2020年05月07日
第9話「和親条約」⑨
こんばんは。
前回の続きです。
――長崎でのロシアとの折衝の様子は、逐次、江戸の幕府中枢に伝えられた。
老中・阿部正弘が喜ぶ。
「長崎では“おろしや国”(ロシア)が、素直に談判に応じていると聞く。」
「はい。長崎には、肥前佐賀の台場もございますゆえ。」
伊豆の韮山代官・江川英龍である。
長崎で砲術を学び、佐賀(武雄)とは長く交流してきた。佐賀藩の実力をよく知る人物である。
ここで、いきなり江戸ことばで話し出す幕臣がいた。
「異国船も迂闊(うかつ)な手出しは出来ねぇ…ってもんです!いや、佐賀の“蘭癖”は天晴(あっぱれ)で!…ございますな。」
さすがに老中の手前、言葉遣いは取り繕っている。
――阿部正弘が取り立てた“江戸ことばの男”。名を、勝麟太郎という。
江川英龍から見れば砲術の弟子、佐久間象山の門下生なので“孫弟子”にあたる。
「勝よ…ご老中の御前であるぞ。」
「申し訳ございませぬ。“我が国”の武威を示す、佐賀の心意気に感じ入りまして。」
江川英龍に諭される、勝麟太郎。のちに海軍の創設に猛進する勝海舟である。

「よい、勝よ。儂も同じ心持ちじゃ。長崎には筒井と川路も遣わした。港の守りは佐賀が固めておる、まずは安心であろう。」
老中・阿部、長崎は交渉役2人と佐賀藩に任せるようだ。
そして、阿部正弘は、別の危機に頭を切り替える。
「アメリカの提督“ペルリ”は再び、江戸近くに来るはず。此度は、備えが肝要だ。」
「品川沖の台場、作事は進んでおるか。」
「“三の台場”までは築いておるところにござる。」
答えたのは、江川英龍である。突貫工事で品川に“お台場”を築いている。まだ、第一から第三の台場までしか形にはなっていない。
――“韮山反射炉”の構築は、黒船来航には間に合わなかった。当時、西洋式の鉄製大砲を製造できるのは佐賀藩のみ。
ここで幕府は、西洋式の“青銅砲”もかき集めている。これならば、佐賀だけでなく、沿岸警備を担当する水戸など、一部の有力藩からも調達できる。
「“江戸の御番”(警備隊)だけでは足らぬ、兵も各地から集めよ。」
「ははっ!」
老中・阿部は、あらかじめ諸藩に意見を聞いた。一見、優柔不断に見える行動だったが、この局面では、各大名に情報が共有されていることは強みとなった。
阿部正弘は、最初から“挙国一致”で、黒船来航を乗り切ろうと考えていたのである。
――品川沖“お台場”の工事が進む。江戸湾の警備を担当するのは、幕府が信頼を置く“譜代大名”。
幕府は、第一台場に川越藩(埼玉)、第二台場に会津藩(福島)、第三台場に忍藩(埼玉)を配置した。
「おそらく提督“ペルリ”は、此度も脅しをかけて来るであろうな…」
重要拠点には、佐賀藩製の鉄製大砲が備えられる。強い火薬が使用でき、遠距離の砲撃が可能な切り札である。
――さて、老中・阿部正弘に「“無法な”異国船ならば打払え!」と言い切った、鍋島直正は長崎にいた。

