2021年07月21日

第16話「攘夷沸騰」①(砂塵を呼ぶ男)

こんばんは。ようやく第2部をスタートします。
1860年(万延元年)の幕末の風が吹き、砂ぼこりの舞う佐賀城下

難しい顔で語らう佐賀若者2人の目前で、ある先輩が走り回っています。


――20歳そこそこの若者、大隈八太郎重信)。

ざっと(うまく)いかんばい…」
八太郎さん、やはり江戸に人は送れんですか?」

その大隈と話しているのは、友人久米丈一郎(邦武)。

「そうたい…難しか剣の腕が立ち、頭も回らんばならん。」
殿お傍に付くに値する者ですからね…」

こう語る大隈久米。この後に、2人とも殿学問の講義をする立場になるのだが、いま要求されるのは剣の腕だ。


――大老・井伊直弼が襲撃された「桜田門外の変」。その波紋は広がる。

幕政の実質的な責任者が白昼、暗殺された大事件
〔参照:第15話「江戸動乱」⑮(雪の舞う三月)

井伊外交政策を理解し、双方の屋敷の往来もあった佐賀藩主鍋島直正殿身辺警備を固めねば危うい。佐賀藩過剰とも見える反応で動いた。

凄まじい速さで国元の佐賀から、江戸に派遣する腕利き剣士を集めたのだ。
〔参照:第15話「江戸動乱」⑯(殿を守れ!)



――その機に乗じ、大隈のような若手には“一計を案じる”者たちも。

大隈が属した「義祭同盟」には“同志”を殿の傍に送り、殿と親しく言葉を交わす機会を伺い、佐賀藩自体を“尊王寄り”の立場に変えようという計略もあった。

義祭同盟」には佐賀秘密結社としての側面もあり、大隈など若手も計略の実現のため奔走するも、上層部には届かず、“一息”ついてしまっている。

おおくま~っ!くめ~っ!」
通りの向こうから、やや暑苦しく大きいが響いた。

「一体、なんの騒ぎね…」
大隈声の主の方向を見遣る。


――走り込んでくる中年男性。煙る、砂ぼこり。

「おう、若手どもも、頑張っておるようだな。」
精悍(せいかん)な顔立ちに、丸い目。年の頃は40歳手前。突如、現れた2人の先輩島義勇

団にょんさん!」
先生!」

大隈久米がほぼ同時に声を出す。“団にょん”とは島義勇団右衛門)の愛称だ。ほんの少し前まで、蝦夷地(北海道)を探索していた。

息も弾むような荒々しい登場。若者に負けず、いや若者以上にあきらめず、現状の打破に挑む佐賀中年の姿がそこにある。



――「おおっ!そうじゃ、ワシは先を急がんば!」

「さらばだ、若手ども!また会おう。」
自分から話しかけただったが忙しそうだ。駆ける足元から再び砂塵が舞う

先生…江戸に行って、殿のお傍を守りたいそうですよ。」
殿懐刀”を目指す島義勇。是非とも、江戸での護衛に加わりたいらしい。

意気込みはあるばってん、団にょんさんも見込みは薄かね。」
も心当たりの重役たちを回っている様子だが、その反応いま一つと見えた。


――ここで久米が、パッと思い付きを語る。

八太郎さん、江藤さんはどうですか!?よく剣も遣うし、何より才がある。」
久米らしくもなかね…。江藤さんでは、殿御前には出られんよ。」

普段とは逆に、大隈常識的な見解を語る。江藤は、“手明鑓”(てあきやり)と呼ばれる下級武士の身分だ。


――久米の父親は、佐賀藩の上級武士だった。

有田皿山”では陶磁器の生産を監督し、大坂蔵屋敷や“長崎聞役”も務めた藩のエリート。その子息久米丈一郎は、父の背中を前提として考えてしまう。
〔参照:第12話「海軍伝習」⑦(有田の“坊ちゃん”)

殿お目にかかる”ことの重大性。“上級武士”の感覚と、江藤身分からの見え方では隔たりは大きい。「殿御前に出る。」その値打ちが全く異なるのだ。


(続く)