2022年03月16日
「球春に唸〔うな〕れ!」
こんばんは。
いきなり、何を言い出すのかという本日のタイトル。佐賀県から有田工業高校が春の選抜甲子園大会に出場。
地元の皆様ならば、テレビで見たかもしれませんが、私は、サガテレビのネットニュースで“出陣”前の県庁への挨拶の風景を見かけました。
そして、以下は例によって“本編”みたいな調子で綴ります。
――「勝って佐賀の人を元気にしたい」というコメント。
「おおっ、まるで“ご当地アイドル”のような精神…」
選手の代表2人が語る意気込み。おおむね私の印象はこうだった。
「守備面では、エラーをせずにしっかりと…」「打撃面では、低い打球で1点をもぎとる野球」「球を打たせてとる」「1勝して佐賀の人を元気にできるように」
――「…サガだ。この感じ、どこまでも佐賀だ…」
若者にして、何と“地道な”抱負を語るのだ。とても“佐賀”っぽい決意表明だと感じる。そして、有田工業は、やはり手堅く守り勝つチームだとの評価を聞く。
派手さに走らず、コツコツと取り組む。幕末期に「日本の産業革命」を始めたとも評される技術革新を進めた、佐賀のものづくり。
高熱で鉄を溶かす“反射炉”など当時、最先端の西洋技術を研究し、佐賀藩は技術のトップランナーとしての力を獲得していった。
それには江戸期の窯業(陶磁器産業)で培った「炎を操る技術」が関わった事は調べがついている。

――明治へと受け継がれた、佐賀の産業技術。
有田工業高校のルーツを見ると、明治十四年に当地に設立された、窯業の技術者養成機関「勉脩学舎」にあるそうだ。
同じ年、東京では『明治十四年の政変』で、大隈重信侯はじめ佐賀出身者も色々と大変だったのだが、ここでは深くは触れない。
その頃も、地元・佐賀では江戸期からの産業の蓄積を、守り育てていく試みが続けられていたということだろう。
――有田に関わる“本編”の登場人物も。
少年期に佐賀の藩校・弘道館で出会った頃から、大隈重信(八太郎)と友達だったという久米邦武(丈一郎)。
その父・久米邦郷は、有田皿山代官という佐賀藩の産業に関わる重責も担うエリートだった。
〔参照:「主に有田町民の方を対象にしたつぶやき(前編)」〕
明治期には、有田の陶磁器産業の発展にも助力した久米邦武だったが、子・久米桂一郎(日本の洋画家として著名)と距離感があり、別居していたという。
そんな時に同郷の旧友・大隈重信が親子の間を取り持ったと聞く。若い頃の友達と、年寄りになっても仲良くある事には得がたい価値があると思うのだ。

――「球春に唸〔うな〕れ…」
コロナ禍の続く中、制約がありつつも開催できている高校野球。各地の野球部だけでなく、吹奏楽(ブラスバンド)部にとっても、晴れの舞台であるらしい。
長くご覧いただいて、私の思考回路が読める方なら、お気付きかもしれない。
私は甲子園大会で「不屈の佐賀」をイメージする、あのアニメのテーマソングが響き渡るのを聞いてみたいのだ。
〔参照(中盤):「昨年の我に、今年は勝つべし」〕
そして、勝ち進む有田工業を見たいのだが、対戦相手の国学院久我山は、あの“イチロー”から走塁の指導も受けたらしい。
そもそも、センバツ大会なのだから、出場校は間違いなく強豪揃いである。
――このように佐賀県民だけでなく、全国の佐賀出身者も見ています。
…とプレッシャー(?)をかけるのは本意ではありません。しかし、熱い注目をしているのは確かです。
以上が、私からの幾分、風変わりなエールです。思う存分、夢の舞台・甲子園を駆け抜けてきてほしいと思います。
現在のスケジュールですと、有田工業は21日(月・祝)の第1試合に登場予定だそうです。見らんば…
いきなり、何を言い出すのかという本日のタイトル。佐賀県から有田工業高校が春の選抜甲子園大会に出場。
地元の皆様ならば、テレビで見たかもしれませんが、私は、サガテレビのネットニュースで“出陣”前の県庁への挨拶の風景を見かけました。
そして、以下は例によって“本編”みたいな調子で綴ります。
――「勝って佐賀の人を元気にしたい」というコメント。
「おおっ、まるで“ご当地アイドル”のような精神…」
選手の代表2人が語る意気込み。おおむね私の印象はこうだった。
「守備面では、エラーをせずにしっかりと…」「打撃面では、低い打球で1点をもぎとる野球」「球を打たせてとる」「1勝して佐賀の人を元気にできるように」
――「…サガだ。この感じ、どこまでも佐賀だ…」
若者にして、何と“地道な”抱負を語るのだ。とても“佐賀”っぽい決意表明だと感じる。そして、有田工業は、やはり手堅く守り勝つチームだとの評価を聞く。
派手さに走らず、コツコツと取り組む。幕末期に「日本の産業革命」を始めたとも評される技術革新を進めた、佐賀のものづくり。
高熱で鉄を溶かす“反射炉”など当時、最先端の西洋技術を研究し、佐賀藩は技術のトップランナーとしての力を獲得していった。
それには江戸期の窯業(陶磁器産業)で培った「炎を操る技術」が関わった事は調べがついている。
――明治へと受け継がれた、佐賀の産業技術。
有田工業高校のルーツを見ると、明治十四年に当地に設立された、窯業の技術者養成機関「勉脩学舎」にあるそうだ。
同じ年、東京では『明治十四年の政変』で、大隈重信侯はじめ佐賀出身者も色々と大変だったのだが、ここでは深くは触れない。
その頃も、地元・佐賀では江戸期からの産業の蓄積を、守り育てていく試みが続けられていたということだろう。
――有田に関わる“本編”の登場人物も。
少年期に佐賀の藩校・弘道館で出会った頃から、大隈重信(八太郎)と友達だったという久米邦武(丈一郎)。
その父・久米邦郷は、有田皿山代官という佐賀藩の産業に関わる重責も担うエリートだった。
〔参照:
明治期には、有田の陶磁器産業の発展にも助力した久米邦武だったが、子・久米桂一郎(日本の洋画家として著名)と距離感があり、別居していたという。
そんな時に同郷の旧友・大隈重信が親子の間を取り持ったと聞く。若い頃の友達と、年寄りになっても仲良くある事には得がたい価値があると思うのだ。
――「球春に唸〔うな〕れ…」
コロナ禍の続く中、制約がありつつも開催できている高校野球。各地の野球部だけでなく、吹奏楽(ブラスバンド)部にとっても、晴れの舞台であるらしい。
長くご覧いただいて、私の思考回路が読める方なら、お気付きかもしれない。
私は甲子園大会で「不屈の佐賀」をイメージする、あのアニメのテーマソングが響き渡るのを聞いてみたいのだ。
〔参照(中盤):
そして、勝ち進む有田工業を見たいのだが、対戦相手の国学院久我山は、あの“イチロー”から走塁の指導も受けたらしい。
そもそも、センバツ大会なのだから、出場校は間違いなく強豪揃いである。
――このように佐賀県民だけでなく、全国の佐賀出身者も見ています。
…とプレッシャー(?)をかけるのは本意ではありません。しかし、熱い注目をしているのは確かです。
以上が、私からの幾分、風変わりなエールです。思う存分、夢の舞台・甲子園を駆け抜けてきてほしいと思います。
現在のスケジュールですと、有田工業は21日(月・祝)の第1試合に登場予定だそうです。見らんば…
Posted by SR at 22:27 | Comments(0) | メディア・イベント見聞
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