2021年07月12日
「パリ万博を、どう描くか?」
こんばんは。
大河ドラマ『青天を衝け』(22)では、幕末のパリ万博が舞台でしたね。第2部で描こうと思っているテーマの1つに、この幕末の「万国博覧会」があります。
…ちなみに今回の記事は、ほぼ『青天を衝け』には登場しない内容ばかりです。お時間のある方は、しばらく私の“空想”にお付き合いください。
では、本題です。同作品では“幕府VS薩摩”の外交合戦をハッキリと描く意図か、ある重要な部分が省略されています。
――それはパリ万博への、佐賀藩の出展。
基本的に佐賀藩は「マジメな優等生キャラ」です。能力のわりに目立てず、活躍しているのに損な役回りになりがち、何より手柄のアピールが上手くない。
「あの子は、すごく頑張っとるばってん、“持っとらん”もんね…」
学校では、そう言われてしまうタイプか。それも、佐賀の一面であることを否定はしません。しかし、私のブログにおいては問答無用で、佐賀が主役になります。
――幕府からの呼びかけに応じて、
1867(慶応三)年のパリ万博に出展した佐賀藩。その目的は、“万国無比”と評判の高い佐賀の陶磁器など、特産品の販路開拓。
佐賀藩は海外進出に熱心ですが、長崎警備担当を意識するためか“密航”には消極的。幕府の使節団参加などで公式に藩士を派遣する傾向があります。
この真面目さがもどかしいですが、それゆえ“佐賀への愛”は尽きないのです。
パリに来た、佐賀の精鋭たちを率いるのは、後に産業振興や文化財保護など、万国博覧会に関係する分野で活躍する人物。

――そのリーダーの名は、佐野常民(栄寿左衛門)。
『青天を衝け』で描かれたパリ万博の中、私は佐野常民先生の姿を探します。各国からの来場者で、賑わう博覧会場。40か国以上の参加があったとか。
これは、声を出さねば見つからない。万博の中心でも、“佐賀”を叫ぶ。
「…お客様の中に、佐賀から来られた方は、いらっしゃいませんか!?」
会場には水圧で動くエレベーターとか、大型の蒸気機関など、時代を先取りした科学技術の展示があります。
――到着時期がまだだったのか、探し方が甘かったのか…
番組で映されたパリ万博の会場では、佐野先生の姿を見つけられません。
「…佐野さんなら、“鋼鉄大砲”のところに居るとよ。」
『青天を衝け』では映り損ねるも、パリ万博の会場に佐賀の人はいたようです。
佐野先生は、“プロシア”(現・ドイツ周辺)の展示物を見て居られましたか。
――現代でも、ドイツの重工業地帯として知られる、
ルール地方の都市・エッセン。その地から世界に名を轟かせたクルップ社製の巨大な鋼鉄大砲が、華やかな万博会場に、特別な違和感を醸し出します。
…そういえば、『青天を衝け』では見かけなかった景色です。
佐賀藩の万博。海外派遣のもう1つの目的は技術情報の収集と武装の強化。佐野先生にはいろいろと“特命”もあって、お忙しかったのです。

――『青天を衝け』(22)の映像は、
幕末のパリ万国博覧会をイメージするには、とても良い教材でした。私には遠くヨーロッパの博覧会場で、奮闘する佐賀の人たちの姿が目に浮かぶようです。
大量に持ち込んだ茶葉を捌くのに、難渋する佐賀藩士の姿が。準備する期間が足らず、西洋の売れ筋に合わない陶磁器を選んでしまった佐賀商人の苦悩が。
「悔しか~っ!」
「あきらめては、ならんばい。」
――大丈夫です。近いうちに“リベンジ”の機会が来ますから…
明治のウィーン万国博覧会では、きっと佐賀の力を見せつけてやりましょう。
…という具合に『青天を衝け』を見ている間、私の空想も同時に進行します。
とても充実した時間なのですが、もう少し落ち着いて鑑賞したい気もしています。そこは佐賀藩士(?)なので、仕方が無いのかもしれません。
次回から第1部の終盤を特集し、ようやく第2部を開始予定です。パリ万博は、第23話ぐらい(?)までに描ければよいのですが、いつになることやら。
※関連記事
・参照(中盤):「主に伊万里市民・有田町民の方を対象としたつぶやき。」
