2020年10月30日

第14話「遣米使節」⑮(水平線の向こうに)

こんばんは。
前回は、強い嵐に翻弄される“咸臨丸”の姿を描きました。
長く続いた第14話の投稿も、今回でラストです。

幕府使節団が乗る“ポーハタン号”の佐賀藩士たちを描きます。“咸臨丸”と出航時点に少し差があるようですが、“ポーハタン号”も暴風雨に遭います。


――ゴーォォッ…、バキバキバキッ!

吠える風破損する船体…

何日も続く大嵐に“ポーハタン号”も、“咸臨丸”と同じ惨状を見せる。

ドシャァァ-ン!

今度は、雷鳴が響いた。
「これは…、随分と厳しいようだ…」

蘭学寮の英才・小出千之助も、長崎での海軍伝習の経験者。操船技術の心得はあるが、アメリカ海軍の船では訓練された水兵の動きに感心するばかりだ。


―― ヘイ!ヘイッ!…己を鼓舞するような、水兵たちのかけ声が響く。

嵐の海原を突っ切れ!」と、蒸気機関を全力で稼働させているのだ。

ガランガラン…

不規則に荒れる波しぶき蒸気船の両舷で“外輪”は回り続ける。

「ゴー、アヘッド!(前へ進むんだ)」
「イエッサー!!(了解)」

ここでも“”を見せる、アメリカ海軍

雨風に煽られ、足元も揺れる。そんな中でも小出は感服していた。
「これが…アメリカとの力の差か…もっと彼らの言葉を学ばねば。」



――どうにか、ハワイ諸島を望む海域まで来た“ポーハタン号”。

船の損傷箇所が多数ある。燃料も使い過ぎており、航海の継続は難しい。

「何とか、生きて(おか)にたどり着けるようですね。」
甲板に上がってきたのは、佐賀藩医川崎道民である。

アメリカ水兵会話を聴き取っていた、小出千之助が言葉を返す。

「おお、川崎どの。随分な嵐だったな。お加減はいかがですか。」
「私は医者ですよ。倒れるわけには参りませぬ。」

失礼した。の具合はどうか。」
「“船酔い”で、気分が悪い者もいますが…に上がれば、心配無いでしょうな。」


――オアフ島の夕暮れ。浜辺から西に広がる水平線を見つめる。

「おおっ、夕陽見事だな。“ビューテイホー・サンセッツ”と言うらしい。」
小出千之助は、地道に英語習得を進めていた。

海上の嵐恐怖から解き放たれ、皆が面白がって夕日に叫ぶ

ビューテイホー!!」
幾人かが声を揃えた。“ポーハタン号”に乗っていた佐賀藩士は、小出川崎を含め7人の名が伝わる。

佐賀の遠かごたぁ~!!」
急に1人が叫んだ。緊張が緩んだのか、まだ“行き道”なのに故郷帰りたい

ば、たしかに持たんね!」
「そうたい!この海佐賀とつながっとるばい!」



――仲間たちが“よそ行き”の言葉ではなく“佐賀ことば”で励ます。

藩医の川崎道民は、その様子を眺めていた。そして「ふーっ」と深呼吸する。
殿には“皆を守る”と約束した。まずは医者である自分がしっかりせねばならぬ。

川崎は「大丈夫だ。海を渡り、使命を果たす。そして…皆で、必ず佐賀に帰る。」と自身に言い聞かせた。


――ほどなく川崎は、佐賀にいる家族に宛てて手紙を書いた。

太平洋の真ん中だが、次にホノルルに寄る“郵便船”で日本には届くはずだ。

ご家族の皆様、息災(お元気)でしょうか。アメリカへの旅は、船出でした。途上の“オアフ島”にて船舶修繕中です。出航も定かではありませぬ。」

「…しかし、佐賀の者たちは皆、気丈に振る舞っています。心強い限りです。」


――今度、が来たら船は持ちこたえるのだろうか。

そして、アメリカには無事たどり着けるのか。

気丈に振る舞っている”のは、川崎道民も同じだった。日本近代化のための“洋行”の先駆けは、命懸け旅路でもあった。


(第15話「江戸動乱」に続く)

  


Posted by SR at 22:19 | Comments(0) | 第14話「遣米使節」