2023年06月13日
第19話「閑叟上洛」⑮(藩境にて、つかまえて)
こんばんは。
文久二年(1862年)の秋。佐賀の藩庁から「江藤新平を連れ戻すべし」と指示を受けたのは、実父の江藤助右衛門でした。
藩吏が捕縛に向かえば“罪人”扱いなので、この命令の方がずっと好ましい展開なのですが、実際に動く家族は大変です。
〔参照:第19話「閑叟上洛」⑪(続・陽だまりの下で)〕
現代でも「一度出てしまうと、簡単には入れない…」という風評もある、佐賀。今回は、江藤の父・助右衛門がその藩境を越えるのですが…
〔参照(後半):「出られるが入れない、SAGA」〕

――佐賀城下。江藤家。
玄関先で若い男と、そろそろ満2歳ぐらいかという男児が会話する。男児は、江藤新平の子・熊太郎。傍に付いている若い男は、江藤の弟・源作である。
「熊太郎、おじじ様のご出立だぞ。見送りばせんね。」
「…おじじさま。おたっしゃで。」
旅支度をした年配の男性は江藤助右衛門。子・新平を迎えに行く任務だ。
「…うむ。行って参る。」
源作に対しては、古武士のように固く答える。
「よか、ごあいさつ出来まちたね。じいじも達者で帰ってくるたいね。」
孫の熊太郎には、ただのお爺さんの様子だ。
〔参照(後半):第17話「佐賀脱藩」⑫(陽だまりの下で)〕
――江藤の母・浅子と、妻・千代子も見送りをする。
「あなた、熊太郎へのあいさつは程ほどに。気を引き締めんばなりません。」
浅子は、同席する役人の目を気にしたか、助右衛門にピシッと一言を発した。
「無論(むろん)じゃ。手抜かりはなかばい。」
助右衛門は、少し引き締まった表情を見せた。
「お父様。よろしくお願いいたします。」
江藤の妻・千代子。こちらも、キリッとした見送りをしている。
「千代子どの。心配はいらぬぞ、わしに任せておけ。」
助右衛門は、さらに気合いの入った表情を見せた。

「では、出立の刻限である。」
江藤の連れ戻しは、助右衛門にとって“藩命”での仕事で、何かと仰々しい。
――随分と時間が過ぎてから、江藤家の門前。
「…御免(ごめん)!助右衛門さまは、出立なされたか。」
「朝のうちには、出ております。」
「やはりな…間に合わなんだか。」
仕事で抜けられなかった様子で現れたのは坂井辰之允。応対したのは源作。この日は、江藤家にいるようだ。
「おぉ、坂井か。どうなった。」
続いて、大木民平(喬任)も顔を出す。

「出立から、幾分、時が経ったようです。」
「こうなれば、古賀がつかまえてくれるのを祈るのみか…」
大木たちの同志には、三瀬で番人をしている古賀一平(定雄)がいた。江藤の帰藩が決まってからの連絡も取っている。
江藤はすでに京を出ており、思いのほか近くまで来ている可能性がある。佐賀城下の面々は、どうにか三瀬で、助右衛門にその情報が届くことを期待した。
――三瀬街道。佐賀藩の番所。
「よし。そこで、待たんね。」
通行者があるたびに、門番が声をかけている。
「ご下命により、探索を命ぜられております、江藤助右衛門にござる。」
江藤の父・助右衛門の声もよく通る。三瀬の木々に反響するかのようだ。

「…ん。江藤!?」
休憩中だった、古賀一平が同志・江藤新平とよく似た響きの声に反応する。
「通ってよし。お役目ご苦労にござる。」
門番の一人が通行の許可を告げた時、遮(さえぎる)声があった。
「な~、待たんね、待たんね、待たんね!」
――急ぐ古賀は「な~」とも「にゃ~」ともつかぬ大声を出して、制止する。
それに3回も「待て」と繰り返した。さすがに足を止める、助右衛門の一行。
「おいは、古賀一平と申す。江藤助右衛門さんか。」
「たしかに。江藤助右衛門とは、それがしにござる。」
古賀が芝居ががった、騒々しい登場をしてしまったからなのか、それに応じて、仰々しく名乗りを上げる助右衛門。
「やはり、江藤の父君か。間違いなかばい。」
なにやら、古賀にはこの人物が江藤の父だと、すぐに確信できたらしい。

――声の通りといい、どことなく世間と、ずれているところといい、
古賀の知る、江藤と似た雰囲気がある。まず番所の役人として古賀が問う。
「佐賀を抜けた、江藤新平の連れ戻しに向かうと聞く。」
「さように、ござる。」
「慎重に進まれよ。すぐ近くまで、戻ってきとるやもしれん。」
「…どの辺りまで。」
番所の役人である古賀一平と、藩の命令を受けた江藤助右衛門…という立場もあり、時折は儀礼的な話しぶりで進む。
「あるいは、峠を抜けた福岡の城下まで来とるかもしれん。」
「そがん、近くにおるとね!」
「そんぐらい近くに居っても、おかしくはなか。」
「…ありうるたい。」
…と思えば、普通の佐賀の者どうしの会話になっている。

