2021年08月23日
第16話「攘夷沸騰」⑩(英国船の行方)
こんばんは。
先だっての豪雨。とくに「佐賀県嬉野市で…」と繰り返し報じられた降雨量。今回は、最も雨の降っていた嬉野にもエールを送りたく、あの“忍者”が帰ってきます。
江戸で活動する親友・中野方蔵に対して、佐賀で下級役人暮らしの江藤新平。3年ほどの間に火術方から上佐賀代官所、貿(代)品方と次々と転任します。
私の調べでは、その理由まではたどり着けていません。のちに“貿易部門”に就くことから着想を得て、陶磁器の積出港・伊万里周辺の舞台設定を試みます。
幕末から明治に時代が移る時、卓越した調査能力を発揮した江藤。それは天性の“才能”だったのか、あるいは…

――伊万里湾に面した、とある高台。
樹木の向こう側に、かろうじて外海が望めるかという立地だ。
「それっ…頑張らんね。」
檄(げき)を飛ばすような、声がする。
シュッ…シュッ…、届きそうで届かない目標。
空を切る右腕。いや、前足と言うべきか。一匹の雉(きじ)猫が、差し出される“猫じゃらし”に向かって、突進と空振りを繰り返している。
――軽く“猫じゃらし”を揺らす、中年の男性。
野良着に身を包んだ、その男。昼日中からネコと遊んでいる。
しかし、ネコは真剣そのもの。手が届くと思いきや、その刹那(せつな)に、猫じゃらしは消える。ズササッ…と滑り込むも、また目標を外した。
「そがんね。そいで、終わりとね…?」
その中年が声を掛ける。キジ模様のネコはあきらめない。
――ダッ…、そこから伸び上がり飛ぶ。
バッ… 一瞬、宙に浮かぶネコ。今度は、猫じゃらしに届いた。
「そいでこそ、“さがんねこ”たい!」
ネコの頑張りを褒める中年は、嬉野の忍者・古賀である。佐賀の蓮池支藩の侍だが、あえて武士らしい身なりはしていない。
…傍らには“猫じゃらし”をその手に掴み、得意気な雉(きじ)ネコ。
――その様子を見ていた人物が1人。
「良きものを見せてもらった。諦(あきら)めぬ心が肝要ということか。」
よく通る声が響く。姿を見せたのは、江藤新平である。
「…そうたい。何事もあきらめてはならんばい。」
「お尋ねしたい。ここから“黒船”を見ておらぬか。」
古賀には声の主に覚えがあった。“火術方”の門前にいた若者だ。
〔参照:第14話「遣米使節」⑤(火術方への“就活”)〕

――この佐賀藩士も、また“異国船”の動きを見にきたか。
佐賀の蓮池藩からの任務でイギリス船を見張ってきた、嬉野の忍者・古賀。
〔参照:第14話「遣米使節」③(嬉野から来た忍び)〕
「“黒船”というのは、異国の船だ。些細(ささい)な事でよい。見て居らぬか。」
相変わらず、まっすぐな印象の者だ。
「英国の船なら沖の方に時折、回っとるばい。そろそろ現れてもおかしくなか。」
古賀は、そう語った。このところイギリスが対馬海峡の付近を測量している。ここでの地形の把握は、“野心”の現れとみてよい。
――江藤は、“嬉野の忍者”古賀と目を見合わせる。
「貴殿。何処(どこ)かでお会いしておらぬか。ただ者ではないとお見受けする。」
「おいは、ただ者(もん)ばい。」
古賀は、そう言葉を返す。いつの間にかネコの手に“猫じゃらし”が無い。そして、“さがんねこ”の再挑戦も始まっている。
「お役人さん。見たところ、あん(あの)船は対州(対馬)に向こうとるばい。」

