2020年02月22日
第4話「諸国遊学」⑥
こんばんは。
積文館書店・佐賀駅店が3月21日に閉店とのニュースを目にしました。
私のような“佐賀脱藩”にとっては、効率よく資料の選定と購入が出来る貴重な場所でした。
きわめて残念ですが、この書店での衝動買いで得た力は、今後も当ブログで活かしていきます。
では、昨日の続きです。
――殿・鍋島直正の指示により、佐野常民は城下の屋敷に来ている。
やたら覇気のある“ご隠居”に当惑する佐野。
おそらく鍋島家のご一門の方なのだろう…佐野にも察しは付いていた。
「儂のことじゃが、“蘭癖(西洋かぶれ)の隠居”とでも呼んでほしい。」
前・武雄領主の鍋島茂義。この段階では名乗らなかった。
数年前、当時の幕閣に“西洋砲術”の師匠・高島秋帆が捕縛されたことで、門下生である茂義の立場も危うくなった。
武雄領では、茂義と高島の取次役だった家来・平山を処断せざるを得ない状況に追い込まれたのである。
その後、蘭学のネットワーク形成は、なるべく秘密裡に実行していた。
「私たちは、単に“ご隠居”とお呼びしております。」
元・長崎御番の侍だった老人が補足する。
「そうか、そうか…“蘭癖”と言えば、誰だかわかってしまうか。」
茂義は愉快そうに笑った。あまり気性は変わっていない様子だ。

――茂義が話を続ける。佐野が今後関わる“実動部隊”を紹介することにした。
「“蘭学じじい”よ、他の者も紹介せよ。」
元・長崎御番の老人は「蘭学じじい」を自称するうちに、呼び名として定着してしまったらしい。
直正の側近・本島藤太夫。佐野をこの場に誘導した人物である。
“蘭学じじい”が本島について紹介する。
「この本島は、長崎の“天狗”と呼ばれております。私も昔、そう呼ばれました。」
「なぜ“天狗”なのですか?」
最初は戸惑っていたが、次第に好奇心が勝ってくる佐野。
――ここで第1話から登場する勘定方が歩み寄る。
長崎御番と同じく、元・勘定方の隠居の老人である。
「それは、儂から説明しよう!」
「おおっ“倹約じじい”も来ておったか。」
蘭学に関わる集いだと、茂義は楽しそうである。
「長崎の砲台は、殿のご意向もあって、上から資金を攫(さら)って行くからだ!」
“倹約じじい”が説明する。元・勘定方ならではの言いようだ。
「そして、台場の資金でも差配できるよう、蘭学の勘所(かんどころ)を身につけたのが、この男だ!」
――次に紹介されたのは、科学技術のポイントを抑えて、会計を担当できる侍らしい。
名を“田代孫三郎”という。
「儂の期待を込めて、田代を二代目“倹約の鬼”と呼ぶことにした!」
「その呼び名は、何とかなりませぬか…」
いきなり“鬼”呼ばわりされている、田代という侍。
“倹約じじい”に不満の目を向けるが、老人の方は「良い名を付けた」とばかりに大きく頷いている。
――この会合には、なぜか出費を抑制する側の人物まで入り込んでいる。
「お家のために算盤を弾くのも、また忠義であるからな。」
茂義は苦笑していた。
――いわば“コードネーム”が飛び交う。どうやら、この場は“秘密の会合”であるらしい。
後に佐賀藩には多数、研究のための機関(プロジェクトチーム)が組成される。
たとえば、
火術方(かじゅつかた)・・・銃砲や火薬の研究・実践のチーム
鋳立方(いたてかた) ・・・主に鉄製大砲の製造プロジェクト
精錬方(せいれんかた)・・・蒸気機関など理化学の総合研究所
…という具合である。
当時、佐賀では鍋島直正の意向を受け、リーダーとなる家臣たちを通じ、理系、文系、体育会系(?)…を問わず、多数のプロジェクトが進行していた。
特に理系の研究プロジェクトは軍事機密に直結しているため、秘密裡に動いていたと考えられる。
そのためか、佐賀の科学研究は成果物が残っていても、過程(プロセス)を示す資料が失われていることが多い。
佐賀藩の「蘭学の先駆者」であった武雄領の鍋島茂義。
簡単に動けない殿・直正にとって、自在に動ける“ご隠居”の存在は好都合だったと考えられる。
鍋島直正は、武雄温泉の湯を大変好み、しばしば茂義のいる武雄に足を運んでいたという。
