2021年02月07日
第15話「江戸動乱」⑪(親心に似たるもの)
こんばんは。
のちの明治初期。近代国家・日本の外交を担う副島種臣(枝吉次郎)。幕末の、この頃は偉大な兄・枝吉神陽にも認められたくて、駆け回っているところです。
――佐賀城・本丸御殿。殿・鍋島直正は、副島の出兵要請を退けた。
しかも謹慎まで命じられた。去りゆく副島の後ろ姿。落胆の色が隠せない。
傍に控えていた、保守派・原田小四郎が殿・直正に意見する。
「わざわざ殿から、あのような申し渡しをなされずとも良いと存じる!」
「…何じゃ。原田としては、不服はあるまい。」
殿・直正は不満げである。保守派には、文句の無い判断のはず。軽々に政局に関わっては危うい。ましてや誘い出されるように、京に出兵するなど論外だ。
――原田の想いは、別のところにあった。
「こういった申し渡しは、拙者の役回りにござる!」
原田は「殿自ら、家来を失望させる必要はない」と言いたい様子だ。憎まれ役は、自分が引き受けるという気構えである。
「おお、そうか。これは恐れ入った。」
これも原田なりの真心だ。険しい表情が解けた、直正。
「次郎よ…すまぬな。いまの京に、我が家来を送りたくは無いのじゃ…」
また、直正が眉間をしかめる。京都のある方角、遥か東の空を見つめている。

――殿・鍋島直正は、極秘の情報収集を行っていた。
ほんの少し前、長崎から蒸気船・観光丸で薩摩(鹿児島)に寄港した、殿・直正。
その時は薩摩藩主・島津斉彬と密談した。薩摩から京都へ数千の兵を率い、出陣する計画があるようだ。目的は、幕府と大老・井伊直弼に対する牽制。
朝廷の許し無く条約締結を断行すれば、抗議する。そして一橋慶喜を次期将軍に推す“一橋派”の復権を狙う。
一方で、佐賀藩主・直正には、井伊直弼の外交方針「武備開国」(まず開国し、武装を整える)への異論はない。欧米列強は、すでに牙を剥いているのだ。
――まずは速やかに開国し、争いを避けるのもやむを得ない。
西洋の技術も取り入れ、佐賀はもっと強くならねば。長崎港、そして、西方の海を守ることは佐賀にしかできない役割である。
直正が緊張感を持つ相手は、常に海外なのだ。将軍の後継選びで国内の政治闘争に加わっている場合ではない。
「薩摩守さま、あまり手荒な真似はなさいませぬよう。」
「鍋島肥前、そう怖い顔をするな…異国に付け入る隙など与えぬ。」
島津斉彬と鍋島直正。母方のいとこ同士、二人の名君。最後の対話となった。
直正が佐賀に帰ってから、しばらく後。薩摩から京都への出兵を準備していた、島津斉彬は急死したのである。
――そして、京の都には“渦”が巻き起こっていた。
「なんや…お主らは!?」
“佐賀からの出兵”で副島と相談をした公家・伊丹重賢が声を上げる。
京の宵闇から現れた、眼前の侍たちへの問いかけだ。
「我ら彦根から参りました。“御用”の者でござる。」
井伊直弼の配下・彦根(滋賀)の藩士である。京都を守護する任務があった。
「伊丹さま、彦根まで同行願いましょうか。」
「控えよ!無礼やないか!!」
袖を振って抗う伊丹。その両脇を、二人の屈強な彦根藩士が抱え込んだ。
(続く)
〔参照記事〕
第14話「遣米使節」⑩(秘密の航海)
第14話「遣米使節」⑪(名君たちの“約束”)
のちの明治初期。近代国家・日本の外交を担う副島種臣(枝吉次郎)。幕末の、この頃は偉大な兄・枝吉神陽にも認められたくて、駆け回っているところです。
――佐賀城・本丸御殿。殿・鍋島直正は、副島の出兵要請を退けた。
しかも謹慎まで命じられた。去りゆく副島の後ろ姿。落胆の色が隠せない。
傍に控えていた、保守派・原田小四郎が殿・直正に意見する。
「わざわざ殿から、あのような申し渡しをなされずとも良いと存じる!」
「…何じゃ。原田としては、不服はあるまい。」
殿・直正は不満げである。保守派には、文句の無い判断のはず。軽々に政局に関わっては危うい。ましてや誘い出されるように、京に出兵するなど論外だ。
――原田の想いは、別のところにあった。
「こういった申し渡しは、拙者の役回りにござる!」
原田は「殿自ら、家来を失望させる必要はない」と言いたい様子だ。憎まれ役は、自分が引き受けるという気構えである。
「おお、そうか。これは恐れ入った。」
これも原田なりの真心だ。険しい表情が解けた、直正。
「次郎よ…すまぬな。いまの京に、我が家来を送りたくは無いのじゃ…」
また、直正が眉間をしかめる。京都のある方角、遥か東の空を見つめている。
――殿・鍋島直正は、極秘の情報収集を行っていた。
ほんの少し前、長崎から蒸気船・観光丸で薩摩(鹿児島)に寄港した、殿・直正。
その時は薩摩藩主・島津斉彬と密談した。薩摩から京都へ数千の兵を率い、出陣する計画があるようだ。目的は、幕府と大老・井伊直弼に対する牽制。
朝廷の許し無く条約締結を断行すれば、抗議する。そして一橋慶喜を次期将軍に推す“一橋派”の復権を狙う。
一方で、佐賀藩主・直正には、井伊直弼の外交方針「武備開国」(まず開国し、武装を整える)への異論はない。欧米列強は、すでに牙を剥いているのだ。
――まずは速やかに開国し、争いを避けるのもやむを得ない。
西洋の技術も取り入れ、佐賀はもっと強くならねば。長崎港、そして、西方の海を守ることは佐賀にしかできない役割である。
直正が緊張感を持つ相手は、常に海外なのだ。将軍の後継選びで国内の政治闘争に加わっている場合ではない。
「薩摩守さま、あまり手荒な真似はなさいませぬよう。」
「鍋島肥前、そう怖い顔をするな…異国に付け入る隙など与えぬ。」
島津斉彬と鍋島直正。母方のいとこ同士、二人の名君。最後の対話となった。
直正が佐賀に帰ってから、しばらく後。薩摩から京都への出兵を準備していた、島津斉彬は急死したのである。
――そして、京の都には“渦”が巻き起こっていた。
「なんや…お主らは!?」
“佐賀からの出兵”で副島と相談をした公家・伊丹重賢が声を上げる。
京の宵闇から現れた、眼前の侍たちへの問いかけだ。
「我ら彦根から参りました。“御用”の者でござる。」
井伊直弼の配下・彦根(滋賀)の藩士である。京都を守護する任務があった。
「伊丹さま、彦根まで同行願いましょうか。」
「控えよ!無礼やないか!!」
袖を振って抗う伊丹。その両脇を、二人の屈強な彦根藩士が抱え込んだ。
(続く)
〔参照記事〕
Posted by SR at 17:33 | Comments(0) | 第15話「江戸動乱」
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