2021年11月10日
第17話「佐賀脱藩」①(対馬事件の顛末)
こんばんは。
今まで「長崎」(第1話)と「江戸」(第15話)の地名はタイトルに付けていますが、第17話は初めて「佐賀」の名を冠する話で、大事なエピソードになる予定です。
まずは、第16話「攘夷沸騰」の続きからスタートです。少し説明的な言い方だと「ロシア軍艦(ポサドニック号)対馬占領事件」が、軸になった話でした。
佐賀藩が幕府から預かった蒸気船・観光丸で、外国奉行・小栗忠順に同行し、対馬に上陸した佐野常民(栄寿左衛門)。
事件中に、佐賀藩は複数の蒸気船で周辺海域の警戒にあたっていました。佐野も、拠点である佐賀の三重津海軍所へと戻ってきます。

――1861年(文久元年)秋。
あまり芳しくない天気だ。佐賀平野には、低い曇り空が広がっている。佐賀海軍の基地である三重津から佐賀城へは、さほどの距離は無い。
働き者の佐野は一息入れずに城へと向かう。任務の完了を報告するためだ。
〔参照:第16話「攘夷沸騰」⑲(強くなりたいものだ)〕
「佐野、ご苦労であったな。」
「はっ。勿体(もったい)なき、お言葉。」
――佐賀の殿様・鍋島直正が、佐野の労をねぎらう。
殿・直正は胃の具合が良くないらしく、少し痩せた様子。以前より老けて見える。まず、佐野は見た限りの現地の様子を説明した。
「当面の危難は去ったか。ほかに奉行の小栗どのは、何か申されておったか。」
声色はいつも通りの殿だ。その問いかけに、佐野はこう答える。
「公儀(幕府)役人は怠惰に時を過ごす者が多い…と嘆いておられました。」
小栗の言い方では「食っては出すだけ…」と言おうか、もっと、辛辣(しんらつ)だったが、佐野は、ほとほどに再現した。

――直正は、片手の扇子をひらひらとする。
とくに暑いという時節でもない。何か想う事がある様子だった。
開国で、さらに“国際化”の進む長崎港。“日本の表玄関”の警備という役割は、異国からの“矢面”にたっているようなものだ。
殿・直正は責務を重く受け止めて、諸外国の動きに神経を遣う。
――幕府からも、直正の影響力への期待がある。
一方、各地での攘夷運動と、諸外国との軋轢(あつれき)も気になる。いま、佐賀藩の東隣・対馬藩の田代領では、事件の余波で攘夷派が意気盛んだという。
〔参照(後半):第16話「攘夷沸騰」⑳(基山の誇り、田代の想い)〕
考える事の多い佐賀藩主・直正。やや不敵な笑みをたたえ、こうつぶやいた。
「余も、そろそろ少し楽をしたいと思うぞ。」
佐野はその言葉を、真っ正面から受け止めた。
「殿は、この国にとって大事な御方。そのように弱気な事を…」

真面目な佐野の返答。何が可笑しいのか、少し上機嫌な殿様。
「まぁ良い。此度(こたび)は英国が、対馬の件に手を貸したわけじゃが。」
「はっ、もしイギリスの介入が無くば…どうなったか。助かったと言うべきかと。」
――直正の表情が「実はな…」という感じに一瞬で変わる。
「その英国にも、対馬を乗っ取る野心があったそうじゃ。」
「イギリスも油断のならぬところが…、考え得ることにございます。」
対馬には英国公使オールコックが交渉に乗り込んだ。ロシアは外交問題となるのを恐れて退去した。しかしイギリスにも対馬に入り込む計画があったという。
佐野は、占領を狙ったロシアの国旗が翻る現場を見ている。イギリスの動きは、実際に目にしていないが、そちらにも野心があったと聞くと得心がいく。
列強がひしめく日本近海を守っていくのは容易ではない。佐野は、そんな話を聞くと、また肝が冷えた。
(続く)
今まで「長崎」(第1話)と「江戸」(第15話)の地名はタイトルに付けていますが、第17話は初めて「佐賀」の名を冠する話で、大事なエピソードになる予定です。
まずは、第16話「攘夷沸騰」の続きからスタートです。少し説明的な言い方だと「ロシア軍艦(ポサドニック号)対馬占領事件」が、軸になった話でした。
佐賀藩が幕府から預かった蒸気船・観光丸で、外国奉行・小栗忠順に同行し、対馬に上陸した佐野常民(栄寿左衛門)。
事件中に、佐賀藩は複数の蒸気船で周辺海域の警戒にあたっていました。佐野も、拠点である佐賀の三重津海軍所へと戻ってきます。
――1861年(文久元年)秋。
あまり芳しくない天気だ。佐賀平野には、低い曇り空が広がっている。佐賀海軍の基地である三重津から佐賀城へは、さほどの距離は無い。
働き者の佐野は一息入れずに城へと向かう。任務の完了を報告するためだ。
〔参照:
「佐野、ご苦労であったな。」
「はっ。勿体(もったい)なき、お言葉。」
――佐賀の殿様・鍋島直正が、佐野の労をねぎらう。
殿・直正は胃の具合が良くないらしく、少し痩せた様子。以前より老けて見える。まず、佐野は見た限りの現地の様子を説明した。
「当面の危難は去ったか。ほかに奉行の小栗どのは、何か申されておったか。」
声色はいつも通りの殿だ。その問いかけに、佐野はこう答える。
「公儀(幕府)役人は怠惰に時を過ごす者が多い…と嘆いておられました。」
小栗の言い方では「食っては出すだけ…」と言おうか、もっと、辛辣(しんらつ)だったが、佐野は、ほとほどに再現した。
――直正は、片手の扇子をひらひらとする。
とくに暑いという時節でもない。何か想う事がある様子だった。
開国で、さらに“国際化”の進む長崎港。“日本の表玄関”の警備という役割は、異国からの“矢面”にたっているようなものだ。
殿・直正は責務を重く受け止めて、諸外国の動きに神経を遣う。
――幕府からも、直正の影響力への期待がある。
一方、各地での攘夷運動と、諸外国との軋轢(あつれき)も気になる。いま、佐賀藩の東隣・対馬藩の田代領では、事件の余波で攘夷派が意気盛んだという。
〔参照(後半):
考える事の多い佐賀藩主・直正。やや不敵な笑みをたたえ、こうつぶやいた。
「余も、そろそろ少し楽をしたいと思うぞ。」
佐野はその言葉を、真っ正面から受け止めた。
「殿は、この国にとって大事な御方。そのように弱気な事を…」
真面目な佐野の返答。何が可笑しいのか、少し上機嫌な殿様。
「まぁ良い。此度(こたび)は英国が、対馬の件に手を貸したわけじゃが。」
「はっ、もしイギリスの介入が無くば…どうなったか。助かったと言うべきかと。」
――直正の表情が「実はな…」という感じに一瞬で変わる。
「その英国にも、対馬を乗っ取る野心があったそうじゃ。」
「イギリスも油断のならぬところが…、考え得ることにございます。」
対馬には英国公使オールコックが交渉に乗り込んだ。ロシアは外交問題となるのを恐れて退去した。しかしイギリスにも対馬に入り込む計画があったという。
佐野は、占領を狙ったロシアの国旗が翻る現場を見ている。イギリスの動きは、実際に目にしていないが、そちらにも野心があったと聞くと得心がいく。
列強がひしめく日本近海を守っていくのは容易ではない。佐野は、そんな話を聞くと、また肝が冷えた。
(続く)
Posted by SR at 21:44 | Comments(0) | 第17話「佐賀脱藩」
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