2020年04月09日
第8話「黒船来航」②
こんばんは。
新型コロナの動向を見ていると気が滅入りますが、今は出掛けて発散することは控えるべきでしょう。
世間の空気からか、時おり「書きづらい!」と感じるときはありますが、普段通り「佐賀の大河ドラマ」のイメージを綴っております。
さて、様々な集会に顔を出していた佐野栄寿(常民)。突如として、重篤な病気にかかります。
――高熱にうなされる中、佐野栄寿は昔の夢を見た。
「ワン!ワンッ!」
小犬が、我が物顔で吠えたてる。
“狆(ちん)”という愛玩犬である。
「お~よしよし、良い子だ~」
中年の男性が小犬を抱き上げた。佐野の養父である。
頭の良かった佐野は、11歳のときに、医者の家に養子に入っていた。しかし、養父母の愛情は佐野ではなく、この小犬に向けられていた。
「さぁ、お食べ!」
養父は、溺愛する“狆(ちん)”に魚の最も美味しい部分を与える。
そして残りは、佐野の膳に並んだのである。
――佐野に求められていたのは、学問の成果だけだった。
それでも猛勉強する佐野。
鍋島直正の父で、前佐賀藩主・斉直の目にも止まった。
浪費家で有名な斉直だったが、賢い人物を見つける能力は高かったようだ。
「そなたに“栄寿”という名を授ける、さらに励め!」
前藩主に続いて、直正からも高い評価を受けた、佐野栄寿。
「おぬし、賢いようじゃな。期待しておるぞ!」
そして、京都、大坂、紀州(和歌山)、江戸…と諸国に留学する権利を得たのである。

――まるで“走馬灯”のように過去を振り返る夢を見ていた佐野だったが、次第に意識を取り戻していく。
「おおっ、栄寿。目を覚ましたようだな。」
坊主頭、しわの目立つ顔。佐野の江戸での師匠・伊東玄朴である。
「お師匠が…診てくださったのですか。」
佐野から、久しぶりにうめき声以外の言葉が出る。
「当たり前じゃ、儂より優れた医者がどこにおる!」
玄朴先生は、上機嫌である。嬉しそうに笑った。
――しかし佐野栄寿。大事な師匠に凄まじい背信行為をしていた。しばらく後。
佐野はすっかり元気になっていた。
「玄朴先生!“ヅーフ”が見当たりません!」
塾生の一人が蘭学辞書“ヅーフ・ハルマ”が無いことに気づいた。塾生たちが奪い合って使う、貴重で高価な辞書である。
「誰じゃ!大事な“辞書”を持って行ったのは!」
怒る、玄朴先生。
――“犯人”として名乗り出た者がいた、他ならぬ佐野栄寿である。
「栄寿…どうしたのじゃ!良からぬ“集い”で何かあったのか!」
玄朴が理由を問う。佐野が時々、塾を抜け出していたことは承知していた。
「辞書は“質屋”に入れて、金に換えてしまいました。」
佐野は、理由を答えない。
「栄寿よ…破門じゃ…」
師匠・伊東玄朴の目に涙が浮かぶ。塾頭として頑張っていたはずの佐野との別れである。
「“金目”の失態が表に出れば、私の将来はなくなります…」
佐野がつぶやく。
「知ったことか!もう、お前は儂の弟子ではない!」
玄朴は佐野に背を向けた。
――こうして、佐野は江戸を去った。この”蘭学辞書”質入れ事件の真相は未だ謎である。

