2022年05月26日
第18話「京都見聞」⑦(ちょっと、待たんね!)
こんばんは。
“本編”に戻ります。前回、京にある川の港・伏見に到着した江藤新平。そこに現れた“祇園太郎”は、幕末期に実在した佐賀の人物で、地元は小城。
〔参照:第18話「京都見聞」⑥(もう1人の脱藩者)〕
江藤が脱藩した際に、京に居たかは定かではありませんが、数年前から播磨(兵庫)を拠点に志士として活動。京でも情報収集に励んだようです。

――文久二年(1862)七月。
京にて、時勢は動く。薩摩(鹿児島)の国父・島津久光が“寺田屋騒動”で、藩内の勤王派を粛清したのは、同年の四月。
それに関わる、土佐(高知)や福岡など他藩の脱藩浪士も取り締まったため、志士たちの活動は大打撃を受けていた。
江藤は、京の事情を知る“祇園太郎”に、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「その後、薩摩はいかに動いたか。」
「…意気揚々と、江戸にお進みになったとよ。」
“祇園太郎”は佐賀出身とはっきりしたため、同郷の者どうしの会話になる。
「公儀(幕府)に言上する事があるのだな。」
江藤は、薩摩の意図を察した。幕政の主導権を取ろうとしているのだと。
――島津久光は、幕府を悩ませる勤王派志士を取り締まった。
その実績を手土産に江戸へと進発する。もはや薩摩の意向が、幕府の人事にも作用する勢いだ。
島津久光が狙うのは、数年前に大老・井伊直弼が抑え込んだ“一橋派”の復権。この時、徳川家茂が14代将軍だが、一橋慶喜を要職に推す声も強い。
「そうたい。一橋さまと、越前(福井)の松平春嶽さまが、要職に就くらしか。」
元は侍ではなさそうな印象の“祇園太郎”だが、異常に政治情勢に詳しい。

――伏見の街には、薩摩の屋敷もある。
「…では、探りを入れてみるか。」
江藤がにわかに、歩を早める。目線の先には、薩摩藩士らしき侍が見えた。
「ちょっ…待たんね!」
祇園太郎は、江藤を制止しようとしたが、すでに時遅し。次の瞬間には辺りを見回っているらしい、薩摩の侍が、江藤の姿に気付いている。
「…何を考えよるか!?…あん男は。」
呆気に取られる、祇園太郎。
――「こら、何者じゃ、」
伏見の街角を見回る、薩摩藩士らしき男は、少し気が立っている様子だ。
「いかんばい!」
“祇園太郎”は江藤の危機に気付くが、この状況では、どうにも手が出せない。そして上方(京・大坂)での活動で、薩摩の侍の怖さもよく知っている。
江藤の風体は、侍であるとはわかるものの、服装は粗末で旅の埃(ほこり)にまみれて、立派とは言い難い。どう考えても怪しまれるのが自然だ。
そんな心配をよそに、江藤はスッと薩摩の侍と向き合った。
「済まぬが、物を尋ねる。」
――ピーンと、張り詰めた声が通った。
江藤は質問を発しただけなのだが、弦を引き絞って、一筋の矢が放たれたかのようで、薩摩の侍もピッと震動した様子がうかがえる。

「…良かった。あの侍は、刀を抜かんばい…」
物陰から様子をうかがい、息を詰める“祇園太郎”。以前は小城で、大庄屋だった者だが、ここ数年で様々な物事を見てきた。
一般的に志士としての活動には、危機の察知能力が重要である。物怖じせず堂々と出ていく、江藤がおかしいのだ。
「お主、どこの“国”の者だ!?」
「佐賀から来た。」
――何やら、薩摩藩士と話し始める江藤。
「…佐賀、だと?」
「先だって佐賀を抜け、いまは京に至っている。」
江藤は脱藩したから京に居るのだ…と理屈では、当然の事を言っている。怪訝(けげん)な顔をする薩摩の侍。
それもそのはずで、佐賀は「科学技術の進んだ雄藩」として知られるが、その一方で「二重鎖国」とまで語られるほど統制が強い。
――佐賀からの脱藩浪士など、他には見かけないのだ。
“寺田屋騒動”の残党からの襲撃に備えて、警戒にあたる薩摩の侍。想定外の訪問者への対応に困惑している。
「あまり、こん周囲ばうろつくと、斬り捨て申すぞ。」
「それは、物騒だな。失礼する。」
随分と薩摩の侍に絡んだが、引く時はあっさり退出した江藤。
――物陰の“祇園太郎”のところに戻る、江藤。
「あん薩摩の侍は辺りを見回るのみ。特に聞けた事はなか。」
状況報告のつもりか、江藤は淡々と語る。

しかし、次の瞬間から“祇園太郎”が捲(まく)し立てた。もはや、説教をせずにはいられない。
「…佐賀のごた(ような)気分で、居ってはならんばい!」
「様子を見聞してきたまで。どげんしたとか?」
大騒ぎの反応に驚いた、江藤が不思議な表情で語るが、祇園太郎は「えすか(怖い)~」と繰り返す。
――興奮気味の“涙目”で語る、祇園太郎。
「心して聞かんね!薩摩の侍の“初太刀”ば受けたら、もう…命の無かよ。」
薩摩には、一撃必殺の豪剣が広く普及している。守りを捨ててでも、相手を仕留める気迫の恐ろしい流儀である。
「だが、刀を抜く気配もなかごた。」
江藤は侍に、抜刀の様子が無かったと語るが、傍らで肝を冷やしていた祇園太郎は、随分ご立腹だ。
「よし…今から、えすか(怖い)話ば語るから、心して聞かんね。」
“情報通”のこの男が語るのは、江藤が調べようとした事件の続報だった。
(続く)
“本編”に戻ります。前回、京にある川の港・伏見に到着した江藤新平。そこに現れた“祇園太郎”は、幕末期に実在した佐賀の人物で、地元は小城。
〔参照:
江藤が脱藩した際に、京に居たかは定かではありませんが、数年前から播磨(兵庫)を拠点に志士として活動。京でも情報収集に励んだようです。

