2024年01月01日
「遠路の剣Ⅲ(泥海)」
2024年(令和6年)の新春を迎えました。本年もよろしくお願いします。
ところで、元日から心配な地震のニュースもあり、正月気分は、すっかり抜けてしまいました。
ご挨拶のみでまとめるのも考えましたが、”一年の計”として書いた文章ですので、そのまま掲載します。

年越しで綴った、3回シリーズのまとめで、今年の目標も入っています。
師走に県内を出て、私の住む街の近くまで来た叔父上の旅。実は、私に「佐賀への想いを問う」ような“課題”を与えていました。
――昨年末。師走の旅から、県内へと帰った叔父上の様子をうかがった。
旅の最中に出会うと、叔父上は「最後の旅になるかもしれんとよ」と語った。歳を重ねてから旅に出ると、都度、そんな事を考えるものなのかもしれない。
ところが、いざ電話をしてみると、長旅だったにもかかわらず、意外と元気な声だった。旅の思い出と重ねてか、きれいな景色を思い返すようである。
「おいは、キラキラした海が好きとよ。」

――叔父上…なんだか、子どもみたいな事を言った。
女きょうだいの男の子なので、叔父上には、たまにそういうところがある。
「佐賀にも、有明の海があるじゃないですか。」
「…有明と言えば、泥とよ。あまり、キラキラとはしとらんばい。」
「まぁ、たしかにそうですが。」
有明海といえば、干潟。干潟といえば泥…これは否定しがたい。
「わりと濁っとるもんね~。太良町の方まで行ったら、澄んでるけども。」
――電話の後。かくして、私には“課題”があたえられた。
すっかり、叔父上は旅先で見た光る海に魅了されている。このままでは、佐賀の者としては心許(こころもと)ない。
いや、これは叔父上から私への、修業として与えられた試練なのか。
まばゆい海が見たければ、伊万里や玄海町、唐津方面に行けば良いように思うが、それでは“泥”という課題から逃げている気がする。

私とて、佐賀藩士(?)を名乗る者。新年早々だが、正面から“泥”をかぶっていく気迫で、向き合ってみようと思う。
――少し前、閉塞感のあった“コロナ禍”の時期…
主人公が理不尽な困難に立ち向かう姿もあって、大ヒットしたアニメがあった。その『鬼滅の刃』に着想を得て、泥を味方とした、佐賀の力を練っていきたい。
人は体内に空気を取り込まねば生きてはいけないが、普段、これを意識することは少ない。武芸やスポーツにおいても呼吸は、大事なものだと聞く。
同作品で、凄まじい力を生み出す技を“○○の呼吸”と名付けたのには、すごく説得力を感じる。
今回は「泥の呼吸」と称したまとめ方を使って、項目別に語ってみる。泥に限定して、佐賀県を語る修業を通じて、その魅力を見つめ直したい。

――では、泥の呼吸・壱の型 『覇王への米』から
もし他地域や県外の人に「佐賀って何もないもんね~」と言われた時、あなたならどう返すだろうか。
「そうとよ、なん~もなかばい。」これが大人の受け方。きっと、こう返せる人には心のゆとりがあるのだろう。しかし、私はそこまで悟れてはいない。
「佐賀県には、何もない」というのは、誤解だと私は思う。たとえ「泥の話」だけに限っても、きっとワクワクするほどの魅力を語ることができるはず…
まずは、優れた農業生産がある。なかなか生産量の1位を取れないが、様々な品目で好順位につけており、何より各品目の質が高い。

――NHK Eテレ(教育)で、「佐賀の米」を特集する番組を見かけた。
その中で、佐賀が練り上げてきた米の品質は、“覇王への道”を進んでいる…と喩えられていた。
同番組で佐賀の米を試食したゲストたちは、その味を大絶賛していたわけだが、ここに「泥の力」が作用していることが示されていた。
佐賀の泥の粘土質は、米作りの”理想郷”となる力をもたらすらしい。養分も豊富なため、小麦との二毛作で、強さと柔らかさを兼ね備える土壌になるようだ。
映像で出てきたのは白石町だったが、生産高2位の座を制しつつあるレンコンも、その豊かな泥の中から掘り出される。

