2020年05月21日

第10話「蒸気機関」⑤

こんばんは。
第10話「蒸気機関」は、第9話「和親条約」と時期がかなり重なっています。

黒船来航の2年前(1851年)から始まって、この時点ではアメリカペリー江戸湾から一旦、退去した後。ロシアプチャーチン長崎に来航している時期です。


――1853年秋。佐野栄寿(常民)に続いて、科学者・中村奇輔も長崎に行ってしまった。

取り残された感のある、翻訳家・石黒寛次
今日も“精錬方”の小屋で「得体の知れない洋書」を翻訳している。

「何や…ようわからん本やな。舎密(せいみ)か…!?」
西洋の化学関係書物のようだが、はっきりしない。

「おい、中村…!」
石黒の呼びかけた相手、中村佐賀藩の仕事で長崎出張中。この場にいない。

丹後田辺(舞鶴)の出身の石黒は、いまや故郷から遠く佐賀就職している。

「はぁー!さすがに気が滅入るわ…暗い生活やなぁ~」
孤独な翻訳作業の疲れもあって、大きくため息をつく石黒



――すると、俄(にわ)かに眼前がパッと明るくなった。

「なんや!」
石黒が驚く。突如、強力灯りが差し出されたのである。

「はい!無尽灯むじんとう)!」
ヌッと現れた声の主は、田中久重である。

田中さんか!驚かさんといてや…」

ふふふワシ、儀右衛門(ぎえもん)。」
田中久重は、得意気な表情を浮かべていた。

「…お主、先ほど“暗い”と言ったであろう。」
「いや、言っちゃっとるけども!」


――「不便を感じている人の力になりたい!」が、田中久重の研究の原動力なのである。

「養父上(ちちうえ)!今の“儀右衛門”は、ではないのですか!」
二代目・儀右衛門が困惑している。田中養子で、金属加工のスペシャリストである。

「おう、すまんすまん。ついが出たばい。」
田中久重は、久留米(福岡)の出身。久しぶり九州に戻って元気いっぱいである。

ワシら2人で、“からくり儀右衛門”と言うことでどうね!ハッハッハッ…」
養父上ややこしゅうこざいます!」
小競り合いをする田中父子

ふと石黒が、西の空を見遣った。長崎の方角だ。
「儂もロシア船が!“蒸気機関”が見たいんや。」


――長崎での科学者・中村奇輔の任務とは、ロシア船の装備の視察である。



ロシアプチャーチン艦隊は長崎に停泊している間、日本側交流を試みた。
幕府や、佐賀藩視察団を受け入れていたのである。

中村どの!参りますぞ。」
迎えに来たのは、本島藤太夫
大砲製造チーム「鋳立方(いたてがた)の七人」のリーダーという存在。蘭学つながりで、佐野とも面識がある。

「ほな、佐野はん!行って来ますで。この目ぇで“蒸気機関”の仕組みを明かしてきます!」
中村が、佐野栄寿(常民)蘭学塾を出立する。

中村さん!本当はも行きたい!」
まかせとき佐野はんの分まで見て来ますわ!」
力強く決意を表明する、中村


――2人がまず乗り込むのは、ロシア船「パルラダ号」。その艦上で待つものは…

本島藤太夫が、中村奇輔に伝える。
「私は“大砲”を見ます!貴方は“蒸気機関”を!」

中村が言葉を返す。
望むところです!我々“精錬方”で、直ぐに追いついてみせます!」


(続く)  


Posted by SR at 21:32 | Comments(0) | 第10話「蒸気機関」