2021年12月21日
第17話「佐賀脱藩」⑫(陽だまりの下で)
こんばんは。前回の続きです。
大都市・江戸での生活を続ける親友・中野方蔵に対して、佐賀から出る予定のない江藤新平。
この頃、江藤の家は、佐賀城下の武家屋敷街の一角。藩の役人として、それなりの住まいに移っていたそうです。
親しい大木喬任や中野方蔵に比べても家格が低く、長年、貧乏暮らしでしたが、脱却を果たした感がありました。
――ある冬の日。江藤家の屋敷。
幾分、寒さが和らぎ、陽だまりの心地がする日。
江藤は、長男・熊太郎を抱きかかえていた。
「よし、熊太郎。そろそろ漢詩を教えようか。」
「新平さま。まだ熊太郎は、赤子ですよ。」
「…しかし。千代子どの。」
「さすがに漢詩は、早うございますよ。」
「鉄は熱いうちに打てと申すが。」
「貴方さまのお子ですよ。ご心配なさらずとも、賢くなります。」

――江藤夫婦の長男・熊太郎は数え年で2つ(満1歳)になる。
「それと“千代子どの”はやめてくださいませ。よそよそしいです。」
「お主も“新平さま”と呼んでおるではないか。お互い様だ。」
…コホンと、江藤の父・助右衛門の咳払いが響く。
「昼日中から、仲の良さそうなことだな。」
「よし、熊太郎には、儂から“一節”聞かせてやろう。」
「赤子に“浄瑠璃”(じょうるり)も、早うございます。」
ここは、江藤の母・浅子から、父・助右衛門に鋭い指摘が入る。
――とりあえず熊太郎が、ぐずっている。
「…しかしだな、浅子。」
何だか納得していない助右衛門。
「はいはい~、熊太郎くん。“叔父上”でちゅよ。」
そこで、横にいた若い男が、熊太郎を受け取ると、あやしはじめた。
「おおっ、源作!赤子のあやし方がうまいな。」
「旦那さまと、新平が下手すぎるのでございます。」
…江藤の父と母、まったく違う角度からの反応である。
「ははっ、父上や兄者と比べれば上手かですよ。」
その若い男は、江藤の弟・源作。

――軽く、調子の良い反応をした。兄ほどの堅物では無いようだ。
「よし、源作。儂も、熊太郎をあやしてみせるぞ。」
何やら強い決意を見せる、江藤の父・助右衛門。
「やーらしか(可愛い)、熊太郎。“じーじー”でちゅよ。」
「…さすがの江藤助右衛門も、初孫には弱かね…。」
鋭い才覚を持っていたが、信念を曲げず、よく上役と激突したという江藤の父・助右衛門。もはや、ただの孫大好きのおじいちゃんになっている。
――キャッキャッと上機嫌な、熊太郎。
「源作。大したものだな。感心したぞ。」
「…兄上。そがん感じ入らずとも、よかです…。」
父・助右衛門がお役目を解かれたため、江藤の少年期はかなりの貧乏だったが、父も役人に復帰。江藤自身も佐賀藩の貿易部門への転属が決まる。
藩の産業に関わる有意義な仕事に就くこととなり、佐賀城下で、相応の屋敷にも入った。長男・熊太郎も、まずまず健やかに育っている。
――だが、江藤の妻・千代子には胸騒ぎがあった。
寒い冬の中、陽だまりに包まれたような一日。こんな幸せがずっと続いてほしい。しかし、いとこだった千代子にも、卓越した江藤の才能は見えていた。
この人は、いつかは“時代”に必要とされ“大事”に関わることになるのだろう。そして、いま談笑する江藤家の人々は、皆、その覚悟を秘めているのだと。
(続く)
大都市・江戸での生活を続ける親友・中野方蔵に対して、佐賀から出る予定のない江藤新平。
この頃、江藤の家は、佐賀城下の武家屋敷街の一角。藩の役人として、それなりの住まいに移っていたそうです。
親しい大木喬任や中野方蔵に比べても家格が低く、長年、貧乏暮らしでしたが、脱却を果たした感がありました。
――ある冬の日。江藤家の屋敷。
幾分、寒さが和らぎ、陽だまりの心地がする日。
江藤は、長男・熊太郎を抱きかかえていた。
「よし、熊太郎。そろそろ漢詩を教えようか。」
「新平さま。まだ熊太郎は、赤子ですよ。」
「…しかし。千代子どの。」
「さすがに漢詩は、早うございますよ。」
「鉄は熱いうちに打てと申すが。」
「貴方さまのお子ですよ。ご心配なさらずとも、賢くなります。」
――江藤夫婦の長男・熊太郎は数え年で2つ(満1歳)になる。
「それと“千代子どの”はやめてくださいませ。よそよそしいです。」
「お主も“新平さま”と呼んでおるではないか。お互い様だ。」
…コホンと、江藤の父・助右衛門の咳払いが響く。
「昼日中から、仲の良さそうなことだな。」
「よし、熊太郎には、儂から“一節”聞かせてやろう。」
「赤子に“浄瑠璃”(じょうるり)も、早うございます。」
ここは、江藤の母・浅子から、父・助右衛門に鋭い指摘が入る。
――とりあえず熊太郎が、ぐずっている。
「…しかしだな、浅子。」
何だか納得していない助右衛門。
「はいはい~、熊太郎くん。“叔父上”でちゅよ。」
そこで、横にいた若い男が、熊太郎を受け取ると、あやしはじめた。
「おおっ、源作!赤子のあやし方がうまいな。」
「旦那さまと、新平が下手すぎるのでございます。」
…江藤の父と母、まったく違う角度からの反応である。
「ははっ、父上や兄者と比べれば上手かですよ。」
その若い男は、江藤の弟・源作。
――軽く、調子の良い反応をした。兄ほどの堅物では無いようだ。
「よし、源作。儂も、熊太郎をあやしてみせるぞ。」
何やら強い決意を見せる、江藤の父・助右衛門。
「やーらしか(可愛い)、熊太郎。“じーじー”でちゅよ。」
「…さすがの江藤助右衛門も、初孫には弱かね…。」
鋭い才覚を持っていたが、信念を曲げず、よく上役と激突したという江藤の父・助右衛門。もはや、ただの孫大好きのおじいちゃんになっている。
――キャッキャッと上機嫌な、熊太郎。
「源作。大したものだな。感心したぞ。」
「…兄上。そがん感じ入らずとも、よかです…。」
父・助右衛門がお役目を解かれたため、江藤の少年期はかなりの貧乏だったが、父も役人に復帰。江藤自身も佐賀藩の貿易部門への転属が決まる。
藩の産業に関わる有意義な仕事に就くこととなり、佐賀城下で、相応の屋敷にも入った。長男・熊太郎も、まずまず健やかに育っている。
――だが、江藤の妻・千代子には胸騒ぎがあった。
寒い冬の中、陽だまりに包まれたような一日。こんな幸せがずっと続いてほしい。しかし、いとこだった千代子にも、卓越した江藤の才能は見えていた。
この人は、いつかは“時代”に必要とされ“大事”に関わることになるのだろう。そして、いま談笑する江藤家の人々は、皆、その覚悟を秘めているのだと。
(続く)