2021年01月07日
第15話「江戸動乱」③(異郷で見た気球〔バルーン〕)
こんばんは。前回の続きです。
日米修好通商条約の批准のために、アメリカに渡った幕府の使節団。同行する佐賀藩士たちは、各々が殿・鍋島直正の命を受けて調査をしています。
――佐賀藩士で“エンジニア”の秀島藤之助。
ガンガン!…コンコン!
機械音とハンマーの音が響く。
嵐の太平洋を渡った“咸臨丸”はサンフランシスコのドックにて修繕されている。
秀島は、アメリカの蒸気船や大砲の調査が任務。“咸臨丸”の修理を見学中だ。
――同じく佐賀藩士。語学に通じる、小出千之助がドックに現れる。
「咸臨丸の具合は、いかがでございますか~」
活気みなぎる作業音に囲まれて、秀島に大声を掛けた。
小出は、他の佐賀藩士とそのまま使節団に同行。アメリカ東海岸に回る。
船の修理を見つめる秀島は、復路も咸臨丸に乗り、日本に戻る予定だ。

――サンフランシスコを発つ前に、小出は港に立ち寄っていた。
小出の任務は英語を習得し、西洋の事情を殿・鍋島直正に伝えること。
その間も、秀島藤之助は食い入るように、咸臨丸の船体を見つめる。
「知らぬ事ばかりだ。多いに“実験”の利益がある!」
「…船大工たちに尋ねたいことも、山ほどあるのだ!」
――秀島の発する言葉を、小出はじっと聞いていた。
アメリカの艦船修理。それを見つめる秀島の表情は、悔しそうだ。
「…オランダ語が通じぬのが、もどかしい!」
ドックを後にする、小出。学んだ“英語”は佐賀藩内で広める使命がある。
「秀島さんも悔しかね。私も英語には、まだまだ慣れぬな…」
その“英語”で目指すのは、進んだ技術や学問の習得だ。専門分野ごとに、知らねばならない単語も異なる。
――使節団はパナマを経由し、アメリカの東海岸(大西洋側)に上陸する。
異郷の地・アメリカでは、好奇の視線にさらされる事も多い。
「頭を指さして“ピストル”とか言われよるが…」
「あぁ、ちょんまげの形状が“短筒”のごた、見えるらしかよ。」
もはや自分たちの動向が“ニューズぺーバー”に載ることにも慣れてきた。
軍事、医学、産業から…、捕鯨船の動向まで、各々の調査に忙しい。

――アメリカ東海岸の街・フィラデルフィア。
イギリスからの独立時の13州を含む東部地域。
西海岸(太平洋側)よりも工業化が進んでいる。
「おや、川崎どのは、どこに行ったかな。」
仲間の佐賀藩士たちに小出千之助が尋ねた。
「“写真”の腕を磨くとか…、申しておりましたな。」
「いや“写真”の鍛錬からは戻りよった。次は“バルン”を見聞するとか…」
――佐賀藩医・川崎道民。アメリカの草原に立つ。
水田が広がる佐賀平野とは、また違う匂い。異郷の乾いた風が吹き抜ける。
「カワサキ。イッツ、タイム、カミン…バルーン、フライ!」
軽妙に響く現地・アメリカの言葉。
今までオランダ語しか学んでいない川崎だが、これは理解できた。
…気球を上げようとするアメリカ人の陽気な表情。
“楽しいことが始まるから、よく見ておけ!”その感覚は伝わる。
――青空に上がっていく、熱気球(バルーン)。
遠い異郷・アメリカで見上げる空。
じわじわと高く上がっていく熱気球。
「こいは面白かね。佐賀でも、天に上げられんか…」
なぜだか川崎には、とても親しい景色に想われた。
…そして、悠然と青天を見上げて思うのは、佐賀の空だった。
――1860年春。佐賀。
肌寒さの残る、曇り空。
佐賀城下には、険しい表情をした侍が集められていた。
その陣容は、剣術の腕が立つ者ばかり。急ぎ江戸に発つ仕度を整えていた。
(続く)
日米修好通商条約の批准のために、アメリカに渡った幕府の使節団。同行する佐賀藩士たちは、各々が殿・鍋島直正の命を受けて調査をしています。
――佐賀藩士で“エンジニア”の秀島藤之助。
ガンガン!…コンコン!
