2021年01月16日
第15話「江戸動乱」④(起きろ!兄さん!)
こんばんは。“本編”を再開します。
幕府の遣米使節がアメリカに到着し、同行した佐賀藩士たちが海外の見聞を広めていたのは1860年春。
同時期の“大事件”により腕利きの侍が集まる場面で、佐賀に舞台が移ります。今回も佐賀城下の話は続きますが、時間は2年ほど遡(さかのぼ)っています。
1858年頃。まだ「日米修好通商条約」の調印、「次期将軍」の選定が大問題となっていた時期です。
――佐賀城下。大木喬任(当時は民平と名乗る)の家にて。
「大木兄さん。お久しぶりです。」
「おう、中野か。忙しそうだな。」
双方とも江藤新平の親友で、その3人の中では最年長の大木。訪ねてきたのは中野方蔵。いまは藩校“弘道館”で、学生を束ねる“寮長”の立場だ。
「ええ、忙しいですよ。大木兄さんは…また、書物の山の中ですか。」
「…そうだな。まだ、読み込みが足らんな。」
行動力のある中野だが、朴訥(ぼくとつ)な大木を兄貴分として慕っているのだ。
「相変わらずですね。いつまで読み込んでいる、おつもりですか。」
「書物の古人たちが動き出し、俺が“その場”に入るまでだ。」

――大木喬任(民平)の勉強法は独特。
漢学の書物を読む、大木。例えば古代中国に現れる、様々な政治の局面。
大木は、自身が“その場面”に居合わせれば、どう行動するかと常に自問する。
書物の世界に入り経験値を稼ぐ“思考実験”(シミュレーション)に費やす時間。
一見、無意味に見えるが、大木の実務能力はこれで鍛えられる。しかし、評価を得るまでには、まだ歳月を要する。
――中野方蔵が、半ばあきれた口調で話を続ける。
「いいですか、大木兄さん!時勢は動いておりますぞ。」
「…知っておる。」
「大木兄さんなら、佐賀の外に出て、学問を磨いてもよかと思います。」
「俺は…、これで忙しい。」
少し面倒くさそうに答える、大木。
「お前や江藤が、先に外に出れば良いだろう。」
「違うのです!江藤くんは放っておいても、いずれ京や江戸に出ます。」
――熱く語り始めた、中野。
「でも…兄さんは、引っ張り出さないと来ない気がして!」
中野が言葉だけでなく、実際に大木の腕を引っ張る。
「おいおい、本当に引っ張る奴があるか!」
「少しは、来る気になりましたか?」
「…可笑しな奴だな。何を焦っているのか。」
「私は、先に江戸に行きますよ。待ってますからね!」
――いま、中野は藩校“弘道館”の寮長。
数年前に起きた大隈八太郎(重信)らの藩校生徒の乱闘騒ぎ。再発しないように対策を講じる立場だった。
中野は、学生が規律正しい寮生活を送るよう統制を強化した。
すでに人をまとめていく、手腕を発揮し始めていた、中野方蔵。
藩校の教師だけでなく、佐賀藩内の保守派からも高い評価を受けていた。
(続く)
幕府の遣米使節がアメリカに到着し、同行した佐賀藩士たちが海外の見聞を広めていたのは1860年春。
同時期の“大事件”により腕利きの侍が集まる場面で、佐賀に舞台が移ります。今回も佐賀城下の話は続きますが、時間は2年ほど遡(さかのぼ)っています。
1858年頃。まだ「日米修好通商条約」の調印、「次期将軍」の選定が大問題となっていた時期です。
――佐賀城下。大木喬任(当時は民平と名乗る)の家にて。
「大木兄さん。お久しぶりです。」
「おう、中野か。忙しそうだな。」
双方とも江藤新平の親友で、その3人の中では最年長の大木。訪ねてきたのは中野方蔵。いまは藩校“弘道館”で、学生を束ねる“寮長”の立場だ。
「ええ、忙しいですよ。大木兄さんは…また、書物の山の中ですか。」
「…そうだな。まだ、読み込みが足らんな。」
行動力のある中野だが、朴訥(ぼくとつ)な大木を兄貴分として慕っているのだ。
「相変わらずですね。いつまで読み込んでいる、おつもりですか。」
「書物の古人たちが動き出し、俺が“その場”に入るまでだ。」
――大木喬任(民平)の勉強法は独特。
漢学の書物を読む、大木。例えば古代中国に現れる、様々な政治の局面。
大木は、自身が“その場面”に居合わせれば、どう行動するかと常に自問する。
書物の世界に入り経験値を稼ぐ“思考実験”(シミュレーション)に費やす時間。
一見、無意味に見えるが、大木の実務能力はこれで鍛えられる。しかし、評価を得るまでには、まだ歳月を要する。
――中野方蔵が、半ばあきれた口調で話を続ける。
「いいですか、大木兄さん!時勢は動いておりますぞ。」
「…知っておる。」
「大木兄さんなら、佐賀の外に出て、学問を磨いてもよかと思います。」
「俺は…、これで忙しい。」
少し面倒くさそうに答える、大木。
「お前や江藤が、先に外に出れば良いだろう。」
「違うのです!江藤くんは放っておいても、いずれ京や江戸に出ます。」
――熱く語り始めた、中野。
「でも…兄さんは、引っ張り出さないと来ない気がして!」
中野が言葉だけでなく、実際に大木の腕を引っ張る。
「おいおい、本当に引っ張る奴があるか!」
「少しは、来る気になりましたか?」
「…可笑しな奴だな。何を焦っているのか。」
「私は、先に江戸に行きますよ。待ってますからね!」
――いま、中野は藩校“弘道館”の寮長。
数年前に起きた大隈八太郎(重信)らの藩校生徒の乱闘騒ぎ。再発しないように対策を講じる立場だった。
中野は、学生が規律正しい寮生活を送るよう統制を強化した。
すでに人をまとめていく、手腕を発揮し始めていた、中野方蔵。
藩校の教師だけでなく、佐賀藩内の保守派からも高い評価を受けていた。
(続く)