――続いて、泥の呼吸・弐の型 『海苔の舞い』
舞台を有明海に移す。佐賀県が安定して1位の品目といえば、海苔の生産。
高級な贈答品となることも多いから、その品質も含めて、折り紙付きといってよい佐賀の特産品。
遠浅の海は濁って見えるところがあるが、計り知れない海の恵みをもたらし、海苔の養殖は、佐賀の風物詩として、全国放送のテレビでもよく映る。

――県南西部の太良町は、カキが有名であるが、
江戸前ずしのネタとして知られる、コハダ。太良町で獲れたものが関東の市場で、取扱量トップだと聞く。
土台となる米、ネタとなる海の幸、寿司には鮮やかに海苔で巻くものも多い。佐賀の特産品をイメージして、寿司を考えるだけで、美味しそうである。
この流れるような動きさえも、県北部の名物、呼子のイカの手を借りる間でもなく、県南部の有明海だけでカタがつく。
「何もない」とか言われるが、寿司に関しては、佐賀県では「探しているもの、全てがある」ようだ。

――最後に、泥の呼吸・参の型 『潟〔ガタ〕の咆哮』
佐賀県の魅力を語るなら、有田陶器市・吉野ヶ里遺跡・バルーンフェスタなどの名所や行事が外せない。
ただ泥…干潟に限ってなら、鹿島の『ガタリンピック』だ。よく見られる風景が、果てしなく続く干潟を這うように進む“潟〔ガタ〕スキー”。通称「ムツゴロウ」。
干潟の上に敷かれた板を、自転車(チャリ)で行く“潟〔ガタ〕チャリ”。
移動方法によらず、干潟を進む時間で勝負を付けるタイムトライアル競技・「25m自由ガタ」という種目もあるらしい。素晴らしいネーミングセンスだと感じる。
――そして、さらに精神を解放するもの。
時折、ニュース映像で見るほか、佐賀を舞台としたアニメ『ゾンビランドサガ』でもしっかりと描写された、“ガターザン”という競技があるようだ。
この言葉、「潟〔ガタ〕」と「ターザン」の複合語なのだろう。ターザンといえば、昔の映画で見た、ジャングルで育った野生児の物語。
成長し「ジャングルの王者」と呼ぶべき存在となったターザン。ロープを使って、木々の間を「ア~ア、アー!」と雄叫びを上げ、滑空する。

県内の若い世代には「フォレストアドベンチャー・吉野ヶ里のように森の中で宙を行く感じです」と言ったら説明になるだろうか。
――その勇姿を、干潟で再現した競技と思われる“ガターザン”。
選手はロープを掴んで、「ア~アァー!」とばかりに干潟に向けて飛ぶ。
「ムツゴロウ」や「ガタチャリ」は、一応は干潟を移動する手段に見えはするが、この競技は高く遠くへ跳んでも泥の中に落ちるのが、自然の理。
「必ず、泥に落ちる」。非常にいさぎよく、魂を解き放つ感じがする。
あたかも、多久やみやき町、大町町などで県内各地で大事に育てられている、二千年ハスのように「泥の中にこそ咲く花もあれ…」と語りたいところだ。

