2020年07月28日
第12話「海軍伝習」⑩-1(負けんばい!・前編)
こんばんは。
前回の続きです。
「やられたら、やり返さんね!」ではありませんが…
幕府の伝習生が航海の訓練に出る中、船が無いので座学をしていた佐賀藩士たちは、今回から逆襲に転じます。
…とはいえ、「“倍返し”ばい!」というような遺恨の残る方法ではなく、前向きでスマートに対抗心を燃やします。第12話のラストの投稿も長くなったので、前・後編の設定です。
――1857年、長崎・出島。海軍の士官2名が、オランダ商館長との面会を待っている。ここからオランダ語の会話である。
待ち時間にティータイムと洒落込む。海軍士官ファビウス。
1854年、海軍伝習所の開設前に“予備伝習”も担当している。日本人に西洋海軍の技術を最初に教授したと言われる人物だ。
「香ばしい紅茶だ…」
「こうしていると、祖国オランダと変わるところが無いようだ。」
話している相手は、同じく海軍士官のカッテンディーケ。第2期の伝習の教官に着任した。
スパルタ指導に定評のあった教官ライケンの後任である。
ファビウスが、かつて艦長を務めた“観光丸”(スンビン号)は幕府に献上した。来日のたびに別の蒸気船を連れてくるのが、オランダ海軍である。
――佐野栄寿(常民)などは「阿蘭陀(オランダ)には、一体いくつ“蒸気船”があっとね!?」と驚いている。

教官に着任したカッテンディーケ。好奇心は旺盛だ。
「良質の茶葉を使っているようだ。これは…東インド産か?」
「いや…“嬉野”だ。」
ファビウスが答える。
「ウレシノ…?聞いたことが無いブランドだ。」
「…日本の著名な製茶地だ。覚えておいて損はない。」
「ところで、カッテンディーケ君。どうだね海軍の伝習は。」
「日本の者は、向学心がある。ただ…」
――ファビウスが、尋ねる。「どうしたね?気になる点でも。」
カッテンディーケが答える。
「幕府の伝習生の一部だが、知識の“つまみ食い”をしていると感じる。」
ファビウスが、言葉の含みを考えて返す。
「所詮は“出世”の道具と考えている…そんなところか。」
「“海軍の技術”を知らぬ者には大きい顔ができて、出世には役立つ…」
「教える側としては、嘆かわしいことだな。」
「そんな意識で取り組んだ者は、海軍では用を成さないでしょう。」
「まぁ、わがオランダは、幕府との繋がりを大事にすべきだ。」
オランダには“鎖国”時代も続いた日本との信頼関係がある。
貿易で新参の他国をリードしたいとの思惑があった。
――ここでカッテンディーケが「そうだ!」という表情をする。
「この前、数学の教官を待ち伏せしていた者がいた。」
「“待ち伏せ”とは、穏やかではないな…どうした?」
「その者は明日の朝には返すから、教本を貸してほしいと。」
「ほう。」
「夜な夜な、本を書き写しておるようです。」
今までの話しぶりと違い、カッテンディーケが楽し気に語った。
話を受けて、ファビウスはニヤリと笑う。
「たぶん…肥前佐賀の者だろう。」
「ファビウスさん、なぜ判るのですか!?」
「なにせ佐賀は…ご領主が、あの方だからな…私も質問攻めにあった。」
――ファビウスは、殿・鍋島直正を「西洋技術の理解者」と評している。ここから日本語である。
「よし!写し終わったばい!」
中牟田倉之助。数学の教本を、書き写し終えた。
「中牟田…あとで貸してくれんね?」
「良かよ。」
ここで、若手揃いの伝習生の間に40代の人物が駆け込む。
「喜べ!殿が帆船を買ってくださったぞ!」

本島藤太夫も“船が無い”伝習生たちの悔しさを感じていた。吉報を得て、歳も忘れて走り込んできたのである。
「おお-っ!」
どよめく佐賀の伝習生たち。
――これが佐賀藩が、はじめて入手した西洋式帆船“飛雲丸”。
長崎に入港した小型帆船を、無理を言ってオランダから購入した。
船の購入代金には、佐賀のハゼノキから作った特産品・“白蝋(ろう)”が充てられた。
「やったな!よかったやないか!」
喜びの声には“関西弁”も混じる。研究所の翻訳担当・石黒寛次(舞鶴出身)である。
佐野を見送ったはずが、結局、伝習に来ている“精錬方”の面々。そもそも“精錬方”のメンバーは、よく長崎に出入りしている。
――ついに自由に使える西洋式の船が手に入り、本格的に訓練ができる。
「これで航海の修練が積めるばい!今宵は宴会にしましょう!」
船長を務めるのは、伝習生のまとめ役である佐野と決まった。
「これは、美味いお酒が飲めそうだ!」
「佐野!お前は飲めたらええんちゃうのか…」
「石黒さん。これは“飛雲丸”の船出のお祝いです。細かいことは抜きでよかです!」
