2020年06月09日
第11話「蝦夷探検」②(江戸の貢姫)
こんばんは。
前回は、蒸気船購入に情熱を燃やす、殿・鍋島直正を描きました。
佐賀藩には、長崎警備のお役目があるので、参勤交代で江戸に滞在する期間の大幅な短縮を認められていました。この特権は“百日大名”と語られたりもしたようです。
佐賀に戻れるのは良いのですが、直正の気がかりは、江戸藩邸にいる愛娘・貢姫です。立派な姫になるため、7歳の頃から江戸に“留学”しています。
――10代半ばの貢姫。大名家の姫としては“お年頃”である。
参勤交代で江戸に到着した、直正が姫の顔を見に来る。
「貢姫よ!息災にしておったか。」
「はい、お父上様も、お元気のご様子。何よりにございます。」
江戸に来るごとに、成長していく貢姫。
「おおっ、儂は元気じゃ!姫も息災じゃな!」
直正の表情が緩む。話の中身は重要ではない。久しぶりに貢姫に会うことが直正の喜びである。
――姫との再会に上機嫌の直正。ふと、心配事がよぎる。
さすがにそろそろ、貢姫の嫁ぎ先を考えねばならないのだ。
「儂は嫌だ…姫を他家になど嫁がせたくない!婿(むこ)の方が来れば良いのじゃ!」
これは直正の“心の声”である。一言でいえば“駄々”をこねている…
しかし、直正はただの父親ではない。肥前佐賀の殿様である。表向きはこう語らざるを得ない。
「貢姫よ!よき輿入れ先を探すゆえ、心して待つのだ。」

――佐賀藩邸の廊下より江戸の空を見遣る、直正。ふと隣の屋敷が目に入る。
「そうじゃ!この手があったか!」
直正、この言葉は声に出た。
「何があったのでございますか?」
幼少期からの側近、古川松根(与一)。直正の声に反応する。
「おおっ、与一か!お主はいつも丁度良いところに居るのう…」
「はっ。」
「うむ、“あの者”を呼んでほしい!」
「島団右衛門にございますか。」
「そうじゃ!何故わかった!恐るべき、察しの良さであるな。」
直正が見ていたのは、江戸の佐賀藩邸のお向かいにある“川越藩邸”の屋根だった。
――殿に呼び出された島義勇。“団右衛門”という名なので、通称“団にょん”である。
「島、よく来た。」
「殿からのお召し!島、何やら身震いがいたす想いでございます!」
以前から「殿のお役に立ちたい」と息巻いていた“団にょん”。このときは江戸勤めである。
「島よ…お主、たしか水戸の藤田東湖とは親しかったのう」
「ははっ。藤田先生には、水戸に伝わる“尊王の志”をご教示いただきました!」
――藤田東湖(とうこ)は“尊王思想”の先駆的な存在。攘夷派の首領とも言える水戸藩・徳川斉昭の“懐刀”である。
「たしか水戸様のご子息が、“川越”に入っておったな…」
「ははっ、殿の仰せの通り!」
この頃、水戸の徳川斉昭の子が、川越藩(埼玉)に養子に入っていた。
のちの川越藩主・松平直侯(なおよし)。あの一橋慶喜の弟にあたる。名門の貴公子で、貢姫と同い年の若君である。

