2021年09月28日
第16話「攘夷沸騰」⑲(強くなりたいものだ)
こんばんは。
『青天を衝け』での大隈重信の演説に興奮冷めやらぬところですが、“本編”に戻ります。現在の「大河ドラマ」の舞台からは、遡ること8年ばかり…
1861年(文久元年)。対馬から退去しないロシア軍艦に対し、幕府が送り込む交渉役は外国奉行・小栗忠順。
幕府から佐賀藩が預かる蒸気船“観光丸”の艦長は佐野常民(栄寿左衛門)。小栗に同行し、“異国の思惑”と“攘夷の想い”が渦巻く対馬に乗り込みます。
第16話。実は2つのエンディングがあり、佐賀藩側は今回投稿で完結です。

――対馬上陸後に、佐野が見た景色。
「…これは、いかんばい。」
対馬の芋崎では、すでに“兵舎”が建設され、ロシア国旗が翻っている。内部で井戸も掘っていて、その場に居つこうとしているのも明らかだった。
「観光丸艦長、佐野どのであったか。見てきたか、ロシアの陣を。」
声をかけてきたのは、幕府の外国奉行・小栗忠順。
――最近、幕府の重職に抜擢された、小栗。
「はっ、見て参りました。」
秩序を大事にする“さがんもん”らしく、佐野は丁寧に礼をする。
「そう気を遣うな。“三河”より続く家系は誇るが、偉そうなのは性に合わぬ。」
小栗には、古くから“徳川”に仕える誇りはあっても、威張りたくはないらしい。
佐野は思った。儀礼的なものが幅を利かせる幕府にあって、何やら思うままに話す人だと。

――「佐野どのは、佐賀の者だったか。」
外国奉行・小栗からの質問に、佐野が答える。
「はっ、肥前佐賀、鍋島家中の者にございます。」
「そうか、佐賀は蒸気船を自前で補修すると聞くが。誰の仕切りじゃ。」
「はっ、それがし。佐野でございます。」
「そうか。ご公儀(幕府)には“食っては出すだけ”で、無為な者が多過ぎる。」
「はっ…!?」
佐野は、少々困惑した。この外国奉行は、一体、何を語っているのだ。よくよく聞くと、かなり幕府の役人に手厳しいことを言っている。
――これは、行動しない幕府の“同僚”たちへの不満なのか。
「どうやら佐賀の者どもは“無為の者”では無いようだ。期待しておく。」
アメリカからの帰国後、外国奉行に抜擢された小栗。“遣米使節”に同行した、佐賀藩士が現地で調査にあたった熱心さも知るようだ。
小栗は、幕府の守旧派とよく衝突する。“食っては、出すだけ”というのは、やや品の良い表現に寄せていて、ふだん小栗の言い方は、さらに強烈だったという。
幕府で抜きんでた才覚を見せる“切れ者”。小栗忠順には、敵も多いと見える。