(続く)
積文館書店・佐賀駅店が3月21日に閉店とのニュースを目にしました。
私のような“佐賀脱藩”にとっては、効率よく資料の選定と購入が出来る貴重な場所でした。
きわめて残念ですが、この書店での衝動買いで得た力は、今後も当ブログで活かしていきます。
では、昨日の続きです。
――殿・鍋島直正の指示により、佐野常民は城下の屋敷に来ている。
やたら覇気のある“ご隠居”に当惑する佐野。
おそらく鍋島家のご一門の方なのだろう…佐野にも察しは付いていた。
「儂のことじゃが、“蘭癖(西洋かぶれ)の隠居”とでも呼んでほしい。」
前・武雄領主の鍋島茂義。この段階では名乗らなかった。
数年前、当時の幕閣に“西洋砲術”の師匠・高島秋帆が捕縛されたことで、門下生である茂義の立場も危うくなった。
武雄領では、茂義と高島の取次役だった家来・平山を処断せざるを得ない状況に追い込まれたのである。
その後、蘭学のネットワーク形成は、なるべく秘密裡に実行していた。
「私たちは、単に“ご隠居”とお呼びしております。」
元・長崎御番の侍だった老人が補足する。
「そうか、そうか…“蘭癖”と言えば、誰だかわかってしまうか。」
茂義は愉快そうに笑った。あまり気性は変わっていない様子だ。

――茂義が話を続ける。佐野が今後関わる“実動部隊”を紹介することにした。
「“蘭学じじい”よ、他の者も紹介せよ。」
元・長崎御番の老人は「蘭学じじい」を自称するうちに、呼び名として定着してしまったらしい。
直正の側近・本島藤太夫。佐野をこの場に誘導した人物である。
“蘭学じじい”が本島について紹介する。
「この本島は、長崎の“天狗”と呼ばれております。私も昔、そう呼ばれました。」
「なぜ“天狗”なのですか?」
最初は戸惑っていたが、次第に好奇心が勝ってくる佐野。
――ここで第1話から登場する勘定方が歩み寄る。
長崎御番と同じく、元・勘定方の隠居の老人である。
「それは、儂から説明しよう!」
「おおっ“倹約じじい”も来ておったか。」
蘭学に関わる集いだと、茂義は楽しそうである。
「長崎の砲台は、殿のご意向もあって、上から資金を攫(さら)って行くからだ!」
“倹約じじい”が説明する。元・勘定方ならではの言いようだ。
「そして、台場の資金でも差配できるよう、蘭学の勘所(かんどころ)を身につけたのが、この男だ!」
――次に紹介されたのは、科学技術のポイントを抑えて、会計を担当できる侍らしい。
名を“田代孫三郎”という。
「儂の期待を込めて、田代を二代目“倹約の鬼”と呼ぶことにした!」
「その呼び名は、何とかなりませぬか…」
いきなり“鬼”呼ばわりされている、田代という侍。
“倹約じじい”に不満の目を向けるが、老人の方は「良い名を付けた」とばかりに大きく頷いている。
――この会合には、なぜか出費を抑制する側の人物まで入り込んでいる。
「お家のために算盤を弾くのも、また忠義であるからな。」
茂義は苦笑していた。
――いわば“コードネーム”が飛び交う。どうやら、この場は“秘密の会合”であるらしい。
後に佐賀藩には多数、研究のための機関(プロジェクトチーム)が組成される。
たとえば、
火術方(かじゅつかた)・・・銃砲や火薬の研究・実践のチーム
鋳立方(いたてかた) ・・・主に鉄製大砲の製造プロジェクト
精錬方(せいれんかた)・・・蒸気機関など理化学の総合研究所
…という具合である。
当時、佐賀では鍋島直正の意向を受け、リーダーとなる家臣たちを通じ、理系、文系、体育会系(?)…を問わず、多数のプロジェクトが進行していた。
特に理系の研究プロジェクトは軍事機密に直結しているため、秘密裡に動いていたと考えられる。
そのためか、佐賀の科学研究は成果物が残っていても、過程(プロセス)を示す資料が失われていることが多い。
佐賀藩の「蘭学の先駆者」であった武雄領の鍋島茂義。
簡単に動けない殿・直正にとって、自在に動ける“ご隠居”の存在は好都合だったと考えられる。
鍋島直正は、武雄温泉の湯を大変好み、しばしば茂義のいる武雄に足を運んでいたという。
(続く)