2020年10月12日
第14話「遣米使節」⑧(孤高のエンジニア)
こんばんは。
第14話「遣米使節」は、主に幕末期に海外に渡った人物のお話です。長い“鎖国”の時代を経て、彼らが得た西洋の知識は、のちに明治を開く力となります。
――佐賀城下。佐賀藩の理化学研究所である“精錬方”。
ここにも熱く語る青年がいる。名を秀島藤之助という。
「螺旋(らせん)の切り込みを入れた“試作砲”を、ぜひ見たい!」
二代目・儀右衛門(田中久重の養子)が短く返答する。
「いまは忙しい。義父(ちち)の考えた機工を、一刻も早く形に成すのだ!」
「いい加減、義父(ちち)放れしてはどうか。」
「何だって…!?」
明らかに険しい表情をする“二代目”。義父が出張中なのを良いことに、秀島が挑発をしてきた…と受け取った。
――“二代目”にとって、尊敬する初代・儀右衛門(田中久重)の設計は絶対である。
秀島に悪気は無かった。技術者として自身の考えで動けば良い…と言いたかったのだ。
「だから、時が無い!今は“蒸気仕掛け”を急いでおるのだ!」
二代目・儀右衛門が、余計につむじを曲げる。
「少し見聞したいだけだ。手を貸してくれ!」
秀島も、長崎に向かわねばならないが、何とか事前に知識を得たいようだ。

――長崎への出立が遅れていた、翻訳家・石黒寛次が2人の様子を伺う。
「そこに居るんは、秀島さんやないか。まだ残っていたんか。」
石黒が声をかけたが、秀島は“二代目”との議論に集中して気付かない。
「…これは、当分、終わらんな。」
石黒は、たまたま現れた江藤新平と雑談をしていただけだが、この“大論戦”に関係していると勘違いされて、長崎に出る一行から置いていかれたらしい。
「二代目!儂も長崎に向かうで!」
「石黒さん!お気をつけて!」
秀島と一緒に、長崎に行くべきかと考えたが、かなり熱が入っていて難しそうだ。まだ冷静な“二代目”に、声をかけると石黒は一人、長崎への旅路を急ぐ。
――佐賀藩の“精錬方”。いつもの最先端研究のパターンはこうだ。
まず、石黒が洋書を翻訳し、科学者・中村奇輔が理論を解明する。
主に製造を担当するのが、“からくり儀右衛門”父子である。田中久重(初代)が機械を設計し、養子の二代目・儀右衛門が精密部品を加工する。
このメンバー全員をスカウトしてきたのが佐野栄寿(常民)。研究プロジェクトを管理するリーダーである。
――対して、秀島藤之助は、佐賀藩の鉄製大砲の改良を担当する。
秀島とて、新進気鋭の技術者である。しかし、経験値では“精錬方”のメンバーには劣る。孤高の天才と言うべき秀島は、必死で技術情報を収集していた。
「あいつら、大丈夫かな…」
“二代目”儀右衛門と秀島藤之助の議論の行方は気になるが、石黒は、すでに長崎の海軍伝習に向かう集団から出遅れているのだ。

――牛津宿。“西の浪花”(大坂)とまで呼ばれる商人の町。
石黒は、長崎の海軍伝習に向かう“蘭学寮”の若手に追いついた。現代で言えば高校生くらいの男子たちである。ちょっと道草をして、団子など食っていた。
「あ…石黒さま。お取込み中とお見受けし、お声もかけず失礼を。」
石丸虎五郎(安世)。のちに英語の達人になって、日本に電信網を築く人物。
「…我らがご城下を出た時から計ると…かなりの早足でお着きですね。」
中牟田倉之助である。のちに海軍で活躍する。算術が得意だ。
――ほかの若手も反応する「おおっ、精錬方の石黒さまだ」と。
佐賀藩の先端研究を支える“翻訳家”に、どよめく“蘭学寮”の若手たち。
石黒も、賢い若手たちからの反応なので、まんざら悪い気はしない。
「いや…儂など、小屋に籠(こも)って、洋書と“にらめっこ”しとるだけやで。」
「まさか、石黒先生と道中、ご一緒できるとは!」
「色々とご教示ください!」
――何やら楽しい道中で、すっかり気分良く長崎に到着した、石黒。
「佐野!中村~っ!儂も長崎に来たで!」
石黒は長崎の宿舎に着くや、元気よく京都時代からの旧友2人を呼んだ。しかし、2人はすでに不在だった。
「また、どこかに行っちゃっとる…」
このとき、佐野栄寿(常民)と中村奇輔の2人は、石黒の予想だにしない場所に居たのである。
