2021年02月13日
第15話「江戸動乱」⑬(海に駆ける)
こんばんは。前回の続きです。
殿・鍋島直正が待ち望んだ蒸気船が長崎に到着。ついに佐賀藩は、蒸気船(黒船※)を保有することになりました。
あらためて“電流丸”と名付けられた蒸気船。幕末期に、日本の海を駆けます。
――1859年(安政6年)春。小倉(福岡)の沖合。
「帆ば、畳(たた)まんね!」
「汽走に切り換えじゃ!!」
甲板上で慌ただしく動き回る、佐賀藩士たち。
長崎の海軍伝習で訓練は積んだが、まだ余裕はない印象だ。しかし、乗務する藩士たちからは、誇らしげな笑みがこぼれる。

――蒸気船(黒船)を運用する、佐賀藩士。
“黒船”に乗せてもらうのではない、自ら動かすのだ。関門海峡を抜け、瀬戸内に向かう手前で、蒸気機関を起動する。
「何やら、楽しかですね!」
「畏(おそ)れ多くも、殿の御前ったい!気ば引き締めんね!」
ボーッ…
忙しく乗員たちがロープを曳いて帆を畳む。ほどなく“電流丸”は、汽走に入る。
ゴゴ…ゴゴッ…
海面の下ではスクリューが回転を始め、白波がザワザワと泡立つ。
――“電流丸”は、力強く煙を吐き、海峡を行く。
甲板上。潮風を受けながら、殿・直正が側近・古川与一(松根)と並んで話す。
「海は良いのう。与一よ!ようやっと、ここまで来たな!」
幼少期から直正と育った世話係・古川。
言葉を返そうと、殿の顔を伺う…あらためて考え事の様子だ。
「…船団を組まねばならぬ。良き港も要るな。」
「港…何処(いずこ)にお考えでございますかな?」
佐賀藩は海に面するが、南の有明海は遠浅で干満差が大きく、扱いは難しい。北の伊万里は陶磁器の積出港として賑わうが、佐賀城との連絡に適さない。
――ここは“幼なじみ”の古川にも、予期せぬ回答があった。
「天草(熊本)に、“蒸気船”の港が欲しいのう。」
「…天草は、“御領”(幕府領)ではありませぬか!?」
「そうじゃ!それを江戸で談判する。」
“電流丸”での参勤交代に不都合は無いようだ。試験運用は上々の出来だ。あとは通常の大名行列で、東海道から江戸に入る。

――外海に開かれた港で、異国船に目を光らせる。
殿・鍋島直正がこの“想い”を届けたい相手は、大老・井伊直弼である。
江戸に到着した直正。ほどなく、井伊が住まう彦根藩邸に招かれた。
「いかがであったか?“黒船”での参勤は。」
他の大名ではめったにお目にかかれない、上機嫌な井伊大老だ。
「“蒸気船”は良きものにござるぞ!井伊さまも、いかがか!」
殿・直正による「“黒船参勤”のススメ」である。
「はっはっは…そのような事を為すのは、鍋島ぐらいなものだ。」
――井伊は、何やら久しぶりに笑ったようだ。
西洋列強の圧力、朝廷や諸侯の批判が一身に集まる。井伊は開国を断行し、次期将軍を紀伊の徳川慶福(家茂)に定めた。大老に心の休まる暇など無い。
「申したき儀(用件)なれば、遠慮は無用。鍋島肥前の言なれば、しかと聞こう。」
多忙を極める井伊直弼だが、佐賀の殿様には真っ直ぐに目を向ける。
誰と手を結び、どう幕府を動揺させるか…最近では権謀術数ばかりを見る。一方で、鍋島は違う。他藩とつるむどころか、幕府に寄りかかる様子も無い。
――「誰に頼らずとも西の海くらいは、自力で守って見せる。」
井伊の視線に応える、直正の目がそう語っていた。
「肥後の天草を…、佐賀が借り受けたい。」
幕府の治める肥後(熊本)の天草地方に、佐賀藩の「海軍基地」を作る。まず異国船が往来する“日本の表玄関”・長崎の周辺に、鉄壁の守りを敷くのだ。
無計画に“攘夷”を叫ぶのは、実際に異国と向き合う佐賀藩にとって絵空事だ。直正は、並みの大名では思いも及ばない計画を切り出した。
(続く)
※“黒船”という呼び名は西洋船の船体の色に由来し、江戸初期からの表現だそうです。そのため、西洋の“帆船”も「黒船」と呼ばれたと思われますが、幕末のドラマによくあるように、作中人物のセリフで「黒船」が“蒸気船”を指している場合があります。
殿・鍋島直正が待ち望んだ蒸気船が長崎に到着。ついに佐賀藩は、蒸気船(黒船※)を保有することになりました。
