2021年02月11日

第15話「江戸動乱」⑫(その船、電流丸)

こんばんは。
幕末、1858年(安政5年)頃。京都は「安政の大獄」の探索物騒な雰囲気。佐賀の話に戻ると、“本編”を書く私までホッとするところがあります。


――季節は秋。佐賀の殿様・鍋島直正は長崎に居た。

「いよいよじゃな。」
殿直正心待ちにしていたものが到着する日

「はっ!間もなく“ナガサキ号”が入港します。」
佐賀鉄製大砲”を製作した、側近・本島藤太夫が答える。

本島40代半ばだが、長崎海軍伝習所若い藩士たちとともに学ぶ。この日は、長崎の高台から“その船”を待っていた。

第15話「江戸動乱」⑫(その船、電流丸)

――長崎港の入口に、一隻の蒸気船(黒船)の船影が現れる。

「おおっ!あの船か!!」
直正が、少年のように目を輝かせた。

ボッ……

まるで殿直正が見ていると意識して、“黒船”が返事をしたかのようだ。

「これは良き船であるな!本島。早う近くで見たいぞ!」
「はい、この本島も嬉しゅうございます!」


――どう見ても、はしゃいでいる、殿様と家臣。

に近づけば、もう居てもたってもいられない。
本島…!参るぞ。も続け!」

「ははっ。皆の者、これより“御船”に向かうぞ。」
殿直正を護衛する、侍の幾人かが急ぎ足で後を追う。

岸壁から見る“ナガサキ号”と呼ばれた黒船甲板には、オランダ人艦長と思しき人物。傍らでは、赤毛若い女性が手を振る。


――オランダ製の蒸気船、仮称は“ナガサキ”号。

最新のスクリュー推進式だ。佐賀藩は、オランダよりこの艦船を購入した。
陶磁器ハゼ蝋(ろう)・製茶などの殖産興業で、資金力を蓄えた成果である。

ほどなくに乗り込み、甲板に上がる殿直正。当時、最も“黒船”に慣れた大名と言ってよいだろう。蒸気船に乗ることに、全く躊躇(ちゅうちょ)がない。

船の甲板から周囲を見回す。張り巡らされたロープ天を覆う蒸気機関には、馬百頭分の力があるという。直正は、いま一度、腹の底から声を出した。

良き船じゃ!!」

第15話「江戸動乱」⑫(その船、電流丸)

――佐賀藩士には、オランダ語の遣い手が多いが…

通訳に頼るだけでなく、いつも直接オランダ人に話しかける殿直正
変わった大名であるが、異文化コミュニケーションには、勢いも大事のようだ。

「これでは…、翼を得たかのようじゃ。飛び立つように嬉しいぞ!!」
ついに獲得できた、佐賀藩が所有する蒸気船(黒船)。

オランダ艦長にも“肥前サマ”(直正)の喜びが伝わる。
長イ航海で、オ届ケスル甲斐が有リマシタ…」


――艦長も満面の笑み。その隣、赤毛の女性は、艦長の妻である。

「ほう…のような。そして、不思議なる髪色じゃ…」

肥前サマ”の大注目に、サービス精神を発揮した艦長の妻
赤毛美しい髪クルクルとほどいて見せる。

当時、直正が関わるような日本女性を油でまとめている。サラサラとした西洋美人も、異文化の香りなのだ。
「この者も、また美しい興味深いのう!!」


――今日は至って、上機嫌な直正である。

蒸気船ならば、佐賀藩大砲を積み、運用できる。異国に怯えてばかりいなくても良い。一方で、欧米列強実力も見極めず「攘夷」を叫ぶのは危険に過ぎる。

「…殿。“次を如何(いかが)するか”をお考えでございますな。」
「さすがは本島察しが良いことだ。」

このとき殿鍋島直正は、また真剣面持ちに戻っていた。


――この蒸気船は、“電流丸”と名付けられた。

当時の日本では希少な、最新蒸気船の一隻。この船をどう用いるか…そして、佐賀がどう動くか。それは国の未来に関わっていた。


(続く)

〔参照記事〕
〇発注時点の話(終盤)
第11話「蝦夷探検」①(殿、蒸気船に乗る)
〇同時期の話(終盤)
第12話「海軍伝習」⑩-2(負けんばい!・後編)




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Posted by SR at 21:57 | Comments(0) | 第15話「江戸動乱」
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