2021年07月25日
第16話「攘夷沸騰」③(旅立つ友へ)
こんばんは。
少し時を遡り、1860年(安政七年)初春。大老・井伊直弼がまだ存命であり、殿・鍋島直正が天草(熊本)に佐賀の海軍基地を置く相談をしていた時期。
〔参照(後半):第15話「江戸動乱」⑭(“赤鬼”が背負うもの)〕
そして幕府の遣米使節が、海の向こうアメリカに向かって、太平洋を渡っていた頃の話。ほんのわずかな時で「桜田門外の変」が起きて、情勢は一変します。
〔参照:第14話「遣米使節」⑮(水平線の向こうに)〕
佐賀城下では江戸に旅立とうとする、ある若者と、その門出を見送る親友二人の姿がありました。
――見た感じ、不揃いな三人。
旅立つ一人は身ぎれいであり、清々しい表情をしている。見送る親友二人は、普段着の装い…そのうち一方は、そもそも身なりに気を遣う様子が無い。
「では、大木兄さん。江戸でお会いしましょう。」
「中野…随分とよそよそしい言い方をするのだな。」
「いえ、江戸で“田舎者”と侮られてはいけません。まずは言葉づかいから。」
旅支度の青年は、中野方蔵だ。フッと笑みをたたえて軽口をたたく。大木喬任・江藤新平の親友である。

――藩の上役にも受けが良い、中野方蔵。
有力な藩校の教師・草場佩川にも推薦を得るため、熱心に指導を受けた。
そして、中野は藩の上層部が感心するほど学校の統制にも力を発揮した。
〔参照:第15話「江戸動乱」⑤(仮面の優等生)〕
もはや思惑どおりに、江戸への留学を勝ち取ったのだ。中野の要領の良さは、鮮やかなものだった。
――ここで大木が口を開く。
実は、大木も藩校から江戸に派遣される予定が決まっている。
「まったく…お前は何というか、上手くやるようだな。」
大木も漢学の教養など賢さは知られるが、事情は中野ほどスマートではない。
「どこに配するかが難しい…まずは江戸へ送って、勉強を続けさせるか」という“厄介払い”の印象もある。
――未だ言葉を発しないのが、江藤。
貿易部門(代品方)に務める江藤だが、友二人とは身分の差もある。藩からの期待は勤め先に表れるが、中野や大木のように、江戸へ出ることは難しそうだ。
「江藤くん。貴君もいずれ、京や江戸へと赴くこととなるはず。」
言葉にはしないが“身分の差”が悔しいという想いもあるだろう、中野は江藤の気持ちを察して声をかけた。
「…無論だ。いずれ私も、中野に続こう。」
江藤は旅立つ友に、はっきりとした目線と言葉を返した。

――中野は親友二人の言葉を聞き、満足そうに頷(うなず)いた。
上役受けが良い行動と、内に秘めた“尊王の想い”。「過激な事は、偉い人たちに届くところでは言わない」という頭の回転の速さもあった。
「よし、江藤くんが揃えば、我ら三人で“国事”を動かしましょう。」
熱く語る、中野。師匠・枝吉神陽の影響を強く受けており、すでに「幕府から朝廷に政権を返すべきだ。順を追って行動していく」と気持ちを固めている。
「承知。いつも通りの中野だな。」
「心得た。きっと私も続く。」
旅立つ中野の決意表明に、大木・江藤が応える。
「では、大木兄さん。江藤くん!一足、お先に行って参ります。」
――まだまだ、若き三人の日々。
長崎街道を東へと発つ、友の背中。それを見送る大木と江藤の二人。
「中野…、行ってしまったか。」
軽く腕組みをして、大木がつぶやく。
「大木さんは、すぐに後が追える…」
「江藤なら近いうちに、好機が来るさ。」
――“いつもの三人”から、先んじて旅立った、最年少の中野方蔵。
国際港・長崎で見聞を広め、技術を得るなら、貿易の職務に関わり、蘭学の才もある江藤ならば望みがある。
しかし“時勢”は動いている。政局に関わる情報を得るためには藩に重用され、京や江戸に出ることが必要だ。身分の差もあって、その道筋は見えそうにない。
