2024年03月24日
第20話「長崎方控」④(肥前浜の“酔客”)
こんばんは。
前回ですっかり意気投合した、大隈八太郎(重信)と山口範蔵(尚芳)。
大隈は西暦でいえば1838年生まれ、山口は1歳年下のようですから、この頃は2人とも、まだ20代前半の若者ということになります。

多良海道で村娘たちの歌声につられて、寄り道が過ぎたのか、肥前浜の宿場(現在の佐賀県鹿島市)近くで、日暮れを迎えてしまったようです。
――佐賀藩では、鹿島の支藩が治める一帯の宿場町…の近く。
「にゃ~、日の暮れおったばい。」
「いささか、話し込みが過ぎましたね。」
すっかり、秋の陽は水平線に潜っており、すでに月が姿を見せている。大隈と山口は暗くなった道中で、顔を見合わせる。

「大隈さん。私は、まだ話し足らんとです。」
「そいは、おいも同じばい。どうね、肥前浜の宿場でも少し飲まんね。」
「よかですね!大いに国事を論じましょう。」
「よか。今日は、愉快たい。」
――肥前浜の宿場。賑わう旅籠(はたご)の2階にて。
近隣の部屋から、わいわいと、酒を飲んでいる者たちの声が聞こえる。
「おお、美味か酒とよ!染みるばい。」
「この辺りのは、佐賀の酒でも上物ばい。味わって飲まんね!」
街道を行き交う人々の憩いとして、絶賛される地元の銘酒。米も水も豊かな、佐賀。皆、上機嫌で、当地の夜に酔いしれている様子だ。

――窓辺からは、秋の月が涼やかな姿を見せている。
「では、大隈さん。さっそく我らも、肥前浜の酒を少々いただきますか。」
「よかね~、山口さん。」
「…ですが、我らの話は、勤王の志高いもの。酔いも程よかところで。」
「…よかごた。」
この山口範蔵という男。気障(きざ)かと思えば、変に真面目なところがある。

――賑わう旅籠の中、山口の妙に慎重な態度。
大隈も、ひそひそ話を余儀なくされている。
「そいぎ、江藤さんは、京で公家とも関わっとったとよ。」
「そがんですか。その江藤さんという方は、国を抜けて京に!」
ところが、山口の方から、急に大きな声を出す。
「…“秘密の話”ば、しとるんじゃなかとね!」
大隈が、呆れて制止する。さすがに「佐賀からの脱藩」の話を大声で復唱されては、まずい。

「…失礼。この山口範蔵、いたく感銘を受けました。」
勤王の話をできるのは、大隈も喜んでいる。だが、西洋にかぶれているせいなのか。山口の反応は、わりと大げさなのだ。
山口は、あたかも“佐賀の風”のように、爽やかに言い放った。
「大隈さん。続けてくれんですか。」
――山口の真剣なまなざし。“勤王”を志すというのは本気らしい。
「よか。そん江藤さんが、佐賀に帰ってきてしまったとよ。」
「なしてですか!せっかく、京の貴き方々とも、お会いできっとのに!」
「そうたい。戻ってきたのは、よかばってん。命も危うか。」
「そんお人は、一度、国を抜けてますからね。」

当時、佐賀では“脱藩”は重罪であり、江藤の志が認められても、名誉だけは保っての切腹を命ぜられる可能性も残る。
「志ば持って、京で気張っとたのに、勿体(もったい)なか。」
大隈が残念がる。
「そがんです。江藤さん、なして戻ってきたとですか!」
江藤をよく知らないはずの山口までが、酔いに任せて残念がる。
――大隈は、勢いづけに肥前の美酒をあおった。
もう、山口の反応が目立つのを気にしていては疲れる。存分に語ろう。
「あーうまか酒ばい。山口さんね、おいも、そがん思うとよ。」
「…ですよね。大隈さん。」
このように、大隈と山口の話で「なぜ、佐賀に帰ってきた」と話題に挙がった江藤新平は、佐賀城下で謹慎中だ。
江藤は、自身の連れ戻しが実父にも命ぜられ、京の都に居続けるのも難しく、大殿・鍋島直正に情勢を伝えるためにと、命懸けで帰藩していた。

だが、大隈ましてや武雄領の山口には、そこまでの仔細(しさい)は伝わっていない。ここでは、諸処の酒場に見られる“外野”の噂話のようなものだ。
「大隈さん、いや、八太郎さんと呼んだらよかですか。」
「山口さん…、あーもう“範蔵”とか言ってもよかね。」
酒が回ってきたのか、意気投合から馴れ合いの段階に移ってきている。これは、楽しい夜だ。
――恐るべき、“佐賀の酒”の力と言うべきか。
「ようし、範蔵!よう聞かんね。今から取っておきの話をするばい!」
「八太郎さん!待ってました。」
しかし、この辺りが盛り上がりの頂だった。ここで、急に大隈が“ひそひそ話”に戻ると宣言する。
「…ばってん、こん話は小声に戻るばい。実は、大殿が…」
「佐賀の大殿が…?小声でよかです。大声は慎みます。」