――私は、目が覚めたような心地になった。
「泥を題材とするだけで、佐賀県はここまで語れるのか!」と。
叔父上がキラキラした海にキャッキャッと喜んでいた反作用で、私は泥について、沈み込むようにズブズブと考えることになった。
これでもっと深く、佐賀を読み解くことができる。また叔父上には“修業”の成果を語っておかねば。
――この元旦には、叔父上からの年賀状が届いた。
そこには「法事ば予定しよるけん、こっちまで来んね。」という趣旨の“帰藩”を促す、添え書きがあった。
佐賀を語り続けてはいるものの、私は1年半ほど県内にすら入っていない。最近できた「SAGAアリーナ」も「サガハツ」すらも、実際には見ていない。
「今年こそ佐賀県へと帰って、現地で見聞きしたことで、さらに佐賀を語る」
昨年末の叔父上との再会は、私の新年の課題につながったのである。
ところで、元日から心配な地震のニュースもあり、正月気分は、すっかり抜けてしまいました。
ご挨拶のみでまとめるのも考えましたが、”一年の計”として書いた文章ですので、そのまま掲載します。
年越しで綴った、3回シリーズのまとめで、今年の目標も入っています。
師走に県内を出て、私の住む街の近くまで来た叔父上の旅。実は、私に「佐賀への想いを問う」ような“課題”を与えていました。
――昨年末。師走の旅から、県内へと帰った叔父上の様子をうかがった。
旅の最中に出会うと、叔父上は「最後の旅になるかもしれんとよ」と語った。歳を重ねてから旅に出ると、都度、そんな事を考えるものなのかもしれない。
ところが、いざ電話をしてみると、長旅だったにもかかわらず、意外と元気な声だった。旅の思い出と重ねてか、きれいな景色を思い返すようである。
「おいは、キラキラした海が好きとよ。」
――叔父上…なんだか、子どもみたいな事を言った。
女きょうだいの男の子なので、叔父上には、たまにそういうところがある。
「佐賀にも、有明の海があるじゃないですか。」
「…有明と言えば、泥とよ。あまり、キラキラとはしとらんばい。」
「まぁ、たしかにそうですが。」
有明海といえば、干潟。干潟といえば泥…これは否定しがたい。
「わりと濁っとるもんね~。太良町の方まで行ったら、澄んでるけども。」
――電話の後。かくして、私には“課題”があたえられた。
すっかり、叔父上は旅先で見た光る海に魅了されている。このままでは、佐賀の者としては心許(こころもと)ない。
いや、これは叔父上から私への、修業として与えられた試練なのか。
まばゆい海が見たければ、伊万里や玄海町、唐津方面に行けば良いように思うが、それでは“泥”という課題から逃げている気がする。
私とて、佐賀藩士(?)を名乗る者。新年早々だが、正面から“泥”をかぶっていく気迫で、向き合ってみようと思う。
――少し前、閉塞感のあった“コロナ禍”の時期…
主人公が理不尽な困難に立ち向かう姿もあって、大ヒットしたアニメがあった。その『鬼滅の刃』に着想を得て、泥を味方とした、佐賀の力を練っていきたい。
人は体内に空気を取り込まねば生きてはいけないが、普段、これを意識することは少ない。武芸やスポーツにおいても呼吸は、大事なものだと聞く。
同作品で、凄まじい力を生み出す技を“○○の呼吸”と名付けたのには、すごく説得力を感じる。
今回は「泥の呼吸」と称したまとめ方を使って、項目別に語ってみる。泥に限定して、佐賀県を語る修業を通じて、その魅力を見つめ直したい。
――では、泥の呼吸・壱の型 『覇王への米』から
もし他地域や県外の人に「佐賀って何もないもんね~」と言われた時、あなたならどう返すだろうか。
「そうとよ、なん~もなかばい。」これが大人の受け方。きっと、こう返せる人には心のゆとりがあるのだろう。しかし、私はそこまで悟れてはいない。
「佐賀県には、何もない」というのは、誤解だと私は思う。たとえ「泥の話」だけに限っても、きっとワクワクするほどの魅力を語ることができるはず…
まずは、優れた農業生産がある。なかなか生産量の1位を取れないが、様々な品目で好順位につけており、何より各品目の質が高い。
――NHK Eテレ(教育)で、「佐賀の米」を特集する番組を見かけた。
その中で、佐賀が練り上げてきた米の品質は、“覇王への道”を進んでいる…と喩えられていた。