江藤は時おり、小城の道場に通っては、鋭く剣を振るう。その燻(くすぶ)る想いには、焦りの気持ちがにじんでいた。
(続く)
少し時を遡り、1860年(安政七年)初春。大老・井伊直弼がまだ存命であり、殿・鍋島直正が天草(熊本)に佐賀の海軍基地を置く相談をしていた時期。
〔参照(後半):
そして幕府の遣米使節が、海の向こうアメリカに向かって、太平洋を渡っていた頃の話。ほんのわずかな時で「桜田門外の変」が起きて、情勢は一変します。
〔参照:
佐賀城下では江戸に旅立とうとする、ある若者と、その門出を見送る親友二人の姿がありました。
――見た感じ、不揃いな三人。
旅立つ一人は身ぎれいであり、清々しい表情をしている。見送る親友二人は、普段着の装い…そのうち一方は、そもそも身なりに気を遣う様子が無い。
「では、大木兄さん。江戸でお会いしましょう。」
「中野…随分とよそよそしい言い方をするのだな。」
「いえ、江戸で“田舎者”と侮られてはいけません。まずは言葉づかいから。」
旅支度の青年は、中野方蔵だ。フッと笑みをたたえて軽口をたたく。大木喬任・江藤新平の親友である。
――藩の上役にも受けが良い、中野方蔵。
有力な藩校の教師・草場佩川にも推薦を得るため、熱心に指導を受けた。
そして、中野は藩の上層部が感心するほど学校の統制にも力を発揮した。
〔参照:
もはや思惑どおりに、江戸への留学を勝ち取ったのだ。中野の要領の良さは、鮮やかなものだった。
――ここで大木が口を開く。
実は、大木も藩校から江戸に派遣される予定が決まっている。
「まったく…お前は何というか、上手くやるようだな。」
大木も漢学の教養など賢さは知られるが、事情は中野ほどスマートではない。
「どこに配するかが難しい…まずは江戸へ送って、勉強を続けさせるか」という“厄介払い”の印象もある。
――未だ言葉を発しないのが、江藤。
貿易部門(代品方)に務める江藤だが、友二人とは身分の差もある。藩からの期待は勤め先に表れるが、中野や大木のように、江戸へ出ることは難しそうだ。
「江藤くん。貴君もいずれ、京や江戸へと赴くこととなるはず。」
言葉にはしないが“身分の差”が悔しいという想いもあるだろう、中野は江藤の気持ちを察して声をかけた。
「…無論だ。いずれ私も、中野に続こう。」
江藤は旅立つ友に、はっきりとした目線と言葉を返した。
――中野は親友二人の言葉を聞き、満足そうに頷(うなず)いた。
上役受けが良い行動と、内に秘めた“尊王の想い”。「過激な事は、偉い人たちに届くところでは言わない」という頭の回転の速さもあった。
「よし、江藤くんが揃えば、我ら三人で“国事”を動かしましょう。」
熱く語る、中野。師匠・枝吉神陽の影響を強く受けており、すでに「幕府から朝廷に政権を返すべきだ。順を追って行動していく」と気持ちを固めている。
「承知。いつも通りの中野だな。」
「心得た。きっと私も続く。」
旅立つ中野の決意表明に、大木・江藤が応える。
「では、大木兄さん。江藤くん!一足、お先に行って参ります。」
――まだまだ、若き三人の日々。
長崎街道を東へと発つ、友の背中。それを見送る大木と江藤の二人。
「中野…、行ってしまったか。」
軽く腕組みをして、大木がつぶやく。
「大木さんは、すぐに後が追える…」
「江藤なら近いうちに、好機が来るさ。」
――“いつもの三人”から、先んじて旅立った、最年少の中野方蔵。
国際港・長崎で見聞を広め、技術を得るなら、貿易の職務に関わり、蘭学の才もある江藤ならば望みがある。
しかし“時勢”は動いている。政局に関わる情報を得るためには藩に重用され、京や江戸に出ることが必要だ。身分の差もあって、その道筋は見えそうにない。
江藤は時おり、小城の道場に通っては、鋭く剣を振るう。その燻(くすぶ)る想いには、焦りの気持ちがにじんでいた。
(続く)