2021年11月16日
第17話「佐賀脱藩」③(江戸からの便り)
こんばんは。前回の続きです。
1861年(文久元年)。徳川政権は、権威を回復する方法を模索していました。先年の“桜田門外の変”の後に、幕政の中枢を担ったのは、老中・安藤信正。
安藤を中心とした幕閣により“公武合体”が進められます。その象徴的な計画が、時の帝、孝明天皇の妹・和宮と第14代将軍・徳川家茂との“縁談”です。
江戸時代を通じて、幕府の法度(法令)により、朝廷は抑え込まれていましたが、幕末期には、その存在感を発揮していました。
――そんな国政の中枢から遠く離れて…肥前国・佐賀。
「江藤、お主に“良き知らせ”がある。心して聞くがよい。」
“上佐賀奉行所”の役人として働く江藤新平が上役に呼ばれる。表の働きぶりが認められたか、裏で江藤の才能を知る誰かが動いたのか…定かではない。
江藤は、次年に貿易部門・代品方へと移ることが決まる。あわせて、英語を研修するように藩からの指示もあった。

――佐賀城下の夕暮れ。よく集会に使う、お社にて。
「ようやく、江藤の運も開けてきた…と思ってよかな。」
2つばかり年上の大木喬任(民平)がニッと笑う。普段は、無口でぶっきらぼうなところもあるが、友達想いの“兄貴分”というところもある。
大木は漢学を主に勉強するが、江藤が西洋の語学と交易に関わるのは好機だと思っている様子がうかがえる。友の立身出世への道になると予想するからだ。
「本日は、我らが期待の中野君からの文(ふみ)も来ているぞ。」
酒も入っていないのに、やけに上機嫌な大木。もったいぶって江戸からの手紙を取り出した。あまり口が上手い方ではないが、いつになく楽しげに話す。
――2人にとって親友である、中野方蔵。いまは、江戸にいる。
いつも活き活きとした口調の中野らしく、手紙に記された文字からも、江戸での充実した日々が伝わるようだ。
「さて、大木兄さん、江藤くん…皆様、息災でしょうか。」
中野はいつも“志”を持って走っている。この手紙も、そんな弾んだ息づかいのまま書き記したのだろう。良い意味で、字が躍っている。

――その宵は、冴えた月夜となった佐賀城下。
大木・江藤の周りには、いつの間にか“義祭同盟”などで関わる友人も集まる。江戸にいる中野からの便りには、皆、興味を引かれるようだ。
「古賀に、坂井か…また、えらく集まってきたな。」
一同は、大木が引くぐらいに手紙に注目する。
ここでの“古賀”は、古賀一平という若手藩士。前回も登場した“嬉野の忍者”とは別人だ。もう1人は坂井辰之允という名だ。江藤とも親しい。
――何かと集まるのは、佐賀で“勤王”を目指す同志たち。
「わりと人数が多くなったな…江藤、読んでやってくれ。」
大木が、声の通る江藤に代読を託そうとする。
「たまには、大木さんが読み上げてみては。」
「江藤…、知っているだろう。俺はこういうのは、不得手だ。」
珍しく笑みを浮かべる江藤。それを、苦笑しながら返す大木。まるで少年のようだ。この2人がこのような表情を見せるのは珍しい。
――とにかく、親友・中野の活躍が嬉しいのだ。
「…昨今では“有為の者”たちと、時勢を語らいます。」
期待どおり、よく通る声で手紙の代読を始める、江藤。
この頃の中野は、江戸で“勤王”に熱心な学者や、他藩の志士たちとの交流を進めていた。
(続く)
1861年(文久元年)。徳川政権は、権威を回復する方法を模索していました。先年の“桜田門外の変”の後に、幕政の中枢を担ったのは、老中・安藤信正。
安藤を中心とした幕閣により“公武合体”が進められます。その象徴的な計画が、時の帝、孝明天皇の妹・和宮と第14代将軍・徳川家茂との“縁談”です。
江戸時代を通じて、幕府の法度(法令)により、朝廷は抑え込まれていましたが、幕末期には、その存在感を発揮していました。
――そんな国政の中枢から遠く離れて…肥前国・佐賀。
「江藤、お主に“良き知らせ”がある。心して聞くがよい。」
“上佐賀奉行所”の役人として働く江藤新平が上役に呼ばれる。表の働きぶりが認められたか、裏で江藤の才能を知る誰かが動いたのか…定かではない。
江藤は、次年に貿易部門・代品方へと移ることが決まる。あわせて、英語を研修するように藩からの指示もあった。
――佐賀城下の夕暮れ。よく集会に使う、お社にて。
「ようやく、江藤の運も開けてきた…と思ってよかな。」
2つばかり年上の大木喬任(民平)がニッと笑う。普段は、無口でぶっきらぼうなところもあるが、友達想いの“兄貴分”というところもある。
大木は漢学を主に勉強するが、江藤が西洋の語学と交易に関わるのは好機だと思っている様子がうかがえる。友の立身出世への道になると予想するからだ。
「本日は、我らが期待の中野君からの文(ふみ)も来ているぞ。」
酒も入っていないのに、やけに上機嫌な大木。もったいぶって江戸からの手紙を取り出した。あまり口が上手い方ではないが、いつになく楽しげに話す。
――2人にとって親友である、中野方蔵。いまは、江戸にいる。
いつも活き活きとした口調の中野らしく、手紙に記された文字からも、江戸での充実した日々が伝わるようだ。
「さて、大木兄さん、江藤くん…皆様、息災でしょうか。」
中野はいつも“志”を持って走っている。この手紙も、そんな弾んだ息づかいのまま書き記したのだろう。良い意味で、字が躍っている。
――その宵は、冴えた月夜となった佐賀城下。
大木・江藤の周りには、いつの間にか“義祭同盟”などで関わる友人も集まる。江戸にいる中野からの便りには、皆、興味を引かれるようだ。
「古賀に、坂井か…また、えらく集まってきたな。」
一同は、大木が引くぐらいに手紙に注目する。
ここでの“古賀”は、古賀一平という若手藩士。前回も登場した“嬉野の忍者”とは別人だ。もう1人は坂井辰之允という名だ。江藤とも親しい。
――何かと集まるのは、佐賀で“勤王”を目指す同志たち。
「わりと人数が多くなったな…江藤、読んでやってくれ。」
大木が、声の通る江藤に代読を託そうとする。
「たまには、大木さんが読み上げてみては。」
「江藤…、知っているだろう。俺はこういうのは、不得手だ。」
珍しく笑みを浮かべる江藤。それを、苦笑しながら返す大木。まるで少年のようだ。この2人がこのような表情を見せるのは珍しい。
――とにかく、親友・中野の活躍が嬉しいのだ。
「…昨今では“有為の者”たちと、時勢を語らいます。」
期待どおり、よく通る声で手紙の代読を始める、江藤。
この頃の中野は、江戸で“勤王”に熱心な学者や、他藩の志士たちとの交流を進めていた。
(続く)