2020年06月17日
第11話「蝦夷探検」⑥(南北騒動始末)
こんばんは。前回の続きです。
藩校「弘道館」の“内生寮”で学生たちの人気者、大隈八太郎(重信)に関わって騒動が発生します。
――“南寮”側で先頭に立つ学生が、よく通る大声を張り上げる。
“北寮”に乗り込んできた理由の宣言をしているのだ。まるで“討ち入り”である。
「大隈八太郎は、南寮の学生である。引き渡してもらおうか!」
「何ね!?大隈は物じゃなか!人たい!」
「そうじゃ!居たかところに、おるんが道理ばい!」
北寮の学生たちが、寮の建屋の階上から“やいやい”と反論する。
――先ほどまで、談話の中心にいた大隈。いまや南北の寮で“争奪戦”の対象となっている。
「にゃあ…居心地の悪かごた!」
さすがの大隈八太郎も、このシチュエーション(状況)は勘弁してほしい。
「さて、どがんすっかね…」
思案する大隈。おそらく答えは“良からぬ方法”になりそうな気配だ。
――そして、南寮側は“前線”に、続々と屈強な学生を投入し始めた。
いわば北寮の学生は“籠城”する側である。
階上から、玄関前に集まる南寮側の動きを見張る。
おそらくは、幾つかある階段が、“防衛ライン”となるのであろう。
「申し上げます!南寮の連中は、さらに数を増やしています!」
いつの間にか、“北寮”の学生の間に、“指揮命令”系統が出来上がっている。

――ここで、大隈の脳裏に浮かんだのは、幼い頃、母・三井子が朗読してくれた『太平記』である。
南北朝時代の軍記物『太平記』。
幼き日の大隈八太郎は“南朝”の忠臣・楠木正成に憧れた。
「いかん!儂は“南寮方”につかんばならんぞ!」
ここで北寮側から見れば、急に寝返った大隈八太郎。
しかし、もともとの所属は“南寮”なのだから、表返ったと言うべきか。
――ほどなく大隈の思惑とは関係なく、戦いの火ぶたは切られた。
「おおーっ!」
「大隈を奪い返せ!」
北寮の玄関から、勢いよく階段を駆け上がる“南寮生”たち。
ダンダンダン…迫る足音。狭い階段が軋(きし)む。
「落ち着け!“地の利”は我ら“北寮”にあるぞ!」
“北寮生”は、階上から応戦を開始する。
「これで、どがんね!」
ドシン!ガツン!
火鉢やら、行灯(あんどん)やら、階段上から、色々の物が投げ落とされる。

「痛てて…」
「怯(ひる)むな!一歩も引くな!」
攻める南寮側の上級生が、檄(げき)を飛ばす。
――階段を舞台にした乱戦中、大隈八太郎が、顔見知りの“南寮”の先輩に声を掛ける。
「先輩!階段は向こうにもございます!」
大隈、結局は“南寮”側で乱闘に加わっている。
「大隈っ!助かるぞ!」
“南寮”の先輩は、軽く手を上げて応える。
慌てたのは“北寮”の学生たちである。
「いかん!大隈が寝返った。」
「いや…待て。もともと大隈は南寮の者だぞ。我らが油断しておったのかもな!」
南北、双方の寮とも、いつもは抑制の効いた生活をしている寮生たち。“水を得た魚”のように“合戦ごっこ”に興じる。
――大隈の離反により、北寮側の連携には、綻(ほころ)びが見える。
「よし、ここで一気に“北寮”を攻め落とすぞ!」
「おおーっ!」
大隈の“帰還”も得て、勢いに乗る“南寮生”たち。
敵も味方も皆、何やらキラキラとしている様子も感じられる。
窮屈な日常からの解放…なのであろう。
「よかごたぁ!!」
…そして、おそらく一番楽しんでいるのは、大隈八太郎である。
――しかし、ここで乱闘する学生たちを脅かす“影”も集結していた。壮大な声が響く。
「こん馬鹿者どもがっ!!」
武術の教授を中心とした、藩校教師たちが騒動の鎮圧に乗り出したのである。
「この騒ぎの…首謀者は誰だ!」
