2022年12月16日
第18話「京都見聞」⑯(“故郷”を守る者たち)
こんばんは。
文久二年(1862年)頃。有力な諸藩だけでなく、尊王攘夷を叫ぶ志士たちも、続々と京に集まった幕末。次第に、不穏な空気が強まっていきます。
この年の夏に、佐賀を脱藩した江藤新平。京の都では、志士として活動したというより、情勢の分析・調査を行っていたようです。
京では朝廷に仕える公家や、それに関わる志士たちから全国の雄藩の動向が掴めるので、情報の収集に務めていました。

それは、西洋を追いかける技術開発には熱心でも、中央の政局からは距離を取っていた佐賀藩には、貴重な情報でした。
江藤は、京都での調査報告を、信頼のおける友人たちに手紙で逐一の共有をしたといいます。
一方で、江藤は地元にいる老親と妻子が、気がかりだったようです。
――佐賀城下。ある寺のお堂にて。
「大木さん、江藤から文(ふみ)が来たそうだな。」
スッとした振る舞いの武士が、開け放しになった扉の表から声をかける。
「おおっ、坂井か。待っとったぞ。」
先に堂内に居た大木喬任(民平)。あぐらをかいて座り、不敵にニッと笑う。
「まだ、封ば空けとらん。“お楽しみ”というやつだ。」
大木も、せっかくの手紙なので、誰かと一緒に読みたかったらしい。
「おいが、一番乗りだったというわけか。光栄だ。」
どことなく気取った感じで言った、坂井辰之允。江藤も信頼を置く人物だ。
――大木は仰々しく、手紙を開封する。
よく手紙を受け取る大木なので、ふだん無口なわりに代読をする機会は多い。
「ほうほう、寝る間も無いほどに忙しく…」
京都で公家や他藩の志士たちと関わり、江藤は見聞を進める様子だ。

「さすが江藤くん、気張っておるようたい。」
坂井は、納得の表情を見せる。
「…ふふっ。やはり、江藤を京に行かせてよかった。」
そして、その脱藩の資金を工面した、大木は得意げである。
いま、西洋の技術に詳しいうえに、朝廷からも幕府からも、一定の信用がある佐賀藩が動けば、混沌とした情勢への影響は大きいと見込まれる。
江藤の脱藩は「そのための下調べを、自らが引き受ける」という想いでもある。
志半ばで斃れた親友・中野方蔵に代わって、“国事”に奔走する気持ちがあるのだろう。

――ここで急に、江藤からの手紙の調子が変わる。
「だが、眠れぬ夜には郷里に残した、老親が思われる。」
大木は読み上げながらも、「…ん?」と少し怪訝(けげん)な表情をする。
江藤が書き連ねる言葉は、志士らしくない文言が続く。
「幼子を抱える妻・千代子の不安は、如何ほどかと案ずる。」
代読を聞いている坂井も、意外な展開だったのか口が半開きである。
「老親、妻子を思えば、夜半に涙を流すこともある。」
江藤新平、京で電光石火の動きを見せるが、家族への心配は強まっている。
脱藩した動機は佐賀のためでもあり、ひいては日本のためという志はあるが、藩の命令で動いていないから、勝手に国元を抜けることは重罪なのだ。

