2021年01月28日
第15話「江戸動乱」⑧(島、還る)
こんばんは。
半年くらい前に掲載した話の続編。ついに、あの男が佐賀に帰ってきます。
――1856(安政3)年の秋。佐賀を出立した2人。
島義勇と犬塚与七郎は、極寒の東北を歩み、蝦夷地(北海道)へと向かった。
蝦夷地の箱館(函館)に到着するなり、犬塚が帰路に就く。ある任務を背負い、佐賀へと舞い戻ったのだ。
一方の島義勇。そのまま蝦夷地に留まって、探検家・松浦武四郎らとともに、幕府・箱館奉行所の調査に同行したのである。

――島が、佐賀を旅立ってから2年近く。
島義勇。団右衛門と名乗るので、愛称は“団にょん”。
もともと精悍な顔つきに、丸い眼(まなこ)の持ち主である。
極北の蝦夷地(北海道)沿海を回って、野性味が増していた。
「ようやく佐賀じゃ!ついに御城下に帰ってきたぞ!」
江戸にある佐賀藩の屋敷に、たどり着いたときは年の瀬だった。しばし時を経て、佐賀への帰還である。
――そこで“団にょん”は、ある侍の後ろ姿を見かけた。
「おおっ!そこに居るんは“犬”じゃなかね!」
「…その声は、もしや“団にょん”さん!!」
振り向いたのは、佐賀藩士・犬塚与七郎。
「犬~っ!ようやく帰ってきたとよ!」
「…だから“犬”じゃなかばい!犬塚たい!!」
もはや“お約束”のやり取りである。ひしと抱きあう2人。
島義勇。北の最果ての旅路より還る。
――行き道は調査のため、豪雪の東北を共に歩んだ2人。
「…はっはっは!いつもの犬塚だな。元気そうで良かごたぁ!」
「そちらこそ。間違いなく、団にょんさんじゃ!」
まずは感動の再会を果たした2人だが、ふと、犬塚が正気に戻る。
「団にょんさん、すまん…、力の及ばんかった。」
島と犬塚が、箱館に着いた時。すでに各藩が調査にしのぎを削っていた。
蝦夷地(北海道)には、貿易港・特産物・販路開拓…様々な魅力がある。

――佐賀にとっても、蝦夷地の“権利”確保が急務。
幕府への申請を急ぐため、島と犬塚は二手に分かれたが、佐賀藩は蝦夷地での権利を獲得できなかった。犬塚は“自分の力不足”と謝っているのだ。
「ご公儀(幕府)の決めた事ばい。仕方がなかよ!」
「蝦夷地は、近くの“お大名”に任せるらしか…」
島が励ますが、犬塚は、まだ悔しがる。
結局、幕府は蝦夷地の警備・領有を東北の諸藩に任せた。先んじて調査を行う西国の各藩に、蝦夷地の権利を与えるのは、危険と考えても不思議はない。
――決断力に長けた、大老・井伊直弼のもと…
幕府は、権威の回復を図っていた。しかし正面からぶつかって来る雄藩もある。次期将軍候補の1人・一橋慶喜の実家である水戸藩(茨城)だ。
「団にょんさん…、井伊さまは水戸を警戒しとるばい。」
「そうたい。ワシが水戸の屋敷に出入りした頃とは…、何かが違う。」
さっきまで大声だったが、急にひそひそ話を始める島と犬塚。かつて島義勇は、殿の愛娘・貢姫の縁談で、お相手の実家・水戸藩との調整役を務めていた。
…島が寒い蝦夷地を探索している間に、水戸藩の“尊王攘夷”は、さらに過熱をしていたのである。
(続く)
〔参照記事〕
第11話「蝦夷探検」⑨(“犬塚”の別れ)
第11話「蝦夷探検」②(江戸の貢姫)
半年くらい前に掲載した話の続編。ついに、あの男が佐賀に帰ってきます。
――1856(安政3)年の秋。佐賀を出立した2人。
島義勇と犬塚与七郎は、極寒の東北を歩み、蝦夷地(北海道)へと向かった。
蝦夷地の箱館(函館)に到着するなり、犬塚が帰路に就く。ある任務を背負い、佐賀へと舞い戻ったのだ。
一方の島義勇。そのまま蝦夷地に留まって、探検家・松浦武四郎らとともに、幕府・箱館奉行所の調査に同行したのである。
――島が、佐賀を旅立ってから2年近く。
島義勇。団右衛門と名乗るので、愛称は“団にょん”。
もともと精悍な顔つきに、丸い眼(まなこ)の持ち主である。
極北の蝦夷地(北海道)沿海を回って、野性味が増していた。
「ようやく佐賀じゃ!ついに御城下に帰ってきたぞ!」
江戸にある佐賀藩の屋敷に、たどり着いたときは年の瀬だった。しばし時を経て、佐賀への帰還である。
――そこで“団にょん”は、ある侍の後ろ姿を見かけた。
「おおっ!そこに居るんは“犬”じゃなかね!」
「…その声は、もしや“団にょん”さん!!」
振り向いたのは、佐賀藩士・犬塚与七郎。
「犬~っ!ようやく帰ってきたとよ!」
「…だから“犬”じゃなかばい!犬塚たい!!」
もはや“お約束”のやり取りである。ひしと抱きあう2人。
島義勇。北の最果ての旅路より還る。
――行き道は調査のため、豪雪の東北を共に歩んだ2人。
「…はっはっは!いつもの犬塚だな。元気そうで良かごたぁ!」
「そちらこそ。間違いなく、団にょんさんじゃ!」
まずは感動の再会を果たした2人だが、ふと、犬塚が正気に戻る。
「団にょんさん、すまん…、力の及ばんかった。」
島と犬塚が、箱館に着いた時。すでに各藩が調査にしのぎを削っていた。
蝦夷地(北海道)には、貿易港・特産物・販路開拓…様々な魅力がある。

――佐賀にとっても、蝦夷地の“権利”確保が急務。
幕府への申請を急ぐため、島と犬塚は二手に分かれたが、佐賀藩は蝦夷地での権利を獲得できなかった。犬塚は“自分の力不足”と謝っているのだ。
「ご公儀(幕府)の決めた事ばい。仕方がなかよ!」
「蝦夷地は、近くの“お大名”に任せるらしか…」
島が励ますが、犬塚は、まだ悔しがる。
結局、幕府は蝦夷地の警備・領有を東北の諸藩に任せた。先んじて調査を行う西国の各藩に、蝦夷地の権利を与えるのは、危険と考えても不思議はない。
――決断力に長けた、大老・井伊直弼のもと…
幕府は、権威の回復を図っていた。しかし正面からぶつかって来る雄藩もある。次期将軍候補の1人・一橋慶喜の実家である水戸藩(茨城)だ。
「団にょんさん…、井伊さまは水戸を警戒しとるばい。」
「そうたい。ワシが水戸の屋敷に出入りした頃とは…、何かが違う。」
さっきまで大声だったが、急にひそひそ話を始める島と犬塚。かつて島義勇は、殿の愛娘・貢姫の縁談で、お相手の実家・水戸藩との調整役を務めていた。
…島が寒い蝦夷地を探索している間に、水戸藩の“尊王攘夷”は、さらに過熱をしていたのである。
(続く)
〔参照記事〕