こうして“弘道館”の南北寮生による、青春のエネルギーをぶつけ合った“お祭り”。平たく言うと、乱闘騒ぎは終幕となった。
そして、祭りの中心、言わば“神輿(みこし)”のような存在であったのは、大隈八太郎。ごく自然な流れで、藩校を退学処分となってしまったのである。

――数日後、母・大隈三井子は、たまたま道で行き会った人物に、この騒動の一部始終を語った。
「ハッハッハッ…」
1人の落ち着いた感じの青年が、柄にもなく爆笑している。いつもは冷静な枝吉次郎(副島種臣)である。
「笑い事ではございませぬ。退学なのですよ!」
大隈三井子である。“ちゃんと聞いてくださいな!”という表情をする。
「…失礼。相変わらず、八太郎くんは面白い子ですね。」
次郎は何やら久しぶりに愉快だったようで、“笑いを止める方法がわからない”といった様子だ。
――枝吉次郎(副島種臣)は、大隈八太郎と9つばかり歳が離れている。
かつては大隈家にも遊びに来ていた次郎だが、いまや学識の高い立派な青年。
思わず愚痴をこぼす三井子。
「そうだ、兄上のもとを訪ねてみてはいかがでしょうか。」
「神陽先生を!?」
「ええ、きっと兄も面白がると思いますよ。それに八太郎くんにも学びの場があった方がいい。」
「そういえば!次郎さまも“副島”の家を継がれるのですね。」
「はい…立派な跡取りになるべく精進いたします…」
「次郎さま…まだ、可笑しいのですか。“笑い”が抜けておりませぬよ…」
八太郎の騒動の顛末(てんまつ)を聞いて、もはや数年分は笑ったと思われる、枝吉次郎(副島種臣)。
いつもクールな次郎があまり笑うので、膨れっ面をする三井子だった。
(続く)
藩校「弘道館」の“内生寮”で学生たちの人気者、大隈八太郎(重信)に関わって騒動が発生します。
――“南寮”側で先頭に立つ学生が、よく通る大声を張り上げる。
“北寮”に乗り込んできた理由の宣言をしているのだ。まるで“討ち入り”である。
「大隈八太郎は、南寮の学生である。引き渡してもらおうか!」
「何ね!?大隈は物じゃなか!人たい!」
「そうじゃ!居たかところに、おるんが道理ばい!」
北寮の学生たちが、寮の建屋の階上から“やいやい”と反論する。
――先ほどまで、談話の中心にいた大隈。いまや南北の寮で“争奪戦”の対象となっている。
「にゃあ…居心地の悪かごた!」
さすがの大隈八太郎も、このシチュエーション(状況)は勘弁してほしい。
「さて、どがんすっかね…」
思案する大隈。おそらく答えは“良からぬ方法”になりそうな気配だ。
――そして、南寮側は“前線”に、続々と屈強な学生を投入し始めた。
いわば北寮の学生は“籠城”する側である。
階上から、玄関前に集まる南寮側の動きを見張る。
おそらくは、幾つかある階段が、“防衛ライン”となるのであろう。
「申し上げます!南寮の連中は、さらに数を増やしています!」
いつの間にか、“北寮”の学生の間に、“指揮命令”系統が出来上がっている。
――ここで、大隈の脳裏に浮かんだのは、幼い頃、母・三井子が朗読してくれた『太平記』である。
南北朝時代の軍記物『太平記』。
幼き日の大隈八太郎は“南朝”の忠臣・楠木正成に憧れた。
「いかん!儂は“南寮方”につかんばならんぞ!」
ここで北寮側から見れば、急に寝返った大隈八太郎。
しかし、もともとの所属は“南寮”なのだから、表返ったと言うべきか。
――ほどなく大隈の思惑とは関係なく、戦いの火ぶたは切られた。
「おおーっ!」
「大隈を奪い返せ!」
北寮の玄関から、勢いよく階段を駆け上がる“南寮生”たち。
ダンダンダン…迫る足音。狭い階段が軋(きし)む。
「落ち着け!“地の利”は我ら“北寮”にあるぞ!」
“北寮生”は、階上から応戦を開始する。
「これで、どがんね!」
ドシン!ガツン!
