2023年06月07日
第19話「閑叟上洛」⑭(急ぐ理由と、動けぬ事情)
こんばんは。
前回、文久二年(1862年)に起き、幕末の展開に強く影響した“生麦事件”について記載しました。事件に関わる話も続きますが、まずは佐賀の話です。
季節は秋へと移ろい、夏の間に脱藩者として京で活動した江藤新平は一路、佐賀を目指しています。
江藤には急ぐ理由もあり、佐賀の大殿・鍋島直正(閑叟)が京に出立すれば、知り得た情報を伝えたくても、行き違いになる可能性があったのです。

――京・伏見から、摂津国(大阪・兵庫)の街道を西に急ぐ。
江藤は、まっすぐ前を見据えて進む。速足には急いた気持ちが乗っている。
「海路を使わんばならんか…。」
京の都での江藤は、有力公家の元に居たため、思いのほか待遇が良かった。一時は秘書のような役回りも務め、帝に奏上する書面の作成まで行っている。
〔参照:第18話「京都見聞」⑳(公卿の評判)〕
旅立つ前に、同志の大木民平(喬任)が用立てた旅費は費消したが、先ほどの事情で、清貧を絵に描いたような江藤にも、いつになく手元の資金はある。
「…時が惜しか。大木さん、すぐに戻るゆえ、頼んだぞ。」
たびたび送った手紙で、大木たちには状況は伝えている。佐賀に戻ったのちに道が開けているかは、その同志たちの動きにかかっていた。
――その頃、佐賀城内。本丸御殿にて
先ほどの江藤は、全力で佐賀への帰路を駆けるが、その地元には慌ただしい動きが見られない。

一人の佐賀藩士が、取り次ぎ役の侍と話している。
「佐野栄寿左衛門、お召しにより参上つかまつりました。」
「…うむ、大殿に様子をうかがうゆえ、しばし待て。」
「はっ。」
取り次ぎの侍は事務的に言葉を返すが、佐野は丁寧に応じている。
大殿・鍋島直正(閑叟)に呼ばれたのだが、都合あってか待たされる様子だ。佐野栄寿(常民)は、理化学の技術開発や、近代的な海軍の構築に忙しい。
「よし、閑叟さまはお会いになる。入れ。」
――佐野は怪訝に思った。どうも、“取り次ぎ役”の反応がおかしい。
「お呼び出しのあったけん、お目通りできるのは当然ではなかね…?」
城からの御用であれば、藩の研究機関・精錬方か、もしくは三重津海軍所の様子伺いであろうか。

いまの直正は“前藩主”である。藩主は子の直大(公式な名は、茂実)に譲り、儀礼的な仕事からは解放されて、以前より自由に動ける立場となった。
蒸気船の製造であれば、大殿に言上したいこともある。佐野栄寿(常民)としては、鍋島直正(閑叟)の期待には応えていきたいのだ。
――そして、なぜか奥の間に案内される。
「佐野、久しいのぅ。」
「…殿、いや大殿。どがん(いかが)なさいましたか。」
「やはり、お主にはわかるようだな。」
「ご無礼の段、ご容赦を。大殿は、お顔色が優れんと見えます。」
「ふふ…”医者”の目は、ごまかせぬと言うことか。」
佐野はもともと医学の修業をした身で、大坂(大阪)の適塾などでも学んできた。直正の持病だという、胃腸の不調が出ているかと察していた。
〔参照:第7話「尊王義祭」⑩〕

――佐野は、直正(閑叟)を見て、すぐに気付いた。
明らかに体調を崩していることぐらいは、医学の心得が無くてもわかりそうだ。
幕府に積極的な動きの無い時期から、長崎警備で異国と対峙し、気苦労が耐えなかった佐賀藩の大殿。
以前も病がちになる事があったが、今回は姿勢や顔色から、一目でわかるほどの体調の悪さがうかがえる。
「…佐野、いかがした。そういう、お主の顔色も良くないぞ。」
普段より、直正(閑叟)の声が弱々しく感じる。胸痛も出ているのかもしれない。
――向かい合う佐野も、顔色が悪いと言われている。
こちらは、おそらくは働き過ぎであるが、それが原因とは言いたくない。佐賀藩の技術者にとって、近代化への研究開発は“戦”なのである。
「単に…飲み過ぎのごたです。」
「ならば良い。無理をさせておるのも、余(よ)であるが、身体は厭えよ。」
瘦せ我慢をしている風の佐野を、顔色の良くない直正が気遣った。

