2022年06月08日
第18話「京都見聞」⑩(小城の風が、都に吹いた)
こんばんは。
京・三条付近まで至った、江藤新平。同郷の志士・祇園太郎から情報を得ていく設定で物語を展開しています。
この2人に接点はあるようですが、京の都で関わりがあったかは定かではありません。なお、双方とも長州(山口)が誇る人物とのつながりがあります。
文久二年(1862年)に、江藤が佐賀を脱藩して、京で活動する際に出会ったのが、長州藩士・桂小五郎。

翌・文久三年(1863年)に祇園太郎(古賀利渉)は朝廷の教育機関・学習院に出仕します。その時の紹介者も、桂小五郎だそうです。
この時点で、それだけの信頼を得ていたとすれば、その少し前から祇園太郎は長州とは関わりがあったはず…と考えました。
――足早に進む、江藤に何とか付いていく、祇園太郎。
「まずは、長州の久坂という者に会わねばならん。」
「江藤さん、そがん早う歩いて、どがんすっとね。」
念のため、佐賀県外の人に補足する。「そんなに早く歩いて、どうするのか…」の意で、読んでほしい。
「それだけ、急げば早く着こう。」
理屈っぽく言い返す、江藤。気が急くのは、秋月の志士の悲報を聞き、また、背負う想いが増えてしまったのかもしれない。
佐賀を抜ける直接のきっかけになったのは、親友・中野方蔵が江戸で投獄されたまま、世を去ったこと。
〔参照(終盤):第17話「佐賀脱藩」⑱(青葉茂れる頃に)〕
――その親友・中野方蔵の手紙に、よく見かけた名。
その長州の者に会わねばならない。久坂玄瑞と言い、江戸でも志士たちの間で注目を集める人物らしい。
「待たんね!」
こればかり、言っている感じの祇園太郎だが、この冷静さで京での活動中に身を守ってきたようだ。
「…そもそも、久坂さんは、京には居らんばい。」

――祇園太郎の言葉を受けて、江藤が言葉を返す。
「貴君。長州とも、つながりがあるのか。」
江藤の反応に、祇園太郎は少し得意げに答える。
「久坂さんは、京には居らんばってん、桂さんを尋ねると良かよ。」
「桂さん…とは、何者だ。」
「いまや長州の“出世頭”たい。久坂さんより会うべき人物かも知れんとよ。」
――その言葉で、さらに前のめりとなった、江藤。
「よし、急ごう。」
「だから、待たんね。」
やむなく駆け出した、祇園太郎が、ドン!と派手に追突する。今度は江藤が、急に立ち止まったのだ。
「…なんや、調子の狂う男ばい。」
「貴君が、“待て”と繰り返すゆえ、待つことにした。」
「おいは、これから長崎に行かんばならんと。道案内は、この辺りまでたい。」
――伏見で急に現れた“祇園太郎”だったが、今度は、突然の退出宣言。
「そうか。ここまで忝(かたじけな)かった。」
「…よか。同郷のよしみばい。」
「ところで、真(まこと)の名は、何と言う。」
礼を言うや否や、江藤が質問する。なんとなく、答えた方が良さそうな流れになっている。
盆地である京の都は、空気が澱(よど)んだ感じだ。籠もったような温い風が、頬(ほお)を撫でていく。

――京の夏。高瀬川に小舟の行き交う、川べり。
この街では、随分と“祇園太郎”として頑張ってきた。その名は素性を隠すのに好都合なだけでなく、もはや“誇り”と言ってもよい。
地元の小城にそびえる、天まで続くような石段を駆け上がるほどの志。その名にはいつしか、そんな想いまでも乗っていた。
こうして、せっかく「謎の男・祇園太郎」として眼前に現れたのに、この江藤という佐賀の者は、まったく空気を読んでくれない。
――「真の名は、“古賀”と言いよるばい!こいで、よかね!」
語気も強めに言い放つ、祇園太郎。本名は、古賀利渉という。
もとは小城の大庄屋だったが、尊王攘夷の思想に目覚め、脱藩に至った。行きがかり上、国元・佐賀からの様々な思惑も背負い込み、いま京で走る。
「また、古賀さんか…世話に、成りっぱなしだ。」
「何ね!」
祇園太郎は、少しご立腹だ。上方(京・大坂)の人間を気取ってみたかったのに、江藤が次々と正体を暴くので、格好が付けられない。
何やら、同郷の者に引っ張られて、完全に佐賀の者に戻ってしまった気分だ。地元・小城の風まで感じるほどに。