・参照(写真):「主に有田町民の方を対象にしたつぶやき(後編)」
・参照(構成):「さがはん~パリ・ウィーン万国博覧会噺~」
大河ドラマ『青天を衝け』(22)では、幕末のパリ万博が舞台でしたね。第2部で描こうと思っているテーマの1つに、この幕末の「万国博覧会」があります。
…ちなみに今回の記事は、ほぼ『青天を衝け』には登場しない内容ばかりです。お時間のある方は、しばらく私の“空想”にお付き合いください。
では、本題です。同作品では“幕府VS薩摩”の外交合戦をハッキリと描く意図か、ある重要な部分が省略されています。
――それはパリ万博への、佐賀藩の出展。
基本的に佐賀藩は「マジメな優等生キャラ」です。能力のわりに目立てず、活躍しているのに損な役回りになりがち、何より手柄のアピールが上手くない。
「あの子は、すごく頑張っとるばってん、“持っとらん”もんね…」
学校では、そう言われてしまうタイプか。それも、佐賀の一面であることを否定はしません。しかし、私のブログにおいては問答無用で、佐賀が主役になります。
――幕府からの呼びかけに応じて、
1867(慶応三)年のパリ万博に出展した佐賀藩。その目的は、“万国無比”と評判の高い佐賀の陶磁器など、特産品の販路開拓。
佐賀藩は海外進出に熱心ですが、長崎警備担当を意識するためか“密航”には消極的。幕府の使節団参加などで公式に藩士を派遣する傾向があります。
この真面目さがもどかしいですが、それゆえ“佐賀への愛”は尽きないのです。
パリに来た、佐賀の精鋭たちを率いるのは、後に産業振興や文化財保護など、万国博覧会に関係する分野で活躍する人物。
――そのリーダーの名は、佐野常民(栄寿左衛門)。
『青天を衝け』で描かれたパリ万博の中、私は佐野常民先生の姿を探します。各国からの来場者で、賑わう博覧会場。40か国以上の参加があったとか。
これは、声を出さねば見つからない。万博の中心でも、“佐賀”を叫ぶ。
「…お客様の中に、佐賀から来られた方は、いらっしゃいませんか!?」
会場には水圧で動くエレベーターとか、大型の蒸気機関など、時代を先取りした科学技術の展示があります。
――到着時期がまだだったのか、探し方が甘かったのか…
番組で映されたパリ万博の会場では、佐野先生の姿を見つけられません。
「…佐野さんなら、“鋼鉄大砲”のところに居るとよ。」
『青天を衝け』では映り損ねるも、パリ万博の会場に佐賀の人はいたようです。
佐野先生は、“プロシア”(現・ドイツ周辺)の展示物を見て居られましたか。
――現代でも、ドイツの重工業地帯として知られる、
ルール地方の都市・エッセン。その地から世界に名を轟かせたクルップ社製の巨大な鋼鉄大砲が、華やかな万博会場に、特別な違和感を醸し出します。
…そういえば、『青天を衝け』では見かけなかった景色です。
佐賀藩の万博。海外派遣のもう1つの目的は技術情報の収集と武装の強化。佐野先生にはいろいろと“特命”もあって、お忙しかったのです。
――『青天を衝け』(22)の映像は、
幕末のパリ万国博覧会をイメージするには、とても良い教材でした。私には遠くヨーロッパの博覧会場で、奮闘する佐賀の人たちの姿が目に浮かぶようです。
大量に持ち込んだ茶葉を捌くのに、難渋する佐賀藩士の姿が。準備する期間が足らず、西洋の売れ筋に合わない陶磁器を選んでしまった佐賀商人の苦悩が。
「悔しか~っ!」
「あきらめては、ならんばい。」
――大丈夫です。近いうちに“リベンジ”の機会が来ますから…
明治のウィーン万国博覧会では、きっと佐賀の力を見せつけてやりましょう。
…という具合に『青天を衝け』を見ている間、私の空想も同時に進行します。
とても充実した時間なのですが、もう少し落ち着いて鑑賞したい気もしています。そこは佐賀藩士(?)なので、仕方が無いのかもしれません。
次回から第1部の終盤を特集し、ようやく第2部を開始予定です。パリ万博は、第23話ぐらい(?)までに描ければよいのですが、いつになることやら。
※関連記事
・参照(中盤):
・参照(写真):
・参照(構成):