――古賀の言葉に、沖合を鋭く見つめる江藤。
対馬方面へと進むイギリス船の影。“ネコと戯れる野良着の男”の言う通りだ。
「英国も動きを見せている。このような“物見”に甘んじていて良いのか。」
親友の中野は、江戸で将来の“国の形”を見定めようと行動を始めている。
「江藤くん、一緒に“国事”を動かそう!」と、期待してくれる中野。何かと言えば、大木喬任(民平)と三人でつるんできた。
いまや友の背中さえ遠く感じる。下級役人の日々は“使い走り”ではないか。
――少しでも、中野に追いつかねば。
“友との約束”を果たすためにも、佐賀藩内で重要な位置に就かねばならない。
〔参照:第16話「攘夷沸騰」③(旅立つ友へ)〕
「ご貴殿は、異国船に詳しい方とお見受けする。」
「兄さん、目の前ば見んね。まず伊万里の港には、心配の無かごた。」
「そいぎ、よか事を教えるけん。耳ば貸さんね。」
江藤の想いが伝わるのか、“忍者”にあるまじき親切さを見せる古賀であった。
(続く)
先だっての豪雨。とくに「佐賀県嬉野市で…」と繰り返し報じられた降雨量。今回は、最も雨の降っていた嬉野にもエールを送りたく、あの“忍者”が帰ってきます。
江戸で活動する親友・中野方蔵に対して、佐賀で下級役人暮らしの江藤新平。3年ほどの間に火術方から上佐賀代官所、貿(代)品方と次々と転任します。
私の調べでは、その理由まではたどり着けていません。のちに“貿易部門”に就くことから着想を得て、陶磁器の積出港・伊万里周辺の舞台設定を試みます。
幕末から明治に時代が移る時、卓越した調査能力を発揮した江藤。それは天性の“才能”だったのか、あるいは…
――伊万里湾に面した、とある高台。
樹木の向こう側に、かろうじて外海が望めるかという立地だ。
「それっ…頑張らんね。」
檄(げき)を飛ばすような、声がする。
シュッ…シュッ…、届きそうで届かない目標。
空を切る右腕。いや、前足と言うべきか。一匹の雉(きじ)猫が、差し出される“猫じゃらし”に向かって、突進と空振りを繰り返している。
――軽く“猫じゃらし”を揺らす、中年の男性。
野良着に身を包んだ、その男。昼日中からネコと遊んでいる。
しかし、ネコは真剣そのもの。手が届くと思いきや、その刹那(せつな)に、猫じゃらしは消える。ズササッ…と滑り込むも、また目標を外した。
「そがんね。そいで、終わりとね…?」
その中年が声を掛ける。キジ模様のネコはあきらめない。
――ダッ…、そこから伸び上がり飛ぶ。
バッ… 一瞬、宙に浮かぶネコ。今度は、猫じゃらしに届いた。
「そいでこそ、“さがんねこ”たい!」
ネコの頑張りを褒める中年は、嬉野の忍者・古賀である。佐賀の蓮池支藩の侍だが、あえて武士らしい身なりはしていない。
…傍らには“猫じゃらし”をその手に掴み、得意気な雉(きじ)ネコ。
――その様子を見ていた人物が1人。
「良きものを見せてもらった。諦(あきら)めぬ心が肝要ということか。」
よく通る声が響く。姿を見せたのは、江藤新平である。
「…そうたい。何事もあきらめてはならんばい。」
「お尋ねしたい。ここから“黒船”を見ておらぬか。」
古賀には声の主に覚えがあった。“火術方”の門前にいた若者だ。
〔参照:
――この佐賀藩士も、また“異国船”の動きを見にきたか。
佐賀の蓮池藩からの任務でイギリス船を見張ってきた、嬉野の忍者・古賀。
〔参照:
「“黒船”というのは、異国の船だ。些細(ささい)な事でよい。見て居らぬか。」
相変わらず、まっすぐな印象の者だ。
「英国の船なら沖の方に時折、回っとるばい。そろそろ現れてもおかしくなか。」
古賀は、そう語った。このところイギリスが対馬海峡の付近を測量している。ここでの地形の把握は、“野心”の現れとみてよい。
――江藤は、“嬉野の忍者”古賀と目を見合わせる。
「貴殿。何処(どこ)かでお会いしておらぬか。ただ者ではないとお見受けする。」
「おいは、ただ者(もん)ばい。」
古賀は、そう言葉を返す。いつの間にかネコの手に“猫じゃらし”が無い。そして、“さがんねこ”の再挑戦も始まっている。
「お役人さん。見たところ、あん(あの)船は対州(対馬)に向こうとるばい。」
――古賀の言葉に、沖合を鋭く見つめる江藤。
対馬方面へと進むイギリス船の影。“ネコと戯れる野良着の男”の言う通りだ。
「英国も動きを見せている。このような“物見”に甘んじていて良いのか。」
親友の中野は、江戸で将来の“国の形”を見定めようと行動を始めている。
「江藤くん、一緒に“国事”を動かそう!」と、期待してくれる中野。何かと言えば、大木喬任(民平)と三人でつるんできた。
いまや友の背中さえ遠く感じる。下級役人の日々は“使い走り”ではないか。
――少しでも、中野に追いつかねば。
“友との約束”を果たすためにも、佐賀藩内で重要な位置に就かねばならない。
〔参照:
「ご貴殿は、異国船に詳しい方とお見受けする。」
「兄さん、目の前ば見んね。まず伊万里の港には、心配の無かごた。」
「そいぎ、よか事を教えるけん。耳ば貸さんね。」
江藤の想いが伝わるのか、“忍者”にあるまじき親切さを見せる古賀であった。
(続く)