火鉢やら、行灯(あんどん)やら、階段上から、色々の物が投げ落とされる。
「痛てて…」
「怯(ひる)むな!一歩も引くな!」
攻める南寮側の上級生が、檄(げき)を飛ばす。
――階段を舞台にした乱戦中、大隈八太郎が、顔見知りの“南寮”の先輩に声を掛ける。
「先輩!階段は向こうにもございます!」
大隈、結局は“南寮”側で乱闘に加わっている。
「大隈っ!助かるぞ!」
“南寮”の先輩は、軽く手を上げて応える。
慌てたのは“北寮”の学生たちである。
「いかん!大隈が寝返った。」
「いや…待て。もともと大隈は南寮の者だぞ。我らが油断しておったのかもな!」
南北、双方の寮とも、いつもは抑制の効いた生活をしている寮生たち。“水を得た魚”のように“合戦ごっこ”に興じる。
――大隈の離反により、北寮側の連携には、綻(ほころ)びが見える。
「よし、ここで一気に“北寮”を攻め落とすぞ!」
「おおーっ!」
大隈の“帰還”も得て、勢いに乗る“南寮生”たち。
敵も味方も皆、何やらキラキラとしている様子も感じられる。
窮屈な日常からの解放…なのであろう。
「よかごたぁ!!」
…そして、おそらく一番楽しんでいるのは、大隈八太郎である。
――しかし、ここで乱闘する学生たちを脅かす“影”も集結していた。壮大な声が響く。
「こん馬鹿者どもがっ!!」
武術の教授を中心とした、藩校教師たちが騒動の鎮圧に乗り出したのである。
「この騒ぎの…首謀者は誰だ!」
こうして“弘道館”の南北寮生による、青春のエネルギーをぶつけ合った“お祭り”。平たく言うと、乱闘騒ぎは終幕となった。
そして、祭りの中心、言わば“神輿(みこし)”のような存在であったのは、大隈八太郎。ごく自然な流れで、藩校を退学処分となってしまったのである。

――数日後、母・大隈三井子は、たまたま道で行き会った人物に、この騒動の一部始終を語った。
「ハッハッハッ…」
1人の落ち着いた感じの青年が、柄にもなく爆笑している。いつもは冷静な枝吉次郎(副島種臣)である。
「笑い事ではございませぬ。退学なのですよ!」
大隈三井子である。“ちゃんと聞いてくださいな!”という表情をする。
「…失礼。相変わらず、八太郎くんは面白い子ですね。」
次郎は何やら久しぶりに愉快だったようで、“笑いを止める方法がわからない”といった様子だ。
――枝吉次郎(副島種臣)は、大隈八太郎と9つばかり歳が離れている。
かつては大隈家にも遊びに来ていた次郎だが、いまや学識の高い立派な青年。
思わず愚痴をこぼす三井子。
「そうだ、兄上のもとを訪ねてみてはいかがでしょうか。」
「神陽先生を!?」
「ええ、きっと兄も面白がると思いますよ。それに八太郎くんにも学びの場があった方がいい。」
「そういえば!次郎さまも“副島”の家を継がれるのですね。」
「はい…立派な跡取りになるべく精進いたします…」
「次郎さま…まだ、可笑しいのですか。“笑い”が抜けておりませぬよ…」
八太郎の騒動の顛末(てんまつ)を聞いて、もはや数年分は笑ったと思われる、枝吉次郎(副島種臣)。
いつもクールな次郎があまり笑うので、膨れっ面をする三井子だった。
(続く)
Posted by SR at 21:39 | Comments(0) | 第11話「蝦夷探検」
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