2022年01月25日
第17話「佐賀脱藩」⑭(拓〔ひら〕け、代品方)
こんばんは。
“本編”の再開は、旧暦・新暦の差はありつつも、時期をあわせてみました。
文久二年(1862年)の年明けから、二十日ほど後を想定したお話です。
世間の正月気分も抜けきったかと思われる頃。佐賀藩では、新年も激しく働く者たちがいました。
――佐賀城下。藩の貿易部門“代品方”の拠点。
「白蝋(はくろう)ば、着いたと。」
「早う、数えんね!」
荷車が入り、藩の役人たちの間に飛び交う声。
櫨(はぜ)の木から精製した蝋(ろう)が、詰め込まれた木箱が到着している。
「箱の中も改めんば、ならんばい。」
鍋島家の一門が治める、白石領(みやき町)周辺から発送された品である。

――急ぎ、検品と数量の確認を要するらしい。
「心得た。」
この部署では、新入りと思われる佐賀藩士・江藤新平が木箱に向かう。
「!」
次の瞬間、積み荷の状態が変動する。すさまじい気迫で箱に向き合う、江藤。テキパキと箱を仕分け、検品と帳面の記載をこなしていく。
「…あん(の)男。たしか…」
「上佐賀代官所から来た、江藤と申す者。なかなか働きますばい。」
――「帳面を付け申した。品も数も問題のなかです。」
よく通る声でビシッと言い切った、江藤。
「よか。こん(の)荷は、まず伊万里まで運ばんね。」
江藤の仕事ぶりに、上役も疑いを差し挟まない。
もっとも、佐賀藩の生産管理は相当に厳しい。蝋を生産する側の領民たちも、相当な努力を重ねていた。
「ゆけっ!」と、木箱を載せた荷車は西へと送り出された。佐賀藩の各地域で栽培されたハゼの木から作られる白蝋は、西洋各国も重視する品だった。

――各地に設置が進む、佐賀藩の交易拠点。
蒸気船など西洋式軍艦の購入を進める佐賀藩。支払いの一部を、白蝋に代表される、金銭以外の代わりの品(代品)で補ったという。
また、陶磁器の販路を求めて、上方の大坂にも拠点を設置。幕府の貿易船を利用して、清国の上海(シャンハイ)にも進出の計画があった。
「我らは、かなり急(せ)わしい。あのような“働き者”は好ましか。」
佐賀藩が注力し、急拡大していく貿易業務。格好を気にする様子もなく、一風変わった男でも、仕事が出来れば良い。代品方の上役は、満足気だった。
――夕刻。佐賀城下の武家屋敷通り。
「江藤、どうね。代品方のお役目は。」
「坂井さんか。久しい。本年も、よろしく頼む。」
「そうだったな。まだ、睦月(一月)だったか。」
通りで出会ったのは“義祭同盟”の一員・坂井辰之允。こちらも忙しそうだ。
〔参照(後半):第17話「佐賀脱藩」③(江戸からの便り)〕
その中で、昨年までの代官所務めから転じた、江藤の仕事も気にかけていた。この坂井は、面倒見の良い気性であるのかもしれない。

――江藤は忙しく働きつつも、思うところがあるようだ。
「“代品方”は、お家(鍋島家)に利を為す、お役目と心得る。」
「それは、よか。きっと、お主なら出世もできる。」
「坂井さん。このまま“お家”大事と励むのは、正しいことか。」
佐賀が豊かになり、雄藩として存在感を増すのは、江藤や坂井など義祭同盟の面々にとっても良い話だ。
しかし開国以来、物流などは混乱し、経済に諸外国の影響が強く出ている。打ち払おうとする側の攘夷活動も勢いづいていた。
――持ち前の才覚で、仕事が順調なはずの江藤。
しかし江藤が藩の仕事に励む中でも、諸藩の志士たちの活動は「国の形から変えねばならぬ」という尊王思想とも結びつき、時勢は大きく動いている。
きっと時流を読んでいる江藤だから、焦るのだ。坂井が言葉を返した。
「そこはお主らがいつも語りおる大親友・中野方蔵くんに任せれば、よか。」
「然り。中野は江戸にて、我らの進むべき道を切り開いている。」
他藩の志士と大都会・江戸で交流する、中野からの手紙。佐賀に留まる同志に希望を与えている。江藤と話す坂井とて、便りを心待ちにする一人なのだ。
〔参照(中盤):第17話「佐賀脱藩」④(上方からの“花嫁”)〕

