2023年01月23日
第18話「京都見聞」⑳(公卿の評判)
こんばんは。
1862年(文久二年)秋。幕府に「攘夷実行」を催促するため、京都から2人の公家が正副の使者となり、江戸に向かうことになります。
1人は、のちの明治新政府でも主要な人物となった三条実美(さねとみ)。もう1人は、京の都で活動していた江藤新平と関わっていた、姉小路公知です。
佐賀からの脱藩中に江藤新平は、姉小路卿の“秘書”のような仕事をしたそうで、数々の機密情報にも触れたと聞きます。
江藤は、秘密裡に孝明天皇に奏上する書面(密奏書)も作成。趣旨は「幕府から外交権を接収し、漸次、王政復古に及ぶべし」という献策だったようです。

――京の都。御所にて、2人の公家が対話する。
「三条はん、見てもらいたいものがあるのや。」
そう語る姉小路には何か含むところがあるらしく、貴人ではあるが、いたずらな少年のような表情をしている。
「これは姉小路の…久方ぶりやないか。何かおもろいことでもあったんか。」
上方(京・大坂)の言葉ではあるが、公家であるので、その話し振りはより京の色彩が出て、穏やかで雅びだ。
但し、血気盛んな各地の志士たちとの交流が強まるにつれ、次第に語り口調も強く、早口になることが増えてきている。
――姉小路は、巻物を袖より取り出した。
「見てもらいたいもんは、ここにおじゃる。」
少し勿体(もったい)をつけている。姉小路は、三条実美と懇意である。
「帝に奏する書でもあるんか。」
三条の問いかけである。双方、扇を口元近くに置いて語らうのが、公家らしい。
巻物様の表装に仕立てられているが、その中身は佐賀藩を抜けた下級武士・江藤新平が書いたものだ。
「天朝が徳川に代わりて、異国と談判をすべし…やそうな。」

――三条は、驚いた表情を見せる。
「待ってたもれ。異人とのやり取りは、徳川に任せなあかん。」
今の朝廷に外交の折衝などできるはずがない。それは三条にも想像がつく。
「“新しき御代”(みよ)を作るには、それでは足らへんらしいで。」
姉小路は王政を復古する第一歩が外交であるという、江藤の説を紹介した。
「…姉小路はん、あんた何や変わったな。」
「何も変わらへんで。まろは、帝のもとで新しき御代(みよ)を作るんや。」
三条は、少し慌てた様子で問いかけを続ける。
「夷狄(いてき)を、打ち払うんやなかったんか。」
「それや。この日本を、夷狄すら敬服する、進んだ国にせんとな。」
――姉小路は、うんうんと得心したように答えを返す。
今までの熱気とは、様子が違う。一体、姉小路は誰に感化されているのか…三条はさらに訝(いぶ)しがった。
「江戸に下って、徳川に異国の打払いを問うんやろ。」
三条には確認したいことがある。秋には幕府への攘夷実行の催促に、姉小路とともに行く予定だが、姉小路の考え方が変わったとすれば影響はないのか。

「そうやな、三条はん。徳川がしっかり異国に備えとるか、まろが直々に見聞してやろうと思うのや。」
姉小路は人任せにせず、自ら動くつもりのようだ。新式の大砲を配する台場や蒸気船の運用など、海防の最前線も見に行くつもりがあるらしい。
とても活き活きと語りだす姉小路。以前とは、また違った“熱気”を帯びている。
――続けざまに語る、姉小路。この辺り、その若さが前面に出る。
「そうや。まろのところに、面白い者が居る。」
三条は気付いた。きっと姉小路に見られる変化はその者の影響に違いない。
「こんど、三条はんも会(お)うて見るといい。その者は佐賀から来たのや。」
「…佐賀やて?」
ほぼ接触してくる志士もおらず、今ひとつ動きが読めないが、最も西洋に近い国と言われた肥前の佐賀藩。