喜ぶ若手たちの表情を見て、佐野にも笑みがこぼれた。
(続く)
前回の続きです。
「やられたら、やり返さんね!」ではありませんが…
幕府の伝習生が航海の訓練に出る中、船が無いので座学をしていた佐賀藩士たちは、今回から逆襲に転じます。
…とはいえ、「“倍返し”ばい!」というような遺恨の残る方法ではなく、前向きでスマートに対抗心を燃やします。第12話のラストの投稿も長くなったので、前・後編の設定です。
――1857年、長崎・出島。海軍の士官2名が、オランダ商館長との面会を待っている。ここからオランダ語の会話である。
待ち時間にティータイムと洒落込む。海軍士官ファビウス。
1854年、海軍伝習所の開設前に“予備伝習”も担当している。日本人に西洋海軍の技術を最初に教授したと言われる人物だ。
「香ばしい紅茶だ…」
「こうしていると、祖国オランダと変わるところが無いようだ。」
話している相手は、同じく海軍士官のカッテンディーケ。第2期の伝習の教官に着任した。
スパルタ指導に定評のあった教官ライケンの後任である。
ファビウスが、かつて艦長を務めた“観光丸”(スンビン号)は幕府に献上した。来日のたびに別の蒸気船を連れてくるのが、オランダ海軍である。
――佐野栄寿(常民)などは「阿蘭陀(オランダ)には、一体いくつ“蒸気船”があっとね!?」と驚いている。
教官に着任したカッテンディーケ。好奇心は旺盛だ。
「良質の茶葉を使っているようだ。これは…東インド産か?」
「いや…“嬉野”だ。」
ファビウスが答える。
「ウレシノ…?聞いたことが無いブランドだ。」
「…日本の著名な製茶地だ。覚えておいて損はない。」
「ところで、カッテンディーケ君。どうだね海軍の伝習は。」
「日本の者は、向学心がある。ただ…」
――ファビウスが、尋ねる。「どうしたね?気になる点でも。」
カッテンディーケが答える。
「幕府の伝習生の一部だが、知識の“つまみ食い”をしていると感じる。」
ファビウスが、言葉の含みを考えて返す。
「所詮は“出世”の道具と考えている…そんなところか。」
「“海軍の技術”を知らぬ者には大きい顔ができて、出世には役立つ…」
「教える側としては、嘆かわしいことだな。」
「そんな意識で取り組んだ者は、海軍では用を成さないでしょう。」
「まぁ、わがオランダは、幕府との繋がりを大事にすべきだ。」
オランダには“鎖国”時代も続いた日本との信頼関係がある。
貿易で新参の他国をリードしたいとの思惑があった。
――ここでカッテンディーケが「そうだ!」という表情をする。
「この前、数学の教官を待ち伏せしていた者がいた。」
「“待ち伏せ”とは、穏やかではないな…どうした?」
「その者は明日の朝には返すから、教本を貸してほしいと。」
「ほう。」
「夜な夜な、本を書き写しておるようです。」
今までの話しぶりと違い、カッテンディーケが楽し気に語った。
話を受けて、ファビウスはニヤリと笑う。
「たぶん…肥前佐賀の者だろう。」
「ファビウスさん、なぜ判るのですか!?」
「なにせ佐賀は…ご領主が、あの方だからな…私も質問攻めにあった。」
――ファビウスは、殿・鍋島直正を「西洋技術の理解者」と評している。ここから日本語である。
「よし!写し終わったばい!」
中牟田倉之助。数学の教本を、書き写し終えた。
「中牟田…あとで貸してくれんね?」
「良かよ。」
ここで、若手揃いの伝習生の間に40代の人物が駆け込む。
「喜べ!殿が帆船を買ってくださったぞ!」
本島藤太夫も“船が無い”伝習生たちの悔しさを感じていた。吉報を得て、歳も忘れて走り込んできたのである。
「おお-っ!」
どよめく佐賀の伝習生たち。
――これが佐賀藩が、はじめて入手した西洋式帆船“飛雲丸”。
長崎に入港した小型帆船を、無理を言ってオランダから購入した。
船の購入代金には、佐賀のハゼノキから作った特産品・“白蝋(ろう)”が充てられた。
「やったな!よかったやないか!」
喜びの声には“関西弁”も混じる。研究所の翻訳担当・石黒寛次(舞鶴出身)である。
佐野を見送ったはずが、結局、伝習に来ている“精錬方”の面々。そもそも“精錬方”のメンバーは、よく長崎に出入りしている。
――ついに自由に使える西洋式の船が手に入り、本格的に訓練ができる。
「これで航海の修練が積めるばい!今宵は宴会にしましょう!」
船長を務めるのは、伝習生のまとめ役である佐野と決まった。
「これは、美味いお酒が飲めそうだ!」
「佐野!お前は飲めたらええんちゃうのか…」
「石黒さん。これは“飛雲丸”の船出のお祝いです。細かいことは抜きでよかです!」
喜ぶ若手たちの表情を見て、佐野にも笑みがこぼれた。
(続く)