――「まぁ、中野が居るけん、そがん焦らずとも…」
坂井は「…怠らず、お役目に励めば、そのうち道も拓けるだろう」と続けた。
親身になり熱心に語る、坂井。その背後に人影があることに気付かない。
「大木さん、どうした。何があった。」
江藤が、坂井の後ろの人影に向かって言葉を発する。そこに突っ立っていたのは、大木喬任(民平)だった。
「おっと…声ぐらいは、かけんね…」
気配の無かった大木に驚いて振り向いた坂井は、言葉を途中で止めた。
――明らかに、大木の様子がおかしい。
「…文(ふみ)が来た。江戸にいる、中野からだ。」
大木の表情に、いつものような手紙が来た時の嬉しそうな感じは無い。
憤るか、悲しむか…何か感情を抑え込むように小刻みな震えが感じられる。
「もしや、中野の身に何かあったか。」
江藤が険しい表情を見せ、鋭く言葉を返した。
(続く)
“本編”の再開は、旧暦・新暦の差はありつつも、時期をあわせてみました。
文久二年(1862年)の年明けから、二十日ほど後を想定したお話です。
世間の正月気分も抜けきったかと思われる頃。佐賀藩では、新年も激しく働く者たちがいました。
――佐賀城下。藩の貿易部門“代品方”の拠点。
「白蝋(はくろう)ば、着いたと。」
「早う、数えんね!」
荷車が入り、藩の役人たちの間に飛び交う声。
櫨(はぜ)の木から精製した蝋(ろう)が、詰め込まれた木箱が到着している。
「箱の中も改めんば、ならんばい。」
鍋島家の一門が治める、白石領(みやき町)周辺から発送された品である。
――急ぎ、検品と数量の確認を要するらしい。
「心得た。」
この部署では、新入りと思われる佐賀藩士・江藤新平が木箱に向かう。
「!」
次の瞬間、積み荷の状態が変動する。すさまじい気迫で箱に向き合う、江藤。テキパキと箱を仕分け、検品と帳面の記載をこなしていく。
「…あん(の)男。たしか…」
「上佐賀代官所から来た、江藤と申す者。なかなか働きますばい。」
――「帳面を付け申した。品も数も問題のなかです。」
よく通る声でビシッと言い切った、江藤。
「よか。こん(の)荷は、まず伊万里まで運ばんね。」
江藤の仕事ぶりに、上役も疑いを差し挟まない。
もっとも、佐賀藩の生産管理は相当に厳しい。蝋を生産する側の領民たちも、相当な努力を重ねていた。
「ゆけっ!」と、木箱を載せた荷車は西へと送り出された。佐賀藩の各地域で栽培されたハゼの木から作られる白蝋は、西洋各国も重視する品だった。
――各地に設置が進む、佐賀藩の交易拠点。
蒸気船など西洋式軍艦の購入を進める佐賀藩。支払いの一部を、白蝋に代表される、金銭以外の代わりの品(代品)で補ったという。
また、陶磁器の販路を求めて、上方の大坂にも拠点を設置。幕府の貿易船を利用して、清国の上海(シャンハイ)にも進出の計画があった。
「我らは、かなり急(せ)わしい。あのような“働き者”は好ましか。」
佐賀藩が注力し、急拡大していく貿易業務。格好を気にする様子もなく、一風変わった男でも、仕事が出来れば良い。代品方の上役は、満足気だった。
――夕刻。佐賀城下の武家屋敷通り。
「江藤、どうね。代品方のお役目は。」
「坂井さんか。久しい。本年も、よろしく頼む。」
「そうだったな。まだ、睦月(一月)だったか。」
通りで出会ったのは“義祭同盟”の一員・坂井辰之允。こちらも忙しそうだ。
〔参照(後半):
その中で、昨年までの代官所務めから転じた、江藤の仕事も気にかけていた。この坂井は、面倒見の良い気性であるのかもしれない。
――江藤は忙しく働きつつも、思うところがあるようだ。
「“代品方”は、お家(鍋島家)に利を為す、お役目と心得る。」
「それは、よか。きっと、お主なら出世もできる。」
「坂井さん。このまま“お家”大事と励むのは、正しいことか。」
佐賀が豊かになり、雄藩として存在感を増すのは、江藤や坂井など義祭同盟の面々にとっても良い話だ。
しかし開国以来、物流などは混乱し、経済に諸外国の影響が強く出ている。打ち払おうとする側の攘夷活動も勢いづいていた。
――持ち前の才覚で、仕事が順調なはずの江藤。
しかし江藤が藩の仕事に励む中でも、諸藩の志士たちの活動は「国の形から変えねばならぬ」という尊王思想とも結びつき、時勢は大きく動いている。
きっと時流を読んでいる江藤だから、焦るのだ。坂井が言葉を返した。
「そこはお主らがいつも語りおる大親友・中野方蔵くんに任せれば、よか。」
「然り。中野は江戸にて、我らの進むべき道を切り開いている。」
他藩の志士と大都会・江戸で交流する、中野からの手紙。佐賀に留まる同志に希望を与えている。江藤と話す坂井とて、便りを心待ちにする一人なのだ。
〔参照(中盤):
――「まぁ、中野が居るけん、そがん焦らずとも…」
坂井は「…怠らず、お役目に励めば、そのうち道も拓けるだろう」と続けた。
親身になり熱心に語る、坂井。その背後に人影があることに気付かない。
「大木さん、どうした。何があった。」
江藤が、坂井の後ろの人影に向かって言葉を発する。そこに突っ立っていたのは、大木喬任(民平)だった。
「おっと…声ぐらいは、かけんね…」
気配の無かった大木に驚いて振り向いた坂井は、言葉を途中で止めた。
――明らかに、大木の様子がおかしい。
「…文(ふみ)が来た。江戸にいる、中野からだ。」
大木の表情に、いつものような手紙が来た時の嬉しそうな感じは無い。
憤るか、悲しむか…何か感情を抑え込むように小刻みな震えが感じられる。
「もしや、中野の身に何かあったか。」
江藤が険しい表情を見せ、鋭く言葉を返した。
(続く)