2021年02月25日
第15話「江戸動乱」⑮(雪の舞う三月)
こんばんは。
1860年「桜田門外の変」。旧暦で言えば三月初旬。春に起きた事件です。
遡ること2か月。一月には、幕府の使節団が条約の手続きのため、冬の太平洋をアメリカへと旅立っています。
大老・井伊直弼が決断した「開国」により、時代は動いていました。
そして二月には、井伊は江戸で、鍋島の屋敷を訪ねたばかりでした。
――春なのに肌寒い、江戸の街。佐賀藩の屋敷。
「季節外れの遅い雪か…」
佐賀藩主・鍋島直正は、曇った空を見ていた。天から、はらはらと落ちる雪。
旧暦の三月は、もう春の陽気が注ぎ、桜が咲いてもおかしくない時節だ。
ダダダダッ…
屋敷の廊下で、佐賀藩士たちの忙しい足音が響く。
「殿!申し上げます。無作法ながらっ…、一大事にて!」

――その日、事件は江戸城・桜田門の手前で起きた。
城に出仕する、大老・井伊直弼。
彦根藩の屋敷から、城門まではさほどの距離ではない。
「申し上げたき儀がございます!」
突如、道端から歩み出た者がいる。進路を遮られて行列は一旦、止まった。
「何事か!無礼であろう!」
行列の先頭にいる侍が、怒声をあげる。次の瞬間。
――パァン!突如として、乾いた銃声が響く。
ヒュン!!
弾道が、井伊直弼の乗る駕籠(かご)に吸い込まれていく。
襲撃を悟った井伊だったが、その銃弾は腰部を貫通していた。
「これは…、いかんようだな。」
井伊は気づいた。すでに下肢の感覚が無い。
発砲の音を合図に抜刀した十数名が斬り込んでくる。雪の降る日の急襲。井伊の供回りは刀が濡れぬよう柄袋を掛けており、一手を出す前に次々と討たれる。
――大混乱に陥る、井伊の一行。
かつて井伊直弼は、居合の流派を立ち上げるほど鍛錬を積んでいた。常人では扱い難い、重い刀も自在に操ったのだ。
しかし先ほどの一瞬で、その腕前は失われた。もう、動くことができないのだ。
「…これも、天命ということか。」
大音声を上げて、殺到する襲撃者たち。井伊は静かに待つ。
「お主らも、儂と“志”は同じなのかも知れぬな…」

――井伊直弼は、もともと攘夷論者だった。
迫りくる列強に、この国を好きにさせてはならない。それは、佐賀の鍋島直正も同じ想いで、2人は意気投合したのだ。
「まず開国して進んだ業(わざ)を学び、その業を磨いて異国に立ち向かう。」
目先で攘夷を叫ぶ者たちとの違いは、相手の力量を理解するかどうかの差だ。
条約の調印後に手続きのため、欧米に使節を派遣することが決まる。幕府は急ぎ優秀な者を集めた。そして、頼りになる佐賀からは多数の同行者を認めた。
――いずれ、世界を廻った者たちが帰ってくる。それからだ。
もはや襲撃者に応戦することはできない、井伊直弼。
「たとえ志は正しくとも、お主らのやり方は間違っておるぞ…」
その駕籠を目掛けて、四方から刃が突きたてられる。
「済まぬ。儂はここまでのようだ。後は…任せたぞ。」
遠のく井伊の意識に、ふたたび故郷・彦根の優しい湖の景色が広がっていた。
(続く)
1860年「桜田門外の変」。旧暦で言えば三月初旬。春に起きた事件です。
遡ること2か月。一月には、幕府の使節団が条約の手続きのため、冬の太平洋をアメリカへと旅立っています。
大老・井伊直弼が決断した「開国」により、時代は動いていました。
そして二月には、井伊は江戸で、鍋島の屋敷を訪ねたばかりでした。
――春なのに肌寒い、江戸の街。佐賀藩の屋敷。
「季節外れの遅い雪か…」
佐賀藩主・鍋島直正は、曇った空を見ていた。天から、はらはらと落ちる雪。
旧暦の三月は、もう春の陽気が注ぎ、桜が咲いてもおかしくない時節だ。
ダダダダッ…
屋敷の廊下で、佐賀藩士たちの忙しい足音が響く。
「殿!申し上げます。無作法ながらっ…、一大事にて!」
――その日、事件は江戸城・桜田門の手前で起きた。
城に出仕する、大老・井伊直弼。
彦根藩の屋敷から、城門まではさほどの距離ではない。
「申し上げたき儀がございます!」
突如、道端から歩み出た者がいる。進路を遮られて行列は一旦、止まった。
「何事か!無礼であろう!」
行列の先頭にいる侍が、怒声をあげる。次の瞬間。
――パァン!突如として、乾いた銃声が響く。
ヒュン!!
弾道が、井伊直弼の乗る駕籠(かご)に吸い込まれていく。
襲撃を悟った井伊だったが、その銃弾は腰部を貫通していた。
「これは…、いかんようだな。」
井伊は気づいた。すでに下肢の感覚が無い。
発砲の音を合図に抜刀した十数名が斬り込んでくる。雪の降る日の急襲。井伊の供回りは刀が濡れぬよう柄袋を掛けており、一手を出す前に次々と討たれる。
――大混乱に陥る、井伊の一行。
かつて井伊直弼は、居合の流派を立ち上げるほど鍛錬を積んでいた。常人では扱い難い、重い刀も自在に操ったのだ。
しかし先ほどの一瞬で、その腕前は失われた。もう、動くことができないのだ。
「…これも、天命ということか。」
大音声を上げて、殺到する襲撃者たち。井伊は静かに待つ。
「お主らも、儂と“志”は同じなのかも知れぬな…」
――井伊直弼は、もともと攘夷論者だった。
迫りくる列強に、この国を好きにさせてはならない。それは、佐賀の鍋島直正も同じ想いで、2人は意気投合したのだ。
「まず開国して進んだ業(わざ)を学び、その業を磨いて異国に立ち向かう。」
目先で攘夷を叫ぶ者たちとの違いは、相手の力量を理解するかどうかの差だ。
条約の調印後に手続きのため、欧米に使節を派遣することが決まる。幕府は急ぎ優秀な者を集めた。そして、頼りになる佐賀からは多数の同行者を認めた。
――いずれ、世界を廻った者たちが帰ってくる。それからだ。
もはや襲撃者に応戦することはできない、井伊直弼。
「たとえ志は正しくとも、お主らのやり方は間違っておるぞ…」
その駕籠を目掛けて、四方から刃が突きたてられる。
「済まぬ。儂はここまでのようだ。後は…任せたぞ。」
遠のく井伊の意識に、ふたたび故郷・彦根の優しい湖の景色が広がっていた。
(続く)
Posted by SR at 21:25 | Comments(0) | 第15話「江戸動乱」
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