2020年12月24日

「皐月・五月」(歳末反省会⑧)

こんばんは。

今年も残り1週間。やはり年末年始も我慢が大事のようです。結局、1年間続いた“新型コロナ”の抑制には、また勝負どころなのでしょう。

佐賀藩士領民たちも、地道な努力には長じていたようです。現代の佐賀県民の皆様へのエールとして、大河ドラマ真田丸」の名ゼリフを。

「…では、おのおの抜かりなく


――話を幕末に戻します。

アメリカペリーが浦賀に現れたことは、「黒船来航」として語られますが、その直後。長崎ロシアプチャーチンが来航したことはあまり知られていません。

主に5月に掲載した第9話和親条約」では、佐賀藩ロシア船と対峙する場面を描きました。
〔参照:第9話「和親条約」⑦


――まさに備えあれば、憂いなし。

ほとんど無防備だった浦賀と違い、長崎佐賀藩が防備を固めていました。このとき、ロシアは“外交儀礼”を守って、表玄関の長崎に入ります。

そして幕府は、佐賀藩の武力を背景に堂々と交渉を行います。
〔参照:第9話「和親条約」⑨



――古豪・ロシアが、日本とまともに外交をしている。

この事実は、新興国アメリカペリーを焦らせます。

ペリーが1度退去したものの、約束より早く二度目来航に至った理由。条約の締結でロシア先を越されることへの警戒もあったようです。


――江戸幕府の伝統である“鎖国”。

時の老中阿部正弘が苦悩する姿も描きました。

幕府が“鎖国”を完成させたのは、三代将軍・徳川家光の時代。往時の“天守”のイメージで、老中阿部にかかっているプレッシャーを表現しました。
〔参照:第9話「和親条約」③


――これには“製作裏話”があります。

挿絵を弟に依頼したところ、幕末には無いはずの「江戸城天守」が出現。

史実では、四代将軍・家綱の代に焼失して以来、幕末まで徳川将軍家が成し得なかった天守の再建

…予想外にが成し遂げた“偉業”。
「良い出来栄えだが…、このままでは使い道がない!」

絵にシナリオを合わせにいき、幻の天守が登場することに。“本編”では“過去”を強調するため白黒で表現しましたが、せっかくなので原色でも掲載してみます。

  


Posted by SR at 21:13 | Comments(0) | 歳末反省会