)か…」
田中久重が含み笑いをする。
「田中さん!からかわんでくださいよ。」
「はっはっは…これは失敬!」
こうして佐野栄寿が戻ったことで、精錬方(せいれんかた)は、1つの“チーム”として機能するようになった。
“万能の研究主任”・佐野の活躍はこれからである。
(続く)