――こうして”病的”な印象で進む主従の対話であるが、
ここで、佐野がとっておきの話題を出した。
「良か話をしますけん。お聞きください。」
「何じゃ。期待して良いか。」
「蒸気船の件にございます。」
「…ほう、蒸気船か。良き話だ。」
――直正(閑叟)の表情が、パッと明るくなった。
西洋列強の技術力に届くためには、是非とも実用化したい蒸気機関。
「有明の海を速やかに動ける船なれば、年明けには建造にかかれます。」

そう語る佐野の顔色も明るい。佐賀藩の技術力は、蒸気罐(ボイラー)の修繕ができる程度には高まっている。小型の蒸気船ならば、製作は可能な水準だ。
「そうか。お主を呼んでよかった。余も踏ん張らねばならぬ。」
一瞬、張りのある声とともに気合で立ち上がる、ご隠居・鍋島閑叟(直正)。
「…大殿。胸痛がございますね。よく眠れんことはなかですか。」
佐野が、“医者の見立て”を述べる。
ここは直正(閑叟)は苦笑したまま、言葉を返さない。京の都へ発てない事情は、直正の体調不良だった。やはり、元・医者の佐野には見えてしまうようだ。

――摂津の港。早くも瀬戸内の海に向かって立つ、江藤新平。
「急がんばならん!」
ここは、資金を出し渋っている場合ではない。少しでも早く、まずは九州まで、たどり着く方法を取らねばならないのだ。
京の情勢をありったけ見聞した江藤だが、まさか鍋島直正(閑叟)の健康の状態で、京への出発が延期になった動けぬ事情は知るよしもない。
そして、江藤を連れ戻すため、藩の命令を受けた父の助右衛門が、佐賀から出立しようとしていた時期でもあった。
(続く)
前回、文久二年(1862年)に起き、幕末の展開に強く影響した“生麦事件”について記載しました。事件に関わる話も続きますが、まずは佐賀の話です。
季節は秋へと移ろい、夏の間に脱藩者として京で活動した江藤新平は一路、佐賀を目指しています。
江藤には急ぐ理由もあり、佐賀の大殿・鍋島直正(閑叟)が京に出立すれば、知り得た情報を伝えたくても、行き違いになる可能性があったのです。
――京・伏見から、摂津国(大阪・兵庫)の街道を西に急ぐ。
江藤は、まっすぐ前を見据えて進む。速足には急いた気持ちが乗っている。
「海路を使わんばならんか…。」
京の都での江藤は、有力公家の元に居たため、思いのほか待遇が良かった。一時は秘書のような役回りも務め、帝に奏上する書面の作成まで行っている。
〔参照:
旅立つ前に、同志の大木民平(喬任)が用立てた旅費は費消したが、先ほどの事情で、清貧を絵に描いたような江藤にも、いつになく手元の資金はある。
「…時が惜しか。大木さん、すぐに戻るゆえ、頼んだぞ。」
たびたび送った手紙で、大木たちには状況は伝えている。佐賀に戻ったのちに道が開けているかは、その同志たちの動きにかかっていた。
――その頃、佐賀城内。本丸御殿にて
先ほどの江藤は、全力で佐賀への帰路を駆けるが、その地元には慌ただしい動きが見られない。
一人の佐賀藩士が、取り次ぎ役の侍と話している。
「佐野栄寿左衛門、お召しにより参上つかまつりました。」
「…うむ、大殿に様子をうかがうゆえ、しばし待て。」
「はっ。」
取り次ぎの侍は事務的に言葉を返すが、佐野は丁寧に応じている。
大殿・鍋島直正(閑叟)に呼ばれたのだが、都合あってか待たされる様子だ。佐野栄寿(常民)は、理化学の技術開発や、近代的な海軍の構築に忙しい。
「よし、閑叟さまはお会いになる。入れ。」
――佐野は怪訝に思った。どうも、“取り次ぎ役”の反応がおかしい。
「お呼び出しのあったけん、お目通りできるのは当然ではなかね…?」
