2022年08月25日
連続ブログ小説「聖地の剣」(12)泣くことが上手くない
こんばんは。
“県民性”の話で、佐賀県の人は「何を考えているか、内心がわかりづらい…」と聞いたことがあります。
感情を抑えて生きる…それも、佐賀らしく、“葉隠”的に美しい感じもするので、この気質は嫌いではありません。
しかし、時には想いを表出することがあっても良いのでしょう。それが、未来につながる事もあるのですから。

――ようやく、博覧会の「体感映像」を鑑賞できた。
『肥前さが幕末維新博覧会』が閉幕してから、約3年半。メモリアル展示が始まってからは、概ね2年半。
第一場「幕末維新」体感シアターに始まり、第四場「ことのは結び」までを来場者の視点で追った映像。
私には、たしかに2018年(平成30年)の佐賀の熱気が伝わってきた。
――「見に来てよかった…。」
佐賀県立博物館1階のメモリアル展示“幕末維新記念館”。
これは個人の感想であり、一般的な効果を保証するものではない。特に遠路はるばると来る価値については、人に依ると言えよう。
時に涙腺が緩むような感覚もあったが、映像だけでここまで感情移入できるの人はそう多くないかもしれない。

――実は、二本立てだったメモリアル展示。
この日の空は、雨模様だ。さほど、屋外で動き回れそうにはない。
「体感映像」に続き、“ドキュメンタリー映像“もあらためて鑑賞することにした。「受け継がれた想い」というタイトルで、こちらは以前にも見たことがある。
〔参照:連続ブログ小説「旅立の剣」(33)涙のメモリアル〕
映像は、2019年(平成31年)の1月に閉幕した、『肥前さが幕末維新博』の最終日を中心に綴られる。
私は行けなかった。この時期には、仕事以外のことは、ほとんど覚えがない。かろうじて、大河ドラマを視聴した記憶は残る。
――2018年(平成30年)大河ドラマ『西郷どん』では、
佐賀藩出身の江藤新平〔演:迫田孝也〕がすごく印象深かったが、その出番はわずか1か月ほど。
たしか秋10月頃だったかと思う。『西郷どん』には、大木喬任〔演:濱田嘉幸〕と大隈重信〔演:尾上寛之〕も登場していた。
こう書くだけで、「やはり見たいぞ!幕末佐賀藩が主役の大河ドラマを!」と、高く拳を突き上げてしまう…そんな感じの私である。
その時期には博覧会も、まだまだ絶賛開催中で、佐賀では、さぞ盛り上がっていたことだろう。
――そんな、私の“残念”はさておき。
佐賀市内の中心街に久しぶりに戻ったかもしれない、往時の大にぎわい。
のべ224万人の来場者数といえば、佐賀県の人口の3倍に届いてはいないが、その水準にも近づこうかという大盛況ぶりだ。
きっと、この博覧会の存在を、大切に感じていた方々も多かったのだと思う。

――映像に登場する来場者の目にも、光る涙が。
こちらまで、もらい泣きしそうだ。博覧会の最終日も「いま一度、佐賀の幕末・明治期の偉業を記憶に留めたい」と、多数の人々が考えたのだろう。
当時はまだ“密”を気にすることもなく、人々が集うことができた。
暮色が深まる中、フィナーレの場に駆けつけた来場者たちからは、博覧会の日々との“別れ”を惜しむ様子がビリビリと伝わってくる。
――ここで、手嶌葵さんが歌唱する『一番星』が流れる。
「頑張りたいのに~♪こたえたいのに…どうして、出来ないんだろう~♪」
私はドキュメンタリー映像自体は見たことがあるが、今回の違いは、博覧会のイメージソングの歌詞を、ハッキリ意識してしまっていることだ。
幕末期の技術開発には失敗も多かった。あきらめずに見守る殿様・鍋島直正の期待に応えようともがく、佐賀藩の技術者に捧げる歌に聞こえてくる。
私の解釈も、たぶん博覧会の趣旨とは合っているので、そのような効果も意図しているのかもしれない。