伊東玄朴は師匠として、佐賀藩に佐野栄寿の破門を報告した。
「学力は高いが、遊興に耽っているため、大成する見込みがない。佐賀に帰す」と。
まるで大都会デビューを果たして、急に遊び始めた大学生のように伝えられたのである。佐野の未来に、何とか希望を残すよう、気を遣った表現だった。
――しかし“象先堂”に、佐野を訪ねてくる者たちも…
「栄寿先生は!?」
小さい女の子である。名を“おみつ”というらしい。
「先生は、佐賀に帰ってしまったのですか!?」
もう少し大きい男の子。名を“じろう”と言うらしい。
どうやら医師・佐野栄寿に、家族の病気ごと面倒を見てもらった子供たちのようだ。
「佐野め…、隠れて医者らしいこともしておったのだな。」
――伊東玄朴は、佐賀の“蘭学者たち”のつなぎ役である“老人”に、こんな手紙を書き送った。
「儂が破門した佐野が、肥前(佐賀・長崎)に戻ると思う。」
「もう師匠ではない儂が言うのも何だが、力を貸してやってほしい。」
(続く)
新型コロナの動向を見ていると気が滅入りますが、今は出掛けて発散することは控えるべきでしょう。
世間の空気からか、時おり「書きづらい!」と感じるときはありますが、普段通り「佐賀の大河ドラマ」のイメージを綴っております。
さて、様々な集会に顔を出していた佐野栄寿(常民)。突如として、重篤な病気にかかります。
――高熱にうなされる中、佐野栄寿は昔の夢を見た。
「ワン!ワンッ!」
小犬が、我が物顔で吠えたてる。
“狆(ちん)”という愛玩犬である。
「お~よしよし、良い子だ~」
中年の男性が小犬を抱き上げた。佐野の養父である。
頭の良かった佐野は、11歳のときに、医者の家に養子に入っていた。しかし、養父母の愛情は佐野ではなく、この小犬に向けられていた。
「さぁ、お食べ!」
養父は、溺愛する“狆(ちん)”に魚の最も美味しい部分を与える。
そして残りは、佐野の膳に並んだのである。
――佐野に求められていたのは、学問の成果だけだった。
それでも猛勉強する佐野。
鍋島直正の父で、前佐賀藩主・斉直の目にも止まった。
浪費家で有名な斉直だったが、賢い人物を見つける能力は高かったようだ。
「そなたに“栄寿”という名を授ける、さらに励め!」
前藩主に続いて、直正からも高い評価を受けた、佐野栄寿。
「おぬし、賢いようじゃな。期待しておるぞ!」
そして、京都、大坂、紀州(和歌山)、江戸…と諸国に留学する権利を得たのである。

――まるで“走馬灯”のように過去を振り返る夢を見ていた佐野だったが、次第に意識を取り戻していく。
「おおっ、栄寿。目を覚ましたようだな。」
坊主頭、しわの目立つ顔。佐野の江戸での師匠・伊東玄朴である。
「お師匠が…診てくださったのですか。」
佐野から、久しぶりにうめき声以外の言葉が出る。
「当たり前じゃ、儂より優れた医者がどこにおる!」
玄朴先生は、上機嫌である。嬉しそうに笑った。
――しかし佐野栄寿。大事な師匠に凄まじい背信行為をしていた。しばらく後。
佐野はすっかり元気になっていた。
「玄朴先生!“ヅーフ”が見当たりません!」
塾生の一人が蘭学辞書“ヅーフ・ハルマ”が無いことに気づいた。塾生たちが奪い合って使う、貴重で高価な辞書である。
「誰じゃ!大事な“辞書”を持って行ったのは!」
怒る、玄朴先生。
――“犯人”として名乗り出た者がいた、他ならぬ佐野栄寿である。
「栄寿…どうしたのじゃ!良からぬ“集い”で何かあったのか!」
玄朴が理由を問う。佐野が時々、塾を抜け出していたことは承知していた。
「辞書は“質屋”に入れて、金に換えてしまいました。」
佐野は、理由を答えない。
「栄寿よ…破門じゃ…」
師匠・伊東玄朴の目に涙が浮かぶ。塾頭として頑張っていたはずの佐野との別れである。
「“金目”の失態が表に出れば、私の将来はなくなります…」
佐野がつぶやく。
「知ったことか!もう、お前は儂の弟子ではない!」
玄朴は佐野に背を向けた。
――こうして、佐野は江戸を去った。この”蘭学辞書”質入れ事件の真相は未だ謎である。

伊東玄朴は師匠として、佐賀藩に佐野栄寿の破門を報告した。
「学力は高いが、遊興に耽っているため、大成する見込みがない。佐賀に帰す」と。
まるで大都会デビューを果たして、急に遊び始めた大学生のように伝えられたのである。佐野の未来に、何とか希望を残すよう、気を遣った表現だった。
――しかし“象先堂”に、佐野を訪ねてくる者たちも…
「栄寿先生は!?」
小さい女の子である。名を“おみつ”というらしい。
「先生は、佐賀に帰ってしまったのですか!?」
もう少し大きい男の子。名を“じろう”と言うらしい。
どうやら医師・佐野栄寿に、家族の病気ごと面倒を見てもらった子供たちのようだ。
「佐野め…、隠れて医者らしいこともしておったのだな。」
――伊東玄朴は、佐賀の“蘭学者たち”のつなぎ役である“老人”に、こんな手紙を書き送った。
「儂が破門した佐野が、肥前(佐賀・長崎)に戻ると思う。」
「もう師匠ではない儂が言うのも何だが、力を貸してやってほしい。」
(続く)
Posted by SR at 22:10 | Comments(0) | 第8話「黒船来航」
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