今まで経験のない千人規模での、真冬の年越し警備。
佐賀藩士たちは、ロシア船の動き、交戦国からの襲撃など不足の事態に備えて、台場の守備を続ける。
「う~寒かごた~。」
「本日は、台場のご見分(視察)があると聞く。しゃんとせんば!」
――砲台を守備する藩士たちにも、佐賀藩の上役が見分に来ることは、伝わっていた。しかし…
「と…殿!まさか、かような所まで!」
最前線の砲台に足を運んできたのは、藩の重役どころではなく、肥前35万7千石の殿様である。鍋島直正が長崎の離島に姿を見せた。
「お主らにも寒い中、苦労をかけるな…」
「いえ、めっそうもない!」
「もったいなきお言葉!少しも寒くはございません!」
直正は、藩士たちのと“痩せ我慢”を感じながら、言葉を発した。
「左様であるか、体を厭えよ。」
――守備隊の佐賀藩士たちは、殿の来訪で一気に高揚し、一時的に寒さを忘れた。
直正の計らいで、守備隊にも新年らしく酒などが振る舞われた。砲台を守る藩士たち、久々に賑やかになっていた。
「酔いつぶれぬよう、分をわきまえて頂戴いたします!」
「儂は下戸やけん。この餅がありがたか。茶も温か…生き返った心地じゃ。」
殿・直正の陣中見舞いは、藩士たちに「殿が見守ってくれている!」という気持ちを与えたのである。
(続く)
前回の続きです。
――長崎でのロシアとの折衝の様子は、逐次、江戸の幕府中枢に伝えられた。
老中・阿部正弘が喜ぶ。
「長崎では“おろしや国”(ロシア)が、素直に談判に応じていると聞く。」
「はい。長崎には、肥前佐賀の台場もございますゆえ。」
伊豆の韮山代官・江川英龍である。
長崎で砲術を学び、佐賀(武雄)とは長く交流してきた。佐賀藩の実力をよく知る人物である。
ここで、いきなり江戸ことばで話し出す幕臣がいた。
「異国船も迂闊(うかつ)な手出しは出来ねぇ…ってもんです!いや、佐賀の“蘭癖”は天晴(あっぱれ)で!…ございますな。」
さすがに老中の手前、言葉遣いは取り繕っている。
――阿部正弘が取り立てた“江戸ことばの男”。名を、勝麟太郎という。
江川英龍から見れば砲術の弟子、佐久間象山の門下生なので“孫弟子”にあたる。
「勝よ…ご老中の御前であるぞ。」
「申し訳ございませぬ。“我が国”の武威を示す、佐賀の心意気に感じ入りまして。」
江川英龍に諭される、勝麟太郎。のちに海軍の創設に猛進する勝海舟である。
「よい、勝よ。儂も同じ心持ちじゃ。長崎には筒井と川路も遣わした。港の守りは佐賀が固めておる、まずは安心であろう。」
老中・阿部、長崎は交渉役2人と佐賀藩に任せるようだ。
そして、阿部正弘は、別の危機に頭を切り替える。
「アメリカの提督“ペルリ”は再び、江戸近くに来るはず。此度は、備えが肝要だ。」
「品川沖の台場、作事は進んでおるか。」
「“三の台場”までは築いておるところにござる。」
答えたのは、江川英龍である。突貫工事で品川に“お台場”を築いている。まだ、第一から第三の台場までしか形にはなっていない。
――“韮山反射炉”の構築は、黒船来航には間に合わなかった。当時、西洋式の鉄製大砲を製造できるのは佐賀藩のみ。
ここで幕府は、西洋式の“青銅砲”もかき集めている。これならば、佐賀だけでなく、沿岸警備を担当する水戸など、一部の有力藩からも調達できる。
「“江戸の御番”(警備隊)だけでは足らぬ、兵も各地から集めよ。」
「ははっ!」
老中・阿部は、あらかじめ諸藩に意見を聞いた。一見、優柔不断に見える行動だったが、この局面では、各大名に情報が共有されていることは強みとなった。
阿部正弘は、最初から“挙国一致”で、黒船来航を乗り切ろうと考えていたのである。
――品川沖“お台場”の工事が進む。江戸湾の警備を担当するのは、幕府が信頼を置く“譜代大名”。
幕府は、第一台場に川越藩(埼玉)、第二台場に会津藩(福島)、第三台場に忍藩(埼玉)を配置した。
「おそらく提督“ペルリ”は、此度も脅しをかけて来るであろうな…」
重要拠点には、佐賀藩製の鉄製大砲が備えられる。強い火薬が使用でき、遠距離の砲撃が可能な切り札である。
――さて、老中・阿部正弘に「“無法な”異国船ならば打払え!」と言い切った、鍋島直正は長崎にいた。

今まで経験のない千人規模での、真冬の年越し警備。
佐賀藩士たちは、ロシア船の動き、交戦国からの襲撃など不足の事態に備えて、台場の守備を続ける。
「う~寒かごた~。」
「本日は、台場のご見分(視察)があると聞く。しゃんとせんば!」
――砲台を守備する藩士たちにも、佐賀藩の上役が見分に来ることは、伝わっていた。しかし…
「と…殿!まさか、かような所まで!」
最前線の砲台に足を運んできたのは、藩の重役どころではなく、肥前35万7千石の殿様である。鍋島直正が長崎の離島に姿を見せた。
「お主らにも寒い中、苦労をかけるな…」
「いえ、めっそうもない!」
「もったいなきお言葉!少しも寒くはございません!」
直正は、藩士たちのと“痩せ我慢”を感じながら、言葉を発した。
「左様であるか、体を厭えよ。」
――守備隊の佐賀藩士たちは、殿の来訪で一気に高揚し、一時的に寒さを忘れた。
直正の計らいで、守備隊にも新年らしく酒などが振る舞われた。砲台を守る藩士たち、久々に賑やかになっていた。
「酔いつぶれぬよう、分をわきまえて頂戴いたします!」
「儂は下戸やけん。この餅がありがたか。茶も温か…生き返った心地じゃ。」
殿・直正の陣中見舞いは、藩士たちに「殿が見守ってくれている!」という気持ちを与えたのである。
(続く)
Posted by SR at 21:29 | Comments(0) | 第9話「和親条約」
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