そして、2人とも「こうだ!」と決めた時に、新平が動く速さについては、承知している。すでに京を発ったとあれば、立ち止まってはいないだろう。
「古賀どの、ありがたか。」
「よか。無事に、お役目を果たされんね。」
“義祭同盟”の同志である古賀一平には、もちろん江藤新平が帰藩して、佐賀に重要な情報をもたらす期待がある。
こうして、佐賀藩の遣いとして江藤助右衛門は、藩境を越えて福岡への道を進んでいくのだった。
(続く)
文久二年(1862年)の秋。佐賀の藩庁から「江藤新平を連れ戻すべし」と指示を受けたのは、実父の江藤助右衛門でした。
藩吏が捕縛に向かえば“罪人”扱いなので、この命令の方がずっと好ましい展開なのですが、実際に動く家族は大変です。
〔参照:
現代でも「一度出てしまうと、簡単には入れない…」という風評もある、佐賀。今回は、江藤の父・助右衛門がその藩境を越えるのですが…
〔参照(後半):
――佐賀城下。江藤家。
玄関先で若い男と、そろそろ満2歳ぐらいかという男児が会話する。男児は、江藤新平の子・熊太郎。傍に付いている若い男は、江藤の弟・源作である。
「熊太郎、おじじ様のご出立だぞ。見送りばせんね。」
「…おじじさま。おたっしゃで。」
旅支度をした年配の男性は江藤助右衛門。子・新平を迎えに行く任務だ。
「…うむ。行って参る。」
源作に対しては、古武士のように固く答える。
「よか、ごあいさつ出来まちたね。じいじも達者で帰ってくるたいね。」
孫の熊太郎には、ただのお爺さんの様子だ。
〔参照(後半):
――江藤の母・浅子と、妻・千代子も見送りをする。
「あなた、熊太郎へのあいさつは程ほどに。気を引き締めんばなりません。」
浅子は、同席する役人の目を気にしたか、助右衛門にピシッと一言を発した。
「無論(むろん)じゃ。手抜かりはなかばい。」
助右衛門は、少し引き締まった表情を見せた。
「お父様。よろしくお願いいたします。」
江藤の妻・千代子。こちらも、キリッとした見送りをしている。
「千代子どの。心配はいらぬぞ、わしに任せておけ。」
助右衛門は、さらに気合いの入った表情を見せた。
「では、出立の刻限である。」
江藤の連れ戻しは、助右衛門にとって“藩命”での仕事で、何かと仰々しい。
――随分と時間が過ぎてから、江藤家の門前。
「…御免(ごめん)!助右衛門さまは、出立なされたか。」
「朝のうちには、出ております。」
「やはりな…間に合わなんだか。」
仕事で抜けられなかった様子で現れたのは坂井辰之允。応対したのは源作。この日は、江藤家にいるようだ。
「おぉ、坂井か。どうなった。」
続いて、大木民平(喬任)も顔を出す。
「出立から、幾分、時が経ったようです。」
「こうなれば、古賀がつかまえてくれるのを祈るのみか…」
大木たちの同志には、三瀬で番人をしている古賀一平(定雄)がいた。江藤の帰藩が決まってからの連絡も取っている。
江藤はすでに京を出ており、思いのほか近くまで来ている可能性がある。佐賀城下の面々は、どうにか三瀬で、助右衛門にその情報が届くことを期待した。
――三瀬街道。佐賀藩の番所。
「よし。そこで、待たんね。」
通行者があるたびに、門番が声をかけている。
「ご下命により、探索を命ぜられております、江藤助右衛門にござる。」
江藤の父・助右衛門の声もよく通る。三瀬の木々に反響するかのようだ。
「…ん。江藤!?」
休憩中だった、古賀一平が同志・江藤新平とよく似た響きの声に反応する。
「通ってよし。お役目ご苦労にござる。」
門番の一人が通行の許可を告げた時、遮(さえぎる)声があった。
「な~、待たんね、待たんね、待たんね!」
――急ぐ古賀は「な~」とも「にゃ~」ともつかぬ大声を出して、制止する。
それに3回も「待て」と繰り返した。さすがに足を止める、助右衛門の一行。
「おいは、古賀一平と申す。江藤助右衛門さんか。」
「たしかに。江藤助右衛門とは、それがしにござる。」
古賀が芝居ががった、騒々しい登場をしてしまったからなのか、それに応じて、仰々しく名乗りを上げる助右衛門。
「やはり、江藤の父君か。間違いなかばい。」
なにやら、古賀にはこの人物が江藤の父だと、すぐに確信できたらしい。
――声の通りといい、どことなく世間と、ずれているところといい、
古賀の知る、江藤と似た雰囲気がある。まず番所の役人として古賀が問う。
「佐賀を抜けた、江藤新平の連れ戻しに向かうと聞く。」
「さように、ござる。」
「慎重に進まれよ。すぐ近くまで、戻ってきとるやもしれん。」
「…どの辺りまで。」
番所の役人である古賀一平と、藩の命令を受けた江藤助右衛門…という立場もあり、時折は儀礼的な話しぶりで進む。
「あるいは、峠を抜けた福岡の城下まで来とるかもしれん。」
「そがん、近くにおるとね!」
「そんぐらい近くに居っても、おかしくはなか。」
「…ありうるたい。」
…と思えば、普通の佐賀の者どうしの会話になっている。
そして、2人とも「こうだ!」と決めた時に、新平が動く速さについては、承知している。すでに京を発ったとあれば、立ち止まってはいないだろう。
「古賀どの、ありがたか。」
「よか。無事に、お役目を果たされんね。」
“義祭同盟”の同志である古賀一平には、もちろん江藤新平が帰藩して、佐賀に重要な情報をもたらす期待がある。
こうして、佐賀藩の遣いとして江藤助右衛門は、藩境を越えて福岡への道を進んでいくのだった。
(続く)
Posted by SR at 22:23 | Comments(0) | 第19話「閑叟上洛」
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