城からの御用であれば、藩の研究機関・精錬方か、もしくは三重津海軍所の様子伺いであろうか。
いまの直正は“前藩主”である。藩主は子の直大(公式な名は、茂実)に譲り、儀礼的な仕事からは解放されて、以前より自由に動ける立場となった。
蒸気船の製造であれば、大殿に言上したいこともある。佐野栄寿(常民)としては、鍋島直正(閑叟)の期待には応えていきたいのだ。
――そして、なぜか奥の間に案内される。
「佐野、久しいのぅ。」
「…殿、いや大殿。どがん(いかが)なさいましたか。」
「やはり、お主にはわかるようだな。」
「ご無礼の段、ご容赦を。大殿は、お顔色が優れんと見えます。」
「ふふ…”医者”の目は、ごまかせぬと言うことか。」
佐野はもともと医学の修業をした身で、大坂(大阪)の適塾などでも学んできた。直正の持病だという、胃腸の不調が出ているかと察していた。
〔参照:
――佐野は、直正(閑叟)を見て、すぐに気付いた。
明らかに体調を崩していることぐらいは、医学の心得が無くてもわかりそうだ。
幕府に積極的な動きの無い時期から、長崎警備で異国と対峙し、気苦労が耐えなかった佐賀藩の大殿。
以前も病がちになる事があったが、今回は姿勢や顔色から、一目でわかるほどの体調の悪さがうかがえる。
「…佐野、いかがした。そういう、お主の顔色も良くないぞ。」
普段より、直正(閑叟)の声が弱々しく感じる。胸痛も出ているのかもしれない。
――向かい合う佐野も、顔色が悪いと言われている。
こちらは、おそらくは働き過ぎであるが、それが原因とは言いたくない。佐賀藩の技術者にとって、近代化への研究開発は“戦”なのである。
「単に…飲み過ぎのごたです。」
「ならば良い。無理をさせておるのも、余(よ)であるが、身体は厭えよ。」
瘦せ我慢をしている風の佐野を、顔色の良くない直正が気遣った。
――こうして”病的”な印象で進む主従の対話であるが、
ここで、佐野がとっておきの話題を出した。
「良か話をしますけん。お聞きください。」
「何じゃ。期待して良いか。」
「蒸気船の件にございます。」
「…ほう、蒸気船か。良き話だ。」
――直正(閑叟)の表情が、パッと明るくなった。
西洋列強の技術力に届くためには、是非とも実用化したい蒸気機関。
「有明の海を速やかに動ける船なれば、年明けには建造にかかれます。」
そう語る佐野の顔色も明るい。佐賀藩の技術力は、蒸気罐(ボイラー)の修繕ができる程度には高まっている。小型の蒸気船ならば、製作は可能な水準だ。
「そうか。お主を呼んでよかった。余も踏ん張らねばならぬ。」
一瞬、張りのある声とともに気合で立ち上がる、ご隠居・鍋島閑叟(直正)。
「…大殿。胸痛がございますね。よく眠れんことはなかですか。」
佐野が、“医者の見立て”を述べる。
ここは直正(閑叟)は苦笑したまま、言葉を返さない。京の都へ発てない事情は、直正の体調不良だった。やはり、元・医者の佐野には見えてしまうようだ。
――摂津の港。早くも瀬戸内の海に向かって立つ、江藤新平。
「急がんばならん!」
ここは、資金を出し渋っている場合ではない。少しでも早く、まずは九州まで、たどり着く方法を取らねばならないのだ。
京の情勢をありったけ見聞した江藤だが、まさか鍋島直正(閑叟)の健康の状態で、京への出発が延期になった動けぬ事情は知るよしもない。
そして、江藤を連れ戻すため、藩の命令を受けた父の助右衛門が、佐賀から出立しようとしていた時期でもあった。
(続く)
Posted by SR at 22:19 | Comments(0) | 第19話「閑叟上洛」
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