――こうして島義勇に、殿のご命令が下った。
殿の愛娘・貢姫さまの“輿入れ”のための調整役という任務である。
“川越藩”は徳川一門の松平家。
品川の“お台場”でも、第一台場の警備を任される、幕府の信頼厚い名家である。
まず“婿候補”のご実家、水戸藩に接触するのが島の役割となった。
「殿っ!この、島にお任せくださいませっ!」
「頼もしい限りじゃ。期待しておるぞ。」
――直正の言葉を受け取ると、島は駆けるように退出する。
「必ず、殿のお役に立つ!」
島義勇、凄い意気込みである。
幕政にも強い影響を持つ、水戸の徳川斉昭。
側近の藤田東湖との接触のため、島は江戸の街を走る。
「元気な者にございますな。」
側近の古川が微笑む。
「面白い奴よのう。それに足回り…随分と鍛えておるようじゃ。」
殿・直正は、このときの島義勇の姿を記憶に留めた。
(続く)
前回は、蒸気船購入に情熱を燃やす、殿・鍋島直正を描きました。
佐賀藩には、長崎警備のお役目があるので、参勤交代で江戸に滞在する期間の大幅な短縮を認められていました。この特権は“百日大名”と語られたりもしたようです。
佐賀に戻れるのは良いのですが、直正の気がかりは、江戸藩邸にいる愛娘・貢姫です。立派な姫になるため、7歳の頃から江戸に“留学”しています。
――10代半ばの貢姫。大名家の姫としては“お年頃”である。
参勤交代で江戸に到着した、直正が姫の顔を見に来る。
「貢姫よ!息災にしておったか。」
「はい、お父上様も、お元気のご様子。何よりにございます。」
江戸に来るごとに、成長していく貢姫。
「おおっ、儂は元気じゃ!姫も息災じゃな!」
直正の表情が緩む。話の中身は重要ではない。久しぶりに貢姫に会うことが直正の喜びである。
――姫との再会に上機嫌の直正。ふと、心配事がよぎる。
さすがにそろそろ、貢姫の嫁ぎ先を考えねばならないのだ。
「儂は嫌だ…姫を他家になど嫁がせたくない!婿(むこ)の方が来れば良いのじゃ!」
これは直正の“心の声”である。一言でいえば“駄々”をこねている…
しかし、直正はただの父親ではない。肥前佐賀の殿様である。表向きはこう語らざるを得ない。
「貢姫よ!よき輿入れ先を探すゆえ、心して待つのだ。」

――佐賀藩邸の廊下より江戸の空を見遣る、直正。ふと隣の屋敷が目に入る。
「そうじゃ!この手があったか!」
直正、この言葉は声に出た。
「何があったのでございますか?」
幼少期からの側近、古川松根(与一)。直正の声に反応する。
「おおっ、与一か!お主はいつも丁度良いところに居るのう…」
「はっ。」
「うむ、“あの者”を呼んでほしい!」
「島団右衛門にございますか。」
「そうじゃ!何故わかった!恐るべき、察しの良さであるな。」
直正が見ていたのは、江戸の佐賀藩邸のお向かいにある“川越藩邸”の屋根だった。
――殿に呼び出された島義勇。“団右衛門”という名なので、通称“団にょん”である。
「島、よく来た。」
「殿からのお召し!島、何やら身震いがいたす想いでございます!」
以前から「殿のお役に立ちたい」と息巻いていた“団にょん”。このときは江戸勤めである。
「島よ…お主、たしか水戸の藤田東湖とは親しかったのう」
「ははっ。藤田先生には、水戸に伝わる“尊王の志”をご教示いただきました!」
――藤田東湖(とうこ)は“尊王思想”の先駆的な存在。攘夷派の首領とも言える水戸藩・徳川斉昭の“懐刀”である。
「たしか水戸様のご子息が、“川越”に入っておったな…」
「ははっ、殿の仰せの通り!」
この頃、水戸の徳川斉昭の子が、川越藩(埼玉)に養子に入っていた。
のちの川越藩主・松平直侯(なおよし)。あの一橋慶喜の弟にあたる。名門の貴公子で、貢姫と同い年の若君である。

――こうして島義勇に、殿のご命令が下った。
殿の愛娘・貢姫さまの“輿入れ”のための調整役という任務である。
“川越藩”は徳川一門の松平家。
品川の“お台場”でも、第一台場の警備を任される、幕府の信頼厚い名家である。
まず“婿候補”のご実家、水戸藩に接触するのが島の役割となった。
「殿っ!この、島にお任せくださいませっ!」
「頼もしい限りじゃ。期待しておるぞ。」
――直正の言葉を受け取ると、島は駆けるように退出する。
「必ず、殿のお役に立つ!」
島義勇、凄い意気込みである。
幕政にも強い影響を持つ、水戸の徳川斉昭。
側近の藤田東湖との接触のため、島は江戸の街を走る。
「元気な者にございますな。」
側近の古川が微笑む。
「面白い奴よのう。それに足回り…随分と鍛えておるようじゃ。」
殿・直正は、このときの島義勇の姿を記憶に留めた。
(続く)
Posted by SR at 20:53 | Comments(0) | 第11話「蝦夷探検」
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