2021年06月19日
「終活の剣」
こんばんは。
最近は、アニメ『ゾンビランドサガ』と大河ドラマ『青天を衝け』の感想ばかり。
一応は“佐賀”と“大河ドラマ”の話を綴ってはいるのですが、目的地と言うべき「幕末佐賀藩の大河ドラマ」のイメージが全く進んでいません。
その理由は最近わりと仕事が忙しく、そこそこ精神的にもキツい状況にあります。
――私の心を支えるのは、遠き郷里・佐賀の存在。
いわゆる“都会”に住む私がなぜこう考えるに至ったのか。もちろん佐賀が私の故郷であるためなのですが、ある人生の“転機”に思ったことに起因します。
当時は、今以上に仕事ばかりの日々でした。私はそれほど仕事が好きでもなければ、働き者でもありません。本音を言えば、のんびり過ごしたいのです。
――それを許さないのも、また人生。
佐賀が誇る“偉大な先輩”たちには、足元も見えないくらい遠く及ばず、私には大した力は無いようです。
しかし窮地を切り抜けるためには、全力を出す必要があります。身体を傷めても、それなりの無理をして、さらに身体が弱化する…と厳しい循環が続きました。
こんなことを考える時もありました。「このまま自分が倒れて、骨となった場合は、どこに埋めてもらえるかな…」と。

――その時、ふと思った故郷の存在。
朧(おぼろ)げに思い出す佐賀の景色。青々とした麦が揺れて、吹き抜けた風の形までが見えるよう。
「ここ(都会)よりも、向こう(佐賀)に骨は埋めてもらいたいかもな…」
そんな日々の中、トボトボと歩く夜道。ある出会いがありました。
わずかな言葉を発しただけで、私を佐賀の出身と見抜いた、タクシーの運転手は「望郷の念」を持ち続ける“さがんもん”でした。
〔参照:「発心の剣」〕
――「私もいずれ…、佐賀に行きたい。」
ある年に思いもよらぬ好機が訪れ、私は佐賀へと旅立ちます。佐賀城の本丸歴史館で、それまで無関心だった“佐賀の先輩”の偉大さに感激しました。
〔参照(後半):「慈雨の剣」〕
こうして調べを進めるうち、次々に“衝撃の事実”を知っていきます。私の気持ちは“佐賀藩士(?)”に還り、佐賀に出向くことは“帰藩”となりました。

――時間を捻り出し、取材のために佐賀に帰る秋。
「見えない世界遺産」三重津海軍所跡にて、案内役の方と話をした時。私は先の想いを吐露することになります。
〔参照(後半):連続ブログ小説「旅立の剣」(7)時を超える“双眼鏡”〕
貴重な現地取材。一言でも聞き漏らすまいと案内役の方の説明に“全集中”を試みます。出身は佐賀だと語った私に、案内役の方が尋ねました。
「あなたは佐賀に戻って来られないのですか?」
「そう簡単には戻れませんね。あるいは骨になったら還ってきたいものですが…」
「…!?」
――私も、歳は取りましたが…
“終活”には、まだ早い年代と思われます。しかも貫禄に欠ける私は実年齢より若く見えてしまうようです。
…ここで私は「しまった、案内役の方が反応に困る言葉を発した」と気づきます。
とりあえず“問題発言”はさておいて、「佐賀の大河ドラマ」への想いを語り始めました。しかし、先の発言には私の本音も含まれています。
――「いつの日か、佐賀へ還る。」
古の聖人たちも“最期の旅”と言うのでしょうか。亡くなる前に郷里に向かって歩み出す話をよく聞きます。おそらく、それは私のような凡人も持つ想い。
きっと、そう思うだけでも救われているのでしょう。人はもちろん、あるいは動物にだって、安息の“終(つい)の棲家”を求める心はあるように感じられます。
でも、生きているうちに成し得ることがあるはず。故郷のために“一花”咲かせてみたい…そんな気持ちが私を動かしています。
