2021年09月23日
第16話「攘夷沸騰」⑱(蒸気船の集まる海域)
こんばんは。
1861年(万延二年・文久元年)春。九州北部に衝撃が走った、“対馬事件”。幕府も対応に苦慮します。
ロシア軍艦ポサドニック号は対馬の浅茅湾に停泊し、芋崎の地に兵舎を建設。対馬藩主に付近の土地を租借(そしゃく)する権利を要求。
前回、佐賀藩の蒸気軍艦・電流丸は周辺海域の警戒に当たるべく、長崎港から伊万里に向けて出航しました。

――“電流丸”は、伊万里沖を航行中。
「中牟田よ。もし、ロシアの軍艦と戦わば、勝ち目はあると思うか。」
石丸虎五郎(安世)が、わざわざ“年少者”に意見を聞く。
「そうたいね。勝つも負けるも有り得る…としか言えんばい。」
中牟田倉之助、ごく普通の事を語っているが、突出して数学を得意とする人物。
この単純な言葉の裏にも、様々な状況の想定をしていることが見て取れる。
――現在の任務としては、海域の見回りだ。
「何も損なわんように、佐賀の平穏ば守ること。今は、そいだけで良かですね。」
まだ若い中牟田だったが、冷静に思考を組み立てて先を読む力がある。すでに優秀な海軍軍人として皆に認められている。
「まったくお主には、いろいろと見えておるようだな。」
石丸虎五郎は、ため息を付いた。年少の中牟田は先を見据えて着実に進んでいる。そう思えたからだ。
「“英語”では、石丸さんには全く追いついてなかですよ。」
中牟田が訥々と言葉を発する。石丸は自身よりも語学を習得する速度に勝り、工夫しても追いつく術が見当たらない…らしい。

――「こいつ、俺の心まで計算したか。」
石丸は苦笑した。これが中牟田なりの“年上”の励まし方なのか。しかし、海軍の仲間としては頼もしい限りだ。
「伊万里が見えました。楠久(くすく)に上陸し、停泊する手筈(てはず)です。」
まずは眼前の任務に集中せねばならない。先への“迷い”は傍に置くことになる。
蒸気機関に用いる石炭など物資の補給を意図し、一旦、佐賀藩内に上陸する。伊万里の楠久にも、古くから佐賀の水軍(御船方)の拠点が所在していた。
――別の蒸気船も、次々とこの海域に集結する。
「気を引き締めて、掛からんば…」
幕府より佐賀藩が預かった外輪蒸気船“観光丸”も航行する。三重津海軍所の責任者でもある佐野常民(栄寿)。艦長の任にあるが、表情に緊張も見える。
佐野は江戸まで受取りに行った観光丸で、幕府側の仕事を手伝う。そのため、幕府の役人とともに“紛争”の只中にある対馬に直接上陸する予定があった。
〔参照(後半):第16話「攘夷沸騰」④(その船を、取りに行け)〕

――そして、幕府の“外国奉行”も現地・対馬へと向かう。
太平洋を往復した幕府の蒸気船“咸臨丸”には、世界一周から戻った小栗忠順が乗船する。遣米使節への抜擢でアメリカに渡り、通貨交渉なども担当した。
〔参照(後半):第16話「攘夷沸騰」⑫(“錬金術”と闘う男)〕
ロシア船に対しては、対馬藩だけでなく、長崎奉行所も退去を呼び掛けるが、応じる気配はない。小栗は幕府よりロシア船との交渉役として派遣されていた。
(続く)
1861年(万延二年・文久元年)春。九州北部に衝撃が走った、“対馬事件”。幕府も対応に苦慮します。
ロシア軍艦ポサドニック号は対馬の浅茅湾に停泊し、芋崎の地に兵舎を建設。対馬藩主に付近の土地を租借(そしゃく)する権利を要求。
前回、佐賀藩の蒸気軍艦・電流丸は周辺海域の警戒に当たるべく、長崎港から伊万里に向けて出航しました。
――“電流丸”は、伊万里沖を航行中。
「中牟田よ。もし、ロシアの軍艦と戦わば、勝ち目はあると思うか。」
石丸虎五郎(安世)が、わざわざ“年少者”に意見を聞く。
「そうたいね。勝つも負けるも有り得る…としか言えんばい。」
中牟田倉之助、ごく普通の事を語っているが、突出して数学を得意とする人物。
この単純な言葉の裏にも、様々な状況の想定をしていることが見て取れる。
――現在の任務としては、海域の見回りだ。
「何も損なわんように、佐賀の平穏ば守ること。今は、そいだけで良かですね。」
まだ若い中牟田だったが、冷静に思考を組み立てて先を読む力がある。すでに優秀な海軍軍人として皆に認められている。
「まったくお主には、いろいろと見えておるようだな。」
石丸虎五郎は、ため息を付いた。年少の中牟田は先を見据えて着実に進んでいる。そう思えたからだ。
「“英語”では、石丸さんには全く追いついてなかですよ。」
中牟田が訥々と言葉を発する。石丸は自身よりも語学を習得する速度に勝り、工夫しても追いつく術が見当たらない…らしい。
――「こいつ、俺の心まで計算したか。」
石丸は苦笑した。これが中牟田なりの“年上”の励まし方なのか。しかし、海軍の仲間としては頼もしい限りだ。
「伊万里が見えました。楠久(くすく)に上陸し、停泊する手筈(てはず)です。」
まずは眼前の任務に集中せねばならない。先への“迷い”は傍に置くことになる。
蒸気機関に用いる石炭など物資の補給を意図し、一旦、佐賀藩内に上陸する。伊万里の楠久にも、古くから佐賀の水軍(御船方)の拠点が所在していた。
――別の蒸気船も、次々とこの海域に集結する。
「気を引き締めて、掛からんば…」
幕府より佐賀藩が預かった外輪蒸気船“観光丸”も航行する。三重津海軍所の責任者でもある佐野常民(栄寿)。艦長の任にあるが、表情に緊張も見える。
佐野は江戸まで受取りに行った観光丸で、幕府側の仕事を手伝う。そのため、幕府の役人とともに“紛争”の只中にある対馬に直接上陸する予定があった。
〔参照(後半):
――そして、幕府の“外国奉行”も現地・対馬へと向かう。
太平洋を往復した幕府の蒸気船“咸臨丸”には、世界一周から戻った小栗忠順が乗船する。遣米使節への抜擢でアメリカに渡り、通貨交渉なども担当した。
〔参照(後半):
ロシア船に対しては、対馬藩だけでなく、長崎奉行所も退去を呼び掛けるが、応じる気配はない。小栗は幕府よりロシア船との交渉役として派遣されていた。
(続く)