同番組で佐賀の米を試食したゲストたちは、その味を大絶賛していたわけだが、ここに「泥の力」が作用していることが示されていた。
佐賀の泥の粘土質は、米作りの”理想郷”となる力をもたらすらしい。養分も豊富なため、小麦との二毛作で、強さと柔らかさを兼ね備える土壌になるようだ。
映像で出てきたのは白石町だったが、生産高2位の座を制しつつあるレンコンも、その豊かな泥の中から掘り出される。
――続いて、泥の呼吸・弐の型 『海苔の舞い』
舞台を有明海に移す。佐賀県が安定して1位の品目といえば、海苔の生産。
高級な贈答品となることも多いから、その品質も含めて、折り紙付きといってよい佐賀の特産品。
遠浅の海は濁って見えるところがあるが、計り知れない海の恵みをもたらし、海苔の養殖は、佐賀の風物詩として、全国放送のテレビでもよく映る。
――県南西部の太良町は、カキが有名であるが、
江戸前ずしのネタとして知られる、コハダ。太良町で獲れたものが関東の市場で、取扱量トップだと聞く。
土台となる米、ネタとなる海の幸、寿司には鮮やかに海苔で巻くものも多い。佐賀の特産品をイメージして、寿司を考えるだけで、美味しそうである。
この流れるような動きさえも、県北部の名物、呼子のイカの手を借りる間でもなく、県南部の有明海だけでカタがつく。
「何もない」とか言われるが、寿司に関しては、佐賀県では「探しているもの、全てがある」ようだ。
――最後に、泥の呼吸・参の型 『潟〔ガタ〕の咆哮』
佐賀県の魅力を語るなら、有田陶器市・吉野ヶ里遺跡・バルーンフェスタなどの名所や行事が外せない。
ただ泥…干潟に限ってなら、鹿島の『ガタリンピック』だ。よく見られる風景が、果てしなく続く干潟を這うように進む“潟〔ガタ〕スキー”。通称「ムツゴロウ」。
干潟の上に敷かれた板を、自転車(チャリ)で行く“潟〔ガタ〕チャリ”。
移動方法によらず、干潟を進む時間で勝負を付けるタイムトライアル競技・「25m自由ガタ」という種目もあるらしい。素晴らしいネーミングセンスだと感じる。
――そして、さらに精神を解放するもの。
時折、ニュース映像で見るほか、佐賀を舞台としたアニメ『ゾンビランドサガ』でもしっかりと描写された、“ガターザン”という競技があるようだ。
この言葉、「潟〔ガタ〕」と「ターザン」の複合語なのだろう。ターザンといえば、昔の映画で見た、ジャングルで育った野生児の物語。
成長し「ジャングルの王者」と呼ぶべき存在となったターザン。ロープを使って、木々の間を「ア~ア、アー!」と雄叫びを上げ、滑空する。
県内の若い世代には「フォレストアドベンチャー・吉野ヶ里のように森の中で宙を行く感じです」と言ったら説明になるだろうか。
――その勇姿を、干潟で再現した競技と思われる“ガターザン”。
選手はロープを掴んで、「ア~アァー!」とばかりに干潟に向けて飛ぶ。
「ムツゴロウ」や「ガタチャリ」は、一応は干潟を移動する手段に見えはするが、この競技は高く遠くへ跳んでも泥の中に落ちるのが、自然の理。
「必ず、泥に落ちる」。非常にいさぎよく、魂を解き放つ感じがする。
あたかも、多久やみやき町、大町町などで県内各地で大事に育てられている、二千年ハスのように「泥の中にこそ咲く花もあれ…」と語りたいところだ。
――私は、目が覚めたような心地になった。
「泥を題材とするだけで、佐賀県はここまで語れるのか!」と。
叔父上がキラキラした海にキャッキャッと喜んでいた反作用で、私は泥について、沈み込むようにズブズブと考えることになった。
これでもっと深く、佐賀を読み解くことができる。また叔父上には“修業”の成果を語っておかねば。
――この元旦には、叔父上からの年賀状が届いた。
そこには「法事ば予定しよるけん、こっちまで来んね。」という趣旨の“帰藩”を促す、添え書きがあった。
佐賀を語り続けてはいるものの、私は1年半ほど県内にすら入っていない。最近できた「SAGAアリーナ」も「サガハツ」すらも、実際には見ていない。
「今年こそ佐賀県へと帰って、現地で見聞きしたことで、さらに佐賀を語る」
昨年末の叔父上との再会は、私の新年の課題につながったのである。
Posted by SR at 22:01 | Comments(0) | 「望郷の剣」シリーズ
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