「その者の名は。」
「江藤という者や。新しき御代(みよ)には、きっと我らと共に居るやろうな。」
ここから5~6年ほどで政治的には大変動が起き、姉小路公知の盟友だった、公家・三条実美は新政府の要人となった。
それから三条も、江藤ら佐賀藩士とともに、日本の近代化に関わることになるが、それまでには多くの犠牲を経て、まだ長い道のりがある。
(第19話「閑叟上洛」に続く)
1862年(文久二年)秋。幕府に「攘夷実行」を催促するため、京都から2人の公家が正副の使者となり、江戸に向かうことになります。
1人は、のちの明治新政府でも主要な人物となった三条実美(さねとみ)。もう1人は、京の都で活動していた江藤新平と関わっていた、姉小路公知です。
佐賀からの脱藩中に江藤新平は、姉小路卿の“秘書”のような仕事をしたそうで、数々の機密情報にも触れたと聞きます。
江藤は、秘密裡に孝明天皇に奏上する書面(密奏書)も作成。趣旨は「幕府から外交権を接収し、漸次、王政復古に及ぶべし」という献策だったようです。
――京の都。御所にて、2人の公家が対話する。
「三条はん、見てもらいたいものがあるのや。」
そう語る姉小路には何か含むところがあるらしく、貴人ではあるが、いたずらな少年のような表情をしている。
「これは姉小路の…久方ぶりやないか。何かおもろいことでもあったんか。」
上方(京・大坂)の言葉ではあるが、公家であるので、その話し振りはより京の色彩が出て、穏やかで雅びだ。
但し、血気盛んな各地の志士たちとの交流が強まるにつれ、次第に語り口調も強く、早口になることが増えてきている。
――姉小路は、巻物を袖より取り出した。
「見てもらいたいもんは、ここにおじゃる。」
少し勿体(もったい)をつけている。姉小路は、三条実美と懇意である。
「帝に奏する書でもあるんか。」
三条の問いかけである。双方、扇を口元近くに置いて語らうのが、公家らしい。
巻物様の表装に仕立てられているが、その中身は佐賀藩を抜けた下級武士・江藤新平が書いたものだ。
「天朝が徳川に代わりて、異国と談判をすべし…やそうな。」
――三条は、驚いた表情を見せる。
「待ってたもれ。異人とのやり取りは、徳川に任せなあかん。」
今の朝廷に外交の折衝などできるはずがない。それは三条にも想像がつく。
「“新しき御代”(みよ)を作るには、それでは足らへんらしいで。」
姉小路は王政を復古する第一歩が外交であるという、江藤の説を紹介した。
「…姉小路はん、あんた何や変わったな。」
「何も変わらへんで。まろは、帝のもとで新しき御代(みよ)を作るんや。」
三条は、少し慌てた様子で問いかけを続ける。
「夷狄(いてき)を、打ち払うんやなかったんか。」
「それや。この日本を、夷狄すら敬服する、進んだ国にせんとな。」
――姉小路は、うんうんと得心したように答えを返す。
今までの熱気とは、様子が違う。一体、姉小路は誰に感化されているのか…三条はさらに訝(いぶ)しがった。
「江戸に下って、徳川に異国の打払いを問うんやろ。」
三条には確認したいことがある。秋には幕府への攘夷実行の催促に、姉小路とともに行く予定だが、姉小路の考え方が変わったとすれば影響はないのか。
「そうやな、三条はん。徳川がしっかり異国に備えとるか、まろが直々に見聞してやろうと思うのや。」
姉小路は人任せにせず、自ら動くつもりのようだ。新式の大砲を配する台場や蒸気船の運用など、海防の最前線も見に行くつもりがあるらしい。
とても活き活きと語りだす姉小路。以前とは、また違った“熱気”を帯びている。
――続けざまに語る、姉小路。この辺り、その若さが前面に出る。
「そうや。まろのところに、面白い者が居る。」
三条は気付いた。きっと姉小路に見られる変化はその者の影響に違いない。
「こんど、三条はんも会(お)うて見るといい。その者は佐賀から来たのや。」
「…佐賀やて?」
ほぼ接触してくる志士もおらず、今ひとつ動きが読めないが、最も西洋に近い国と言われた肥前の佐賀藩。
「その者の名は。」
「江藤という者や。新しき御代(みよ)には、きっと我らと共に居るやろうな。」
ここから5~6年ほどで政治的には大変動が起き、姉小路公知の盟友だった、公家・三条実美は新政府の要人となった。
それから三条も、江藤ら佐賀藩士とともに、日本の近代化に関わることになるが、それまでには多くの犠牲を経て、まだ長い道のりがある。
(第19話「閑叟上洛」に続く)
Posted by SR at 22:12 | Comments(0) | 第18話「京都見聞」
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