志は高いものの、振る舞いは常識人の山口範蔵である。
もちろん大殿・鍋島直正の動向は、佐賀藩の機密事項。京の都に向かう予定を知っているのだが、大隈も顔を寄せての密談とするつもりのようだ。
(続く)
前回ですっかり意気投合した、大隈八太郎(重信)と山口範蔵(尚芳)。
大隈は西暦でいえば1838年生まれ、山口は1歳年下のようですから、この頃は2人とも、まだ20代前半の若者ということになります。
多良海道で村娘たちの歌声につられて、寄り道が過ぎたのか、肥前浜の宿場(現在の佐賀県鹿島市)近くで、日暮れを迎えてしまったようです。
――佐賀藩では、鹿島の支藩が治める一帯の宿場町…の近く。
「にゃ~、日の暮れおったばい。」
「いささか、話し込みが過ぎましたね。」
すっかり、秋の陽は水平線に潜っており、すでに月が姿を見せている。大隈と山口は暗くなった道中で、顔を見合わせる。
「大隈さん。私は、まだ話し足らんとです。」
「そいは、おいも同じばい。どうね、肥前浜の宿場でも少し飲まんね。」
「よかですね!大いに国事を論じましょう。」
「よか。今日は、愉快たい。」
――肥前浜の宿場。賑わう旅籠(はたご)の2階にて。
近隣の部屋から、わいわいと、酒を飲んでいる者たちの声が聞こえる。
「おお、美味か酒とよ!染みるばい。」
「この辺りのは、佐賀の酒でも上物ばい。味わって飲まんね!」
街道を行き交う人々の憩いとして、絶賛される地元の銘酒。米も水も豊かな、佐賀。皆、上機嫌で、当地の夜に酔いしれている様子だ。
――窓辺からは、秋の月が涼やかな姿を見せている。
「では、大隈さん。さっそく我らも、肥前浜の酒を少々いただきますか。」
「よかね~、山口さん。」
「…ですが、我らの話は、勤王の志高いもの。酔いも程よかところで。」
「…よかごた。」
この山口範蔵という男。気障(きざ)かと思えば、変に真面目なところがある。
――賑わう旅籠の中、山口の妙に慎重な態度。
大隈も、ひそひそ話を余儀なくされている。
「そいぎ、江藤さんは、京で公家とも関わっとったとよ。」
「そがんですか。その江藤さんという方は、国を抜けて京に!」
ところが、山口の方から、急に大きな声を出す。
「…“秘密の話”ば、しとるんじゃなかとね!」
大隈が、呆れて制止する。さすがに「佐賀からの脱藩」の話を大声で復唱されては、まずい。
「…失礼。この山口範蔵、いたく感銘を受けました。」
勤王の話をできるのは、大隈も喜んでいる。だが、西洋にかぶれているせいなのか。山口の反応は、わりと大げさなのだ。
山口は、あたかも“佐賀の風”のように、爽やかに言い放った。
「大隈さん。続けてくれんですか。」
――山口の真剣なまなざし。“勤王”を志すというのは本気らしい。
「よか。そん江藤さんが、佐賀に帰ってきてしまったとよ。」
「なしてですか!せっかく、京の貴き方々とも、お会いできっとのに!」
「そうたい。戻ってきたのは、よかばってん。命も危うか。」
「そんお人は、一度、国を抜けてますからね。」
当時、佐賀では“脱藩”は重罪であり、江藤の志が認められても、名誉だけは保っての切腹を命ぜられる可能性も残る。
「志ば持って、京で気張っとたのに、勿体(もったい)なか。」
大隈が残念がる。
「そがんです。江藤さん、なして戻ってきたとですか!」
江藤をよく知らないはずの山口までが、酔いに任せて残念がる。
――大隈は、勢いづけに肥前の美酒をあおった。
もう、山口の反応が目立つのを気にしていては疲れる。存分に語ろう。
「あーうまか酒ばい。山口さんね、おいも、そがん思うとよ。」
「…ですよね。大隈さん。」
このように、大隈と山口の話で「なぜ、佐賀に帰ってきた」と話題に挙がった江藤新平は、佐賀城下で謹慎中だ。
江藤は、自身の連れ戻しが実父にも命ぜられ、京の都に居続けるのも難しく、大殿・鍋島直正に情勢を伝えるためにと、命懸けで帰藩していた。
だが、大隈ましてや武雄領の山口には、そこまでの仔細(しさい)は伝わっていない。ここでは、諸処の酒場に見られる“外野”の噂話のようなものだ。
「大隈さん、いや、八太郎さんと呼んだらよかですか。」
「山口さん…、あーもう“範蔵”とか言ってもよかね。」
酒が回ってきたのか、意気投合から馴れ合いの段階に移ってきている。これは、楽しい夜だ。
――恐るべき、“佐賀の酒”の力と言うべきか。
「ようし、範蔵!よう聞かんね。今から取っておきの話をするばい!」
「八太郎さん!待ってました。」
しかし、この辺りが盛り上がりの頂だった。ここで、急に大隈が“ひそひそ話”に戻ると宣言する。
「…ばってん、こん話は小声に戻るばい。実は、大殿が…」
「佐賀の大殿が…?小声でよかです。大声は慎みます。」
志は高いものの、振る舞いは常識人の山口範蔵である。
もちろん大殿・鍋島直正の動向は、佐賀藩の機密事項。京の都に向かう予定を知っているのだが、大隈も顔を寄せての密談とするつもりのようだ。
(続く)
Posted by SR at 21:36 | Comments(0) | 第20話「長崎方控」
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