――涙腺は緩む。ただ、私は素直に泣くことができない。
少々、人生に無駄な辛抱が多かったのか。外にいると、涙をこらえる癖がついてしまっている。
だが、こういう時は感動のままに、映像の向こうの来場者と涙を分かち合った方が良いようにも思う。
こうして、私がメモリアルの映像を鑑賞していたのは1時間ほど。その間にも降り続いていた雨は、いつしか上がっていたようだ
(続く)
“県民性”の話で、佐賀県の人は「何を考えているか、内心がわかりづらい…」と聞いたことがあります。
感情を抑えて生きる…それも、佐賀らしく、“葉隠”的に美しい感じもするので、この気質は嫌いではありません。
しかし、時には想いを表出することがあっても良いのでしょう。それが、未来につながる事もあるのですから。
――ようやく、博覧会の「体感映像」を鑑賞できた。
『肥前さが幕末維新博覧会』が閉幕してから、約3年半。メモリアル展示が始まってからは、概ね2年半。
第一場「幕末維新」体感シアターに始まり、第四場「ことのは結び」までを来場者の視点で追った映像。
私には、たしかに2018年(平成30年)の佐賀の熱気が伝わってきた。
――「見に来てよかった…。」
佐賀県立博物館1階のメモリアル展示“幕末維新記念館”。
これは個人の感想であり、一般的な効果を保証するものではない。特に遠路はるばると来る価値については、人に依ると言えよう。
時に涙腺が緩むような感覚もあったが、映像だけでここまで感情移入できるの人はそう多くないかもしれない。
――実は、二本立てだったメモリアル展示。
この日の空は、雨模様だ。さほど、屋外で動き回れそうにはない。
「体感映像」に続き、“ドキュメンタリー映像“もあらためて鑑賞することにした。「受け継がれた想い」というタイトルで、こちらは以前にも見たことがある。
〔参照:
映像は、2019年(平成31年)の1月に閉幕した、『肥前さが幕末維新博』の最終日を中心に綴られる。
私は行けなかった。この時期には、仕事以外のことは、ほとんど覚えがない。かろうじて、大河ドラマを視聴した記憶は残る。
――2018年(平成30年)大河ドラマ『西郷どん』では、
佐賀藩出身の江藤新平〔演:迫田孝也〕がすごく印象深かったが、その出番はわずか1か月ほど。
たしか秋10月頃だったかと思う。『西郷どん』には、大木喬任〔演:濱田嘉幸〕と大隈重信〔演:尾上寛之〕も登場していた。
こう書くだけで、「やはり見たいぞ!幕末佐賀藩が主役の大河ドラマを!」と、高く拳を突き上げてしまう…そんな感じの私である。
その時期には博覧会も、まだまだ絶賛開催中で、佐賀では、さぞ盛り上がっていたことだろう。
――そんな、私の“残念”はさておき。
佐賀市内の中心街に久しぶりに戻ったかもしれない、往時の大にぎわい。
のべ224万人の来場者数といえば、佐賀県の人口の3倍に届いてはいないが、その水準にも近づこうかという大盛況ぶりだ。
きっと、この博覧会の存在を、大切に感じていた方々も多かったのだと思う。
――映像に登場する来場者の目にも、光る涙が。
こちらまで、もらい泣きしそうだ。博覧会の最終日も「いま一度、佐賀の幕末・明治期の偉業を記憶に留めたい」と、多数の人々が考えたのだろう。
当時はまだ“密”を気にすることもなく、人々が集うことができた。
暮色が深まる中、フィナーレの場に駆けつけた来場者たちからは、博覧会の日々との“別れ”を惜しむ様子がビリビリと伝わってくる。
――ここで、手嶌葵さんが歌唱する『一番星』が流れる。
「頑張りたいのに~♪こたえたいのに…どうして、出来ないんだろう~♪」
私はドキュメンタリー映像自体は見たことがあるが、今回の違いは、博覧会のイメージソングの歌詞を、ハッキリ意識してしまっていることだ。
幕末期の技術開発には失敗も多かった。あきらめずに見守る殿様・鍋島直正の期待に応えようともがく、佐賀藩の技術者に捧げる歌に聞こえてくる。
私の解釈も、たぶん博覧会の趣旨とは合っているので、そのような効果も意図しているのかもしれない。
――涙腺は緩む。ただ、私は素直に泣くことができない。
少々、人生に無駄な辛抱が多かったのか。外にいると、涙をこらえる癖がついてしまっている。
だが、こういう時は感動のままに、映像の向こうの来場者と涙を分かち合った方が良いようにも思う。
こうして、私がメモリアルの映像を鑑賞していたのは1時間ほど。その間にも降り続いていた雨は、いつしか上がっていたようだ
(続く)