――文久二年(1862)七月。
京にて、時勢は動く。薩摩(鹿児島)の国父・島津久光が“寺田屋騒動”で、藩内の勤王派を粛清したのは、同年の四月。
それに関わる、土佐(高知)や福岡など他藩の脱藩浪士も取り締まったため、志士たちの活動は大打撃を受けていた。
江藤は、京の事情を知る“祇園太郎”に、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「その後、薩摩はいかに動いたか。」
「…意気揚々と、江戸にお進みになったとよ。」
“祇園太郎”は佐賀出身とはっきりしたため、同郷の者どうしの会話になる。
「公儀(幕府)に言上する事があるのだな。」
江藤は、薩摩の意図を察した。幕政の主導権を取ろうとしているのだと。
――島津久光は、幕府を悩ませる勤王派志士を取り締まった。
その実績を手土産に江戸へと進発する。もはや薩摩の意向が、幕府の人事にも作用する勢いだ。
島津久光が狙うのは、数年前に大老・井伊直弼が抑え込んだ“一橋派”の復権。この時、徳川家茂が14代将軍だが、一橋慶喜を要職に推す声も強い。
「そうたい。一橋さまと、越前(福井)の松平春嶽さまが、要職に就くらしか。」
元は侍ではなさそうな印象の“祇園太郎”だが、異常に政治情勢に詳しい。

――伏見の街には、薩摩の屋敷もある。
「…では、探りを入れてみるか。」
江藤がにわかに、歩を早める。目線の先には、薩摩藩士らしき侍が見えた。
「ちょっ…待たんね!」
祇園太郎は、江藤を制止しようとしたが、すでに時遅し。次の瞬間には辺りを見回っているらしい、薩摩の侍が、江藤の姿に気付いている。
「…何を考えよるか!?…あん男は。」
呆気に取られる、祇園太郎。
――「こら、何者じゃ、」
伏見の街角を見回る、薩摩藩士らしき男は、少し気が立っている様子だ。
「いかんばい!」
“祇園太郎”は江藤の危機に気付くが、この状況では、どうにも手が出せない。そして上方(京・大坂)での活動で、薩摩の侍の怖さもよく知っている。
江藤の風体は、侍であるとはわかるものの、服装は粗末で旅の埃(ほこり)にまみれて、立派とは言い難い。どう考えても怪しまれるのが自然だ。
そんな心配をよそに、江藤はスッと薩摩の侍と向き合った。
「済まぬが、物を尋ねる。」
――ピーンと、張り詰めた声が通った。
江藤は質問を発しただけなのだが、弦を引き絞って、一筋の矢が放たれたかのようで、薩摩の侍もピッと震動した様子がうかがえる。

「…良かった。あの侍は、刀を抜かんばい…」
物陰から様子をうかがい、息を詰める“祇園太郎”。以前は小城で、大庄屋だった者だが、ここ数年で様々な物事を見てきた。
一般的に志士としての活動には、危機の察知能力が重要である。物怖じせず堂々と出ていく、江藤がおかしいのだ。
「お主、どこの“国”の者だ!?」
「佐賀から来た。」
――何やら、薩摩藩士と話し始める江藤。
「…佐賀、だと?」
「先だって佐賀を抜け、いまは京に至っている。」
江藤は脱藩したから京に居るのだ…と理屈では、当然の事を言っている。怪訝(けげん)な顔をする薩摩の侍。
それもそのはずで、佐賀は「科学技術の進んだ雄藩」として知られるが、その一方で「二重鎖国」とまで語られるほど統制が強い。
――佐賀からの脱藩浪士など、他には見かけないのだ。
“寺田屋騒動”の残党からの襲撃に備えて、警戒にあたる薩摩の侍。想定外の訪問者への対応に困惑している。
「あまり、こん周囲ばうろつくと、斬り捨て申すぞ。」
「それは、物騒だな。失礼する。」
随分と薩摩の侍に絡んだが、引く時はあっさり退出した江藤。
――物陰の“祇園太郎”のところに戻る、江藤。
「あん薩摩の侍は辺りを見回るのみ。特に聞けた事はなか。」
状況報告のつもりか、江藤は淡々と語る。
しかし、次の瞬間から“祇園太郎”が捲(まく)し立てた。もはや、説教をせずにはいられない。
「…佐賀のごた(ような)気分で、居ってはならんばい!」
「様子を見聞してきたまで。どげんしたとか?」
大騒ぎの反応に驚いた、江藤が不思議な表情で語るが、祇園太郎は「えすか(怖い)~」と繰り返す。
――興奮気味の“涙目”で語る、祇園太郎。
「心して聞かんね!薩摩の侍の“初太刀”ば受けたら、もう…命の無かよ。」
薩摩には、一撃必殺の豪剣が広く普及している。守りを捨ててでも、相手を仕留める気迫の恐ろしい流儀である。
「だが、刀を抜く気配もなかごた。」
江藤は侍に、抜刀の様子が無かったと語るが、傍らで肝を冷やしていた祇園太郎は、随分ご立腹だ。
「よし…今から、えすか(怖い)話ば語るから、心して聞かんね。」
“情報通”のこの男が語るのは、江藤が調べようとした事件の続報だった。
(続く)
Posted by SR at 22:32 | Comments(0) | 第18話「京都見聞」
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。