2020年05月23日

第10話「蒸気機関」⑥

こんばんは。

今回は、幕府の役人に同行し、佐賀藩士たちが長崎に停泊するロシア船に乗り込みます。
そして、佐野栄寿(常民)京都からスカウトした科学者中村奇輔が、実物の“蒸気機関”に出会います。


――まず幕府の役人がロシア船に乗り込み、製砲主任の本島藤太夫をはじめ、佐賀藩士たちが続く。

ロシア艦隊の士官たちが、幕府の役人と言葉を交わす。例によって、オランダ語の通訳を介した対話である。

「ようこそ、“パルラダ号”へ。」
貴艦にお招きいただき、光栄である!」

この時点で、日露の交渉を担当した筒井政憲川路聖謨は、まだ長崎に来ていない。公式な会談は、これから数か月後の話になる。


――本島藤太夫は、鍋島直正の側近で上級武士である。儀礼的なことにも気を遣わなくてはいけない。

中村どの!はまだ動けぬ貴方は見聞を進めてくれ。」

本島の声を受けて、科学者・中村奇輔は甲板を見回した。

やはり“和船”とは安定感が違う。
「さすがは、西洋の艦船…といったところやな。大砲も積み放題か…」


――そして、中村の目はロシア艦隊の1隻、汽走艦“ボストーク号”を捉えた。

ロシア艦隊の4隻のうち、2隻は蒸気船である。

蒸気船…しかも“外輪”が見当たらん!」
当時はペリー黒船のように、船の側面に付いている水車のような“外輪”で進むのが一般的だった。


しかし中村が注目した“ボストーク号”は、最新鋭の推進装置“スクリュー”を備えていた。スクリュー水面下に隠れているので、中村には見えていない。

仕掛けが見えんぞ!あの蒸気船は、どう進むんや…」

隣に並ぶ汽走艦を凝視して、思案を巡らせる中村
「たしかに巨船では無いが、あの蒸気船は得体が知れんで…」

ロシア艦隊は、日本に来航する前にイギリスに寄っている。
イギリスの会社から購入した“ボストーク号”を艦隊に加えるためである。


――最新鋭のスクリュー推進型の蒸気船“ボストーク号”。大型の蒸気船に比べ、船足が早く、小回りも利く。

北九州の沿岸から、日本海周辺海域まで、迅速な航行が可能である。ロシアには沿岸の地勢を調べて、今後の活動足がかりとする意図もあった。


――船外を見遣る、中村の背後。やや艦上が賑やかとなった。

中村どの!」
本島が呼びかけている。

「はい、本島さま!お呼びですか。」
中村が振り返り、の縁から甲板の中央へと戻る。

中村どの!貴方が見なければならぬものが来るぞ!」
「あれは“蒸気機関”…!?」


――ロシア艦隊の士官は、模型の機関車を持参していた。

熱湯を注ぎ、アルコールに点火することで、簡易な“蒸気機関”を形成している。

「見テテ、クダサイ!コレガ機関車デス!」
通訳が日本語で解説する前に、列席者に呼びかけたロシア人士官。

ネジ状のコックを捻ると、速やかに模型機関車は走り出した。


中村どの!あれは如何なる仕組みなのだ!?」
佐賀藩の誇る“鋳立方の七人”のリーダー・本島も驚いている。


――中村奇輔が声を発した。「いま一度、お見せください!」と。

ロシア人士官が軽く手を挙げる。通訳する間でもなく、中村の要求を理解した様子だ。

ポッ!

軽くを発する。模型機関車
すみやかに走り出し軌道上をクルクルと旋回する。

本島さま…あきまへん。わかりませんでした。」
淡々とした言葉とは、裏腹に中村右拳は固く握られていた。


(続く)
  


Posted by SR at 22:37 | Comments(0) | 第10話「蒸気機関」