機械音とハンマーの音が響く。
嵐の太平洋を渡った“咸臨丸”はサンフランシスコのドックにて修繕されている。
秀島は、アメリカの蒸気船や大砲の調査が任務。“咸臨丸”の修理を見学中だ。
――同じく佐賀藩士。語学に通じる、小出千之助がドックに現れる。
「咸臨丸の具合は、いかがでございますか~」
活気みなぎる作業音に囲まれて、秀島に大声を掛けた。
小出は、他の佐賀藩士とそのまま使節団に同行。アメリカ東海岸に回る。
船の修理を見つめる秀島は、復路も咸臨丸に乗り、日本に戻る予定だ。
――サンフランシスコを発つ前に、小出は港に立ち寄っていた。
小出の任務は英語を習得し、西洋の事情を殿・鍋島直正に伝えること。
その間も、秀島藤之助は食い入るように、咸臨丸の船体を見つめる。
「知らぬ事ばかりだ。多いに“実験”の利益がある!」
「…船大工たちに尋ねたいことも、山ほどあるのだ!」
――秀島の発する言葉を、小出はじっと聞いていた。
アメリカの艦船修理。それを見つめる秀島の表情は、悔しそうだ。
「…オランダ語が通じぬのが、もどかしい!」
ドックを後にする、小出。学んだ“英語”は佐賀藩内で広める使命がある。
「秀島さんも悔しかね。私も英語には、まだまだ慣れぬな…」
その“英語”で目指すのは、進んだ技術や学問の習得だ。専門分野ごとに、知らねばならない単語も異なる。
――使節団はパナマを経由し、アメリカの東海岸(大西洋側)に上陸する。
異郷の地・アメリカでは、好奇の視線にさらされる事も多い。
「頭を指さして“ピストル”とか言われよるが…」
「あぁ、ちょんまげの形状が“短筒”のごた、見えるらしかよ。」
もはや自分たちの動向が“ニューズぺーバー”に載ることにも慣れてきた。
軍事、医学、産業から…、捕鯨船の動向まで、各々の調査に忙しい。
――アメリカ東海岸の街・フィラデルフィア。
イギリスからの独立時の13州を含む東部地域。
西海岸(太平洋側)よりも工業化が進んでいる。
「おや、川崎どのは、どこに行ったかな。」
仲間の佐賀藩士たちに小出千之助が尋ねた。
「“写真”の腕を磨くとか…、申しておりましたな。」
「いや“写真”の鍛錬からは戻りよった。次は“バルン”を見聞するとか…」
――佐賀藩医・川崎道民。アメリカの草原に立つ。
水田が広がる佐賀平野とは、また違う匂い。異郷の乾いた風が吹き抜ける。
「カワサキ。イッツ、タイム、カミン…バルーン、フライ!」
軽妙に響く現地・アメリカの言葉。
今までオランダ語しか学んでいない川崎だが、これは理解できた。
…気球を上げようとするアメリカ人の陽気な表情。
“楽しいことが始まるから、よく見ておけ!”その感覚は伝わる。
――青空に上がっていく、熱気球(バルーン)。
遠い異郷・アメリカで見上げる空。
じわじわと高く上がっていく熱気球。
「こいは面白かね。佐賀でも、天に上げられんか…」
なぜだか川崎には、とても親しい景色に想われた。
…そして、悠然と青天を見上げて思うのは、佐賀の空だった。
――1860年春。佐賀。
肌寒さの残る、曇り空。
佐賀城下には、険しい表情をした侍が集められていた。
その陣容は、剣術の腕が立つ者ばかり。急ぎ江戸に発つ仕度を整えていた。
(続く)