あらためて“電流丸”と名付けられた蒸気船。幕末期に、日本の海を駆けます。
――1859年(安政6年)春。小倉(福岡)の沖合。
「帆ば、畳(たた)まんね!」
「汽走に切り換えじゃ!!」
甲板上で慌ただしく動き回る、佐賀藩士たち。
長崎の海軍伝習で訓練は積んだが、まだ余裕はない印象だ。しかし、乗務する藩士たちからは、誇らしげな笑みがこぼれる。
――蒸気船(黒船)を運用する、佐賀藩士。
“黒船”に乗せてもらうのではない、自ら動かすのだ。関門海峡を抜け、瀬戸内に向かう手前で、蒸気機関を起動する。
「何やら、楽しかですね!」
「畏(おそ)れ多くも、殿の御前ったい!気ば引き締めんね!」
ボーッ…
忙しく乗員たちがロープを曳いて帆を畳む。ほどなく“電流丸”は、汽走に入る。
ゴゴ…ゴゴッ…
海面の下ではスクリューが回転を始め、白波がザワザワと泡立つ。
――“電流丸”は、力強く煙を吐き、海峡を行く。
甲板上。潮風を受けながら、殿・直正が側近・古川与一(松根)と並んで話す。
「海は良いのう。与一よ!ようやっと、ここまで来たな!」
幼少期から直正と育った世話係・古川。
言葉を返そうと、殿の顔を伺う…あらためて考え事の様子だ。
「…船団を組まねばならぬ。良き港も要るな。」
「港…何処(いずこ)にお考えでございますかな?」
佐賀藩は海に面するが、南の有明海は遠浅で干満差が大きく、扱いは難しい。北の伊万里は陶磁器の積出港として賑わうが、佐賀城との連絡に適さない。
――ここは“幼なじみ”の古川にも、予期せぬ回答があった。
「天草(熊本)に、“蒸気船”の港が欲しいのう。」
「…天草は、“御領”(幕府領)ではありませぬか!?」
「そうじゃ!それを江戸で談判する。」
“電流丸”での参勤交代に不都合は無いようだ。試験運用は上々の出来だ。あとは通常の大名行列で、東海道から江戸に入る。
――外海に開かれた港で、異国船に目を光らせる。
殿・鍋島直正がこの“想い”を届けたい相手は、大老・井伊直弼である。
江戸に到着した直正。ほどなく、井伊が住まう彦根藩邸に招かれた。
「いかがであったか?“黒船”での参勤は。」
他の大名ではめったにお目にかかれない、上機嫌な井伊大老だ。
「“蒸気船”は良きものにござるぞ!井伊さまも、いかがか!」
殿・直正による「“黒船参勤”のススメ」である。
「はっはっは…そのような事を為すのは、鍋島ぐらいなものだ。」
――井伊は、何やら久しぶりに笑ったようだ。
西洋列強の圧力、朝廷や諸侯の批判が一身に集まる。井伊は開国を断行し、次期将軍を紀伊の徳川慶福(家茂)に定めた。大老に心の休まる暇など無い。
「申したき儀(用件)なれば、遠慮は無用。鍋島肥前の言なれば、しかと聞こう。」
多忙を極める井伊直弼だが、佐賀の殿様には真っ直ぐに目を向ける。
誰と手を結び、どう幕府を動揺させるか…最近では権謀術数ばかりを見る。一方で、鍋島は違う。他藩とつるむどころか、幕府に寄りかかる様子も無い。
――「誰に頼らずとも西の海くらいは、自力で守って見せる。」
井伊の視線に応える、直正の目がそう語っていた。
「肥後の天草を…、佐賀が借り受けたい。」
幕府の治める肥後(熊本)の天草地方に、佐賀藩の「海軍基地」を作る。まず異国船が往来する“日本の表玄関”・長崎の周辺に、鉄壁の守りを敷くのだ。
無計画に“攘夷”を叫ぶのは、実際に異国と向き合う佐賀藩にとって絵空事だ。直正は、並みの大名では思いも及ばない計画を切り出した。
(続く)
※“黒船”という呼び名は西洋船の船体の色に由来し、江戸初期からの表現だそうです。そのため、西洋の“帆船”も「黒船」と呼ばれたと思われますが、幕末のドラマによくあるように、作中人物のセリフで「黒船」が“蒸気船”を指している場合があります。
Posted by SR at 22:03 | Comments(0) | 第15話「江戸動乱」
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。