最近は、アニメ『ゾンビランドサガ』と大河ドラマ『青天を衝け』の感想ばかり。
一応は“佐賀”と“大河ドラマ”の話を綴ってはいるのですが、目的地と言うべき「幕末佐賀藩の大河ドラマ」のイメージが全く進んでいません。
その理由は最近わりと仕事が忙しく、そこそこ精神的にもキツい状況にあります。
――私の心を支えるのは、遠き郷里・佐賀の存在。
いわゆる“都会”に住む私がなぜこう考えるに至ったのか。もちろん佐賀が私の故郷であるためなのですが、ある人生の“転機”に思ったことに起因します。
当時は、今以上に仕事ばかりの日々でした。私はそれほど仕事が好きでもなければ、働き者でもありません。本音を言えば、のんびり過ごしたいのです。
――それを許さないのも、また人生。
佐賀が誇る“偉大な先輩”たちには、足元も見えないくらい遠く及ばず、私には大した力は無いようです。
しかし窮地を切り抜けるためには、全力を出す必要があります。身体を傷めても、それなりの無理をして、さらに身体が弱化する…と厳しい循環が続きました。
こんなことを考える時もありました。「このまま自分が倒れて、骨となった場合は、どこに埋めてもらえるかな…」と。
――その時、ふと思った故郷の存在。
朧(おぼろ)げに思い出す佐賀の景色。青々とした麦が揺れて、吹き抜けた風の形までが見えるよう。
「ここ(都会)よりも、向こう(佐賀)に骨は埋めてもらいたいかもな…」
そんな日々の中、トボトボと歩く夜道。ある出会いがありました。
わずかな言葉を発しただけで、私を佐賀の出身と見抜いた、タクシーの運転手は「望郷の念」を持ち続ける“さがんもん”でした。
〔参照:
――「私もいずれ…、佐賀に行きたい。」
ある年に思いもよらぬ好機が訪れ、私は佐賀へと旅立ちます。佐賀城の本丸歴史館で、それまで無関心だった“佐賀の先輩”の偉大さに感激しました。
〔参照(後半):
こうして調べを進めるうち、次々に“衝撃の事実”を知っていきます。私の気持ちは“佐賀藩士(?)”に還り、佐賀に出向くことは“帰藩”となりました。
――時間を捻り出し、取材のために佐賀に帰る秋。
「見えない世界遺産」三重津海軍所跡にて、案内役の方と話をした時。私は先の想いを吐露することになります。
〔参照(後半):
貴重な現地取材。一言でも聞き漏らすまいと案内役の方の説明に“全集中”を試みます。出身は佐賀だと語った私に、案内役の方が尋ねました。
「あなたは佐賀に戻って来られないのですか?」
「そう簡単には戻れませんね。あるいは骨になったら還ってきたいものですが…」
「…!?」
――私も、歳は取りましたが…
“終活”には、まだ早い年代と思われます。しかも貫禄に欠ける私は実年齢より若く見えてしまうようです。
…ここで私は「しまった、案内役の方が反応に困る言葉を発した」と気づきます。
とりあえず“問題発言”はさておいて、「佐賀の大河ドラマ」への想いを語り始めました。しかし、先の発言には私の本音も含まれています。
――「いつの日か、佐賀へ還る。」
古の聖人たちも“最期の旅”と言うのでしょうか。亡くなる前に郷里に向かって歩み出す話をよく聞きます。おそらく、それは私のような凡人も持つ想い。
きっと、そう思うだけでも救われているのでしょう。人はもちろん、あるいは動物にだって、安息の“終(つい)の棲家”を求める心はあるように感じられます。
でも、生きているうちに成し得ることがあるはず。故郷のために“一花”咲かせてみたい…そんな気持ちが私を動かしています。
Posted by SR at 01:03 | Comments(0) | 「望郷の剣」シリーズ
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