――郷里は懐かしいが、勤王の志士・“祇園太郎”としては不本意である。
江藤はそんな気持ちを意に介さず、祇園太郎に正対し、深々と一礼した。
「いや、古賀どの。恩に着る。」
…こう丁寧に感謝されると悪い気はしない。
「よかね。お主は危うかところのあるけん、これからは気を付けんば。」
「心得た。」
――本当にわかっているのか…少し疑わしい。
「…ほな、さいなら。」
祇園太郎は、急に口調を、よそよそしい“上方ことば”に戻した。
久々に同郷の者と話したので、佐賀ことばが強く出ていたが、本来は、あまり佐賀を表に出さない。これが京で活動する時の流儀だ。
周囲に溶け込めば、得られる情報量も増えることが多い。しかし、この江藤という男は、そんな事は気にもせず、真っ直ぐに突き進むのだろう。
「…この男に限っては、それも悪くはない」と考え始めた、祇園太郎だった。
(続く)
京・三条付近まで至った、江藤新平。同郷の志士・祇園太郎から情報を得ていく設定で物語を展開しています。
この2人に接点はあるようですが、京の都で関わりがあったかは定かではありません。なお、双方とも長州(山口)が誇る人物とのつながりがあります。
文久二年(1862年)に、江藤が佐賀を脱藩して、京で活動する際に出会ったのが、長州藩士・桂小五郎。
翌・文久三年(1863年)に祇園太郎(古賀利渉)は朝廷の教育機関・学習院に出仕します。その時の紹介者も、桂小五郎だそうです。
この時点で、それだけの信頼を得ていたとすれば、その少し前から祇園太郎は長州とは関わりがあったはず…と考えました。
――足早に進む、江藤に何とか付いていく、祇園太郎。
「まずは、長州の久坂という者に会わねばならん。」
「江藤さん、そがん早う歩いて、どがんすっとね。」
念のため、佐賀県外の人に補足する。「そんなに早く歩いて、どうするのか…」の意で、読んでほしい。
「それだけ、急げば早く着こう。」
理屈っぽく言い返す、江藤。気が急くのは、秋月の志士の悲報を聞き、また、背負う想いが増えてしまったのかもしれない。
佐賀を抜ける直接のきっかけになったのは、親友・中野方蔵が江戸で投獄されたまま、世を去ったこと。
〔参照(終盤):
――その親友・中野方蔵の手紙に、よく見かけた名。
その長州の者に会わねばならない。久坂玄瑞と言い、江戸でも志士たちの間で注目を集める人物らしい。
「待たんね!」
こればかり、言っている感じの祇園太郎だが、この冷静さで京での活動中に身を守ってきたようだ。
「…そもそも、久坂さんは、京には居らんばい。」
――祇園太郎の言葉を受けて、江藤が言葉を返す。
「貴君。長州とも、つながりがあるのか。」
江藤の反応に、祇園太郎は少し得意げに答える。
「久坂さんは、京には居らんばってん、桂さんを尋ねると良かよ。」
「桂さん…とは、何者だ。」
「いまや長州の“出世頭”たい。久坂さんより会うべき人物かも知れんとよ。」
――その言葉で、さらに前のめりとなった、江藤。
「よし、急ごう。」
「だから、待たんね。」
やむなく駆け出した、祇園太郎が、ドン!と派手に追突する。今度は江藤が、急に立ち止まったのだ。
「…なんや、調子の狂う男ばい。」
「貴君が、“待て”と繰り返すゆえ、待つことにした。」
「おいは、これから長崎に行かんばならんと。道案内は、この辺りまでたい。」
――伏見で急に現れた“祇園太郎”だったが、今度は、突然の退出宣言。
「そうか。ここまで忝(かたじけな)かった。」
「…よか。同郷のよしみばい。」
「ところで、真(まこと)の名は、何と言う。」
礼を言うや否や、江藤が質問する。なんとなく、答えた方が良さそうな流れになっている。
盆地である京の都は、空気が澱(よど)んだ感じだ。籠もったような温い風が、頬(ほお)を撫でていく。

――京の夏。高瀬川に小舟の行き交う、川べり。
この街では、随分と“祇園太郎”として頑張ってきた。その名は素性を隠すのに好都合なだけでなく、もはや“誇り”と言ってもよい。
地元の小城にそびえる、天まで続くような石段を駆け上がるほどの志。その名にはいつしか、そんな想いまでも乗っていた。
こうして、せっかく「謎の男・祇園太郎」として眼前に現れたのに、この江藤という佐賀の者は、まったく空気を読んでくれない。
――「真の名は、“古賀”と言いよるばい!こいで、よかね!」
語気も強めに言い放つ、祇園太郎。本名は、古賀利渉という。
もとは小城の大庄屋だったが、尊王攘夷の思想に目覚め、脱藩に至った。行きがかり上、国元・佐賀からの様々な思惑も背負い込み、いま京で走る。
「また、古賀さんか…世話に、成りっぱなしだ。」
「何ね!」
祇園太郎は、少しご立腹だ。上方(京・大坂)の人間を気取ってみたかったのに、江藤が次々と正体を暴くので、格好が付けられない。
何やら、同郷の者に引っ張られて、完全に佐賀の者に戻ってしまった気分だ。地元・小城の風まで感じるほどに。
――郷里は懐かしいが、勤王の志士・“祇園太郎”としては不本意である。
江藤はそんな気持ちを意に介さず、祇園太郎に正対し、深々と一礼した。
「いや、古賀どの。恩に着る。」
…こう丁寧に感謝されると悪い気はしない。
「よかね。お主は危うかところのあるけん、これからは気を付けんば。」
「心得た。」
――本当にわかっているのか…少し疑わしい。
「…ほな、さいなら。」
祇園太郎は、急に口調を、よそよそしい“上方ことば”に戻した。
久々に同郷の者と話したので、佐賀ことばが強く出ていたが、本来は、あまり佐賀を表に出さない。これが京で活動する時の流儀だ。
周囲に溶け込めば、得られる情報量も増えることが多い。しかし、この江藤という男は、そんな事は気にもせず、真っ直ぐに突き進むのだろう。
「…この男に限っては、それも悪くはない」と考え始めた、祇園太郎だった。
(続く)
Posted by SR at 22:12 | Comments(0) | 第18話「京都見聞」
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