(続く)
第14話「遣米使節」は、主に幕末期に海外に渡った人物のお話です。長い“鎖国”の時代を経て、彼らが得た西洋の知識は、のちに明治を開く力となります。
――佐賀城下。佐賀藩の理化学研究所である“精錬方”。
ここにも熱く語る青年がいる。名を秀島藤之助という。
「螺旋(らせん)の切り込みを入れた“試作砲”を、ぜひ見たい!」
二代目・儀右衛門(田中久重の養子)が短く返答する。
「いまは忙しい。義父(ちち)の考えた機工を、一刻も早く形に成すのだ!」
「いい加減、義父(ちち)放れしてはどうか。」
「何だって…!?」
明らかに険しい表情をする“二代目”。義父が出張中なのを良いことに、秀島が挑発をしてきた…と受け取った。
――“二代目”にとって、尊敬する初代・儀右衛門(田中久重)の設計は絶対である。
秀島に悪気は無かった。技術者として自身の考えで動けば良い…と言いたかったのだ。
「だから、時が無い!今は“蒸気仕掛け”を急いでおるのだ!」
二代目・儀右衛門が、余計につむじを曲げる。
「少し見聞したいだけだ。手を貸してくれ!」
秀島も、長崎に向かわねばならないが、何とか事前に知識を得たいようだ。
――長崎への出立が遅れていた、翻訳家・石黒寛次が2人の様子を伺う。
「そこに居るんは、秀島さんやないか。まだ残っていたんか。」
石黒が声をかけたが、秀島は“二代目”との議論に集中して気付かない。
「…これは、当分、終わらんな。」
石黒は、たまたま現れた江藤新平と雑談をしていただけだが、この“大論戦”に関係していると勘違いされて、長崎に出る一行から置いていかれたらしい。
「二代目!儂も長崎に向かうで!」
「石黒さん!お気をつけて!」
秀島と一緒に、長崎に行くべきかと考えたが、かなり熱が入っていて難しそうだ。まだ冷静な“二代目”に、声をかけると石黒は一人、長崎への旅路を急ぐ。
――佐賀藩の“精錬方”。いつもの最先端研究のパターンはこうだ。
まず、石黒が洋書を翻訳し、科学者・中村奇輔が理論を解明する。
主に製造を担当するのが、“からくり儀右衛門”父子である。田中久重(初代)が機械を設計し、養子の二代目・儀右衛門が精密部品を加工する。
このメンバー全員をスカウトしてきたのが佐野栄寿(常民)。研究プロジェクトを管理するリーダーである。
――対して、秀島藤之助は、佐賀藩の鉄製大砲の改良を担当する。
秀島とて、新進気鋭の技術者である。しかし、経験値では“精錬方”のメンバーには劣る。孤高の天才と言うべき秀島は、必死で技術情報を収集していた。
「あいつら、大丈夫かな…」
“二代目”儀右衛門と秀島藤之助の議論の行方は気になるが、石黒は、すでに長崎の海軍伝習に向かう集団から出遅れているのだ。
――牛津宿。“西の浪花”(大坂)とまで呼ばれる商人の町。
石黒は、長崎の海軍伝習に向かう“蘭学寮”の若手に追いついた。現代で言えば高校生くらいの男子たちである。ちょっと道草をして、団子など食っていた。
「あ…石黒さま。お取込み中とお見受けし、お声もかけず失礼を。」
石丸虎五郎(安世)。のちに英語の達人になって、日本に電信網を築く人物。
「…我らがご城下を出た時から計ると…かなりの早足でお着きですね。」
中牟田倉之助である。のちに海軍で活躍する。算術が得意だ。
――ほかの若手も反応する「おおっ、精錬方の石黒さまだ」と。
佐賀藩の先端研究を支える“翻訳家”に、どよめく“蘭学寮”の若手たち。
石黒も、賢い若手たちからの反応なので、まんざら悪い気はしない。
「いや…儂など、小屋に籠(こも)って、洋書と“にらめっこ”しとるだけやで。」
「まさか、石黒先生と道中、ご一緒できるとは!」
「色々とご教示ください!」
――何やら楽しい道中で、すっかり気分良く長崎に到着した、石黒。
「佐野!中村~っ!儂も長崎に来たで!」
石黒は長崎の宿舎に着くや、元気よく京都時代からの旧友2人を呼んだ。しかし、2人はすでに不在だった。
「また、どこかに行っちゃっとる…」
このとき、佐野栄寿(常民)と中村奇輔の2人は、石黒の予想だにしない場所に居たのである。
(続く)