――その小栗の交渉でも、ロシア船は居座る構えを崩さない。
「どうせ斬り込んでは来るまい…と甘く見られたか。」
古豪・ロシアには、幕府が武力行使に出ることは無いと見透かされた格好だ。
「小栗さま。」
「佐野どのか。残念だが、一旦引くぞ。観光丸を頼む。」
幕府による交渉は功を奏さず、持久戦の様相となった。ロシア側は「対馬藩主・宗義和への謁見」をより強く求めてくるだろう。
「もはや、対馬を公儀(幕府)の直轄とするほかないか。」
ロシアは幕府を相手にせず、現地の対馬藩に圧力をかけ続けている。
――佐野は気づいた。小栗が右拳を強く握り込む様子に。
小栗にとって外交の折衝を行うには、半端な状態なのだ。対馬藩側にも“領地替え”を望む声がある。幕府の直轄とすれば、ロシアも向き合わざるを得ない。
「それに、この差がもどかしい。」
小栗の掌にはアメリカから“近代工業”の象徴として持ち帰ったネジが光る。
よほど悔しかったのか、握り続けた掌にはネジの螺旋(らせん)の跡が浮かぶ。もっと“工業力”が必要だ。それさえあれば、ここまで侮られることは無い。
「…強くなりたいものだ。」
外国奉行・小栗の“独白”を聞く、佐野。伝わる悔しさに、佐賀の殿・鍋島直正が求め続ける“志”を重ねて見ていた。
(続く)
『青天を衝け』での大隈重信の演説に興奮冷めやらぬところですが、“本編”に戻ります。現在の「大河ドラマ」の舞台からは、遡ること8年ばかり…
1861年(文久元年)。対馬から退去しないロシア軍艦に対し、幕府が送り込む交渉役は外国奉行・小栗忠順。
幕府から佐賀藩が預かる蒸気船“観光丸”の艦長は佐野常民(栄寿左衛門)。小栗に同行し、“異国の思惑”と“攘夷の想い”が渦巻く対馬に乗り込みます。
第16話。実は2つのエンディングがあり、佐賀藩側は今回投稿で完結です。
――対馬上陸後に、佐野が見た景色。
「…これは、いかんばい。」
対馬の芋崎では、すでに“兵舎”が建設され、ロシア国旗が翻っている。内部で井戸も掘っていて、その場に居つこうとしているのも明らかだった。
「観光丸艦長、佐野どのであったか。見てきたか、ロシアの陣を。」
声をかけてきたのは、幕府の外国奉行・小栗忠順。
――最近、幕府の重職に抜擢された、小栗。
「はっ、見て参りました。」
秩序を大事にする“さがんもん”らしく、佐野は丁寧に礼をする。
「そう気を遣うな。“三河”より続く家系は誇るが、偉そうなのは性に合わぬ。」
小栗には、古くから“徳川”に仕える誇りはあっても、威張りたくはないらしい。
佐野は思った。儀礼的なものが幅を利かせる幕府にあって、何やら思うままに話す人だと。
――「佐野どのは、佐賀の者だったか。」
外国奉行・小栗からの質問に、佐野が答える。
「はっ、肥前佐賀、鍋島家中の者にございます。」
「そうか、佐賀は蒸気船を自前で補修すると聞くが。誰の仕切りじゃ。」
「はっ、それがし。佐野でございます。」
「そうか。ご公儀(幕府)には“食っては出すだけ”で、無為な者が多過ぎる。」
「はっ…!?」
佐野は、少々困惑した。この外国奉行は、一体、何を語っているのだ。よくよく聞くと、かなり幕府の役人に手厳しいことを言っている。
――これは、行動しない幕府の“同僚”たちへの不満なのか。
「どうやら佐賀の者どもは“無為の者”では無いようだ。期待しておく。」
アメリカからの帰国後、外国奉行に抜擢された小栗。“遣米使節”に同行した、佐賀藩士が現地で調査にあたった熱心さも知るようだ。
小栗は、幕府の守旧派とよく衝突する。“食っては、出すだけ”というのは、やや品の良い表現に寄せていて、ふだん小栗の言い方は、さらに強烈だったという。
幕府で抜きんでた才覚を見せる“切れ者”。小栗忠順には、敵も多いと見える。
――その小栗の交渉でも、ロシア船は居座る構えを崩さない。
「どうせ斬り込んでは来るまい…と甘く見られたか。」
古豪・ロシアには、幕府が武力行使に出ることは無いと見透かされた格好だ。
「小栗さま。」
「佐野どのか。残念だが、一旦引くぞ。観光丸を頼む。」
幕府による交渉は功を奏さず、持久戦の様相となった。ロシア側は「対馬藩主・宗義和への謁見」をより強く求めてくるだろう。
「もはや、対馬を公儀(幕府)の直轄とするほかないか。」
ロシアは幕府を相手にせず、現地の対馬藩に圧力をかけ続けている。
――佐野は気づいた。小栗が右拳を強く握り込む様子に。
小栗にとって外交の折衝を行うには、半端な状態なのだ。対馬藩側にも“領地替え”を望む声がある。幕府の直轄とすれば、ロシアも向き合わざるを得ない。
「それに、この差がもどかしい。」
小栗の掌にはアメリカから“近代工業”の象徴として持ち帰ったネジが光る。
よほど悔しかったのか、握り続けた掌にはネジの螺旋(らせん)の跡が浮かぶ。もっと“工業力”が必要だ。それさえあれば、ここまで侮られることは無い。
「…強くなりたいものだ。」
外国奉行・小栗の“独白”を聞く、佐野。伝わる悔しさに、佐賀の殿・鍋島直正が求め続ける“志”を重ねて見ていた。
(続く)