2020年08月22日
第13話「通商条約」⑥(母の流儀)
こんばんは。
女性の登場が少なく、このままではキャストの男女比率が「半沢直樹」よりも偏る“本編”。第1部で女性と言えば、ほとんどを“母”の視点として描きます。
登場機会がもっとも多いのが、大隈八太郎(重信)の母・三井子です。ちなみに八太郎くんは、歳の離れた姉が2人と、他家に養子に入った弟が1人いる「4人姉弟の3番目で長男」だったようです。
いつも登場人物が多めなのですが、今回の投稿は母子2人だけの場面です。このとき、大隈八太郎は、藩校で乱闘騒ぎを起こして退学になっています。
〔参照:第11話「蝦夷探検」⑥(南北騒動始末)〕
――佐賀城下の早朝。大隈家。
朝の澄んだ空気の中。
スーッと呼吸を整える、武家の女性がいる。
大隈の母・三井子である。
威儀を正し、背筋を伸ばして座る。
そして、遥か東にある、京都の方角に向かって、座礼をとった。
大隈三井子は、神仏への信心が厚いだけでなく、皇室を崇敬するのである。
――大隈八太郎。そんな母の姿を見ていた。
「母上、ご立派です…」
八太郎も、直に20歳に届こうかという年頃である。
最近では、藩校「弘道館」で大乱闘を引き起こして退学。
母の後押しもあり、枝吉神陽のもとへ国学を学ぶために出入りしている。神陽と言えば、著名な尊王思想家。
昨夜も“義祭同盟”の仲間と集まって、これからの“国の在り方”を論じていた。そして、夜が遅くなったので、まだ眠いのだ。

――大隈の母は、遠く京都の御所へ“遥拝”(ようはい)をしている。
“遥拝”とは現地に行けない人が、著名な神社などを遠方から拝むことである。高い集中力で、遠く京都にある“皇居”を拝む母・三井子。
神陽のもとで“尊王”を学ぶ、大隈八太郎。
この母にして、この子あり…といったところである。
「八太郎!話があります。」
少し前まで遥か遠方を拝んでいた三井子。後ろに向き直るや否や八太郎に話かける。とても切り替えが早い。
「はい!母上さま。」
この母子の関係性は、八太郎が幼少の頃から、あまり変わっていない様子だ。
――母・三井子が気にするのは、退学した八太郎の“進路”である。
大隈の親戚筋の人々は忠告していた。
「反省ば示して“弘道館”に戻らんね。」
三井子が答える。
「皆様には、ご迷惑をおかけしました。」
「八太郎くんにも先行きがあるったい。学校にも通わずに、どがんすっとね。」
乱闘騒ぎに加わった生徒の大半は、既に藩校に戻っている。
「儂も口を聞いてやるけん、謝ってきんしゃい。」
大隈家は、上級武士の家柄。親戚の思考は常識的である。
――そんな母の気苦労も知らずに“国事”に奔走する志士気取りの八太郎。
「八太郎!弘道館に戻りはしませぬか。」
母・三井子が本題を述べる。
「母上…、もはや弘道館に戻る気はございません。」
子・八太郎の意思はハッキリしていた。
「それは、なにゆえですか!」
母は質問を続ける。
「古い教えに拘(こだわ)る学校は…、嫌なのでございます!」
大隈八太郎は、藩校の主流である、葉隠や儒学を重視する教育に反発した。その思想はそれぞれ、忍耐と秩序の教えでもある。
――母・三井子は、八太郎の返答を受け止める。
「では、如何(いかが)しますか。八太郎は、どうしたいのです?」
「今は、神陽先生のもとで学びたいのです!」
「いいでしょう。でも、これからの事はしっかり考えておくのですよ!」
母なりの激励である。
“八太郎が出す結論を待つ”という姿勢も、またハッキリとしていたのである。
(続く)
女性の登場が少なく、このままではキャストの男女比率が「半沢直樹」よりも偏る“本編”。第1部で女性と言えば、ほとんどを“母”の視点として描きます。
登場機会がもっとも多いのが、大隈八太郎(重信)の母・三井子です。ちなみに八太郎くんは、歳の離れた姉が2人と、他家に養子に入った弟が1人いる「4人姉弟の3番目で長男」だったようです。
いつも登場人物が多めなのですが、今回の投稿は母子2人だけの場面です。このとき、大隈八太郎は、藩校で乱闘騒ぎを起こして退学になっています。
〔参照:
――佐賀城下の早朝。大隈家。
朝の澄んだ空気の中。
スーッと呼吸を整える、武家の女性がいる。
大隈の母・三井子である。
威儀を正し、背筋を伸ばして座る。
そして、遥か東にある、京都の方角に向かって、座礼をとった。
大隈三井子は、神仏への信心が厚いだけでなく、皇室を崇敬するのである。
――大隈八太郎。そんな母の姿を見ていた。
「母上、ご立派です…」
八太郎も、直に20歳に届こうかという年頃である。
最近では、藩校「弘道館」で大乱闘を引き起こして退学。
母の後押しもあり、枝吉神陽のもとへ国学を学ぶために出入りしている。神陽と言えば、著名な尊王思想家。
昨夜も“義祭同盟”の仲間と集まって、これからの“国の在り方”を論じていた。そして、夜が遅くなったので、まだ眠いのだ。

――大隈の母は、遠く京都の御所へ“遥拝”(ようはい)をしている。
“遥拝”とは現地に行けない人が、著名な神社などを遠方から拝むことである。高い集中力で、遠く京都にある“皇居”を拝む母・三井子。
神陽のもとで“尊王”を学ぶ、大隈八太郎。
この母にして、この子あり…といったところである。
「八太郎!話があります。」
少し前まで遥か遠方を拝んでいた三井子。後ろに向き直るや否や八太郎に話かける。とても切り替えが早い。
「はい!母上さま。」
この母子の関係性は、八太郎が幼少の頃から、あまり変わっていない様子だ。
――母・三井子が気にするのは、退学した八太郎の“進路”である。
大隈の親戚筋の人々は忠告していた。
「反省ば示して“弘道館”に戻らんね。」
三井子が答える。
「皆様には、ご迷惑をおかけしました。」
「八太郎くんにも先行きがあるったい。学校にも通わずに、どがんすっとね。」
乱闘騒ぎに加わった生徒の大半は、既に藩校に戻っている。
「儂も口を聞いてやるけん、謝ってきんしゃい。」
大隈家は、上級武士の家柄。親戚の思考は常識的である。
――そんな母の気苦労も知らずに“国事”に奔走する志士気取りの八太郎。
「八太郎!弘道館に戻りはしませぬか。」
母・三井子が本題を述べる。
「母上…、もはや弘道館に戻る気はございません。」
子・八太郎の意思はハッキリしていた。
「それは、なにゆえですか!」
母は質問を続ける。
「古い教えに拘(こだわ)る学校は…、嫌なのでございます!」
大隈八太郎は、藩校の主流である、葉隠や儒学を重視する教育に反発した。その思想はそれぞれ、忍耐と秩序の教えでもある。
――母・三井子は、八太郎の返答を受け止める。
「では、如何(いかが)しますか。八太郎は、どうしたいのです?」
「今は、神陽先生のもとで学びたいのです!」
「いいでしょう。でも、これからの事はしっかり考えておくのですよ!」
母なりの激励である。
“八太郎が出す結論を待つ”という姿勢も、またハッキリとしていたのである。
(続く)