――大木の代読を聞いていた、坂井がそわそわとする。
「…貴兄たちが頼りだ。お助けを願いたい。」
江藤の手紙には、佐賀に残した家族への援護の依頼も綴られていた。
大木は手紙を読み進めていたが、坂井の反応を見て声をかけた。
「急に立ち上がって、どうしたか?」
「いや、助右衛門さんの様子を見てこようかと思ってな。」
「早速に動くか。江藤も、頼む相手はよく見ているようだ。」
江藤の父・助右衛門は、子・新平の脱藩により謹慎を命じられている。何かと不便なこともあるだろう。坂井はそれを察した様子だ。
藩の掟を破ってまで、江藤が挑んだ「京都見聞」。その行動計画は拡大して、京の都に留まらず、大和(奈良)や越前(福井)にも及んだという。
(続く)
文久二年(1862年)頃。有力な諸藩だけでなく、尊王攘夷を叫ぶ志士たちも、続々と京に集まった幕末。次第に、不穏な空気が強まっていきます。
この年の夏に、佐賀を脱藩した江藤新平。京の都では、志士として活動したというより、情勢の分析・調査を行っていたようです。
京では朝廷に仕える公家や、それに関わる志士たちから全国の雄藩の動向が掴めるので、情報の収集に務めていました。
それは、西洋を追いかける技術開発には熱心でも、中央の政局からは距離を取っていた佐賀藩には、貴重な情報でした。
江藤は、京都での調査報告を、信頼のおける友人たちに手紙で逐一の共有をしたといいます。
一方で、江藤は地元にいる老親と妻子が、気がかりだったようです。
――佐賀城下。ある寺のお堂にて。
「大木さん、江藤から文(ふみ)が来たそうだな。」
スッとした振る舞いの武士が、開け放しになった扉の表から声をかける。
「おおっ、坂井か。待っとったぞ。」
先に堂内に居た大木喬任(民平)。あぐらをかいて座り、不敵にニッと笑う。
「まだ、封ば空けとらん。“お楽しみ”というやつだ。」
大木も、せっかくの手紙なので、誰かと一緒に読みたかったらしい。
「おいが、一番乗りだったというわけか。光栄だ。」
どことなく気取った感じで言った、坂井辰之允。江藤も信頼を置く人物だ。
――大木は仰々しく、手紙を開封する。
よく手紙を受け取る大木なので、ふだん無口なわりに代読をする機会は多い。
「ほうほう、寝る間も無いほどに忙しく…」
京都で公家や他藩の志士たちと関わり、江藤は見聞を進める様子だ。
「さすが江藤くん、気張っておるようたい。」
坂井は、納得の表情を見せる。
「…ふふっ。やはり、江藤を京に行かせてよかった。」
そして、その脱藩の資金を工面した、大木は得意げである。
いま、西洋の技術に詳しいうえに、朝廷からも幕府からも、一定の信用がある佐賀藩が動けば、混沌とした情勢への影響は大きいと見込まれる。
江藤の脱藩は「そのための下調べを、自らが引き受ける」という想いでもある。
志半ばで斃れた親友・中野方蔵に代わって、“国事”に奔走する気持ちがあるのだろう。
――ここで急に、江藤からの手紙の調子が変わる。
「だが、眠れぬ夜には郷里に残した、老親が思われる。」
大木は読み上げながらも、「…ん?」と少し怪訝(けげん)な表情をする。
江藤が書き連ねる言葉は、志士らしくない文言が続く。
「幼子を抱える妻・千代子の不安は、如何ほどかと案ずる。」
代読を聞いている坂井も、意外な展開だったのか口が半開きである。
「老親、妻子を思えば、夜半に涙を流すこともある。」
江藤新平、京で電光石火の動きを見せるが、家族への心配は強まっている。
脱藩した動機は佐賀のためでもあり、ひいては日本のためという志はあるが、藩の命令で動いていないから、勝手に国元を抜けることは重罪なのだ。
――大木の代読を聞いていた、坂井がそわそわとする。
「…貴兄たちが頼りだ。お助けを願いたい。」
江藤の手紙には、佐賀に残した家族への援護の依頼も綴られていた。
大木は手紙を読み進めていたが、坂井の反応を見て声をかけた。
「急に立ち上がって、どうしたか?」
「いや、助右衛門さんの様子を見てこようかと思ってな。」
「早速に動くか。江藤も、頼む相手はよく見ているようだ。」
江藤の父・助右衛門は、子・新平の脱藩により謹慎を命じられている。何かと不便なこともあるだろう。坂井はそれを察した様子だ。
藩の掟を破ってまで、江藤が挑んだ「京都見聞」。その行動計画は拡大して、京の都に留まらず、大和(奈良)や越前(福井)にも及んだという。
(続く)
Posted by SR at 22:34 | Comments(0) | 第18話「京都見聞」
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